この件に関して、ネット以外、テレビなどの主要メディアが、完全に黙殺している。

例によって、メディアの報道拒否の姿勢があまりにひどすぎて、呆れるばかりだ。

報道するのはバラエティーばかり。小室圭さんや皇族眞子さまより、はるかにアンタッチャブルな方らしい。

野党もまったく騒がない。不気味なほど何も言わない。共産党の小池晃書記長とか、同じ医師仲間として、日本医師会とは喧嘩したくないのかな?

 

 

 

4/20、開業医の「利益団体(圧力団体)」である日本医師会の中川俊男会長を発起人として、自身が後援会長を務める自民党参議院議員自見英子氏の政治資金パーティーが、「次世代の医療政策を考える会」と題して都内のホテルで開かれた。このパーティーには、日本医師会の常任役員(会長・副会長・常任理事)14人を始め、100人以上の会員が集まった東京都医師会の尾崎会長も出席していた。当然ながら、出席者は、ほぼ全員が医師であり、それぞれが、自身の経営する病院の院長と考えられる。医療関係の有力者が、一堂に会したわけだ。

当時、東京都は「まん延防止等重点措置」が適用されており、翌21日には、中川会長自身が、定例会見で「新規感染者数を何がなんでも押さえ込まなければならない」として、3度目の緊急事態宣言の早期発令を政府に要請していた。この会見で中川会長は、「コロナ感染拡大を抑える基本は、各人の意識と行動である」「自粛を超えて、さらに強力な覚悟のいる厳しい対策を」と、国民に「外出と営業のさらなる自粛と厳しい規制を覚悟せよ!」と呼びかけていた

さらに、23日には緊急事態宣言の発令が決定し、25日からは、緊急事態宣言発令に伴い、東京都ではデパート、劇場、美術館などの「休業要請」が出された。

 

5/12、中川会長は、上記のパーティーについて、記者の質問に対して「距離をとって座り、飲食もしていないし、会話もしていない」「ホテル側と十分な事前協議を行い、感染対策は万全」「気の緩みなどない」「よく考えた上で開催を決定した」「辞任はしない」と述べた。

中川会長の言い分は「たとえ、『まん延防止等重点措置』下であっても、十分な感染対策をとっていれば、ホテルに100人集まろうとかまわない」というものだ。これが、日本医師会トップの公式見解であり、今回のパーティーは、その考えを行動で表したものと受け取れる。

そうであるなら、中川会長の言う「各人の意識と行動」とは、「外出を忌避することなく、万全の感染対策をとって、なるべく平常通り行動すべき」という意図であると理解するのが正しい。「変異ウイルス恐るに足らず!」ということだ。

これが、専門家集団の長として、高い医学的見識から判断されたものであり、推しも推されぬ我が国最高の医療従事者集団のトップの見解であるということは極めて重要である。

 

中川会長の見解に沿って考えるなら、卒業式や入学式も行うべきだし、デパートも、図書館も、博物館・美術館も、映画館も、平常通り、万全の感染対策をして営業すべきである。

しかし、現実には、それらの行事は行われず、それらの施設も閉鎖された。これは、日本社会が、医師会トップの認識と異なる事態に陥っているということである。

多くの国民は、この事態を重く見ている。

もし、中川会長が「自分たち医師は、愚民どもと異なり、自由に行動できる特権階級である」「愚民どもには、メディアを通じて、もっとコロナを怖がらせておいた方が都合が良い」などと、品性のかけらもない不届なことを考えている(←当然、こんなことは、まず考えにくい)のでなければ、この事態は、会長にとっても不本意なことであると思われる。

 

中川会長の問題点はただ一つである。それは、医療従事者トップの見解として、「万全の対策をとれば、不要不急の外出をしてよいし、デパートも博物館も劇場も営業して良いし、卒業式や入学式も行ってよい」と、自身の正直な専門家としての見解を、これまで一度も公に述べなかったことである。

それどころか、これまで、中川会長も、尾崎会長も、口を開けば「医療崩壊だ!」「緊急事態宣言だ!」と、まるで、「国民は、そういう自由な行動を極力してはいけない!」と言わんばかりのコロナへの恐怖を煽る微妙な物言いの〝人流抑制〟誘導発言を、公に繰り返ししてきたために、国民の間に誤った認識を広めてしまったことは、大変な悲劇であると言わざるを得ない。

人間の自然免疫を低下させる最大の要因は、不安から生じるストレスである。』

これからでも、言わないよりはマシである。日本医師会の会長として、次のように、きちんと正直に声明を出すべきだ。是非とも〝思いの丈〟を、隠さず述べて欲しい。

「国民の皆さん、万全の対策をして、不要不急の外出をしましょう!」

「万全の対策をとれば、そして、無観客ならば、なんの問題もなく、オリンピックもできます!」

「万全の対策をとれば、大規模収容施設の営業もOKです。変異ウイルス恐るに足りず!」

万全の感染対策をして、すべて平常通り、平穏な日常を、心静かに過ごすように心がけましょう。」

 

 

 

もう一つ、考えておかねばならないことがある。

それは、中川会長が言わなかったことだ。

「私たち医師会メンバーは、全員、ワクチンを打っているから大丈夫」という判断があった場合だ。

そうであるなら、別の問題が浮上してくる。

それは「医療従事者が、優先的にワクチンを接種することになったのは、利権団体としての医師会の自由な活動を可能にするためではない」ということだ。

また「ワクチンを打てば自由に活動できますよ」というワクチン・パスポートの考えにつながる、「ワクチンを打ちたくない人」に対する新たなる差別の火種ともなる。

 

ワクチンの副反応については、日赤の医師・看護師1098人中、13%の人に、2回目接種後、38度以上の発熱があったことが報告されている。その他、局所の痛みや頭痛や倦怠感を訴える人が8割以上。

副反応は、高齢者より若年者に、男性より女性に多いコロナに対する自然免疫が強いほど、ワクチンの副反応が強くなると考えられる。国内では、20代の女性医療従事者では、8割程度、強い副反応が出ると言われている。

もっとも、高齢者は、副反応がほとんどでないというわけではない。例えば、76歳のエリック・クラプトンは、アストラゼネカ製ワクチンを接種したが、1回目も2回目接種でも、激しい副反応を経験し、2週間の間、二度とプレイできなくなるのではないかと恐れたと告白している。そして、「これほどの副反応を覚悟させるような情報は何も知らされていなかった」「ワクチンは誰にとっても100%安全というわけではないと人々に知らせるべきだ」と抗議している。

さらに、現在、日本国内でワクチンを1回以上接種した438万人(総人口の約4%で、そのほとんどは医療従事者)のうち、ワクチン接種後20日以内に亡くなった人は、40代を中心に39人。全員、医療従事者で、そのうち11人は3日以内に亡くなっている。基礎疾患のない若い人も亡くなっており、死因の多くは、出血性脳卒中、心疾患、大動脈解離などである。このことから、ファイザー社のワクチンでも、アストラゼネカ社製(※)同様に、アレルギー反応で血栓ができることは、ほぼ明らかである。後は確率の問題だ。

コロナへの免疫の強い日本人が、アメリカ人より激しいワクチン・アレルーギー反応を起こし、アナフィラキーショックに陥ったり、血栓ができる可能性も高くなることは、十分予想できる。

しかし、厚労省は、ワクチン接種で死亡した場合、4420万円を支払うと言っているが、因果関係の証明は、ほとんど不可能に近い。実際、これまで亡くなった人で、ワクチン接種によるものと証明された例はない。文字通り、「悪魔の証明」であり、〝死に損〟というわけだ。

確率で考えるなら、現時点で、日本の20代の基礎疾患のない健康な女性で、コロナ感染で亡くなった人はいないが、ワクチンでは26歳の健康な看護師の女性が、ワクチン接種の4日後、突然の脳内出血で亡くなっている。20代の女性の場合、コロナよりワクチンの方が怖い可能性がある。

ワクチン接種と死亡の因果関係は不明だが、そもそも、コロナ感染と死亡の因果関係も不明のまま、一切考慮せずに、すべてコロナ関連死としてカウントして、致死率1%などと言っているのだから、そこは〝おあいこ〟だろう。

いずれにしても「ワクチンを打たない自由」が、非常に重要であるということだ。

「ワクチンを打てば、マスクを外せる」というバイデン大統領の発言も、頭がおかしい。これは、ワクチンの強制に等しい。アメリカでは、4人に1人がワクチン接種拒否している現状がある。(←フランスでは30%がワクチン接種拒否)

日本では約10%がワクチン接種拒否派である。今回、医療従事者の中でも、10人に1人は接種を希望しなかった。

ワクチンには、さまざまなリスクがあるのだから、接種も個人の選択の自由、日常生活のほとんどの場面でマスクを外すのも、個人の自由でよいではないか。

さらに、ワクチンの接種による自然免疫の硬化の可能性も指摘されている。ワクチンを打てば打つほど、自然免疫が多様なウイルスに対処できなくなることから、身体がワクチン依存症に陥ってしまう可能性については、長期的に考察しなければならない。

明石家さんまが、その点を考慮して「自分は、これまで一度もワクチンを接種したことがないので、今回、ワクチンを接種したら、身体が変わってしまうから打たない」と言うのも、理解できるし、批判すべきことではない。

1回目と2回目で異なるワクチンを接種した場合、副反応が強まることも報告されている。例えば、1回目にアストラゼネカ、2回目にファイザーを接種した場合、2回アストラゼネカを接種した場合に比べて、2回目接種時の副反応が起こる割合は60倍になるが、その一方で中和抗体も3倍増えるという治験がある。

しかし、ワクチンの効果がきれる1年後に、異なるワクチンを接種した場合はどうなのか、これはわからない。

新型コロナの感染致死率は、インフルエンザの3〜5倍という研究報告があるが、その一方で、ワクチン接種のリスクも、インフルエンザよりはるかに大きい。

一般に、ワクチン接種のリスクについて、主要メディアは、ほとんど報道しない。インフォームド・コンセントが成り立っていないのが、非常に気になる。

コロナ関連死者数は、都道府県別に、毎日、主要メディアで数値が発表され、市町村名すら公表されるが、ワクチン接種後の死亡については、都道府県名も一切公表されていない。各自治体からの公表もされなくなった。

また、コロナ関連死者については、「コロナが原因で死亡したかどうかは不明」という点については、敢えて強調しないが、ワクチン接種後の死者については、「ワクチンとの関連は不明」という点を、妙に強調したがる〝専門家〟が多いのも気になるところだ。

これは、「メディアや専門家による個人の自己決定権の侵害」ではないだろうか?

 

 

 

余談だが、「次世代の医療政策を考える」上で、最も重要な課題として、現在、我が国の現状が突きつけている問題は、パンデミック、ウイルス・細菌戦、超巨大地震、核戦争など「有事における安全保障と医療の関係」をどうするかという問題だ。

パンデミック勃発から1年半経過してもコロナ病床が遅々として増えず、一部の良心的な医療従事者に負担が集中しているため、ちょっと感染者が増えただけで、医療崩壊の危機に陥ってしまう、情けない日本の現状を考えても、それは明らかだ。

医療者の営業の自由など吹っ飛ぶような事態に直面することを想定して、その時、医師会はどう動くのか、政府はどこまで強権発動が許されるのか、法整備含めて、あらかじめ考えておかなければならないだろう。

簡単に言えば、「その時、医師の営業の自由が重視されるのか、国民の命が重視されるのか?」という問題だ。

そうしたことは、話し合われたのだろうか?

さらに言えば、所詮、開業医の先生たち、大病院の院長たち、跡取りたちに、庶民の経済の実情などわかるわけがない。だから、簡単に「緊急事態宣言」などと、軽々しく繰り返し言えるのだ。

少しでも庶民の痛みがわかるなら、とっくの昔に、もっとコロナ病床を増やしていただろう。

 

 

 

※アストラゼネカ製ワクチンは、世界的に、さまざまな副反応の報告がある。

◯5月11日、カナダのアルバータ州とオンタリオ州で、接種が中止された。血栓の発症リスクが、推定より高い可能性があるためである。

◯ブラジルでは、同11日、アストラゼネカ製ワクチンを接種した妊婦と胎児が死亡したことから、アストラゼネカ製ワクチンの妊婦への接種が全国的に中断された。死因は出血性脳卒中だった。

◯アメリカ・欧州でも、ジョンソン&ジョンソン製、および、アストラゼネカ製ワクチンの接種時に、血栓が発症した例が、数百件報告されており、死亡に至った例も数十件報告されている。そのほとんどは18〜48歳の女性に発症している。50歳未満の女性に血栓の発症するリスクが高いという報告である。

◯ドイツ・スペインでは、アストラゼネカ製ワクチンの接種を60歳以上に限定している。

◯イギリスでも、若年層を中心に49人が、アストラゼネカ製ワクチン接種後に血栓症で亡くなっているため、アストラゼネカ製ワクチンは40歳以上に推奨されている。

◯デンマークでは、4月14日、アストラゼネカ製ワクチンの使用を全面的に中止した。

◯ノルウェーでは、接種後、血栓や脳出血などの重症例が出たため、5月12日、アストラゼネカ製ワクチンの使用を完全に打ち切った。

◯オーストリアも、5月18日、アストラゼネカ製ワクチンの接種を6月初旬までに打ち切ると発表した。

日本よりコロナ関連死が多いデンマークやノルウェーで使用禁止されているワクチンを、日本が認可・購入・生産する必要があるのか、という問題がある。

◯韓国では、アストラゼネカ製(75%)とファイザー製(25%)の2種類のワクチンを、人口の7%にあたる370万人に対して、1回目の接種を終えている。その上で、現在までに報告されている韓国でのワクチン接種後の副反応による死者は123人である。その割合は、日本と比べても3倍ほど高い。死者の2/3はアストラゼネカ製、1/3はファイザー製ワクチンによるものだ。やはり、韓国人は、多少、日本人よりコロナへの自然免疫が強いのかもしれない。その分、アレルギー反応も強いのだろう。

韓国での女性の副反応報告率は男性の3倍。年齢別では18〜29歳が、最も副反応報告率が高く、65歳以上が最も低い。アストラゼネカ製では、1回接種後の報告が多く、ファイザー製では2回目の報告が多いが、アストラゼネカ製の方が、副反応報告率はファイザー製の2倍高い。

韓国では、4月以降、30歳未満のアストラゼネカ製ワクチン接種を禁じている。

◯ベトナムでも、5月6日、アストラゼネカ製ワクチンを接種した35歳の女性医療スタッフが、接種直後にアナフィラキーショック反応を示し、治療を受けたが、翌日死亡した。

◯オーストラリアでは、18〜24歳の女性の半数以上が、コロナワクチンを接種したくないと考えている。

一方で、コロナウイルスに感染した時、血栓が発症する確率は、ワクチン接種の場合に比べて8倍と言われる。しかし、そもそも、自然免疫の強い人は、ウイルスが体内に侵入しても、感染しない確率が高い。むしろ、人工的にワクチンを接種した場合の方が危険が大きい可能性もある。各国のワクチン使用判断は、それぞれの国の感染状況によって、当然、異なるべきである。

◯セーシェルでは、アストラゼネカ製ワクチンを接種した人たちが、次々と南アフリカ株に感染している。ファイザー製ワクチンでも、「中和活性」の低さから、南アフリカ株に対しては、効力が半減することがわかっている。

 

 

 

今回は、姓名判断において、人格・地格・外格・総格・家庭運・援助運のいずれかの画数が、24画の人について解説します。

 

24画は、俗に「シンデレラ数」とも呼ばれ、この画数を持つ人は、「分不相応なまでに金運に恵まれる」ことから、経済面・財政面に強い大吉数とされています。

この画数を持つ人は、お金の計算が得意で、性格的にも几帳面なので、お金の正確な計算をすることに、とことん強いこだわりがあります。頭の中でなんとかして利益を捻り出すために入念に算盤を弾くのも得意で、慎重に計画し、無駄遣いをせず、計算能力に秀で、家計簿をきっちりつける人が多いです。

一言で有り体に言ってしまえば、24画を持つ人は、お金が人一倍好きなのです。

生まれ育ちが、貧乏であったとか、裕福であったとか、苦労したとか、恵まれていたとか、それぞれの生い立ちに関わらず、ともかく、『お金の大切さを、人一倍感じる人』と言ってもいいでしょう。「物質的安定による充足感・満足感に何よりも〝幸せ〟を感じ、社会的地位、権威や名声を得ることに最も価値を感じる人」とも言えます。

その上、分不相応なまでに金銭的な援助者に恵まれます。生真面目で協調性があり、几帳面で義理堅く、かつ柔軟で柔和な性格から、有力者や資産家の信用を得て、富がもたらされますから、生涯、食べるのに困ることはありません。

 

そんな風に、富貴を手に入れる強い金運を持つ、彼ら24画を持つ人は、人生の節目節目で、お金にまつわる重要な決断を迫られることが多くなります。「お金(利)を選ぶか、心を選ぶか」「お金を選ぶか、人を選ぶか」「お金を選ぶか、命を選ぶか」などという厳しい二者択一の選択を、繰り返し、これでもかと迫られるのです。

そのたびに、彼らは、お金を選ぶのですが、経済的には安定しても、人を裏切り、人に裏切られ、友人や家族が離れていき、身近で大切な人の命を失い、人生の豊かさを少しずつ削り、失っていくことになりがちです。

 

お金を得る(守る)ために、何か大切なものを失っていく』のです。これが24画の意味する運命の本質的な特徴です。

24画は、その意味では「諸刃の剣」なのです。

24画を持つ人が幸せになるためには、むしろ、お金(物理的世界における自分の利益)の問題で、必要以上に悩まないことです。ただでさえ、お金にだけは恵まれるのですから、逆に、お金以外のものを大切にすることが肝要になります。

もっと言えば、「目に見える物質世界の価値」よりも、「目に見えない精神世界の価値」を大切にして欲しいということです。

なぜなら、何度も言いますが、あなたは、お金の問題には敏感ですし、計算も得意ですし、抜け目なく利を取る人ですから、黙っていても、物質的には分不相応なまでに恵まれるようになるからです。ところが、目に見えない世界の運気の流れや関係性については、逆に、人並外れて鈍感なのです。それは、これまで、あなたが、その方面での訓練・修養を怠ってきたからです。根本的に興味・関心が薄いとも言えます。

けれども、それが、一番の問題なのです。

そのせいで、思わぬ挫折を味わい、ドツボにハマることになります。

24画を持つ人は、かなりの確率で、いつか根本的な生き方の転換を迫られることになるでしょう。

さもなければ、晩年には、財産には恵まれ、何不自由ない安定した生活ではあっても、ともに生きる伴侶には先立たれ、あるいは離別し、子や孫や親戚も、心ある者たちは離れていき、打算的な人たちばかりが寄ってくる、精神的には寂しい晩年となるでしょう。

①眞子さまは、自身に年間915万円支給されている皇族費から、小室佳代さんの借金(いわゆる解決金)409万円を肩代わりして、元婚約者に払うつもりなのか。また、小室文書への無条件の支持表明(あるいは小室文書の共同作成)含めて、眞子さまの小室母子に対する一方的な肩入れは、皇族による民間事件への介入として、これで、よろしいのか。

 

※小室圭さんの28枚の〝自己正当化〟文書発表に眞子さまご自身が深く関わっていたとされることから、眞子さまは、この件に関して、以前から小室圭さんから相談を受けていたことが知られる。

以前、小室佳代さんが、「元婚約者へ返すお金を秋篠宮家でなんとかならないか」と秋篠宮さま、紀子さま相手に無心したとされること、その後、「秋篠宮家では話にならない」と、佳代さんが、上皇后さまに直談判を望まれたという話まであることなどから、小室家は、お金があれば元婚約者に返したいと考えていたらしい。

一方で、小室圭さんの自己都合の言い分と一方的な録音を、早い時点で、眞子さまが聴かされており、「贈与なら返す必要はない」というのは眞子さまの強い意向であったことから、眞子さまは、元婚約者が全面的に悪いと信じていたと思われる。そのため、小室文書に対する国民の猛反発に、眞子さまが大変驚いていると言われており、眞子さまに配分されている年間皇族費から、解決金が支払われることは十分考えられます。

とは言うものの、ここに至るも、ご自分の判断が誤りであったことを認められず、小室母子への誤った信頼が揺るがず、結婚に向かって邁進するのであれば、眞子さまの自分よがりの愚かさに、つける薬はないということになります。

 

 

 

②小室圭さんが、三菱UFJから奥野法律事務所のパラリーガルに採用されて、その後、フォーダム大学留学のため、特別にマーティン奨学金を受け、NY留学中も、奥野事務所から年間300万円の給与をもらっているのは、すべて秋篠宮さまの口利きと特別なはからいによる。

奥野氏は、秋篠宮殿下の公的な知人であり、私的な友人である。また、奥野事務所は、超ハイグレードの特別な法律事務所であり、法学部も出ていない人が入れる事務所ではない。

秋篠宮殿下が、このように一民間人に破格の厚遇を受けられるように手を回すのは、皇位継承権1位の皇族として、相応しい行動と言えるのか。

 

小室佳代さんの配偶者、その父母の相次ぐ三件の自殺の詳細と、遺産相続にまつわる反社会的勢力に関わる人物の介入、その後、佳代さんと5年間同棲した別の反社会的勢力出身者〝彫金師〟を含む、複数の男性〝湘南のパパ〟や〝パピー(元婚約者)〟と佳代さんの交際関係、小室家の母子一体の特殊な結びつきなど、すべてを承知で、秋篠宮さまは、圭さんを奥野事務所に取りなしたのか。それとも、将来の天皇の義理の兄になるかもしれない人物の生い立ちについて、何一つ調べず、無責任かつ無分別なサポート行動をとったのか。いずれにしても、秋篠宮さまの判断は、あまりにも軽率で愚かであったことは明らかです。

ここに至るも、秋篠宮殿下が、自らの誤りを修正できず、小室母子を見限ることができないとすれば、何らかの録音や映像を、反社会的勢力に握られ、どうにもならない状況に追い込まれている可能性があります。

 

 

 

③最大の問題は、小室圭さんの自分の落ち度や問題点に決して向き合おうとせず、完全にスルーしてしまえる態度です。そこに、多くの国民は、人間性のある種の欠落、良心の不在を感じてしまうのです。有り体に言えば、サイコパス(※※)と言うことです。その人格的良心の欠落は、母親佳代さんには、さらに激しく感じられます。

このような母子が皇室の次期天皇の義理の兄と義理の叔母になることを、秋篠宮家殿下、紀子さま、佳子さまが、どう思っていらっしゃるのか、国民には、まったく理解できません。

「姉の一個人としての想いが叶ってほしい」と発表した佳子さま、「結婚は認める」と述べた秋篠宮殿下は、正気ですか、と問いたい。

 

※小室圭さんの人格的問題については、国立音大附属小学校に通っていた小学5〜6年生の時に、虐めていた同級生に対して、20歳になって再会した時も、「おお、お久しぶり」と何もなかったように二人で会える態度、さらには眞子さまとの交際が発表された後、「僕のところにも取材の申し込みがあるよ」という元同級生のメールに対して、小室圭さんが「取材には、自分の判断で応じてください」と返してきたので、「僕へのいじめについて、君はどう思っているの?」とメールしたところ、それ以降、完全に既読スルーされたという件にも現れています。

三菱UFJ銀行での書類紛失事件に対する対応、父親がわりとして散々お世話になった元婚約者への対応、現在、次々と発覚する自分の個人的な問題によって、皇室に多大な迷惑をかけていながら平然としてスルーしてきた状況に、共通して見られる姿勢があります。

その共通点は、母親佳代さんが、連鎖した夫の自殺、夫の父親の自殺、夫の母親の自殺の際に示してきた態度にも共通する、極めて〝人格的〟問題です。

佳代さんは、無理矢理実家から連れ戻した夫がノイローゼから失踪し自殺した時、浮気相手の「運命の人」「湘南のパパ」のクルマで圭くんも連れて、ドライブ中でした。それなのに「夫が自殺なんて気持ちの悪いことをしたのは、あなたたちの育て方が悪かったからよ!」と傷心の夫の両親を罵倒しました。その数日後、夫の父親が後追い自殺した時には、葬儀に元ヤクザの男を送り込み、葬儀を取り仕切らせ、傷心の母親から遺産をむしり取らせました。その直後、母親も心を病んで自死しましたが、佳代さんは、その頃には、別の元ヤクザの〝彫金師〟との同棲を始めていました。これを〝良心〟のない人の所業と言わず、何と言えばよいのでしょう。

そのすべてを知って、なおかつ、娘を圭さんと結婚させられる秋篠宮夫妻の心境が、国民にはまったく理解できないのです。宮内庁の対応も、まったく理解できません。さらに言えば、政府の対応も、理解できません。

 

 

 

④国家安全保障の観点から、内閣・公安・警察、自民党・政財界が、力を結集して、皇室を護り、穏便に破談に持ち込むことはできないのか。それを行うにしても、どこまで護るのか、そもそも、現状、秋篠宮家を護る意味があるのか

 

※長期的に考えれば、愛子さま立太子に向けて、皇室典範の改正も含め、国が一丸となって着実に動くことが肝要と思われます。男系男子の皇統にこだわっていたら、皇室そのものが、令和で終わります。

事ここに至っては、紀子さまも、雅子妃殿下に張り合うのは辞めて、皇統は秋篠宮家に移されるべきではないということを、潔く認めるべきです。

それにしても、今回、つくづく思うのは、「宮内庁は何のためにあるのか」ということです。この体たらく、宮内庁の存在意義を、真剣に疑わざるを得ない状況です。

現在、秋篠宮夫妻の教育への疑念のみならず、秋篠宮殿下の責任感の所在、眞子内親王殿下の人間性に対する疑念すら、国民の間に生じつつあります。この状況を生み出した責任の一端は、宮内庁の無能さと無為無策にあります。

少なくとも、小室文書を評価する宮内庁長官など、皇室にとって害でしかない。

皇室をいかにしてお護りするか、お護りできるか、国民の関心は、今、そこにあると言えるでしょう。

 

 

 

※※サイコパスは、ASD(自閉スペクトラム症候群)など、発達障害の人と異なり、人並み以上に鋭敏に空気は読めるのです。そして、非常に演技が得意です。ただし、どんな状況に陥っても、ストレスを感じることがなく、むしろ、危険な状況を楽しむことができます。もちろん、強いストレスから鬱になることなど絶対にありません。脳が恐怖や不安やストレスを感じにくいためです。

逆に、発達障害の人は、共感的想像力に乏しく、空気が読めず、コミュニケーション能力に欠け、利己的に見えますが、一般に正直者で、孤立すると、孤独や抑鬱やストレスを感じ、鬱を発症します。

サイコパスの場合は、共感力はありませんが、むしろ、持ち前の演技力から、コミュニケーション能力は高く、相手の性格を見抜き、非常に巧妙に言葉巧みに人を操り、何食わぬ顔で、相手を苦しめて楽しむことを好みます。自分が孤立して窮地にたっても、ストレスはなく、そのスリルを愉しみます。これは、彼らの脳が他者に一切共感しないためです。

一方で、外面は良く、要領もよく、自己演出が得意で、華があって、魅力的で、求心力のある人が多いようです。基本的には非常に頭が良い人が多いのです。

サイコパスの生存戦略は、ホモ・サピエンスの生存戦略とはまったく異なる」と、脳科学者の中野信子さんは言います。中野さんによると、「ホモ・サピエンスが、集団や社会をつくり、ルールや規範を守って、集団の中で共生してきたのに対して、サイコパスは、その集団や社会を搾取することで生き延びてきた」と言うのです。彼らは、恐れ知らずで、集団にアピールするのが上手い。また、中野さんは「サイコパスは、良い/悪い、正しい/正しくないという判断基準を持っていない」「彼らが重要視するのは、勝つか、負けるかです」「彼らは、正義とか良心ということを考える領域を、心の中に持っていないのです」「だから、彼らは、その分、生存に有利なのです」と述べています。

良心を感じる小室敏勝さんやその両親は、生き延びることができず、同じく良心を感じる元婚役者の方は、使い捨てられたわけです。生き延びたのは、小室母子の方です。

秋篠宮家の方々は、この小室母子のサイコパス的生き方に対して、並々ならぬ共感力で「国民と共に在る」ことを貫いてきた皇室の一員として、違和感や疑念や不安や脅威を感じないのでしょうか?