渋滞解消法?
小さい頃、高速道路で渋滞にはまったときこんなことを考えた(余談だが、うちには自動車が1台もないし、運転免許を持っている者もいない。よって、タクシーかバスかなんかに乗っていたときのことだと思う)。
前の車が前に進んでから自分が動き出す、そして自分が動き出したのをみて後ろの車が・・・とやっているからいつまでたっても混雑したままなのだ。全員がいっせいに前に進めばいいのに。例えば、号令をかける人がいて、その人の「1、2の、3!」という合図で全員が同時にブーって前に進めばよいのだ。
……と。まぁ現実にはそんな危なっかしいことはできない。全員が同時に前に進むという構図は、列車そのものである。おお、やはり鉄道はすばらしい。
前の車が前に進んでから自分が動き出す、そして自分が動き出したのをみて後ろの車が・・・とやっているからいつまでたっても混雑したままなのだ。全員がいっせいに前に進めばいいのに。例えば、号令をかける人がいて、その人の「1、2の、3!」という合図で全員が同時にブーって前に進めばよいのだ。
……と。まぁ現実にはそんな危なっかしいことはできない。全員が同時に前に進むという構図は、列車そのものである。おお、やはり鉄道はすばらしい。
音楽教育の効果
「うるさい歌は嫌いだ」
私は、両親とテレビを見ながら夜ご飯を食べているときに、そんなことを言った。うるさい歌というのは、ギターをジャカジャカ鳴らし、ドラムをジャンジャン叩き、高いんだか低いんだかよく分からないような声を張り上げ、首をくねくねと動かしながら熱唱してるような歌のことである。舞台に派手なスポットライトが当たっていれば、さらにそのうるささに拍車がかかる。早い話、最近流行ってる歌、というのはすべてうるさい歌に属するのである。流行りの音楽はうるさい! けがらわしい! 愛してるだの会いたいだの大好きだの、みんな言ってることは同じじゃないか!! と、私はご飯を口に運びながら流行り歌の悪口を並べ立てた。そして、そんな「うるさ歌」を嫌っているのが、自分の感性なのだと信じていた。
だが、結論からいってそれは自分の感性でも何でもなく、親の教育によってそうなっただけなのである。私は小さい頃、音楽といえばクラシックしか聴かされなかった。おそらくそれが、母の方針だったのだろう。幼い頃から毒のある流行歌なんか聴かせるべきじゃない! 偉大な作曲家たちが残した美しき名曲を聴かせて育てよう! ということだろうか。私は、ポピュラー音楽に全く触れることなく育ち、テレビで流行り歌が流れていても、冒頭で述べたように嫌悪感を抱くだけのひとになった。中学生の時、そんな私をみて同級生のひとりが「お前は親のせいでおかしくなってしまっている」と評した。教育というのは恐ろしいものである。
ポピュラー音楽もいいと思えるようになったのはここ数年のことである。ある日、卒業式でよく歌われている「旅立ちの日に」というのはどういう曲だっただろうかと思い、ユーチューブで検索してみた。すると、お目当ての「旅立ちの日に」だけでなく、「旅立ちの日に・・・」という曲も出てきて、・・・が付いてる方の曲はどんななんだろうと思い聴いてみたら、おおお良いじゃないの、と気に入ってしまった。積極的にポピュラー音楽を聴くようになったのはそれからである。
私は今でこそポピュラー音楽の歌を自分で歌えるほどだが、親がいる居間で自分の好きなCDをかけることはない。音楽はすべてMP3に変換して、ICレコーダーに入れ、部屋でこっそりと聴いている。最近作った宗谷本線の紙芝居動画にもポピュラー音楽がBGMとして使われているが、それを作るのも親が留守の間にこっそりと、である。私は今でも、ポピュラー音楽はけがらわしいもので、親の前でそれを聴くのは悪いことのような気にとらわれ続けている。
私は、両親とテレビを見ながら夜ご飯を食べているときに、そんなことを言った。うるさい歌というのは、ギターをジャカジャカ鳴らし、ドラムをジャンジャン叩き、高いんだか低いんだかよく分からないような声を張り上げ、首をくねくねと動かしながら熱唱してるような歌のことである。舞台に派手なスポットライトが当たっていれば、さらにそのうるささに拍車がかかる。早い話、最近流行ってる歌、というのはすべてうるさい歌に属するのである。流行りの音楽はうるさい! けがらわしい! 愛してるだの会いたいだの大好きだの、みんな言ってることは同じじゃないか!! と、私はご飯を口に運びながら流行り歌の悪口を並べ立てた。そして、そんな「うるさ歌」を嫌っているのが、自分の感性なのだと信じていた。
だが、結論からいってそれは自分の感性でも何でもなく、親の教育によってそうなっただけなのである。私は小さい頃、音楽といえばクラシックしか聴かされなかった。おそらくそれが、母の方針だったのだろう。幼い頃から毒のある流行歌なんか聴かせるべきじゃない! 偉大な作曲家たちが残した美しき名曲を聴かせて育てよう! ということだろうか。私は、ポピュラー音楽に全く触れることなく育ち、テレビで流行り歌が流れていても、冒頭で述べたように嫌悪感を抱くだけのひとになった。中学生の時、そんな私をみて同級生のひとりが「お前は親のせいでおかしくなってしまっている」と評した。教育というのは恐ろしいものである。
ポピュラー音楽もいいと思えるようになったのはここ数年のことである。ある日、卒業式でよく歌われている「旅立ちの日に」というのはどういう曲だっただろうかと思い、ユーチューブで検索してみた。すると、お目当ての「旅立ちの日に」だけでなく、「旅立ちの日に・・・」という曲も出てきて、・・・が付いてる方の曲はどんななんだろうと思い聴いてみたら、おおお良いじゃないの、と気に入ってしまった。積極的にポピュラー音楽を聴くようになったのはそれからである。
私は今でこそポピュラー音楽の歌を自分で歌えるほどだが、親がいる居間で自分の好きなCDをかけることはない。音楽はすべてMP3に変換して、ICレコーダーに入れ、部屋でこっそりと聴いている。最近作った宗谷本線の紙芝居動画にもポピュラー音楽がBGMとして使われているが、それを作るのも親が留守の間にこっそりと、である。私は今でも、ポピュラー音楽はけがらわしいもので、親の前でそれを聴くのは悪いことのような気にとらわれ続けている。






