レッコ訪問 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

最近、会いたい人には、会えるうちに会っておきたい、と思うようになった。

 

先月日本から友人が来た際、訪問したが、仕事が始まってしまうと次いつ行けるかわからないので、レッコにあるPIME(ミラノ外国宣教会)の老人ホームへ出かけてきた。

 

昨年、院長が代わり、受付もいないと言うことで、なかなか週末のアポイントは取りづらくなったのだが、ダメ元で電話をすると、副院長が出られ、「いつでも良いですよ」、と簡単に受け入れてくださった。土日か火曜日にエピファニア(ご公現)の祝日もあるが、「では土曜日にお願いします。」と前日にお願いをした。

 

ミラノの友人に連絡をし、またレッコ在住の友人にも連絡を取った。当日はもう1人レッコ在住の方も来てくださり、施設訪問の前に一緒にランチ。パッと集まれる友人がいるのは有難い。

 

ところで、朝から霧が出ているとは、聞いていたがお昼過ぎても霧がうっすら出ていた。が、その後、凍てつくような寒さではあったが、空が澄んでおり、綺麗であった。

 

 

施設では普段、日本へ宣教に出ておられた3名の司祭を訪ねて出かけていたが、お一人は11月に帰天され、お一人は9月に90歳の誕生日を迎えられてから、たちまち弱くなられ、今回はお会いできず。

 

マリオ神父は常に時間に正確で私たちが到着する時は、いつも玄関で待っていて下さる。朝はなんとか自力で歩行器で歩いあれるが、午後は車椅子になってしまうそうだ。

 

クリスマスとお正月はどう過ごされましたか?と聞かれた。施設ではクリスマスには、ささやかな料理が出たそうだが、量が食べられないので「普段の方が良い」と言われ笑った。

 

1963年の年末に船で来日され、元旦にはどこかに出かけると(東京だったはずだが、どことおっしゃったか記憶になく!)当時は着物の人が多くとても綺麗だったそうだ。だが、再び元旦に出かける機会があったそうだが、着物の人はいなくなっていた。つまらなかった、とおっしゃった。時代ですかね。

 

あとは政治の話であった。ロシアとウクライナ。トランプ米大統領がベネズエラへの大規模な攻撃に踏み切り、マドゥロ大統領を拘束して国外へ移送したという、私たちの到着直前にニュースで得たと言う最新情報を教えてくださった。耳が良く聞こえないので字幕を読みました、とおっしゃっていた。

 

午後は個室で新聞や政治関係の書物を読んですごされるという。カトリック関係ではなく、政治なんだ...と思った。苦笑

 

1時間で体調も限界ということでお暇したが、夜に「申し訳なかった」と言うメッセージが入っていた。我々は全く気にしていなかったが、(かえって早く気づくべきだったと思ったが後の祭り)せっかく来てくれたのに...と思われたのだろうか。施設での同僚との会話も少なく、今や全体でのロザリオの祈りも無くなってしまったと言う。頭がしっかりしておられる分、神父様の孤独を思うと、できる限り訪問したいと訪問の度、思うのであった。

 

画像は施設入り口のプレセーぺ。

 

 

 

友人に駅まで送ってもらったが、ミラノ行きの電車はまだ45分ほど時間があったので、まだクリスマスマーケットが開かれている街中を散策。

 

16:30の湖畔。だいぶ陽が伸びて来た。

 

 いつ見ても美しい湖畔。

 

 

サン・ニコロ教会。高台の施設から歩いて帰って来る時は、この鐘楼を目安に下って来る。

 

 

 
レッコで会う方々や彼らがお世話して来た方々の話を聞くたび、海外で暮らす、と言う事。特に独り身や老後一人になった時のことなど考えさせられる。
 
自分自身のために出来ること、また他者に対しても出来ること...。その自分に「今」出来ることを無理せず、出来る範囲でする事が大切なのだ、と思うのであった。