故郷石巻に居た時、外国人とコミュニケーションをとった事は無かった。

媒体を通して外国人を(此処では白人に特化するが・・・)見るに過ぎない。テレビから、映画から、雑誌から、視覚映像では無いが、外国文学と哲学の日本語訳に依って、洋楽(映画音楽・クラッシック・ロック・ポピュラー等)を聴くことによって(歌詩も含めて)、欧米の文化を吸収した。全て間接的に20年もの間、脳内で自分流に欧米人と文化を形成したのである。

 

私はドイツに憧れていた。父親の云うところのゲルマンである。

18歳で上京し、さもない大学、明治大学文学部独文専攻に入学する。合格した大学が此処だけだったので。因みに、私の卒業した石巻高校には結構明大卒が多いのだが、自分の子供を明治大に入れたい者は居ない。逆にあそこの大学に入りたいと言われたら、「やめなさい」とアドヴァイスするだろう。

 

東京でも特に外国人との接触は無かった。東京をウロウロすれば、必ず外人を見るものだが、特定の友人は当たり前にして、知り合いも居なかった。

 

21歳の夏休みに、遂にドイツに向かった。私は横浜からソビエト船(ゼルジンスキー号)に乗った。この船内二泊三日で、初めてイギリス人とフランス人と親しくなったのである。両者からロンドンの自宅、南フランスの田舎町(ピレネー山脈の近く)に来るよう誘われた。実際、私はフランス人ジャンの家に数日滞在した。