最上のわざ 〜 その8 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 
 

最上のわざ

 

この世の最上の業は何?

楽しい心で年をとり、

働きたいけれども休み、

しゃべりたいけれども黙り、

失望しそうな時に希望し、  

従順に、平静に、おのれの十字架を担う――。

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、

人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、

弱って、もはや人の為に役立たずとも、親切で柔和であること――。

 

老いの重荷は神の賜物。

古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために――。

おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事――。

こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ。 

神は最後にいちばん良い仕事を残してくださる。それは祈りだ――。 

手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。 

愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために――。 

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだろう。

「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と――。

 

「人生の秋」 ヘルマン・ホルベルス著 春秋社 

 

ミラノ外国宣教会のアルベルト・ディ・ベッロ神父様が帰天された。

 

72年来日。2017年にパーキンソン病で帰国された。リハビリの結果驚きの回復をされ、月一回、在ミラノの日本人ミサではお説教もされるようになった。

 

しかし、その後前立腺ガンになったが、手術は成功。再びパーキンソン病が進行し、車椅子の生活となられた。

 

2017年に画像のジョルジョ神父様とアルベルト神父様お二人がミラノ北東60キロにあるレッコの施設に療養のため帰国された。

 

画像は2019年にモンツァの神学校でミサにあずかった時のもの。しかし、ジョルジョ神父様は、健康を回復されたものの2020年に宣教先のニューヨークで心筋梗塞で帰天されてしまった。

 

レッコの施設では、今まで日本宣教に行かれた司祭が4名施設におられたが、お一人はお会いすることができず、数ヶ月に一度の訪問では、先方の都合で常に3名ご一緒の面会であった。

 

とは言え、それぞれ耳の聞こえ方は様々で、即答する司祭、脳梗塞の後遺症で失語症や構音障害で思うように話せない方。またずっと目を閉じて、眠っているのか、話を聞いているだけなのか?三人三様、話のリズムがバラバラで、話の内容はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、日伊語がちゃんぽんになり、途中で「今なんの話をしている?」となることもあり、微笑ましくも、逆に迷惑になっていないか?気遣うこともあった。それでも、皆さんが毎回の訪問を喜んでくださっていたのが嬉しくもあり、訪問できる休みが楽しみでもあった。

 

車椅子で目を瞑り眠っておられるようなアルベルト神父様は、毎回「(在)ミラノのカトリック日本人ミサは続いていますか?」「司祭が足りなかったら行きますよ!」とおっしゃられた。まさに宣教師魂だ。

 

嚥下に問題があったため、ついに点滴の生活になったと連絡が入ったので、いよいよか...と覚悟し日本の各地におられる友人知人に連絡を入れた。

 

「叔父は天国に行きました。」と姪御さんから連絡が入った。今月29日に85歳のお誕生日を迎える予定であった。この夏8月にお会いした際、年齢をお聞きしたら「90!」と言われ、まだそこまで行ってなかったでしょう?と言って笑ったのを思い出す。

 

誰でもいつかはこの世を去る日は来るのだけれど、やはり寂しいものがある。

 

日本滞在中は、日本管区長を3度従事されたという。体のガッチリとした穏やかな方だったが、バイオリンやギター、そして歌もお上手だったとそうだ。

 

今度は神様の前で披露されていらっしゃるかもしれない。

 

アルベルト・ディ・ベッロ神父の葬儀は、2025年11月17日(月)午前10時、レッコ県ランチョにあるPIME(ミラノ外国宣教会)の「PIME聖ヨハネ・マズッコーニの家」にて執り行われる。その後、ご遺体はヴィッラ・グルガーナ=カルコ(LC)にあるPIMEの墓地に埋葬。

 

日本でも11月22日府中教会にて追悼ミサが行われる。

 

アルベルト神父様の永遠の安息をお祈りします。