夜、突然震度6弱の地震が職場である宿舎タイプのホテルを襲った。

 

単に経過報告にしよう。

日中私は猪苗代スキー場でリフトで6回分スキーを楽しんでいた。四度転倒し、一寸膝が痛い。

 

 

 

夜中、23時過ぎか、熟睡していると、地震によって起こされる。結構激しく揺れる。

テレビの落下、窓際のサボテン鉢植えの落下、ランチュウの水槽の水が半分くらい零れる。

 

私は我に返り、宿泊施設管理人としての任務を胸中、確認する。

宿泊人、各棟何名かは驚きの余り、廊下をウロウロ徘徊、驚愕の心持を共有し合う。

震度は凡そ6弱と推定。建物内インフラ(電気・ガス・水道)異状なし。依って、復興事業部相馬本部に『富岡、異状なし』と報告。

 

但し、宿舎駐車場前、県道35号線道路下、水道管破裂。119番通報し、消防署は管轄の水道事業団へ連絡。復旧に向けての段取り、そして工事を開始。

 

 

余震は今尚続き(18:22. 14/Feb/2014)、予断を許さない。

 

50代後半にもなれば、誰でも持病の一つか二つ有るもの。私も例外ではなく、二つ有り、死ぬまで付き合って行かねば為らないであろう。

 

それは、三年程前、モスクワ旅行から帰って来た時発病した肝硬変。そして、肝硬変から派生した静脈瘤。

八年程前ロンドンで、濡れた落葉にバイクのタイヤは滑り転倒。私は左膝を強打した。それ以来続く膝痛・・・

最後に、病気と云う程では無いが、生活に不便を感じる老眼。

 

肝硬変故に、私はアルコールを一滴も摂取していない。然し、未だ新たな二か月目。膝は市販の軟膏を塗っているのと、サポーターで保護。スキーをしている時は取分け気を付けている。

 

 

医師の指示に従って薬局で買ったアメリカ製サポーター

 

 

 

ロシア民族友好大学入学時に、強制的にメディカルチェックを受診させられる。30ページくらいの本になって各学生は所持するのだ。因みに、医学部を持つ総合大学である。

 

 

 

駐車場に行き、煙草を吸う。

そして、自分の車に乗り込み、モスクワの家族とWhatsAppでビデオチャットをする。

特別の話題は無い。単に取留めのない会話をする。宿舎の管理人として殺伐とした生活の下、家族と話すことは心安らぐ。

 

私の友人は5人家族ではあるが、安らがない家族である。彼は極小さなホテル、大体部屋数は20部屋未満、を経営しているが、自宅母屋に入ることは、娘たちは好まない。妻も同様である。それで彼はホテルの管理人室で生活している。

それでも彼はホテルオーナーである。一方私は、雇われマネージャーで、しがない管理業務と肉体労働に追われたいる。惨めさとの戦いと感じる時でさえある。

 

そうして、心は荒むのだが、家族とのWhatsAppでのチャットが私に潤いを与えてくれる。

そして会津・猪苗代スキー場に向かい、浮世を忘れ休日を楽しみたい。

 

 

モスクワの娘。年と伴に随分と容貌は変化する。日露ミクスト(ユダヤ含む)

 

 

 

 

 

現在ホットな話題の一つにJOC会長、森喜朗元首相の女性差別舌禍事件がある。私の独断と偏見から言わせて貰えば、此は文化の相違に過ぎない。

 

問題点は、今回のオリンピック開催国のJOC会長が、世界コードを理解できない人間であり政治家であったことだろう。JOC会長としての森氏は当然世界コードに適合した意見を云うべきである。

 

因みに、今回帰省した折、会話した私の母と友人は森喜朗氏擁護派である。

日本には、村社会各々の掟は古来から存在するが、基本的人権の意識は希薄である。

今から実家に戻る。明日は旗日、建国記念日だ。

私は大抵、二週間おきに実家に戻る。私の職場(宿舎タイプのホテルのマネージャー)から石巻まで160キロ。何処に行こうが故郷が有るのは嬉しい。

 

今日は、パートが突発で休み、労働負荷が高かった。月曜日もパートが休んだ。今週はツイていない。実家に行こう。職場から離れ、別の人種と触れ合い、心を和ませ落ち着かせたいのだ。

 

私には二つの家族がある。実家の母と私。去年までは父も居たが亡くなった。

もう一つは、モスクワの妻と子。離れて暮らしてから、もう5年以上が経つ。

 

妻は私の実家に二度来たことがある。

私の故郷石巻を『EMPTY(何も無い)』と評価した。

娘は一度来たことがある。「家の中が凄く寒い!」と驚いていた。

 

 

 

5年前、実家に来た時の娘。と言っても、写真は宮城県名取市のショッピングモール

 

まだ、幼稚園児の頃、今は中学生である(注意!ロシアの中学1年生は、日本の小学5年生にあたる。ロシアは小学校4年/中学校5年/高校2年の4-5-2、日本は6-3-3制)。

 

 

 

故郷石巻に居た時、外国人とコミュニケーションをとった事は無かった。

媒体を通して外国人を(此処では白人に特化するが・・・)見るに過ぎない。テレビから、映画から、雑誌から、視覚映像では無いが、外国文学と哲学の日本語訳に依って、洋楽(映画音楽・クラッシック・ロック・ポピュラー等)を聴くことによって(歌詩も含めて)、欧米の文化を吸収した。全て間接的に20年もの間、脳内で自分流に欧米人と文化を形成したのである。

 

私はドイツに憧れていた。父親の云うところのゲルマンである。

18歳で上京し、さもない大学、明治大学文学部独文専攻に入学する。合格した大学が此処だけだったので。因みに、私の卒業した石巻高校には結構明大卒が多いのだが、自分の子供を明治大に入れたい者は居ない。逆にあそこの大学に入りたいと言われたら、「やめなさい」とアドヴァイスするだろう。

 

東京でも特に外国人との接触は無かった。東京をウロウロすれば、必ず外人を見るものだが、特定の友人は当たり前にして、知り合いも居なかった。

 

21歳の夏休みに、遂にドイツに向かった。私は横浜からソビエト船(ゼルジンスキー号)に乗った。この船内二泊三日で、初めてイギリス人とフランス人と親しくなったのである。両者からロンドンの自宅、南フランスの田舎町(ピレネー山脈の近く)に来るよう誘われた。実際、私はフランス人ジャンの家に数日滞在した。

諄いほど此のシリーズは続いている。自分自身、この分析に興味を持っている。

 

「何で、白人と結婚したのか?」 の答えを求めている。もう解答は直感しているのだが、考えると言う事は、直感した事を諄く論理的に説明することであろう。

 

欧米映画女優は所詮偶像であって、遠くから想像力逞しくして眺めているものなのだろう。

古い表現を借りれば、「銀幕のスター」 。自分の脳内で形成された憧れの女性。現実感は失われている。生臭い日常や貧乏くさいセックスなどをイメージすることは無い。

 

フレンチソフトポルノにしても、変態性や異常性欲が加味され劣情をそそられるが、映像美は抜きん出ている。

 

 

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社会的に恥ずかしくない範囲で許容されている、否、自分の許容範囲を指すのか?正統派映画女優から、徐々に汚れ役も熟す女優へと移行している自分を見る。

次に手を付けるのが、お決まりのダーティーマガジン(要するにエロ本)。中学三年から高校三年くらいまでか?

 

毎月購入していたのが、近所のエロ本自動販売機にある月刊誌 『Mr. Dandy』 であった。

 

 

 

 

 

 

Naked Girl (裸の女)は全て白人。白人女性嗜好の読者向けのエロ本であった。ヌードモデルの容姿は外人ものの中では秀逸であった。勿論月刊プレイボーイ、ペントハウスもあったが、微妙な不潔感が不足している。

とは言っても、学生時代、明治大学文学科独文専攻の同級生のアパートにプレイメイトの豪華本写真集があったのでよく眺めていた。彼も卒業後、カナダにワーキングホリデーで生活し、その後西ドイツ、アメリカと十数年海外生活を送っていた。

 

小学生、中学生、高校生と成長(性徴)するにつれ、エロスの方が強化される自分が分かる。

当時、私にとって理解できないのが、安い和物のエロ本を見て興奮している級友であった。私は趣味を疑った。

 

ロンドンでの職場の同僚の女性(正業はピアニスト、此れだけでは稼げないので、塾で時間講師兼務)、彼女はポルトガル人の妻、其の前はポーランド人が夫の国際結婚組で、彼女も

「何でロシア人と結婚したの?」 と聞いて来た。

 

私は、子供の頃から外国人映画女優が好きだったことや、初めて買ったエロ本(和物)が、トラックの運ちゃん御用達の自動販売機で購入したもので、汚くて気持ち悪くなった旨を伝えた。不思議なことに、私は自分を理解してくれると直感する女性に対して正直に語るところがある。

 

 

 

サマリーと言っては何だが、

 

「何で、白人と結婚したのか?」 の回答を求めて来た分けだ。

 

幼馴染は、「山ちゃん、昔から外人のエロ本ばかり見ていたからな」 と代弁している。

父は、「頼むからゲルマンの女性と結婚してくれ!」 の懇願。

其処から更に具体的に為ると・・・

 

ハリウッド映画をはじめとして、フランス・イタリア等の欧州の映画女優の美しさに堪能する。

イングリッド・バーグマン、ジョディ・フォスター、ナスターシャ・キンスキー、ビビアン・リー

( 30代に成ると、ジュリエット・ビノシュ、ジュリー・デルビー も好きになったが、性的意味合いは無い)。

 

小学校の頃、父がリーダーズダイジェストの通販から買った『LIFE』社の映画写真集を眺めていた。

 

 

 

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フレンチ・ソフトポルノでは、『エマニュエル夫人』『O嬢の物語』、そして『愛の妖精 アニーベル』『シビルの部屋』 が挙げられる。

 

 

 

エマニエル夫人(1974)仏

 

 

 

O嬢の物語(1975)仏

 

 

 

愛の妖精 アニーベル(1975)伊・仏

 

 

 

シビルの部屋(1976)仏

 

 

月刊ロードショーの写真記事、フレンチソフトポルノも深層心理に深く沈潜していったであろう。

 

 

 

 

スキー旅行による肉体疲労の為、本日休養。

 

 

猪苗代スキー場:福島県耶麻郡猪苗代町葉山

 

 

「ゲルマンと結婚してくれ!」 なんかと懇願した父であるが、彼自身は、宮城の田舎出身の女性、即ち私の母と見合いで結婚している。

母の容姿、性格のどれをとっても、西洋的な何かを感じ取ることはできない。

 

父に関して言えば、樺太生まれで、大東亜戦争中、朝鮮に居た時もある。殆どは宮城県石巻で育ってはいるが、終戦、引き揚げ後、何年か高知県南国市に住んでいた。

 

何と言っても、父に影響を及ぼしたのは、十代の頃、進駐軍松島基地で働き、アメリカ文化と触れ合った事に尽きるであろう。そうして、すっかりと洋画ファンに成り、私達、姉弟も感化され、大の映画ファンになったのである。

 

小学校高学年から中学生の時、月刊ロードショー、スクリーンを購入する習慣ができた。

手元にある、芳賀書店の映画俳優の写真集から、私の好きな、好きだった女優が理解できる。

 

 

 

大学生の頃、塾の生徒にくれてしまった。ポスターを部屋に貼っていたこともあった。こちらは例外の男優。唯一購入した写真集

 

 

 

彼女の映画は『がんばれベアーズ』を観たくらいか?同時上映がジョディフォスターの『ダウンタウン物語』。セイコーのコマーシャルに登場した時、八代亜紀に似ていて幻滅した。以来ファンではない・・・

 

 

 

矢張、『タクシードライバー』のジョディフォスターが一番好きである

 

 

 

本当、美人である。しかし清潔過ぎて色気が足りないのではないか?

 

 

 

『パリ・テキサス』で登場した時何て綺麗な女優なのかと驚愕したが、現在見る影もない

 

 

 

高校の頃、知人が欲しいと言うので、売ったのかな?

 

 

二次元の写真と、動画によって、白人女性に対する憧憬を募らせたのだろう。

映画による白人女性の刷り込みは、私にとって相当深く浸透したと思われる。