「筋肉痛」と「空手を学ぶ」という葛藤 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

先週から2025-26年度の空手の稽古が開講した。
 
その前に、自主練をかなりハードにしていたので、体は大丈夫かと思ったが、基礎を固める練習でかなり低い四股立ちや、ほとんどアヒル歩きのような四股歩きで足がガクガク!
 
しかも、日曜日もオンライン稽古であった。
 
火曜日は、手首や前腕部分(小手)や下半身の骨を強くし、相手の打撃に対して耐えられようになる小手鍛え、下肢鍛えをやった。衝撃の痛みに耐えることで、相手の打撃に動揺せず冷静に対応できる精神力を養う、というが、痩せた高校生男児と組んでやったが、彼の足のくるぶしが私の大腿骨頸部に当たった!思わず、ウオ~っと叫び、別の人に変わってもらった。苦笑
 

また昨年も書いたが、「武道を習う」、という事は道場に来さえすれば身に着くものではないことは、門下生をはじめ親御さんにも理解して欲しいもの。礼儀を始め、周りを見て学ぶ眼や心を育てることも大切。その姿勢として当然のことだが、無駄なおしゃべりはしない。気づいたら素早く動く。まずは道場に入ったらいい意味での「緊張」した空気が欲しい。

 

毎回毎回「おしゃべりしない!」「ヘラヘラしない!」と言わせないでほしい。見学者もおしゃべりや携帯電話など言語道断‼︎ 空気を乱さないで欲しいのだ。誰も言わなきゃ私が言うが、毎回自分だと気が滅入る。黒帯はもちろん、既に道場にいる人は模範になるということを意識してほしい。

 

先日はトライアルで来ていた家族を待っていた中学生くらいの女児が大股を開いて見学していたので、「足は閉じる!」と注意した。門下生の身内の見学者の中には、ホルスタインか?というくらいの胸の谷間全開、色気も何もないが、太もも全開、しかもあぐらを組んで座られようものなら、女性であってもどこを見ていいのやら?といった人もいる。本人もいい大人だし、なぜ武道を見に来てそんな態度なのか?理解に苦しむが、その身内が何も感じないこと自体おかしいのでは?とさえ思ってしまう。(それも文化の違いなのか?!)

 

自分もまだ学ぶ側でもあるが、学校の勉強とは違って全てを説明され理解するのではなく、やはり修練と経験で得られるものが多いのではないか?と思う今日のこの頃。

 

「技」というものは鍛錬しないと衰えてしまう。足腰を鍛える、筋肉を鍛える。 スピードやキレを鍛えなければどんどん衰えてしまう。自分でも驚いたのは、意外に手首が硬くなってきているということ。指も動かさないと動きが鈍くなっていく。

 

一方、「術」というものは一度覚えたら決して忘れるものではない。自転車の 乗り方や泳ぎ方同様、空手的には体捌きやタイミングや間合いなどがそうであろう。しかし、それも一朝一夕に身につくものではなく、繰り返し、繰り返し反複練習して、型の分解を理解し、それが蹴り、突き、受けという技に初めて活きてくるのではないだろうか。

 

体は痛いけれど、練習をしたい!道場に行きたい!

 
 

今日の一句

ストイック 空手の疲れは 稽古で落とす 笑