フランスでのデモを皮切りに、ミラノでも若者が警察とぶつかり、暴動・略奪行為に走った事をニュースで知ったということで、心配して連絡をくれた友人が沢山いた。そりゃああの映像を見たら、驚く事だろう。私もゾッとした。
イタリアはデモが多い国ではあるが、一般的に事前にデモの予定を申請し、自分達の主張をして平和的に行進して行われるものだ。
しかし、「正当なデモ(表現の自由の行使)」ではなく、デモに便乗し、店から略奪したり、破壊、暴力行為をしているのは、完全に「犯罪行為(暴力や器物損壊など)」である。
では、なぜこんな事が起きているか?フランス同様、イタリア、ミラノでも移民問題、経済格差、教育・労働環境、そして警察や政府に対する不満等が複雑に絡み合っているのは、確かだ。
暴動の映像を見て、嫌な記憶が甦った。コロナ禍前、地元の教会で、週に1回だけ午後のオラトリオの管理をしていた。
オラトリオとは、カトリック教会(教区)が運営する放課後や週末の青少年向けの育成・コミュニティ施設であり、敷地内には、サッカーコートやバスケットボールコート、遊具、談話室、バールなどが備わっており、子供たちが安全に集まって遊んだり、宿題をしたり、スポーツ活動を行ったりする場となっている。
夕方になると地元の子達が宿題や勉強を見てもらいに来たり、遊びに来るが、そのほとんどが北アフリカ系の移民であった。ルールがあってもなかなか守らない。
そして、同じ時間帯にカテキズモのクラスがあり、子供や送迎の親も出入りする。サン・シーロ地域は人種の坩堝であり、カトリック信者の外国人は多い。
そう言う意味合いもあったのか?オラトリオが「宗教の垣根を越えた、地域住民の最大の社交場」として機能するよう、ミラノ教区での大きなミサでは(そしてプライベートでも?!)大司教がこの10年のうちに何度来てくださっただろうか?と言う場所である。
とは言っても、あまり柄の良くない中高生が集まるので、たまに巡回しているパトカーが夕方暗くなってくると、オラトリオに向けてライトアップしてくる時もあった。
ある時、夕方のカテキズモは既に終わっていたようだったが、次男の小学生時代クラスメイトだったイタリア人が見知らぬ外国人グループとやってきて(当時15、6歳だっただろうか?)、元々サッカーをしていたアラブ系の子達と争いになり、言う事を聞かないのならオラトリオを閉める!と私が怒鳴ったら、暴れ出し、北アフリカ系の黒人の若者がいきなり、施設内にあった重い大きなゴミ箱を私に投げて来たのであった。
思わず手で抵抗した時、手の甲が切れ、腕もかすり傷を負った。
カテキズモの指導者が教会の隣にあるシスターたちが経営する学校に住んでいるためそちらに連れて行ってもらい、気持ちが落ち着くまで一緒にいてくれたが、もうショックと怒りでオラトリオを辞める!と言って預かっていたオラトリオの鍵束を全て主任司祭に返却した。
彼は何も言わなかったが、本来オラトリオ担当の司祭に「T子は空手を使えばよかったのに」とヘラヘラ笑って言われ、彼に対しての怒りと悔しさはいっぱいだった。助けを呼んだのに、なぜ来てくれなかった?
その後その司祭はオラトリオの子供たちに、私宛に手紙を書かせ「辞めないで!」と言われたが、ヤラセにしか感じられなかったし、義務感だけで、喜びを持ってオラトリオにはいられないと思った。
他にも喧嘩を止めようとして、足を挟んで膝を負傷したこともあり、家族からはもう行かないで、と何度も言われていた。
司祭は、学校でも言葉の問題、学力の問題でドロップアウトしがちで行き場のない彼らを助けてあげられるのは、地域社会の大人だけだ、と言った。まだ彼が中心になって活動するならまだしも、一ボランティアに丸投げはないだろう?と思ったのであった。
オラトリオは、単なるキリスト教の施設という枠を超え、「移民大国となった現代イタリアの縮図」そのものと言っても過言ではない。
そして、子どもたちの健全な交流と社会統合を支える「希望の場」であると同時に、急激な多様文化化に伴う軋轢や治安問題と日々向き合っている、リアルな生活の現場であった記憶が甦り、なんとも言えない気持ちになった。
ところで、暴動の中、若者たちが道のど真ん中にゴミ箱を投げたり、バリケードを作りそこにレンタル自転車を投げつけているところを、1人の女性が黙々とそれらを元に戻している映像を見た。若者たち、いや(馬鹿者だ!)は彼女にゴミを投げつけていた。そのほとんどは女子だった。あり得ない‼︎映像を見ながら、怒りと悲しみで涙が出た。
また、補導された未成年を警察の前で待つ、イタリア人や外国人の保護者のインタビュー映像を見た。「息子はマクドナルドに行くと言って出かけたのよ。」「息子は友達と出かけてくると言っていた」と皆口を揃えて行っていた。
また、ガラスを壊して店の中に侵入したと言う若者も「SNSの呼びかけを見て、郊外から来た。始めは好奇心で見ているだけだったが、皆がやっているから自分も店に入って商品を取って出た」と話していた。これこそ、個人の理性が薄れ集団の力学の支配だ。
話は基、オラトリオを辞めたことに少し罪悪感というか、信念を貫くべきだったか?といまだに思うこともあるが、パロッキア(小教区教会)内のグループチャットで、夏のオラトリオで人手が足りないと言われ、この夏2回ほど手伝いにも出たが、相変わらず日本の子供たちに比べたら、やりたい放題、言う事を聞かない子達ばかりだったが、健全なオラトリオとはどう言うものなのか?考えさせられた。
草の根的地域社会において、教会が運営する「オラトリオ」が移民の子どもたちを受け入れ、孤立や非行を防ぐための日常的な居場所として機能し続けられれば理想だが、結局そこも熱意ある人の人手が足りず、最終的には皆身の安全を考えてしまう。
今回の暴動は、光と影が交錯する現代ミラノ(ヨーロッパ)の社会像を象徴しているように思えた。

