分かち合い 〜 赦すということ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ここ数年、ミラノでは若者による若者に対する強盗・傷害事件が多発している。
 
「ベイビー・ギャング」とも呼ばれるが、ベイビーなのは頭だけか?
 

昨年10月、ミラノのコルソ・コモで襲撃された22歳の大学生・ダヴィデ・シモーネ・カヴァッロ氏が、重度の脊髄損傷を負ったのだが、その略式裁判の初公判が5月20日に行われ、彼は杖を突いて現れた。

 

加害者は、5人グループだが、3人は未成年であった。真夜中の2時、ディスコの入り口。始めに彼らはダヴィデ氏にたばこを求め、そして、50ユーロを奪い、殴りつけ、ナイフで2回突き刺し、未成年者たちは地面で瀕死の状態にある被害者を更に蹴りつけたとされる。

 

主犯のアレッサンドロ・キア―二(19歳)被告は、殺人未遂および加重強盗の罪を認定し、最高刑である30年を基準として、略式手続による減刑として10年を減じた。さらに、生涯にわたる身体的障害を負うことになることに対し50万ユーロ、両親および兄弟それぞれに対し5万ユーロの仮払いが命じられた。

 

また、共犯者とされる18歳のアーメド・アティア被告は、「見張り役」を務めたとして殺人未遂の共犯で起訴されていた。しかし、付近の防犯カメラの映像から暴行に加わっていないことが確認され、懲役10ヶ月20日の判決を受け、民事訴訟での賠償金支払いが命じられたが、昨年11月から勾留されていたため、釈放された。

 

法廷では被害者のダヴィデ氏は自ら、二人の加害者を抱きしめ、赦しを伝える手紙を読み話題になった。

 

…ある年齢特有の怒り、僕たちには大きすぎる世界で生きる苛立ち、理解できず、互いに理解し合えず、そして必然的に理解されないことから生まれる、理由のない痛み――僕はそれらを知っている。

僕は憎まない。憎むべきだろう、そう思うし、それが論理的だろう。だが、僕にはできない。憎しみは論理的ではない。僕自身もまた、論理的ではないのだ。時々、僕の心は、自分にされたことをすでに少しは赦しているのではないかと思う。なぜなら、加害者たちがどんな気持ちなのか、少なくともそう信じたいから。彼らがどれほど苦しんでいるか、道に迷った時、どれほど簡単にとんでもない過ちを犯してしまうかを知っているからだ。もし、憎むべき相手の立場に本当に身を置くことができるなら、おそらく、赦すこともできるのだろう。そして、こんな結末を望んでいなかった僕の心のどこか一部が、そうしてしまったのだ。僕は彼らに同情し、彼らを抱きしめる。…

 

Vivi, il più possibile, fai del bene, viaggia, ama quanto più puoi, lascia andare il male…

可能な限り生き、善を行い、旅をし、できる限り愛し、悪は手放してください。

 

Poichè il tempo è prezioso non sprecarlo ad odiare, dedicarlo ad amare... 

…時間は貴重だ。憎しみに費やすのではなく、愛に捧げよう…

 

ぐさっと刺さった感じ。ダヴィデ氏は彼らを赦した。しかし、彼の両親は赦していない。

 

彼の父親の弁護士曰く、両親にとって今なおこの出来事を受け入れることが、いかに困難であるかとインタビューで答えていた。「真実があるからこそ、ダヴィデの赦しは正当化される。真実がなければ、赦しには意味がない」。

 

もし、自分の子どもが被害者であったら、私は加害者を赦せるのだろうか?と思う。


赦すことで、憎しみから解放されるのかもしれないが、被害にあったダヴィデ氏の今後の不自由な体や生活を思うとただただ痛ましい。


しかし、ダヴィデ氏が、その時事件に巻き込まれていなくても、他の誰かが被害に遭っていたかもしれない。加害者たちはダヴィデ氏に会っていなかったならば、事件は起こしていなかったのか?

 

事件当時の記事やビデオを見返していたら、加害者の親が悪いと言っている人がいた。しかし、必ずしもそうとは言い切れないし、「親が悪い」の一言では決して解決できない問題であろう。

 

地元のオラトリオでベイビー・ギャングで逮捕された未成年がいた。オラトリオでも喧嘩や事件は絶えなかったし(現在私はオラトリオから離れているので現状は知らない)、何度も喧嘩に巻き込まれ、嫌がらせもされ、怪我も一度したので、耐えられないと思って離れてしまった。

 

司祭は、親や学校が彼らを守れないのならば、地域の大人が彼らを守るしかないだろう?と言った。地元でのベイビー・ギャングは移民の子供たちがほとんどであったが、必ずしも移民だけではなく、イタリア人であってもさまざまな生活層の子たちがいる。勿論、これはイタリアだけの問題ではないだろう。

 

ダヴィデ氏の手紙はこう閉じている。

 

『私の名前はダヴィデ・シモーネ・カヴァッロ。6ヶ月前、私は刺され、自分自身と両足の機能を失いかけた。私は他の若者と同じような若者だ。ただ、おそらくはもっと幸運で、少し傷ついているだけだ。私は決して諦めず、今日こうしてここにいる。』


ダヴィデ氏は加害者に憐れみの心を示した。それは決して上から目線ではなく、今後立派な人生を歩む人になって欲しいからだろう。そうなれば、彼が通過した痛みの経験には意味があったことになる。


加害者たちよ、どうかダヴィデ氏の判断が正しかったことを立証する生き方をして欲しい。