老いの葛藤 〜 その8 またお会いしましょう | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

先週から風邪気味だったので、週明けのアルベルト神父様の葬儀ミサ参列をどうしたものか躊躇していた。

 

幸か不幸か、土曜日空手から帰宅し、遅い夕食のあとウトウトして来たので、ちょっと横になったらなんと夜中の1:30まで寝てしまった!

 

結局ベッドでウダウダし、朝まで寝たら風邪はすっかり良くなっているではないか‼︎念のため、プロポリスを喉に何度もバシャバシャ噴射。喉の腫れも治り、咳も止まった。

 

…と言うわけで、朝起きてすぐに葬儀が行われるレッコに向かった。1人友人が参列予定であったので、「今私も向かっています」とメッセージを入れると駅まで車で迎えに来てくれた。

 

ミラノ外国宣教会のレッコの老人ホームには、何度足を運んだだろうか?電車の車窓からの風景、そしてレッコ湖畔は四季折々の姿を見せてくれる。どれも哀愁に満ちている。

 

余談だが、ベルガモの2箇所にお世話になったシスター方がおられ、そちらにもよく通ったが、今年お二人が追いかけるように帰天され、もうベルガモに足を運ぶこともないのだな、と思うとちょっと切なくなった。レッコにはまだ通わせて欲しい。

 

 

葬儀ミサはいつも面会の際、神父様方にお会いするホールで行われた。祭壇が作られ、前の方には車椅子で私服ではあるが、肩に紫色の帯状のストラをつけられた司祭方がロザリオを唱えられていた。

 

祭壇中央にはまだ蓋が閉められていない棺が安置され、遠くからアルベルト神父様のお体の上、というよりも棺に蓋をするように白いレースがかけられていた。遠くからでも神父様の小さくなられたお顔に、スーッと鼻筋の通った綺麗な鼻が見えた。

 

2017年に帰国された時はまだがっちりされていらしたのに...。親類からの差し入れか?いつも神父様は上質の、そして色の明るい服を着ておられた。

 

参列者に配られた記念のカード。

 

 

 

「主の家に集まって共に過ごすことは、なんと素晴らしいことでしょう。」と書かれていた。

 

詩篇も121章が朗読された。

人々がわたしにむかって「われらは主の家に行こう」と言ったとき、わたしは喜んだ。
エルサレムよ、われらの足はあなたの門のうちに立っている。

 

いつも喜んでおられた優しいお顔のアルベルト神父様が脳裏に焼き付いている。

 

司式は2日後に日本へ発たれる元総長のフェルッチョ神父様。前日日本人ミサで「お元気で」とご挨拶したが、またお会いできた。祭壇左側は現在の総長様。

 

 

お説教では、日本でのアルベルト神父様についてお話しされた。

誰隔てなく接し、また移民の多い教会では、かれこれ2-30年前の話ではあるが、外国人を教会内の委員会(評議会?)のメンバーに率先して加えたり、伝統的な教会を現代にあった教会に改革しようとしたり、開かれた教会を目指されていたとおっしゃった。
 
帰国されかなり経つけれど、日本の教会に貢献されたことに関する感謝のメッセージや電話がミラノ会の本部にひっきりなしに入るということであった。
 
ミサが終わり、レッコから南へ20キロほど南下したところにあるミラノ会の墓地に埋葬されるため、何台かの車が出て行った。
 
参列されていた施設の司祭を探すと、普段アルベルト神父様とご一緒にお会いしていたお二方を発見。皆さん、早めの昼食があるため、それぞれヘルパーに連れられて行くところであったが、なんとかお話できた。
 
彼らには8月下旬にお会いしたが、お一人が急激に心身共に衰弱された様子であった。(私が誰だか?)「わかりますよ。」「わかりますよ。」と日本語で答えられたが、ヘルパーさんに連れていかれるところであったので、「また来ます!お元気でね。」それ以上言葉にならなかった。
 
また、6年ぶりの司祭にも遭遇!もう司祭同士で話すこともないということで、訪問してもお会いできない状態であった。しかし、偶然にも姿をお見掛けし、「神父様~!」と声をかけて近づくと、私の顔を見た途端に、(決して私が誰だか分かったと思えないのだが)はっと驚いた感じで、急に手を顔に当て泣きだされてしまった。日本の思いや日本とのつながりで同志であったアルベルト神父様への喪失感か?いきなりのことであり、私も戸惑った。「お元気でしたか?」手を握ると、強く握り返してくださった。
 
既に95歳だとヘルパーさんはおっしゃっていたが、毎回施設を訪問し感じるのは、たとえ肉体は衰えて行っても、精神や心の完成に向かって進もうとするお姿。人間を超える大いなる存在へ、謙虚に精神を向けていく、その心的傾向は「霊性」そのもの。
 
それでも、司祭といえでも人間。老いの葛藤と言うのがあっても、当然であろう。
 
シスターたちの施設は解放感を感じるが、司祭たちの施設は動けないと、話をすることもなく、更に孤独を感じてしまうのだろう。
 
自分もあと10年、20年後?嫌下手したらもっと早く?感じる事柄かもしれぬ。ただただ、ラインホールド・ニーバーの祈りのように、その時が来た時に、冷静に受け入れる心と勇気をお与えください、と思うのであった。

 

神よ、変えられないものを受け容れる心の静けさと
変えられるものを変える勇気と
その両者を見分ける英知をお与えてください。

一日一日を生き、この時を常に喜びをもって受け容れ
困難は平穏への道として受け容れさせてください。

これまでの私の考え方を捨て、イエスがされたように、
この罪深い世界をそのままに受け容れさせてください。

あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされると信じています。
そして、この人生がささやかな幸福なものとなり、あなたのもとで永遠の幸福を得ることでしょう。

 

アーメン