ヴァレンナから電車でレッコに移動し、施設訪問まで多少時間があったので、レッコ湖畔でコーヒー休憩。
何度来ても、美しい。観光客も少なく穴場である。
サン・ニコロ教会の裏には岩山が聳える。施設からの帰りは、どこを歩こうが、サン・ニコロの鐘楼を目指していけば決して迷わない。
問題は行きだ。じわじわと坂道が続き、後もう少し、と言うところで急にキツくなる。しかも日陰がない!友人と日本の日傘をさして歩いていると、通りがかった車の中から「雨は降ってないぞ~!」という声が聞えた。苦笑 ミラノでも日傘をさして歩いていると、異様な目で見られる。
ところで、この夏の間にマリオ神父様が90歳を迎えられた。
昨年の夏の訪問では、マリオ神父様が89歳になられ、9月生まれのロレンツォ神父様は90になられる。今だったら2人とも同い年。どっちが先死んでも89歳!だなんて縁起の悪いことを言っていたのだが、ロレンツォ神父様は90歳迄、日本で頑張るつもりでいらしたようだが、少し具合が悪い時期が続き、安定した時点でイタリアに連れ戻されてしまわれた。ご本人としては、名残り惜しかっただろうが、宣教会としては、日本の教区との兼ね合いもあったのだろう。
初めて施設でお会いしたのは2024年の8月。足腰は弱いが、頭とお口の方はしっかりしておられた。特に政治の話題が多く、いきなり「トランプ大統領をどう思われますか?」と話題を振られたり、帰り際には、「世界平和を祈りましょう。」と祈りを求められた。
昨年の春には叙階62周年の記念ミサをご自分で挙げられ、またカトリック教会にとって、ローマの指定された大聖堂の「聖なる扉」を開き、巡礼者に特別の免償を与える特別な年である『聖年』であったため、教区の巡礼指定教会へ出かけられた(つまり施設の外!)画像を送って来てくださっていたが、90歳を迎えられた途端、急に目標年齢にたどり着いた反動っだったのだろうか?急に言葉を発しなくなったと耳にした。
昨年11月には、帰天されたアルベルト神父様の葬儀で、レッコに伺い、お見掛けしたので、ご挨拶をしたが、うなだれるように小さくなって下を向き、「(私の事を)はい、わかります。」と仰ったが、会話にならなかった。
その後、マリオ神父様を訪問するたび、気になって、受付でロレンツォ神父様の様子をうかがっても、「お元気ですよ」とは言われるものの面会は許されなかった。
しかし、今回はいきなりいらっしゃったから驚いた。少し小さくなられたが、饒舌なロレンツォ神父様ではないか!ただ、指をさすり、あまり動かなくなったので、携帯の利用は現在は辞めました、と仰っていた。WhatasAppも現在利用停止、となっていた。
ロレンツォ神父様は相変わらずよくお話された。新聞もよく読んでいるという事であったが、マリオ神父様は耳が遠いので、私たちの会話が良く聞こえず、なかなか話がスムーズに進まず、目が合うと耳を指差し、ついていけない、というジェスチャーをされた。ゆっくりではあるが、お話をされるし、メッセージを送るとすぐに返事を下さる。電話は出来ないし、手紙は書けないが、手紙やメッセージは読める、とのことであった。
神よ、変えられないものを受け容れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知をお与えてください。
一日一日を生き、この時を常に喜びをもって受け容れ
困難は平穏への道として受け容れさせてください。
これまでの私の考え方を捨て、イエスがされたように、
この罪深い世界をそのままに受け容れさせてください。
あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされると信じています。
そして、この人生がささやかな幸福なものとなり、あなたのもとで永遠の幸福を得ることでしょう。
アーメン (byラインホールド・ニーバー)








