最近立続けにフレッド・ジンネマンの映画を観ていた。

彼の気骨と一貫した正義の追求に見惚れていた。

 

彼のこだわりは、矢張ユダヤ系であること、両親をナチスドイツ下の収容所で亡くした事に尽きると考える。有触れた直感ではあるが・・・

 

 

 

山河遥かなり(1948) ユダヤ人迫害のトラウマを持つ少年と占領軍米兵のドラマ

 

 

 

真昼の決闘(1952) たった一人で悪と立向かう老保安官のドラマ

 

 

 

地上より永遠に(1953) 軍隊の非人間的な異常性を一人の兵士を主役にした物語から抉り出す。フルメタルジャケット(キューブリック作)に見られる偏執性・変質性は、此の時代からは見受けられない。

 

 

 

ジャッカルの日(1973) 一人のプロフェッショナルのスパイナーがドゴール大統領狙撃計画を実行する。

 

 

フレッド・ジンネマン、此の監督の作品の完成度は素晴らしい♪

 

 

 

今朝、実家石巻に戻り、今、東北縦貫道村田サービスエリアで休憩。

今日は友人とサウナ、それから来週の車検の打合せ。

夕方は馴染みのイタ飯屋で食事,歓談。

家に戻り仮眠、晩御飯、母とお喋り。

そうして今から猪苗代スキー場へ。

 

前の記事で一寸話した映画『緑の光線』について、10年近く前にヤフーブログに映画評をしていたので、此の当時の記事を転載します。

 

 

-------------------§--------------------

 


テーマ:映画

 

15年以上前にVHSビデオテープに録画して所有していたにもかかわらず、一度も観ていなかったロメール監督の作品です。

 

『喜劇と格言劇シリーズ』の第5作にあたるのがこの『緑の光線』になります。

”格言劇”と言っているので、引用されたランボーの詩に注目すべきです。ロメール監督の作品には無意味な感覚的言辞の挿入は有り得ません。

 

Ah, Que le temps vienne où les coeurs s'éprennent

「ああ、胸熱き季節よきたれ!」 と字幕が出てました。

 

私は大学一年の時読んだ、「ランボーの『最高の塔の歌』の一節なのかな?」 と直観しましたが、フランス語が分からないので確信が持てません。

 

堀口大學氏の日本語訳、「心と心が熱し合う時世はすでに来ぬものか」

 

恣意的になりますが、このランボーの文句を基軸に『緑の光線』を考えてみました。

 

●『緑の光線(1986・仏)』 ヴェネチア国際映画祭・金獅子賞受賞作品

 

 

 

デルフィーヌ(マリー・リヴィエール)は、初め二週間の夏期休暇を女友達と海岸で過ごす計画をしていましたが、その友達から彼と二人っきりで旅行をしたいと連絡が来ます。

置き去りにされたデルフィーヌは迫る夏期休暇の過ごし方を見つけかねます。同情する友達・親類・知人は、

 

「一人旅をして彼氏を探したら?」 とアドヴァイスしてくれたり、

「私の友達とバカンスを一緒に楽しみましょう♪」 と誘ってくれたりします。

 

彼女の感性と良心は、男漁りに旅に出たり、真実、心を分かち合えない集団と時を共にすることを許しません。

 

 

 

 

 

 

冒頭のランボーの一節が響きます。

「心と心が熱し合う時世はすでに来ぬものか」

 

 

彼女が求める人間関係は、”心と心が熱し合う・・・”関係なのです。夏期休暇を共に過ごそうと約束した女友達にも裏切られ、虚栄に満ちたパリの人間関係に幻滅を覚えます。増して言わんや、恋人に対してはそれ以上のものでしょう。

 

折角、落ち込むデルフィーヌを盛り上げんとする友人・知人達の前で、食事時も海岸でのビーチバレーの時でも溶け込め切れずにいます。彼女は”自分の感情に正直であらん”とします。そうして自ら孤独の道に歩むのです。

 

日本的に言えば、空気を読まない我まま女と評価される恐れが多分にありますが、私にとっては単に正直なのです。虚偽や偽善を社会性の中で巧く取り入れることができないのでしょう。デルフィーヌの純粋性ゆえの行動です。

 

 

 

 

彼女自身も自分の社会性の欠如を知っています。皆から離れ単独行動をしても、自由を得るどころか、退屈と強烈な孤独が彼女を襲います。そうして彼女は涙するのでした。

 

 

友人達の解決法は単純です。皆で飲み食いをして談笑するか、自然の下、遊ぶかして気晴らしをすることなのでしょう。この一連の気晴らしがデルフィーヌを癒し、快活にするものと単純な処方箋を考え治療しようとします。が、彼女の人間関係における強烈な孤独はそんな治療法では治癒できません。

 

 

パリを出発する前、彼女は道端に落ちているトランプを拾ったら『スペードのクイーン』でした。私はカード占いには疎いのですが、不吉を表徴するものなのでしょう。クイーンは女性なので(当たり前)、女性に関して、デルフィーヌが受取る全ては不幸を暗示するものだったのでしょう。

 

 

デルフィーヌ自身、別に容姿に問題はありません。器量に恵まれない女性が自分の価値を過大評価して、真の友情やら愛やらを我ままし放題周囲に求めたら、社会は彼女を無視するでしょう。男に相手にされない女が、男を見下し、自分に相応しい男性は『白馬に乗った王子』であると主張したら至極滑稽でしょうが、容姿も知的においても、デルフィーヌは(当然好みはあろうが)男を選ぶ権利を持っています。

 

ただ彼女が求めるものは、「心と心が熱し合う時世はすでに来ぬものか」にあります。そうして彼女は夏休みのパリを、観光地を彷徨うのでした。デルフィーヌは偶然性の諸相の下、不安定な精神状態のまま存在するのでした。

 

 

 

 

デルフィーヌの友人は彼女に新たな彼氏の出会いをセッティングしますが、デルフィーヌ

の求める世界はここにあらずです。

 

新たな友情を、新たな恋人を安易な世界で求めれば求めるほど、デルフィーヌの孤独

は増して行きます。

 

 

 

 

旅慣れたスウェーデン娘は、レストランで地元フランス男を惹きつけますが、デルフィーヌはこんなシチュエーションでこんな男達と関わることを拒絶するのです。

 

「心と心が熱し合う時世はすでに来ぬものか」

 

彼女は飽くまでもこの言辞にこだわるのでした。安易な友情と恋愛を拒否します。悲しい思いをして、一人その場を走り去るのでした。但し、周囲からすればエラい迷惑でしょう。立ち去る理由が皆目分からないのですから。

 

デルフィーヌは自分の事をこう弁明します。

「私は余りにもロマンチストなの。ロマンチック過ぎるのよ」 と涙ながらに説明する

のです。それ故の「心と心が熱し合う・・・」なのでしょう。

 

次に一人ぽっちのデルフィーヌは磯辺でトランプを拾います。今度はハートのキングでした。これは「白馬の王子」との出会いを暗示するものでしょうか?

 

 

一人で日光浴するデルフィーヌの後ろで、高齢のグループがジュール・ヴェルヌ

(海底二万哩・八十日間世界一周で有名)の『緑の光線』の話題に興じてます。

 

「非常にロマンチックな作品なの。シンデレラや白雪姫のような」

 

背後から聞こえる話からすると、この物語の中で、太陽が地平線に沈むときに放つ緑の光線があるらしく、実際にそれを見た人もあるらしいのです。

デルフィーヌは何か霊感に取り憑かれます。緑の光線を見る経験を欲するのでした。

 

 

 

旅先で出会った初対面の人達を全て拒絶しました。友人達の好意も、デルフィーヌの孤独を癒すものではありません。完全な孤独の夏期休暇に陥ります。

そんな彼女の救いは、『ハートのキング』『緑の光線』のインスピレーションが残されただけでした。

 

 

パリの友人に勧められ自由に借りることができた別荘でしたが、デルフィーヌはパリに戻ることに決めます。そうしてパリ行きの汽車をドストエフスキーの『白痴』を読みながら田舎駅のベンチで待ちます。

 

まあ、フランス人やロシア人にある行動なのですが、ユダヤ人も含めます、平気で地下鉄等で長編の文豪作品を読んでいる姿を見たものです。日本人も電車で読書をしますが、選ぶ書籍が大抵お粗末です。デルフィーヌは教養があるのでしょう。

 

 

彼女が読む『白痴』に興味を持ったイケメンの男性が彼女に話しかけます。デルフィーヌは直観しました。彼女は喜んでイケメン男の質問を受け入れます。彼は家具職人の見習工で、二日ばかりの休日をとある漁師町で過ごす計画です。

デルフィーヌはパリ帰りの計画を変更し、何とイケメン家具職人と漁師町への旅に向かうのでした。

 

デルフィーヌは、彼に「心と心が熱し合う・・・」を感じたのでしょう。そうしてこれに賭けたのです。今まで彼女は友人のアドヴァイスに従い受動的でしたが、彼に対しては一気に転換し能動的になります。

 

イケメン家具職人も彼女の望みに付き合います。勿論それは『緑の光線』を漁師町の水平線から見ることです。

そうして二人は日没の水平線に現れる『緑の光線』を現実に見る経験を共有するのでした。

 

 

 

この場所でこの瞬間、デルフィーヌはイケメン家具職人と

「心と心が熱し合う時世はすでに来ぬものか」の野生を讃える天才詩人ランボー

の一節を我がものにした感動を得たのです。

 

デルフィーヌは真に人間的なコミュニケーションを達成したのでした。ここには嘘も虚栄もありません。

 

 

 

英国現代史に興味がある方なら、此の映画は秀逸である。

1899年、19世紀末のボーア戦争から1933年迄の大英帝国の栄光と陰りの始まりを、上流階級夫人ジェーン・マリオット(ダイアナ・ウィンヤード)の半生を通して、小説の様に学びえるのだ。

 

女の一生、半生で、歴史の変遷を感じ取れるのは、有名どころでは『風と共に去りぬ』があろう。此れは南北戦争前後を示す。

カヴァルケードに於いては、ボーア戦争で夫の出征を経験し(無事帰還)、長男をタイタニック号沈没で亡くし、次男を第一世界大戦時、フランスで亡くした。将校の夫は無事帰国。

 

 

 

監督はフランク・ロイド、主役のジェーン演じるダイアナ・ウィンヤードが素晴らしい。

 

因みに、此の映画がリリースされた翌年だったか、ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)がワイマール共和制の下、第一党となりヒトラー連立政権内閣が組閣する。

歴史の流れであろう。

 

 

久しぶりに見る恋愛物。其れも老人のそれである。

とは言いつつも、過去の大恋愛、それも53年前に遡って継続する。

 

其の原点である『男と女(1966)』は過去二度観た記憶がある。大恋愛の末、二人は結婚すること無く別々の人生を歩んでいた。

 

フランス映画によくあるパターン。質問と答え、

 

「何故、結婚しなかったの?」 に対し、アンヌ(アヌーク・エーメ)は、

「完璧過ぎる恋愛だった」 と答える。

 

 

双方、別の家庭を持ち、ジャン(ジャン・ルイ=トランティニャン)はプレイボーイの浮名を流しつつ、生涯忘れられない女性はアンヌであった。

他方アンヌは、映画プロデューサーとして芸術性を求めすぎ、商業的成功は為すことなく、獣医の娘に世話になり、お店を経営しながら余生を送っている。

 

養老院に預けられているジャンは、痴呆で記憶が怪しい中、アンヌの事だけは鮮明に覚えているのであった。

不憫に思った息子は何とかアンヌを探し出し、再会の機会を設けるのである。

 

結局、様々な葛藤がありつつも、二人はまた運命的な交わりを再開するのである。

 

 

 

私は死期の近い男が未だに過去の女を思い出す執着に驚く。

実際、去年亡くなった父にしても、享年88歳、見合い結婚で一緒になった自分の妻(当然私の母)よりも、別れさせられた恋人(別に大恋愛でも何でもない)に思いを馳せたりしていた。

酷いことには、そちらと結婚した方が良かったなどと悔恨の情を表していた。

また、ジャンは人生の決算を纏めるべく、ヴェルレーヌの詩を暗唱していたりする。

 

永遠の女性を求めるかの様な、此の男の本性というか本能、執着に恐れ入るのである。

 

 

最後に、残念だったのは、エリック・ロメール監督の『緑の光線』のパクリがエンディングに使われたことかな?

最高にロマンティックな演出をする為に、そうヴィクトル・ユーゴーの言葉、

人生最良の日々とは、まだ生きていない日々だ」 を表現するには『緑の光線』を使用することが・・・

 

本当、愛に関すれば、フランスは世界一になるだろう。

 

つい先程はで、『007ダイヤモンドは永遠に』を観ていた。

明日も、6時前には起きなければならないので、今から寝ます。

 

チョッピリ、コメディのような007です。

 

 

 

 

 

 

娘の絵①では、4歳2か月までの絵を掲載した。

写真を探すのが手間取り、急に7歳頃、小学校入りたての辺りの絵をアップしてると、

 

 

 

娘の母(要するに私の妻)

 

 

 

 

学校の担任の先生

 

 

 

 

 

妻の肖像画は、実際の妻と似ている。年齢の割に上手な方だと私は思っている。

 

 

娘は一人っ子である。兄も姉も弟も妹もいない。

私個人は、一人っ子の友人はいなかった。苦手意識があった。我儘で、自分本位。相手の立場を考慮する思考に欠けるので、一緒に居て不愉快に感じるからだ。

 

昭和の子供には一人っ子は少ないだろう。

2009年(平成21年)生まれの一人っ子の娘は、定番のお絵かきが好きであった。

 

 

初めて絵具と筆を使った時の絵、と云うよりも、描き殴りと言えるかな?

未だ2歳と6ヵ月の頃(ロンドンにて)。

 

 

あと数日で4歳の頃の絵(モスクワ)。

 

 

 

丁度4歳頃。『海賊』と言っていた(モスクワ)。

 

 

 

4歳と2カ月程、幼稚園で作った切り絵。『ПАПЕ』、英語でPapa(パパ:お父さん)と文字を入れている。

 

 

4歳2か月の娘。マスクは見ての通りスパイダーマン。

 

今では動画も作るようになっている。

視覚表現(絵画・彫刻・映画等)の芸術が良いのか?聴覚表現(音楽)の方が良いのか?未だ判断が難しい。

ドイツの哲学者エマニュエル・カントの語る、造形芸術か感覚の遊びの芸術か何方なのか?

 

 

 

娘がピアノを習ってから三から四年経つだろう。

幸運にも周囲と比べても上手だったので、無料の上級クラス(妻が言うには『プロフェッショナル・クラス』だが、表現が大袈裟なのでは)に入学できた。大部分は普通クラスで有料である。

 

昔、ソ連時代の名残なのか、芸術・スポーツ・学術に関すれば、優秀でさえあれば無料なのは、私達貧乏家族からすれば、助かる環境である。これがもし日本ならば、教育費に金が掛かって仕方がない。貧乏人の子供は貧乏で終わり、一介の労働者として人生を全うするしかないであろう。

娘の教育は日本では無く、モスクワにしているのも、上記の理由もある。

 

私達夫婦は貧しいながらも、学士、修士を得ているので無学ではない。そこのところは、娘にとって幸運なところではある。

 

さて、そのピアノ上級クラスも一年近くリモート授業で、ただ単にスマホで演奏を撮影録音して、先生に送信、次の課題を与えられ、スマホで撮影録音、送信とマンネリ化していて、滔々娘はモティベーションを失い、学校を辞めたいと言い出した。

妻に私は説得するようお願いされたが、此の説得が難しい。

 

どうしましょう?

 

 

二年前、モスクワへ行った時、調律をお願いした。お値段は忘れたが、日本よりもずっと安かった。

 

 

高校の同級生で明治大学を卒業した四人は、今尚友人関係、交流が続いている。

昭和58年に石巻高校を卒業し、現役で私と大杉(仮名)が明治大学、文学部文学科(独文専攻)と工学部建築学科に、一浪して三波(仮名)が商学部商学科そして安部(仮名)が経営学部に入学した。

 

取分け、私と大杉は此の明治大学を良く言わない。

 

先ず、卒業後のことであるが、ダイレクトメールは頻繁に来るのだが、目的は寄付金であること。別に大学名で大きな得もした経験も無いが、兎に角、寄付金、寄付金、また寄付金とDMが家に来る。

 

馬鹿馬鹿しいのは、随分と前の話になるのだが、明治大学クレジットカード(住友ビザと提携)を作ると、結婚式の時、明治大学総長から祝電が届くとのことだ。如何にも田舎者を馬鹿にしたようなサービスである。

 

更に酷いのは、2011年3月、東日本大震災で最も死亡者が多かった石巻市であるが、その時も明治大学からダイレクトメールが来たのだが、『寄付金』目的であった。事務局は馬鹿か!と思ったものである。大杉の母親にしても、彼の実家の旅館は津波でやられ相当の被害を被ったのである故、

「あんたの大学は被災地の人からも、寄付金を募るのか!こっちが貰いたいくらいだ!」と吐き捨てた。

 

 

 

 

激しい寄付金攻勢が功を奏して、今そびえ立つ『リバティタワー』。ネーミングがダサい

 

 

 

世界レヴェルで見ると、ランク外である<1000+>になっている。