父の誕生日 2026 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

今日は亡き父の誕生日であった。

 

生きていれば89歳。

 

朝、目が覚めると母と弟とのグループチャットに「お父さんの誕生日だったね」と弟からメッセージが入っていた。私だって忘れるわけがない。

 

ちょうどコロナ禍が本格化してきており、時差はあるが亡くなったと言う連絡が入った2020年3月8日のその日に出発し、翌日からイタリアがロックダウンに入るという壮絶な時期であったが、父の入院は、父の誕生日である2月26日の前日であった。

 

その10年前も、やはり心筋梗塞で入院、緊急手術をし一命をとりとめたが、当時幼稚園生であった次男を連れて2週間弱帰国したが、入院中に73歳の誕生日を迎え「誕生日か...」としみじみと呟いていたことを思い出す。

 

その時から、父の誕生日が近づくと、健康状態が気になり、そわそわし早く春になって欲しい、と思ったものであった。

 

父が亡くなってからこの6年間、多くの親類や友人、知人もあちら側へ行ってしまった。ほとんどの人は、高齢者ではあったが、それでも病気で若くして逝ってしまわれた方も数人。

 

今日はなぜか、「生きること」と「死ぬこと」ばかり頭に浮かんでは消える…その繰り返しの日であった。

 

「生きること」と「死ぬこと」は表裏一体。「死」という終わりがあるからこそ、「今」という「生」が輝き、尊いものとなる。

 

限られた時間の中で、自身に正直に、思い思いの人生を歩むこと、そしてその自然な過程として死を受け入れること…、それが悔いのない「生」につながるのだろうなあと思うのだが、どこかで、自分や大事な人が「存在しない」状態になることが想像できないために、不可避であるにも関わらず信じがたい、という矛盾をいまだに抱えているのだと思う。

 

生まれて来るまで「存在」していなかったにもかかわらず、この世に生を受けたことで、人を愛し、愛され、そこで生まれた命と人格が存在し続ける。

 

ところで、カトリックでは、「使徒信条」の中で「永遠の命を信じます」と告白する。亡くなった空手仲間のF爺は、亡くなる前あたりから、神の元へ行くと言い出していた。それでもやはり「怖い」と言っていたな。

 

そして私を信仰に導いてくれた亡き代母であったシスターも「怖い」と言っていたことがある。

 

キリスト教の信仰とは、人間的に見て、怖く、暗い死が、永遠の命への門なのだ、と言う。それは単に通過であって、絶対的なものではない。それを通してこそ、父のみもとに行くことができるのだ、と信頼して身を委ねる生き方。


とはいえ、常に頭の中では堂々巡り…。

 

携帯電話の中にあった父が入院する直前に自宅で撮ったという画像を探したが、見つからなかった。逆に父との思い出の画像を沢山見て、思い出に浸った。

 

既に悲しみはないが、感謝や愛おしさになってきている。生きていれば89歳か、私も年をとるはずだよね。

 

今日の一句

「おめでとう」 言えぬ相手に 手を合わす