聖母被昇天と終戦記念日 ~ その3 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

8月15日は、カトリックでは「聖母被昇天」の祝日で、1950年に「無原罪の聖母が地上の生涯の終わりに体も魂もろとも天にあげられた」と教皇ピオ12世によって定義されたように、マリアが栄光につつまれて天国へ上げられたことを祝う。
 
今朝の地元パロッキアのミサは、主任司祭が現在ペルーに巡礼中で不在のため、代わりの司祭によるミサであった。想像通り参列者は少なく、ミサは早めに終了した。
 

ところで、かのフランシスコ・ザビエルが日本の鹿児島に上陸したのは、1549年8月15日の「聖母被昇天」の祝日であった。

 

そして、なぜか日本の歴史の出来事は、聖母マリアの記念日と重なっていることが多い。

 

日本が真珠湾攻撃し、太平洋戦争が始まったのは、1941年12月8日。カトリック教会では、12月8日は、聖母マリアが、その母聖アンナの胎内に宿ったことを記念する「無原罪の聖母マリア」の祝日で、盛大に祝われる。特に、ミラノは前日が、聖アンブロジオの祝日なので連休となる。

 

そして、太平洋戦争が終わったのは、1945年8月15日。この日は、前述の通り、「聖母被昇天」の祝日で、これまたカトリックの国では、国民の祝日としてほとんどが夏休み中ではあるが、そうでなくても祝日となる。

 

更には、サンフランシスコ講和条約が、サンフランシスコで調印されたのは、1951年9月8日。「聖母生誕」の祝日だ。


ちなみに日本で建国記念を祝う2月11日は、「ルルドの聖母」の祝日。また、ヴァチカン市国の建国記念日でもある。1929年2月11日に、イタリアのムッソリーニと、ローマ教皇庁代表のガスパリ枢機卿の間で締結されたラテラノ条約によって、ヴァチカンは、国家主権が認められた。その調印式に使われたテーブルは、桜材でできた日本製だったと言う。(まあそれは偶然か???)

 
いずれにしても、今年は戦後80周年という区切りの時でもある。
 
先日も書いたが、私は自民党は好きではなく、今まで広島や長崎での式典での首相の挨拶はそれほど興味を持って聞いたことがなかったが、今年の石破首相の言葉は非常に心を打った。
 
また本日の政府主催の全国戦没者追悼式の式辞では、「戦争の反省」という表現を使われた。「反省」の文言が入るのは2012年に野田佳彦首相が使って以来13年ぶりだと言う。
 
また天皇陛下もお言葉の中で、これまでと同様「深い反省」に触れると共に、「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ」とこれまでにない表現で継承への思いを述べられた。
 
戦後80年、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に「悲惨な体験や歴史が伝えられていくことが大切」で、その「語り継ぎ」をもって記憶の継承、つまり慰霊と共に、反省と教訓が不可欠だ。それは相手や周りを恨み続け、力に対し、力で抑えて、平和を維持する事ではない。
 
では「平和」とは何か?
 
人によって様々な解釈がされるが、単に戦争や争いがない状況ではないだろう。社会的な不平等や差別がない状態、そして、一人ひとりが尊重され、自己実現できる状況。それをお花畑という人もいるだろう。しかし、人間は誰もが、年齢、健康状態、経済状況、社会環境の変化など、様々な要因によって、弱者の立場に置かれる可能性がある。自分には関係ない世界だと思ってはいけないし、全てにとって「想像」力があれば、もう少し優しい社会になれないのか?と思う。もちろん、人に頼りすぎ、甘えすぎも良くはない。倫理観や道徳力も必要だし、正しい歴史や事実を知る事も大切。
 
帰国中の長男に、おばあちゃんは終戦時3歳だったから、当時の話や何か覚えていることを聞いておいてごらん、と伝えた。父にももっと聞いておきたいことが沢山あったと今更思うことばかり。
 
今日の一句
語り継ぐ 歴史の伝承 平和への誓い