あるきびとの岩手旅日記
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岬は遠い

$あるきびとの岩手旅日記

 海に向かってギザギザに突き出す三陸海岸の半島たち。地図を眺めていると、その半島すべてを訪れたくなる。クセのある半島を一つ一つ巡り歩くことで、その地を自分のモノにできるような気がするからである。
 今年の秋、そんなギザギザ半島のひとつ「尾崎半島」を訪れた。まずは、三陸鉄道南リアス線の平田駅から1時間と少し歩き、尾崎白浜という漁港にたどり着く。ここから尾崎半島の先っぽ(つまり、岬)までは、遊歩道がのびているはずだ。
 漁港でのんびりと写真を撮っていると、おじいさんが近づいてきた。背は低いがとても重量感のある感じの人で、「わしゃあ、ここで漁師始めて100年じゃ」と言われても納得してしまいそうだ。
「どこさ行くの?」
 とおじいさんが訊ねてきた。
「岬の方まで行きます」
「あー初めての人だと大変だよ。遊歩道のような道はないからねぇ、道なき道を行かなきゃいけないから……岬まで早くても2時間はかかるな」
 という。私はハイハイそうですかと頷きながら、またまた私をナメちゃって~と軽く考えていた。今までどれだけの悪路を克服してきたか知らないだろ? ヤブに覆われ、道の存在すらハッキリしない廃道と幾度となく戦い、勝ったり負けたりしてきたのだ。それに対し、今回歩くのは「新奥の細道」という名前がついていて、公式のホームページまで用意されている道である。地元の人の言うことといえども、どうせ田舎モンは歩くということをしないのだから、徒歩旅行に関しては私のほうがレベルが上に決まってる。おじいさんが所要2時間というのなら、1時間30分で到達してやるー! と、私はいたずらな闘争心を燃やした。
 しかし、結果的に岬までたどりつくのに、おじいさんが提示した時間をオーバーして2時間10分かかってしまった。公式の遊歩道のはずなのに、道が荒れに荒れていて、途中で道が消えてしまうのである。消えるというのは大げさではなく、今まで続いていたはずの山道が、ただの針葉樹林のなかに吸い込まれて無くなってしまうのだ。あれ? 道のつづきはどこ?? とウロウロしているうちに、自分のまわりは人工物ひとつ存在しない森になっている。ひとつ間違えれば遭難しかねないほどである。
 やはり、地元の人はその地のことをよく分かっている。今回、そう認めざるを得なかった。
 しかし、ホームページでこの遊歩道を調べ、「今日は楽しいハイキングだぁ!」ってやってくる家族連れがいたらどうするのだろうか。三陸海岸には、インターネットの情報力では克服できない闇の恐ろしさがひそんでいる。そんなふうに簡単にコトが進まないのも、岩手県の魅力なのだけれども。

ブログ改造のお知らせ

 近々、他のブログサービスで新たなブログを開始し、ブログを再編成しようと考えております。当ページは「あるきびとの岩手旅日記」と名乗っておきながら、岩手県関係の記事の割合が小さすぎる気がするのです。そこで、テーマごとに別のブログをつくり、メインのブログは日記として日々の出来事を綴っていきたいと思っています。このページは更新頻度が下がりますが、引き続き岩手県の魅力を語っていきます。よろしくお願いします。

立入禁止の乱用禁止

$あるきびとの岩手旅日記

 櫃取湿原(ひっとりしつげん)に行った。櫃取湿原は、全国的には無名で、岩手県内でもさほど有名ではないが、岩泉町内では有名な(当然か?)高層湿原である。だが今日は湿原について話したいのではない。湿原へたどり着くまでの道のりが問題なのだ。
 櫃取湿原へ行くためには、県道から分岐する道を奥へ進んでいけばいいのだが、県道からそれたとたん、道はゲートによって閉ざされている。道はその先へのびのびと続いていて、ゲートを乗り越えれば簡単に突破できるのだが、そのゲートには文句が記されている。
「ここは放牧地です。関係者以外の方は立入禁止とします」
 念のため言っておくが、その道は地図にも載っているれっきとした公道である。だから誰でも通れてしかるべきのはずだ。だが、異郷の地で「立入禁止」を無視すると、村の掟によって制裁を加えられそうな気がしてびびってしまう。でも、その先にあるのは一応観光スポットの櫃取湿原だし、立入禁止というのは、自動車で立ち入るのはお断りという意味かもしれない。田舎では、人が動くことすなわち自動車が動くこと、と捉えているふしがあり、歩いて移動するという可能性を全く考えていないことが多々なのである。
 私は、関係者が来てくれないかなぁと期待しながら悩み続け、20分くらいゲートの前で立ち往生したのち、立入禁止を無視することに決めた。公道を歩いているだけなんだし、その公道をふさぐ「立入禁止」に法的根拠はない。ゲートにまたがり、向こう側へとおりる。いざ突破してみると、沿道には観光客向けの案内板も設置されていて、道をふさぐゲートとは裏腹によそ者大歓迎の様相だ。
 少々歩いたところで、おじいさんが軽トラに乗って現れた。「どッから来たの」「ここは初めて?」と尋問されたが、ゲートを乗り越えてきたことに対するお咎めはなし。「立入禁止」は、無視しても構わない種類のものだったらしい。
 軽々しく「立入禁止」の文句を使わないでもらいたいものである。この国では、少しでもよそ者の進入が嫌だと、すぐ「立入禁止」が使われる。できれば入ってもらいたくないなー、というつもりでも、絶対に入ってもらっては困る、という場合でも、同じ文句を出されたら区別できないではないか。いっそのこと、「立入禁止」を使うためには、国に申請して許可が必要というルールにしたらどうかと思うほどである。

スカイツリー騒ぎに反対

 最近、東京スカイツリーの話題がよく新聞やテレビに登場する。東京スカイツリーというのは、東京都墨田区に現在建設中の、東京タワーにかわる第二の電波塔である。その電波塔が、いまここまで出来上がっています! とか、○○の街からスカイツリーが見えました! など、棒が地上から突っ立っているだけなのに大騒ぎだ。
 まぁ、騒ぎたい人は勝手に騒げばけっこうなのだが、心配なのは地方の人たちが「新しいものをドーンと建てて盛り上がるのが東京なのだ。都会というものなのだ」と誤解してしまうことである。
 いま、地方では景観の均一化が著しい。つまり、どの町へ行っても風景がほとんど変わらないことである。キレイな大型道路が山を貫き、広い駐車場をもつ大型ショッピングセンターが並び、鏡のようにピカピカな公共施設が乱立する――。現地の人にとっては「わが町の発展」なのかもしれないが、みんなが同じことをやっているので、結局は個性のない景観をうすく延ばして全国に広めているだけになっているのだ。そんななか、東京が新しい塔をドーンとたててアピールすれば、地方のやつらは東京に負けじと躍起になって、ますます街をつまらなくしていくだろう。
 東京スカイツリーは、決して「東京らしい東京」ではない。東京が全国にアピールすべきは、開発の魔の手を寄せ付けぬ昔ながらの街並み(神保町の古書店街とか)のはずである。

点線道、再び(動画解説)

 点線道との戦いはまだまだ続く。
 点線道とは、地図上に点線で記されている「徒歩道」のことである。徒歩でしか通行できない道という意味だが、実際にその道へ入ってみると、道が完全に森林に飲み込まれ、徒歩ですら通れなくなっていることが多い。GPSを持っているので、道のない山林に迷い込んでも、木々の中を泳いで生還することはできる。過去に挑戦した点線道のなかには、結局道が分からなくなり、GPSで現在地を確認しながら山林を強行突破して下界へ抜けた例も多い。だが、私は道を歩きたいのである。道路を歩いて通行するという、当たり前のことがしたいのである。だが現実の点線道は、道が完全に消え、その痕跡すら残っていないことも多く、点線道攻略をするのはもうやめようかなぁと思ったこともある。
 それでも今回点線道へ踏み込んだのは、「以前から気になっていた道」だからである。点線道攻略に躍起になっていた頃、絶対に突破してやるー、って地図上の点線を何度もなぞった。その頃の気持ちに整理をつけるため、今回点線道に挑んだわけだ。
 その結果については動画をご覧いただくとするが、今回の点線道は、荒れ果てていたけれども道が死んでいく過程を見せてくれた。負けてもいい。そんな気持ちにさせてくれる道だった。そんな道に出会うと、まだまだ点線道への挑戦を続けようという気になる。



 

点線道、再び

いわての山が教えてくれたこと

 今年の秋は、岩手県の山間部をたくさん歩いた。国道、県道、遊歩道から廃道に至るまで、いろんなタイプの道を歩いたが、どの道にもイガグリがよく落ちていた。中身の栗が入っているものもあれば、すでに無くなっているものもあった。これらの栗を効率的に集めれば、相当な期間分の食料になるのではないか、と思った。また、山道へ入ればキノコがたくさん生えている。私にはキノコの知識がないので手を出すことはできないが、食べられるキノコを見分ける目があれば、これもまた食料になる。山には、食べられるものがたくさん実っているのである。
 都市部に住んでいると、もとい、この国の標準的な教育を受けていれば、何らかの職について給料をもらい、その給料で食べ物を買うという発想しか生まれないだろう。だから、人々は誰かに雇ってもらわなければ死んでしまうという恐怖に怯え、必死で就職活動という椅子取りゲームにのめりこんでいくわけだ。そんなとき、自然の恵みで生活していくという選択肢がもてれば、お金がないと死ぬという脅迫から逃れることができる。大切なのは、「新たな選択肢をつかむ」ことなのである。
 今の私は、栗を拾うことはできても、キノコを採ったり、山菜を採ったり、シカやクマを撃ち落としたりすることはできない。そういうことを教わったことがないからである。だが、岩手県を歩くことで、「自分の知らないこと」を知ることができた。人は、最初から教科書を押し付けられて勉強しろと言われても、なかなか知識を身につけることができない。大事なのはまず、自分が知らないことは何かを知ること。私は、岩手県を旅行することで、やっと今後の人生のために必要な「知」を得るためのスタートラインに立てたのである。

鉄道にもどれ

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 JR岩泉線は、夏に起きた土砂崩れのせいで運休し、バスによる代行輸送が続いている。今秋、私は岩手県に旅行に出かけ、岩泉線の岩手大川駅を訪れた(岩泉線代行とは別のバスに乗って)。岩泉線の代行バスに乗る予定はなかったが、代行バスとはいかなる乗り物であるかは気になるところである。  夜、岩手大川駅の待合室で夕食を終え、歯をみがいていると、駅前にウーーーンとバスが上がってきた。バスといっても、温泉旅館の送迎に使われるような感じのマイクロバスである。バスは、駅前のバス停(これは岩泉町民バスのバス停で、岩泉線代行バスのバス停ではない)をかすめ、そのまま通過していった。
 バスといえども、鉄道の代行なのだから、鉄道としての運行形態をとるものだと思っていた。具体的に言えば、乗降客の有無に関わらず駅に停まり、乗降を確認してから発車、というシステムだ。しかしその代行バスは、岩手大川駅を利用客ナシとみて通過していった。これでは普通のバスと同じである。利用客は、バスの運転手に気付かれずに逃げられてしまったらどうしよう、という恐れを抱きながら待つことになる。鉄道のように、列車が来てからアクションを起こせばいい、という安心感はどこにもない。
 岩泉線が、バスのシステムに落ち着いてしまってはいけない。早く復旧して、よそ者が何のストレスも抱かずに利用できる鉄道に戻ることを願っている。

お知らせ

 明日から約2週間、休ませていただきます。

捨ててはいけない!

 今日は、自分の部屋を大掛かりに掃除した。部屋には書類や本や文房具などが散乱していて、どこに何があるのか分からなくなってきたからである。さらに、部屋全体がホコリっぽいので、その改善を図るという意味もある。大変有意義な事業である。少なくとも北海道のバイパス建設よりはタメになる仕事である。
 今まで「ここは俺の場所!」と偉そうに居座っていた物たちをどかし、掃除機でホコリを吸い取る。さらに、要るモノと要らないモノを分類する。実際のところ、必要なものよりも必要のないもののほうが圧倒的に多い。だから思い切ってドカーンと捨ててしまった方がスッキリはする。がしかし、捨てようとするとどこからか「待った」の声が聞こえてくるものがある。
 例えば、小学生の頃の集合写真や通知表。私は小学校が大嫌いなのでこういうものはビリンビリンに破いて捨ててしまいたい。しかし、これらのブツは「私を捨てるのはいけないことです」というオーラを放っている。ただの紙切れにすぎないのだが、捨てることは罪なことのような気がして躊躇してしまうのだ。それから、年賀状やハガキの類も捨てにくい。特に、昔よく遊んでいた友達からもらったハガキともなると、これを捨てることはその子の顔をつぶすことになるような気がして、捨てたいんだけど手厚く保護してしまうのだ。
 物たちの無言の圧力に押され、今日の大掃除ではいまひとつ物が減らなかった。ホコリは大幅に除去できたが、部屋の中にはまだ働いてないモノたちが偉そうに居座っている。
 くそぉ…次回こそは必ず、情け容赦なくモノを捨ててやる。そのときは開き直って、捨てちゃいけないけど捨ててしまったモノをこの場所で公開するぞ。
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