防犯遊び
とある田舎町を旅行していたときのことである。町外れにあるバス停の待合室で休んでいると、待合室の壁に貼られた張り紙にふと目がいった。そこには、次のようなことが書かれていた。
「○×小学校の子供たちは、全員、防犯ブザーを携帯しています。もし、ブザーが鳴った際は声を掛けてやってください。地域ぐるみで子供たちを守りましょう!」
バッカじゃないの? と思った。その地は、私が大きめの荷物を背負って歩いているだけで「どっから来たの!」「どこまで行くの!」という声が次々と降りかかってくるド田舎である。悪い人が紛れ込んできても、子どもにチョンと触れるより前に地元のじじー&ばばーに質問責めにされ、退散せざるを得なくなるに決まっている。
もちろん東京では状況が違う。小さな女の子がトボトボと家路へ向かうなか、目つきの怪しい男がその子の後ろをつけていても、周りの人はほとんど気にも留めないだろう。東京人の他人への無関心さは、小学生を狙った犯罪に対して無防備であるといえる。
それなのに、私が小学生の頃、防犯ブザーを持たされることはなかった。「知らない人についていってはいけません!」と言われはしたが、物理的な防犯策は皆無である。
もし、田舎町に防犯ブザーが必要だとしたら、東京では防犯ブザーどころか、通学路をおまわりさんが毎日パトロールするくらいのことをしなきゃダメだろう。もちろんそんなことをする余裕はないし、余裕があってそれを行ったとしても、物々しくなって逆に平和が乱されている感じになってしまう。
私は小学3年生の頃まで、埼玉県の都市と田舎の中間のような町に住んでいた。通学中に防犯ブザーを持てとは言われなかったが、東京と違ってそこには通学班なる組織があり、朝は近所の子たちとのグループで登校しなければならなかった。さらに下校時も、
「一人で帰らず、誰か友達を誘って一緒に帰るようにしましょう!」
「女の子だけで歩くのは危ないので、なるべく下校のグループに男の子を入れましょう!」
という神経質極まりない指導が加えられる。東京に来てみれば、なんてバカアホマヌケなことをやっていたのだろうと呆れるばかりだ。
以上の事実から、次の結論が嫌がおうもなく導き出される。小学生の防犯対策は、田舎へいけばいくほど神経質になる。大人がマトモなオツムを持ち合わせているならば、都会の方が危険は多いことくらい分かるはずなのに、都会ほど防犯対策は緩いのである。
そしてここからは私の推測だが、田舎モンが物々しい防犯対策をやりたがるのは、毎日毎日が平凡すぎてヒマだからではなかろうか。東京のようにいろんな刺激を楽しみたくてウズウズしてるものだから、
「近頃は物騒ですからねぇ」
などともっともらしく話し、平和な田舎にドラマをもたらそうとしているのである。
そんな彼らを喜ばせたければ、防犯ブザーを持っている小学生に近づいてユーカイするフリでもしてやればよい。小学生は「ブザーを鳴らす大チャーンス!」とばかりに防犯ブザーを開け放ち、大人たちは「防犯ブザー持たせておいて良かったわ~」と怖がるフリをして田舎が大いに賑わうことだろう。
「○×小学校の子供たちは、全員、防犯ブザーを携帯しています。もし、ブザーが鳴った際は声を掛けてやってください。地域ぐるみで子供たちを守りましょう!」
バッカじゃないの? と思った。その地は、私が大きめの荷物を背負って歩いているだけで「どっから来たの!」「どこまで行くの!」という声が次々と降りかかってくるド田舎である。悪い人が紛れ込んできても、子どもにチョンと触れるより前に地元のじじー&ばばーに質問責めにされ、退散せざるを得なくなるに決まっている。
もちろん東京では状況が違う。小さな女の子がトボトボと家路へ向かうなか、目つきの怪しい男がその子の後ろをつけていても、周りの人はほとんど気にも留めないだろう。東京人の他人への無関心さは、小学生を狙った犯罪に対して無防備であるといえる。
それなのに、私が小学生の頃、防犯ブザーを持たされることはなかった。「知らない人についていってはいけません!」と言われはしたが、物理的な防犯策は皆無である。
もし、田舎町に防犯ブザーが必要だとしたら、東京では防犯ブザーどころか、通学路をおまわりさんが毎日パトロールするくらいのことをしなきゃダメだろう。もちろんそんなことをする余裕はないし、余裕があってそれを行ったとしても、物々しくなって逆に平和が乱されている感じになってしまう。
私は小学3年生の頃まで、埼玉県の都市と田舎の中間のような町に住んでいた。通学中に防犯ブザーを持てとは言われなかったが、東京と違ってそこには通学班なる組織があり、朝は近所の子たちとのグループで登校しなければならなかった。さらに下校時も、
「一人で帰らず、誰か友達を誘って一緒に帰るようにしましょう!」
「女の子だけで歩くのは危ないので、なるべく下校のグループに男の子を入れましょう!」
という神経質極まりない指導が加えられる。東京に来てみれば、なんてバカアホマヌケなことをやっていたのだろうと呆れるばかりだ。
以上の事実から、次の結論が嫌がおうもなく導き出される。小学生の防犯対策は、田舎へいけばいくほど神経質になる。大人がマトモなオツムを持ち合わせているならば、都会の方が危険は多いことくらい分かるはずなのに、都会ほど防犯対策は緩いのである。
そしてここからは私の推測だが、田舎モンが物々しい防犯対策をやりたがるのは、毎日毎日が平凡すぎてヒマだからではなかろうか。東京のようにいろんな刺激を楽しみたくてウズウズしてるものだから、
「近頃は物騒ですからねぇ」
などともっともらしく話し、平和な田舎にドラマをもたらそうとしているのである。
そんな彼らを喜ばせたければ、防犯ブザーを持っている小学生に近づいてユーカイするフリでもしてやればよい。小学生は「ブザーを鳴らす大チャーンス!」とばかりに防犯ブザーを開け放ち、大人たちは「防犯ブザー持たせておいて良かったわ~」と怖がるフリをして田舎が大いに賑わうことだろう。
最悪の都市、八戸
私は、地域に対して好き嫌いの激しい。もちろん好きなのは岩手県、特に岩泉町である。じゃあ嫌いなのはどこかというと、全国いたるところに嫌な地域はあるが、嫌いな地域の代表として青森県の八戸市を取り上げよう。八戸に住んでおられる方には申し訳ないが、ハッキリ言って八戸は究極のダメ地域である。
私が八戸を訪れて最初に感じたのは、バス路線の分かりにくさである。通常、バスの路線というのは、町の中心にあるターミナルを中心として放射状に広がっている。しかし八戸の場合、中心街にターミナルがなく、郊外を出発したバスが中心街を通り、別の郊外へと去っていく――というパターンで運行されているのだ。これは、初めての人にとって非常に分かりにくい。つまり、中心街方面へ行きたいときでも、何とか団地前行きだとか、何とか営業所行きだとか、そういうマニアックな行先方向幕を下げたバスに乗らなきゃならない。何とか団地ってどっちにあるのさ? と迷っているようでは八戸のバスは利用できない。私は、事前に八戸のバス路線を研究したうえ、地図を持って現地に乗り込んだので何とかなったけれども、おおよそ慣れていないと使いこなせないだろう。
なぜそのような運行システムになっているかというと、それは八戸という都市の構造に問題があるのである。問題というよりも、致命的な欠陥といってもいい。まず八戸市には、本当の意味で市の代表と呼べる駅がない。行ったことのある方ならご存知であろうが、八戸駅は新幹線が乗り入れているにもかかわらず町外れである。駅前には辛うじてコンビニとホテルがあるくらいで、人口数千人程度の村の駅前といった風情だ。じゃあ本当の中心街はどこにあるかというと、八戸駅から八戸線というローカル線に乗って2駅目の、本八戸という駅の周辺になる。しかし、本八戸は列車の本数も少なく、市の代表駅には相応しくない。駅前広場も狭く、バスが沢山集まってくることができない。このように、八戸駅も本八戸駅もバスターミナルとするには適当ではないことが、八戸のバス路線を複雑にしているのだと思う。
本八戸駅付近には、一応、市役所などの行政機関が集まっている。しかし中心市街地の範囲は狭く、以前あったデパートが閉店して、その敷地跡が空地になっていたりするのだから情けない。そのデパートは閉店したあと郊外に移転したのだが、その理由は明白で、「郊外の方が駐車場が広くとれ、人が集めやすいから」である。バスに乗って郊外へ行ってみれば分かるが、八戸の郊外はローサイドショップがギラギラ輝きまくって凄まじい。そんなローサイドショップの一つに「ラピア」というショッピングセンターがあるのだが、このラピアは構内にバスターミナルが併設されていて、中心街以上に利用客がいる。県外へと向かう長距離バスも、郊外にある「ラピア」を起点としているくらいである。要するに、八戸市全体における、中心街の力があまりにも小さすぎるのである。地方都市であれば、郊外にえらく駐車場の広い店が乱立しているのは当たり前のことだが、八戸の場合、郊外の勢力があまりにも強すぎて、中心街の権威が完全に呑み込まれてしまっているのだ。八戸といえば巨大な漁港が有名だが、海岸の方へいくと無機質な防潮堤が冷たく視界をふさいでいる。根が田舎のくせに、自然の色が見られそうなところに限って整備が行き届いているというのも鼻につく。八戸を歩いていると、根が田舎なくせして都会的に町が汚れているので、とてもミジメな気分になる。
八戸なんて、二度と行きたくない。
私が八戸を訪れて最初に感じたのは、バス路線の分かりにくさである。通常、バスの路線というのは、町の中心にあるターミナルを中心として放射状に広がっている。しかし八戸の場合、中心街にターミナルがなく、郊外を出発したバスが中心街を通り、別の郊外へと去っていく――というパターンで運行されているのだ。これは、初めての人にとって非常に分かりにくい。つまり、中心街方面へ行きたいときでも、何とか団地前行きだとか、何とか営業所行きだとか、そういうマニアックな行先方向幕を下げたバスに乗らなきゃならない。何とか団地ってどっちにあるのさ? と迷っているようでは八戸のバスは利用できない。私は、事前に八戸のバス路線を研究したうえ、地図を持って現地に乗り込んだので何とかなったけれども、おおよそ慣れていないと使いこなせないだろう。
なぜそのような運行システムになっているかというと、それは八戸という都市の構造に問題があるのである。問題というよりも、致命的な欠陥といってもいい。まず八戸市には、本当の意味で市の代表と呼べる駅がない。行ったことのある方ならご存知であろうが、八戸駅は新幹線が乗り入れているにもかかわらず町外れである。駅前には辛うじてコンビニとホテルがあるくらいで、人口数千人程度の村の駅前といった風情だ。じゃあ本当の中心街はどこにあるかというと、八戸駅から八戸線というローカル線に乗って2駅目の、本八戸という駅の周辺になる。しかし、本八戸は列車の本数も少なく、市の代表駅には相応しくない。駅前広場も狭く、バスが沢山集まってくることができない。このように、八戸駅も本八戸駅もバスターミナルとするには適当ではないことが、八戸のバス路線を複雑にしているのだと思う。
本八戸駅付近には、一応、市役所などの行政機関が集まっている。しかし中心市街地の範囲は狭く、以前あったデパートが閉店して、その敷地跡が空地になっていたりするのだから情けない。そのデパートは閉店したあと郊外に移転したのだが、その理由は明白で、「郊外の方が駐車場が広くとれ、人が集めやすいから」である。バスに乗って郊外へ行ってみれば分かるが、八戸の郊外はローサイドショップがギラギラ輝きまくって凄まじい。そんなローサイドショップの一つに「ラピア」というショッピングセンターがあるのだが、このラピアは構内にバスターミナルが併設されていて、中心街以上に利用客がいる。県外へと向かう長距離バスも、郊外にある「ラピア」を起点としているくらいである。要するに、八戸市全体における、中心街の力があまりにも小さすぎるのである。地方都市であれば、郊外にえらく駐車場の広い店が乱立しているのは当たり前のことだが、八戸の場合、郊外の勢力があまりにも強すぎて、中心街の権威が完全に呑み込まれてしまっているのだ。八戸といえば巨大な漁港が有名だが、海岸の方へいくと無機質な防潮堤が冷たく視界をふさいでいる。根が田舎のくせに、自然の色が見られそうなところに限って整備が行き届いているというのも鼻につく。八戸を歩いていると、根が田舎なくせして都会的に町が汚れているので、とてもミジメな気分になる。
八戸なんて、二度と行きたくない。
駅名から鉄道をみる
西の方の大手私鉄に乗ってみて気付いたことがある。
それは、関東と違って駅名を尊重していない、ということだ。たとえば、JRグループ以外では最大の私鉄、近畿日本鉄道(以下、近鉄と呼ぶ)には、近鉄日本橋など、頭に近鉄という2文字を乗せた駅や、大和八木、伊勢中川など、地域名を頭に乗せた駅が多数存在する。しかし、それらの駅が正式名称で呼ばれることはほとんどなく、乗客も「八木で乗り換えだな……」てなふうに話している。さらに案内放送においても、
「次は大和八木、八木でございます」
と略称が強調されるし、近鉄○○というパターンの駅に至っては、「まもなく、近鉄四日市でございます」「次は終点、近鉄名古屋です」と案内されることはまずなく、すべて近鉄を略し「四日市」「名古屋」と呼ばれる。そもそも、なぜ「近鉄」の2文字を頭につけるかというと、他の鉄道会社で同名の駅が別に存在するからである。JRの四日市駅と、近鉄の近鉄四日市駅はどちらも四日市市にあるが、両者は若干離れていて別の駅である。だから、区別するために近鉄の駅名には“近鉄”をつけているのである。だが、駅名を変えているのは位置が離れているからとは限らない。例えば名古屋駅には、JR、地下鉄、名鉄、近鉄が乗り入れているが、駅名を「名古屋」としているのはJRと地下鉄のみで、近鉄は近鉄名古屋だし、名鉄は名鉄名古屋だ。それぞれの駅はくっついているので別の駅という感じはしないが、他の鉄道会社とは別だという考え方なのだろう。
駅名の由来はともあれ、そうやって地域名や鉄道会社名を駅名の頭に乗せているにもかかわらず、正式な案内放送であっても駅名を略したり、駅の発車案内板でも、大和八木行きを「大和八木行き」と正式名称で表示しているところと「八木行き」と略しているところが混在していて紛らわしい。さらに、大和八木駅前の近鉄百貨店では、「近鉄八木駅改札口→」てな案内看板が立っているなど、つまるところ、西の地方では、この駅の名前が真に何というかなんて、どーでもいいことだと捉えられているようである。
それに対し、関東では正式な駅名が尊重されている。例えば西武新宿という駅がある。これは、近鉄の世界でいうところの近鉄名古屋と似ているようで全く別の扱われ方をしている。仮に、西武新宿駅に行って、ホームに立っている人にこんな質問をぶつけてみよう。
「ここは、新宿という駅ですか?」
おそらく、99%以上の人が「違う。新宿駅ではなくて西武新宿駅だ」と答えるだろう。しかし、近鉄名古屋駅で同様の質問をぶつければ、「はい、名古屋駅ですけど」と何当たり前のコト訊いてんのさという顔をされること間違いナシだ。
西武新宿という駅は、JRなどが乗り入れる新宿駅とは位置が少しずれているため、西武新宿駅なのである。そして、新宿駅にはJR、地下鉄、京王、小田急が乗り入れ、すべて「新宿」という駅名を名乗っている。つまり、京王の新宿駅は、京王新宿駅ではなく、あくまでも京王の「新宿駅」。それに対して西武は、西武の「西武新宿駅」なのである。
私は東と西の違いを、単なる文化の違いだと片付けるつもりはない。
ハッキリ言おう。駅名の付け方、駅名の呼び方は、関東の方が圧倒的に優れている。西の方の私鉄は、いますぐ曖昧な駅名の呼び方をやめて東京方式に従うべきである。
それは何故か。
関東における駅名のつけ方は、すべてその駅がある場所と、他の鉄道会社の駅との関係をもとにつけている。例えば西武新宿の場合、JRなどの新宿駅と別の駅名をにすることで、スンナリと乗り換えができるわけではないことを示している。つまり、JRの新宿駅を降りて京王の新宿駅に向かうことに関しては、「同じ新宿駅だからすぐに乗り換えができるな」と判断できるし、西武新宿駅は別の駅だから、初めての人は地図を持っていないと迷うかもな、といった想像もつくのである。つまり、関東の鉄道会社は、他の鉄道会社との乗り換えを考慮し、全体的な鉄道ネットワークのなかで駅名をつけたり、案内したりしている。それに対して西はどうか。西の場合、それぞれの鉄道会社が勝手に自分のところの駅名をつけ、他の鉄道会社との関係を全く考えていない。事実、主要な駅同士にも関わらず乗り換えが不便、というパターンが西には多い。鉄道は、お互いにつながっていてそのネットワークであらゆる場所へ行けるという安心感が大事なのに、西の地方ではそれが尊重されていないのである。
東京に住んでいる私がそれを言うと地方差別に聞こえるかもしれないけど、人口が多くても西の地方は遅れている。本当の都会、東京を見習うべきだ。
それは、関東と違って駅名を尊重していない、ということだ。たとえば、JRグループ以外では最大の私鉄、近畿日本鉄道(以下、近鉄と呼ぶ)には、近鉄日本橋など、頭に近鉄という2文字を乗せた駅や、大和八木、伊勢中川など、地域名を頭に乗せた駅が多数存在する。しかし、それらの駅が正式名称で呼ばれることはほとんどなく、乗客も「八木で乗り換えだな……」てなふうに話している。さらに案内放送においても、
「次は大和八木、八木でございます」
と略称が強調されるし、近鉄○○というパターンの駅に至っては、「まもなく、近鉄四日市でございます」「次は終点、近鉄名古屋です」と案内されることはまずなく、すべて近鉄を略し「四日市」「名古屋」と呼ばれる。そもそも、なぜ「近鉄」の2文字を頭につけるかというと、他の鉄道会社で同名の駅が別に存在するからである。JRの四日市駅と、近鉄の近鉄四日市駅はどちらも四日市市にあるが、両者は若干離れていて別の駅である。だから、区別するために近鉄の駅名には“近鉄”をつけているのである。だが、駅名を変えているのは位置が離れているからとは限らない。例えば名古屋駅には、JR、地下鉄、名鉄、近鉄が乗り入れているが、駅名を「名古屋」としているのはJRと地下鉄のみで、近鉄は近鉄名古屋だし、名鉄は名鉄名古屋だ。それぞれの駅はくっついているので別の駅という感じはしないが、他の鉄道会社とは別だという考え方なのだろう。
駅名の由来はともあれ、そうやって地域名や鉄道会社名を駅名の頭に乗せているにもかかわらず、正式な案内放送であっても駅名を略したり、駅の発車案内板でも、大和八木行きを「大和八木行き」と正式名称で表示しているところと「八木行き」と略しているところが混在していて紛らわしい。さらに、大和八木駅前の近鉄百貨店では、「近鉄八木駅改札口→」てな案内看板が立っているなど、つまるところ、西の地方では、この駅の名前が真に何というかなんて、どーでもいいことだと捉えられているようである。
それに対し、関東では正式な駅名が尊重されている。例えば西武新宿という駅がある。これは、近鉄の世界でいうところの近鉄名古屋と似ているようで全く別の扱われ方をしている。仮に、西武新宿駅に行って、ホームに立っている人にこんな質問をぶつけてみよう。
「ここは、新宿という駅ですか?」
おそらく、99%以上の人が「違う。新宿駅ではなくて西武新宿駅だ」と答えるだろう。しかし、近鉄名古屋駅で同様の質問をぶつければ、「はい、名古屋駅ですけど」と何当たり前のコト訊いてんのさという顔をされること間違いナシだ。
西武新宿という駅は、JRなどが乗り入れる新宿駅とは位置が少しずれているため、西武新宿駅なのである。そして、新宿駅にはJR、地下鉄、京王、小田急が乗り入れ、すべて「新宿」という駅名を名乗っている。つまり、京王の新宿駅は、京王新宿駅ではなく、あくまでも京王の「新宿駅」。それに対して西武は、西武の「西武新宿駅」なのである。
私は東と西の違いを、単なる文化の違いだと片付けるつもりはない。
ハッキリ言おう。駅名の付け方、駅名の呼び方は、関東の方が圧倒的に優れている。西の方の私鉄は、いますぐ曖昧な駅名の呼び方をやめて東京方式に従うべきである。
それは何故か。
関東における駅名のつけ方は、すべてその駅がある場所と、他の鉄道会社の駅との関係をもとにつけている。例えば西武新宿の場合、JRなどの新宿駅と別の駅名をにすることで、スンナリと乗り換えができるわけではないことを示している。つまり、JRの新宿駅を降りて京王の新宿駅に向かうことに関しては、「同じ新宿駅だからすぐに乗り換えができるな」と判断できるし、西武新宿駅は別の駅だから、初めての人は地図を持っていないと迷うかもな、といった想像もつくのである。つまり、関東の鉄道会社は、他の鉄道会社との乗り換えを考慮し、全体的な鉄道ネットワークのなかで駅名をつけたり、案内したりしている。それに対して西はどうか。西の場合、それぞれの鉄道会社が勝手に自分のところの駅名をつけ、他の鉄道会社との関係を全く考えていない。事実、主要な駅同士にも関わらず乗り換えが不便、というパターンが西には多い。鉄道は、お互いにつながっていてそのネットワークであらゆる場所へ行けるという安心感が大事なのに、西の地方ではそれが尊重されていないのである。
東京に住んでいる私がそれを言うと地方差別に聞こえるかもしれないけど、人口が多くても西の地方は遅れている。本当の都会、東京を見習うべきだ。
大人になる者ならぬ者
以前、祖父から「お金を出してあげるから運転免許を取らないか?」と誘われたことがあった。運転免許というのは言うまでもなく自動車の運転免許のことである。私はもちろん断った。理由は、
「自動車よりも自分の足の方がはるかに能力が高いので、自動車を使うことは、鬼におもちゃのバットを持たせるようなもの」
だからである。だが私はそんなことを話したいのではない。ここで問題にしたいのは、祖父がなぜ運転免許取得を薦めたのか、ということだ。
どうして、漢字検定でも危険物取り扱いの資格でもなく、自動車の運転免許なのか。結論から言ってしまうと、自動車の運転免許は単に自動車を運転できる資格という意味だけではなく、マトモな大人としての資格をも意味するからである。この国で身分証明書を指す場合、その第一選択として自動車の運転免許証が挙げられることからもそれは明らかである。
要するに祖父は、私に「マトモな大人になれ」と言いたかったのだ。そしてこれまた当然のことだが、私はマトモな大人になる気が全くない。その理由は簡単で、
「マトモな大人になって得することが全くない」
からである。マトモな大人を目指してしまうと、自動車の運転免許は取らなきゃいけないし、スーツを着てネクタイを締めなきゃならないし、もちろん酒も飲めるようでなければならない。さらに言っちゃえば、この世の中について何かを悟ったような表情を作らなくてはならない。しかし、
「自分は大人になるのやめました!」
と決めてしまう(←笑顔で軽々しく宣言するべし)だけで、それらの制約がすべて解除される。その代わりに支払わなければならないものなど何もない。百利あって一害いなし。お得なのである。
それなのに、なぜ多くの者がマトモな大人を目指そうとするのだろうか? 高校三年生の三学期に自動車の運転免許を取って、三学期の登校日に取得したばかりの運転免許証をクラスメートに見せびらかしてる奴が何人かいた。さらに現在、私の友人の中にも、運転免許を取りたいなぁとか、「この前、友達と酒を飲んで、大人の世界だなーって感じがして良かった」なんて語っている者もいる。私に言わせれば、彼らはわざわざめんどくさい迷路の中に入り込んで喜んでいるだけである。
そんな彼らを動かしているのは、幼い頃からの教育だ。子どもよりも大人の方が優秀なのだ! カッコいいのだ! という根拠のない理屈を大人たちから繰り返し押し付けられてきたために、彼らは自動車の運転免許をとり、酒を飲むようになるのである。さらに言ってしまえば、彼らは強制的に自動車の運転免許を取らされているのである。
彼らは酒を無理矢理飲まされているのである。
タバコを吸わされて、望みもしないのに不健康にさせられているのである。
ネクタイを締めさせられて、暑苦しい思いを強いられているのである。
ああ~可哀想だなぁ。でも私は、友人に「マトモな大人になるの止めなよ!」と言う気はさらさらない。周りがマトモな大人になっていけばいくほど、その道から外れている自分が楽しくて可笑しくて仕方ないからである。
フフフ……彼らがどういう大人になっていくのか。そしてそれ以上に、自分のこれからが楽しみだなぁ。
「自動車よりも自分の足の方がはるかに能力が高いので、自動車を使うことは、鬼におもちゃのバットを持たせるようなもの」
だからである。だが私はそんなことを話したいのではない。ここで問題にしたいのは、祖父がなぜ運転免許取得を薦めたのか、ということだ。
どうして、漢字検定でも危険物取り扱いの資格でもなく、自動車の運転免許なのか。結論から言ってしまうと、自動車の運転免許は単に自動車を運転できる資格という意味だけではなく、マトモな大人としての資格をも意味するからである。この国で身分証明書を指す場合、その第一選択として自動車の運転免許証が挙げられることからもそれは明らかである。
要するに祖父は、私に「マトモな大人になれ」と言いたかったのだ。そしてこれまた当然のことだが、私はマトモな大人になる気が全くない。その理由は簡単で、
「マトモな大人になって得することが全くない」
からである。マトモな大人を目指してしまうと、自動車の運転免許は取らなきゃいけないし、スーツを着てネクタイを締めなきゃならないし、もちろん酒も飲めるようでなければならない。さらに言っちゃえば、この世の中について何かを悟ったような表情を作らなくてはならない。しかし、
「自分は大人になるのやめました!」
と決めてしまう(←笑顔で軽々しく宣言するべし)だけで、それらの制約がすべて解除される。その代わりに支払わなければならないものなど何もない。百利あって一害いなし。お得なのである。
それなのに、なぜ多くの者がマトモな大人を目指そうとするのだろうか? 高校三年生の三学期に自動車の運転免許を取って、三学期の登校日に取得したばかりの運転免許証をクラスメートに見せびらかしてる奴が何人かいた。さらに現在、私の友人の中にも、運転免許を取りたいなぁとか、「この前、友達と酒を飲んで、大人の世界だなーって感じがして良かった」なんて語っている者もいる。私に言わせれば、彼らはわざわざめんどくさい迷路の中に入り込んで喜んでいるだけである。
そんな彼らを動かしているのは、幼い頃からの教育だ。子どもよりも大人の方が優秀なのだ! カッコいいのだ! という根拠のない理屈を大人たちから繰り返し押し付けられてきたために、彼らは自動車の運転免許をとり、酒を飲むようになるのである。さらに言ってしまえば、彼らは強制的に自動車の運転免許を取らされているのである。
彼らは酒を無理矢理飲まされているのである。
タバコを吸わされて、望みもしないのに不健康にさせられているのである。
ネクタイを締めさせられて、暑苦しい思いを強いられているのである。
ああ~可哀想だなぁ。でも私は、友人に「マトモな大人になるの止めなよ!」と言う気はさらさらない。周りがマトモな大人になっていけばいくほど、その道から外れている自分が楽しくて可笑しくて仕方ないからである。
フフフ……彼らがどういう大人になっていくのか。そしてそれ以上に、自分のこれからが楽しみだなぁ。
よそ者追放は許さない!
路線バスというのはなにかと客に不満を抱かせる乗り物だが、その原因は運転手とは限らない。先進国といわれているこの国において、バス会社は腐っているとしか言いようがない……。
それは去年の秋のことである。私は岩手県の一関という町に来ていた。駅前にあるバスの案内所で、1週間後に使うバスのフリー乗車券(1日に何度でも乗り降りできるきっぷのこと)を購入するためである。一関は過去に何度も来ているので、駅周辺の地理はだいたい分かる。ゲームセンターの店内を間借りするような佇まいのそれが、岩手県交通の一関駅前案内所だ。
「10月10日の分のフリー乗車券を下さい」
と、案内所のおばさんに声をかける。するとおばさんは呆れたような顔をしながら、
「フリー乗車券が使えない路線分かってんの?」
と言って窓口のガラス窓をダンッと叩いた。窓口に貼られたプリントには、フリー乗車券が使えない路線の名前が並べ書きされている。そこに書かれていない路線ならば乗り降り自由というわけである。私は、そんなこと百も承知なので、「分かってます」と答える。しかし、おばさんは大人しくフリー乗車券を出そうとせず、納得しかねる表情で「どこで使うの?」と訊いてきた。
「陸前高田市の路線で」
「だからー、陸前高田へ行く路線は使えないの!」
そーれ見ろ、これだからよそ者は困っちゃうよ、と言わんばかりの口調である。
「ですからー、陸前高田へ行く時に使うんじゃなくて、陸前高田市内のローカル線で使うんです!」
と、私もだんだんイライラしてくる。岩手県内の地名が登場してワケが分からなくなってきた方が多いと思うので解説すると、陸前高田は一ノ関からJR線で2時間ほどのところにある太平洋沿岸の町である。JRではなく、岩手県交通の長距離バスで行くこともできるが、そのバスには長距離路線のためフリー乗車券が使えない。私は、陸前高田までJRで行き、市内を走る短距離路線にフリー乗車券を使おうとしていたのである。
それを説明したにも関わらず、案内所のおばさんはまだあきらめきれないらしく、
「これさぁ、ココじゃなくて高田(岩手県の人は陸前高田を略し、高田と略して呼ぶことが多い)のバスターミナルでも買えるんだよ? ココで買う必要ないんじゃないの?」
と、あからさまに売りたくない態度を示した。
「だから、バスターミナルじゃないところから乗るんですよ! バスターミナルにいく機会がないから、ここで買うしかないんです!」
「じゃあ、どこから乗るの?」
「矢作というところです」
「矢作!? それ乗れないよ! その路線は乗れないって」
おばさんはそんな調子で、質問しては否定するを繰り返す。そうやって、私を引き下がらせようとしているようである。
「去年、フリー乗車券で乗りましたけど」
と私は反論するが、おばさんは当然納得せず、
「ちょっと待って」
とどこかに電話をかけ始めた。相手は営業所らしい。案内所よりも一段階上の組織である。
その結果、私が挙げた路線でフリー乗車券が使えることが分かり、おばさんの側に攻撃の材料は何もなくなった。おばさんの負け、である。それなのにおばさんは素直に負けを認めることなく、
「本当は高田で買ってもらったほうがいいんだけどなぁ」
「わざわざ1週間も前に買うことないんだよなぁ」
と、バカげた時間稼ぎを始めた。フリー乗車券をくれって要求しているんだから素直に売ればいいのに、無駄な質疑応答を繰り返して客の時間を奪い、それでも飽き足らず駄々をこねる。こういうバカが「岩手県交通」という文字の入った制服を着て案内所の窓口にいるという事実が腹立たしい。
「じゃあ何ですか! 売れないっていうんですか!!!」
と私がイラつきながらいうと、
「そーゆーわけじゃないんだけど、もし使えなくても責任取れませんからね」
と、まるで私が無理な要求をしているかのような雰囲気を作りながら、渋々とフリー乗車券に日付印を押し始めた。
責任とはカッコイイ言葉である。日本人が好きな言葉である。しかし、自分が責任を負うからといって赤信号を無視されては困る。責任よりも大事なのは知識であり、このおばさんにはそれが完全に欠落していた。自分に知識がないにも関わらず、よそ者の私よりは知識があると勝手に思いこんでいたのである。そして、自分の知識のなさを認めたくないがために、私に難癖をつけて追い払おうとした。こういう輩は案内所の係員として失格である。さらに、こんな知識不足の係員を教育せずに放置している会社もどうかしている。
それは去年の秋のことである。私は岩手県の一関という町に来ていた。駅前にあるバスの案内所で、1週間後に使うバスのフリー乗車券(1日に何度でも乗り降りできるきっぷのこと)を購入するためである。一関は過去に何度も来ているので、駅周辺の地理はだいたい分かる。ゲームセンターの店内を間借りするような佇まいのそれが、岩手県交通の一関駅前案内所だ。
「10月10日の分のフリー乗車券を下さい」
と、案内所のおばさんに声をかける。するとおばさんは呆れたような顔をしながら、
「フリー乗車券が使えない路線分かってんの?」
と言って窓口のガラス窓をダンッと叩いた。窓口に貼られたプリントには、フリー乗車券が使えない路線の名前が並べ書きされている。そこに書かれていない路線ならば乗り降り自由というわけである。私は、そんなこと百も承知なので、「分かってます」と答える。しかし、おばさんは大人しくフリー乗車券を出そうとせず、納得しかねる表情で「どこで使うの?」と訊いてきた。
「陸前高田市の路線で」
「だからー、陸前高田へ行く路線は使えないの!」
そーれ見ろ、これだからよそ者は困っちゃうよ、と言わんばかりの口調である。
「ですからー、陸前高田へ行く時に使うんじゃなくて、陸前高田市内のローカル線で使うんです!」
と、私もだんだんイライラしてくる。岩手県内の地名が登場してワケが分からなくなってきた方が多いと思うので解説すると、陸前高田は一ノ関からJR線で2時間ほどのところにある太平洋沿岸の町である。JRではなく、岩手県交通の長距離バスで行くこともできるが、そのバスには長距離路線のためフリー乗車券が使えない。私は、陸前高田までJRで行き、市内を走る短距離路線にフリー乗車券を使おうとしていたのである。
それを説明したにも関わらず、案内所のおばさんはまだあきらめきれないらしく、
「これさぁ、ココじゃなくて高田(岩手県の人は陸前高田を略し、高田と略して呼ぶことが多い)のバスターミナルでも買えるんだよ? ココで買う必要ないんじゃないの?」
と、あからさまに売りたくない態度を示した。
「だから、バスターミナルじゃないところから乗るんですよ! バスターミナルにいく機会がないから、ここで買うしかないんです!」
「じゃあ、どこから乗るの?」
「矢作というところです」
「矢作!? それ乗れないよ! その路線は乗れないって」
おばさんはそんな調子で、質問しては否定するを繰り返す。そうやって、私を引き下がらせようとしているようである。
「去年、フリー乗車券で乗りましたけど」
と私は反論するが、おばさんは当然納得せず、
「ちょっと待って」
とどこかに電話をかけ始めた。相手は営業所らしい。案内所よりも一段階上の組織である。
その結果、私が挙げた路線でフリー乗車券が使えることが分かり、おばさんの側に攻撃の材料は何もなくなった。おばさんの負け、である。それなのにおばさんは素直に負けを認めることなく、
「本当は高田で買ってもらったほうがいいんだけどなぁ」
「わざわざ1週間も前に買うことないんだよなぁ」
と、バカげた時間稼ぎを始めた。フリー乗車券をくれって要求しているんだから素直に売ればいいのに、無駄な質疑応答を繰り返して客の時間を奪い、それでも飽き足らず駄々をこねる。こういうバカが「岩手県交通」という文字の入った制服を着て案内所の窓口にいるという事実が腹立たしい。
「じゃあ何ですか! 売れないっていうんですか!!!」
と私がイラつきながらいうと、
「そーゆーわけじゃないんだけど、もし使えなくても責任取れませんからね」
と、まるで私が無理な要求をしているかのような雰囲気を作りながら、渋々とフリー乗車券に日付印を押し始めた。
責任とはカッコイイ言葉である。日本人が好きな言葉である。しかし、自分が責任を負うからといって赤信号を無視されては困る。責任よりも大事なのは知識であり、このおばさんにはそれが完全に欠落していた。自分に知識がないにも関わらず、よそ者の私よりは知識があると勝手に思いこんでいたのである。そして、自分の知識のなさを認めたくないがために、私に難癖をつけて追い払おうとした。こういう輩は案内所の係員として失格である。さらに、こんな知識不足の係員を教育せずに放置している会社もどうかしている。
メール便
久し振りに「せどり」のお話。
私は、ネット上で古本を約700冊出品している。
すると、1日に10冊、多い時には20冊くらい注文が入る。注文がきた本を梱包し発送するのが日々の日課だ。
売れたらそれでバンザイといいたいところだが、そうではない。いかに安く発送するかが大きな課題なのである。本の発送には、メール便を使うのが常套手段とされており私もそれに従っているが、メール便は本の厚さによって送料が異なってくる。コンビニからメール便を送ったことのある方なら分かるであろうが、業界最大手「ヤマト運輸」のクロネコメール便は、厚さ1センチが80円、2センチだと160円である。本の場合、1センチ以内のモノは少なく、ほとんどが2センチで160円になる。
だが、コンビニに持っていかずに、ヤマト運輸に電話をかけて集荷を頼むと、セールスドライバーがやってきて、送料をオマケしてくれることがある。ここで問題なのは、日によってやってくる人は違い、人によって送料をオマケしてくれる人と、全くオマケしてくれない人がいるということだ。
私の住む地域の場合、やってくるのはH、I、K、W、Cのうちのどれかだ。このうち最も出現率が高いのがCで、コイツがネックなのである。
Hは、厚さに関係なくすべて80円にしてくれる。しかも、2センチを多少越えていても持っていってくれるので大変ありがたい。
IやKは、2センチを越えるようなモノに関しては160円にするが、1、5センチ程度なら1センチとみなして80円にしてくれる。たいていの本は1、5センチくらいの厚さなので、この人たちに頼めばほとんどの本が80円で送れる。
Wは、Hと同じようにすべて80円にしてくれる。人当たりも非常によく好感が持てる。
Cは、1、2センチ程度の本を手に取り「うーん」と首を傾げ、「まぁ今回はサービスね」といって80円にしたりもするが、1、5センチ程度の厚みがあると容赦なく160円にする。しかも、コンビニに持っていっても送れるようなギリギリ2センチの本をみると、「これは厚いからダメ」といって受け取らない。Cはサービスが薄いだけでなく全体的な態度が悪く、いつもふて腐れたような顔でやってくる。
そんなわけで、私は集荷を頼む時、いつも「C以外の人来てくれ! とにかくC以外だ!」と念じている。だがその祈り(?)もむなしく、6割強の割合でCが来る。1日に10冊送るとすると、Cだと10冊中4冊くらいを160円にするが、Hだとすべて80円にしてくれるので、同じ本を送っても送料が320円も違ってくるのである。
佐川急便に訊ねたら、厚さに関係なく80円にしてくれるというので、乗り換えちゃおうかなぁと今は考えている。サービスしてくれているHやI、K、Wの人たちには何となく申し訳ないのだけど…。
私は、ネット上で古本を約700冊出品している。
すると、1日に10冊、多い時には20冊くらい注文が入る。注文がきた本を梱包し発送するのが日々の日課だ。
売れたらそれでバンザイといいたいところだが、そうではない。いかに安く発送するかが大きな課題なのである。本の発送には、メール便を使うのが常套手段とされており私もそれに従っているが、メール便は本の厚さによって送料が異なってくる。コンビニからメール便を送ったことのある方なら分かるであろうが、業界最大手「ヤマト運輸」のクロネコメール便は、厚さ1センチが80円、2センチだと160円である。本の場合、1センチ以内のモノは少なく、ほとんどが2センチで160円になる。
だが、コンビニに持っていかずに、ヤマト運輸に電話をかけて集荷を頼むと、セールスドライバーがやってきて、送料をオマケしてくれることがある。ここで問題なのは、日によってやってくる人は違い、人によって送料をオマケしてくれる人と、全くオマケしてくれない人がいるということだ。
私の住む地域の場合、やってくるのはH、I、K、W、Cのうちのどれかだ。このうち最も出現率が高いのがCで、コイツがネックなのである。
Hは、厚さに関係なくすべて80円にしてくれる。しかも、2センチを多少越えていても持っていってくれるので大変ありがたい。
IやKは、2センチを越えるようなモノに関しては160円にするが、1、5センチ程度なら1センチとみなして80円にしてくれる。たいていの本は1、5センチくらいの厚さなので、この人たちに頼めばほとんどの本が80円で送れる。
Wは、Hと同じようにすべて80円にしてくれる。人当たりも非常によく好感が持てる。
Cは、1、2センチ程度の本を手に取り「うーん」と首を傾げ、「まぁ今回はサービスね」といって80円にしたりもするが、1、5センチ程度の厚みがあると容赦なく160円にする。しかも、コンビニに持っていっても送れるようなギリギリ2センチの本をみると、「これは厚いからダメ」といって受け取らない。Cはサービスが薄いだけでなく全体的な態度が悪く、いつもふて腐れたような顔でやってくる。
そんなわけで、私は集荷を頼む時、いつも「C以外の人来てくれ! とにかくC以外だ!」と念じている。だがその祈り(?)もむなしく、6割強の割合でCが来る。1日に10冊送るとすると、Cだと10冊中4冊くらいを160円にするが、Hだとすべて80円にしてくれるので、同じ本を送っても送料が320円も違ってくるのである。
佐川急便に訊ねたら、厚さに関係なく80円にしてくれるというので、乗り換えちゃおうかなぁと今は考えている。サービスしてくれているHやI、K、Wの人たちには何となく申し訳ないのだけど…。
素晴らしき鈴峠

岩手県の美しさ、奥ゆかしさを象徴するような場所がある。
それが、葛巻町と岩泉町の境にある、県道202号線の鈴峠(すずとうげ)だ。
2008年の秋、私は葛巻側からこの鈴峠へと上っていった。葛巻は、以前話したように牧場が多く、傾斜のなだらかな丘には牧草地が広々と敷かれている。坂を上がっていくと、眼下ではトラクターが山の斜面に張り付き、草を刈りながらゆっくりと動いている。それはとてものどかで、開放的な眺めである。そんな葛巻の絶景に見送られながら、道は林に吸い込まれていく。そして、舗装が途切れて砂利道になる。自動車同士のすれ違いができない狭い道。急坂を上りきると、前方に「岩泉町」の看板が見えてきて、鈴峠に到達する。上の写真が鈴峠の様子である。
未舗装の山道ではあるが、ちゃんと標識が立っているところが「県道」の力なのだろうか。峠の周囲にはシラカバが茂り、どこからか牛の声が聞こえてくる。それほど視界が開けているわけではないが、ホッと一息つきながら達成感をかみしめたくなるような場所である。
峠まで上ってくるのに要した時間は46分。思いのほかあっさりと到達したので、私は「なんだ、こんなもんか」と気を緩めてしまった。だが、その先の道が大変だった。
峠を境にして、風景はガラリと変わった。
葛巻側は、林の中といえども開放的で、木々のスキマから涼しげな風が吹きぬけるような快適なハイキングコースである。しかし、峠を越えて岩泉側へ入ると、とたんに辺りが鬱蒼としてくる。下れば下るほど、自分が山の中に埋もれていくような感じで、この先に集落がある気配が感じられない。さらに悪いことに、秋は陽が短く、だんだんと薄暗くなってきた。この道を通るものは自分のほかになく、谷底に落ちたら助けてくれる人など現れそうにない。県道であるにもかかわらずガードレールがほどんど設置されておらず、陽が落ちてからは怖かった。崖から落ちたらどうしようという不安だけではなく、熊が出たらヤバイなぁとか、いろんな意味で闇に包まれた山が自分を圧迫してくる。もし、本当の肝試しをしたいのならば、夕暮れ時に一人で鈴峠の道を歩かせたらよい。オバケなんか必要ない。本物の孤独感に襲われ、肝試しに参加したことを心の底から後悔することうけあいだ。
暗闇の恐怖と戦いながら、早歩きで坂を下っていく。やがて、下の方からチョロチョロと水の音が聞こえてきた。砂利道が舗装道路になり、わずかながらも街灯の光が見えてくると、ようやく下界である。下界といってもそこは秘境中の秘境ともいうべき山の中。川沿いの狭い土地に古そうな家屋が点々としている。家は、石が積まれた台の上に乗っかり、家の敷地は、手作りの木製の柵で囲まれている。自然とともに生きる――そんな言葉が浮かんでくる小集落。葛巻側は開放的でダイナミックな牧場風景が広がるのに対し、岩泉側は山に埋もれるような秘境の集落がある。峠をひとつこえるだけで、全く別の世界に行ってしまう鈴峠。この峠を徒歩で越えてやれば、岩手県のエキスが自分のなかに染みわたること間違いナシだ。
今度は、岩泉側から鈴峠を越えてみたい。
日雇いに追い込まれないように
私は、高校を卒業してから少しの間、日雇いで働いていたことがある。ニュースなどで話題になっているのでもはや騒ぎ立てることでもないが、日雇い派遣というのはいやな感じだ。
まず、交通費が出ない。時給は1000円や1100円なので一見悪くないのだが、現場へ行くまでの交通費は自己負担である。さらに、給料をもらうときは、わざわざ派遣会社の支店まで行かなくちゃならない。当然、支店までの往復交通費は自分持ちだ。
嫌なのはそれだけではない。複数人で向かう現場の場合は、就業時刻よりも30分くらい前に最寄りの駅に集合し、「点呼」をとってもらわなければならないのである。そして、集合時刻から本来の就業時刻までの30分間は当然のごとく無給である。また、同じように集合場所に集まってくる人たちというのはどことなく下を向いていて、
「どうせ俺の人生なんかよぉ」
「次に生まれてくるときに期待するしかないんだよな」
と、色々なものをあきらめているような雰囲気だ。そんな人たちに囲まれていると、自分までミジメになってくる。
さらに追い討ちをかけるように、派遣先の人(指揮命令者という)の態度が全体的に悪い。スーパー(←四角くて赤い帽子を屋根の上に乗せている、西武線や中央線沿線にやたらと店舗があるあの大手スーパーだ!)で店内整理の仕事をしたときは、
「そこは何をぼうっとしてんだ!」
「若いやつが怠けているから日本が良くならないんだ!」
と怒鳴りつけられた。また、別の日に秋葉原でティッシュ配りをしたときは、
「え? まだ300枚しか配れてないの? キミ何やってんの?」
「配り方が悪いんじゃないかなぁ。そこは人通りが多いから軽く500枚は配れるよ!?」
と罵られた。
そんなこんなで、徹底的にヘコまされながら終業時刻をむかえると、最後に「あ。じゃあもうこれで終わりだから。帰っていいよ」と厄介者のように言われて終わりとなる。赴く現場がすべてこんなというワケではないが、大半はこんな感じである。毎回現場は違うため「今日行くところではどんな人が待っているのだろう?」と緊張してしまう。
私は、最初からそんな状況を分かってて日雇い派遣に登録したわけではない。ネットで「1日~できるアルバイト」という一文を見つけ、気が向いたときに1日だけできるならやってみるか……と思って登録してみたのである。
日雇い派遣は労働条件が劣悪だ!
人を物としか扱っていない!
どんなに働いても貧乏から抜け出せない!
こんな日雇い派遣は禁止するべきだ!
と大合唱が起こっているように、私も日雇い派遣はケシカランと思う。だがそれよりもいけないのは、誰かに雇われなければならないという固定概念だ。日本の教育というのは「上の者に従い、周りの人たちと協調し、欲を張らず、文句を言わずに黙々と働く」人を育成するようにプログラムされている。
「本を出して印税収入で暮らそうぜ!」とか、
「冒険家になってエベレスト登るんだよぉ俺は!」
と考える子は問題児なので、少なくとも高校卒業までにはまっとうな道に矯正されるようになっている。それが、これまで築きあげてきた大人たちの社会を守る道だからである。
今はインターネットも普及しているので、ネットオークションやアフィリエイト等で稼いでいる人もいる。しかし、そういう奴らを認めてしまっては大人の面目が立たないので「ニート」だとか「ひきこもり」と呼んで差別するのだ。
これほど日雇い派遣が問題視されていても根絶に至らないのは、古い大人たちが健在で、古い大人たちに洗脳されてしまった若者たちがうじゃうじゃいるからである。
教育を変えなければいけない! などと叫んでももはや手遅れだ。大事なのは、悪い教育から身を守る賢さなのである。
まず、交通費が出ない。時給は1000円や1100円なので一見悪くないのだが、現場へ行くまでの交通費は自己負担である。さらに、給料をもらうときは、わざわざ派遣会社の支店まで行かなくちゃならない。当然、支店までの往復交通費は自分持ちだ。
嫌なのはそれだけではない。複数人で向かう現場の場合は、就業時刻よりも30分くらい前に最寄りの駅に集合し、「点呼」をとってもらわなければならないのである。そして、集合時刻から本来の就業時刻までの30分間は当然のごとく無給である。また、同じように集合場所に集まってくる人たちというのはどことなく下を向いていて、
「どうせ俺の人生なんかよぉ」
「次に生まれてくるときに期待するしかないんだよな」
と、色々なものをあきらめているような雰囲気だ。そんな人たちに囲まれていると、自分までミジメになってくる。
さらに追い討ちをかけるように、派遣先の人(指揮命令者という)の態度が全体的に悪い。スーパー(←四角くて赤い帽子を屋根の上に乗せている、西武線や中央線沿線にやたらと店舗があるあの大手スーパーだ!)で店内整理の仕事をしたときは、
「そこは何をぼうっとしてんだ!」
「若いやつが怠けているから日本が良くならないんだ!」
と怒鳴りつけられた。また、別の日に秋葉原でティッシュ配りをしたときは、
「え? まだ300枚しか配れてないの? キミ何やってんの?」
「配り方が悪いんじゃないかなぁ。そこは人通りが多いから軽く500枚は配れるよ!?」
と罵られた。
そんなこんなで、徹底的にヘコまされながら終業時刻をむかえると、最後に「あ。じゃあもうこれで終わりだから。帰っていいよ」と厄介者のように言われて終わりとなる。赴く現場がすべてこんなというワケではないが、大半はこんな感じである。毎回現場は違うため「今日行くところではどんな人が待っているのだろう?」と緊張してしまう。
私は、最初からそんな状況を分かってて日雇い派遣に登録したわけではない。ネットで「1日~できるアルバイト」という一文を見つけ、気が向いたときに1日だけできるならやってみるか……と思って登録してみたのである。
日雇い派遣は労働条件が劣悪だ!
人を物としか扱っていない!
どんなに働いても貧乏から抜け出せない!
こんな日雇い派遣は禁止するべきだ!
と大合唱が起こっているように、私も日雇い派遣はケシカランと思う。だがそれよりもいけないのは、誰かに雇われなければならないという固定概念だ。日本の教育というのは「上の者に従い、周りの人たちと協調し、欲を張らず、文句を言わずに黙々と働く」人を育成するようにプログラムされている。
「本を出して印税収入で暮らそうぜ!」とか、
「冒険家になってエベレスト登るんだよぉ俺は!」
と考える子は問題児なので、少なくとも高校卒業までにはまっとうな道に矯正されるようになっている。それが、これまで築きあげてきた大人たちの社会を守る道だからである。
今はインターネットも普及しているので、ネットオークションやアフィリエイト等で稼いでいる人もいる。しかし、そういう奴らを認めてしまっては大人の面目が立たないので「ニート」だとか「ひきこもり」と呼んで差別するのだ。
これほど日雇い派遣が問題視されていても根絶に至らないのは、古い大人たちが健在で、古い大人たちに洗脳されてしまった若者たちがうじゃうじゃいるからである。
教育を変えなければいけない! などと叫んでももはや手遅れだ。大事なのは、悪い教育から身を守る賢さなのである。
肩書きなんていらない
ここまで私のブログを読んで下さっている方ならば、「コイツは一体何者なんだ?」という疑問を持たれるかもしれない。日本人は何かと人を分類したがる。その人がどのグループに属しているのか、あるいは自分がどのグループに属しているのかを知ることで安心したりする。
というわけで、ハッキリと言わせてもらおう。私は、何のグループにも属していない。高校を卒業してから大学に進学もしなかったし、それ以外の何らかの組織に所属することもなかった。アルバイトを続けているというわけでもないので、「フリーター」という肩書きも与えられない。「あーつまりニートなのね」と理解される方もいるだろうが、それも少し違う。以前述べたように私はネットで古本を販売し収入を得ている。その収入で経済的に自立しているわけではないが、それは個人のグループ分けに影響するものではないだろう。
私は、人を分類して満足している日本人が嫌いである。
かつては、正規に雇用されていない者に肩書きはなかった。しかし、肩書きのない者が多数発生したことが日本人どもには我慢がならず、「フリーター」という新種の肩書きを作り出した。しかし、そのグループからもこぼれる者が現れ、困った彼らは「ニート」という肩書きを強引にでっちあげた。そうやって、全ての人を何らかのグループに入れようとしてきたのである。
私は、そんなグループの袋のなかに入れられたくはないし、現実的に何の肩書きももたない自分に満足している。自分は警察官だ、自分は電車の運転手だ、と肩書きを持っていれば、そのグループの色に染められざるを得ないが、無所属であれば自分は自分でしかなくなる。グループという閉鎖的な袋を破ってこそ、自分がそれらしいものとして生きてくるのだと思う。
というわけで、ハッキリと言わせてもらおう。私は、何のグループにも属していない。高校を卒業してから大学に進学もしなかったし、それ以外の何らかの組織に所属することもなかった。アルバイトを続けているというわけでもないので、「フリーター」という肩書きも与えられない。「あーつまりニートなのね」と理解される方もいるだろうが、それも少し違う。以前述べたように私はネットで古本を販売し収入を得ている。その収入で経済的に自立しているわけではないが、それは個人のグループ分けに影響するものではないだろう。
私は、人を分類して満足している日本人が嫌いである。
かつては、正規に雇用されていない者に肩書きはなかった。しかし、肩書きのない者が多数発生したことが日本人どもには我慢がならず、「フリーター」という新種の肩書きを作り出した。しかし、そのグループからもこぼれる者が現れ、困った彼らは「ニート」という肩書きを強引にでっちあげた。そうやって、全ての人を何らかのグループに入れようとしてきたのである。
私は、そんなグループの袋のなかに入れられたくはないし、現実的に何の肩書きももたない自分に満足している。自分は警察官だ、自分は電車の運転手だ、と肩書きを持っていれば、そのグループの色に染められざるを得ないが、無所属であれば自分は自分でしかなくなる。グループという閉鎖的な袋を破ってこそ、自分がそれらしいものとして生きてくるのだと思う。
点線道の恐ろしさ
私はまた、点線道に負けた。
点線道というのは、地図上に点線で記された「徒歩道」のことである。徒歩文化が廃れた地方では、徒歩でしか通れない道は使われなくなり、廃道化していく。しかし、それでも道であることに変わりはなく、道を歩くのは、ごく自然のことであるべきと考える私は、マニアックな点線道へ入り込んでいく。
今年の冬、岩手県は寒すぎるので三重県を訪れた。そして、三重県の点線道へ挑んだ。岩手県の険しい点線道を数多く経験してきた自分にとって、三重県の点線道などチョロいものだろう。そう高をくくっていた。しかし、そこには、岩手県では味わったことのない恐ろしさが潜んでいた。結果的に見れば、そのような危険が待っていくことくらい事前に判断できてもよかったのかもしれない。だが、今までそのような危険を私に教えてくれるものはいなかった。「教科書に載っていないこと」とはまさにこのことだ。
点線道は、私にいろいろなことを教えてくれる。
(ぜひとも動画をご覧下さい)