戦争がもたらすもの 〜 その6 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

広島に原爆が投下され80年が経った。
 

広島市原爆死没者慰霊式並び平和記念式の様子をニュースやYoutubeで見た。

 

普段は、首相の挨拶はそれほど興味がないのだが、今年の石破首相のスピーチは良かったと思う。「非核三原則」を守るとし、「核兵器のない世界」に向け国際社会を主導することは、我が国の使命と主張された。

 

一瞬にして多くの命が失われ、残された人々や家族の生活や人生、町そのものもすべて変ってしまった。私たちは所謂「戦争を知らない」世代ではあるが、争いがもたらす悲しみや苦しみは想像できるはずだ。
 
それを、某党は「核保有は安上がり」といった。実際、核を使わなくも、保有するということは、自国を守るために相手を威嚇するということだ。威嚇すれば、アメリカと同等に付き合えるようになるということなのか?
 
お互いが威嚇しあえば、不信感は募り、万が一戦争が勃発してしまえば、待っているのは破滅だけ。相手も同じ人間であり、やっていいことと悪いことがあると考える理性はないのだろうか?
 
>自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力。あるいは誤解や錯誤により抑止は破られてきました。我が国も、力の均衡では圧倒的に不利と知りながらも、自ら太平洋戦争の端緒を切ったように、人間は必ずしも抑止論、特に核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らないことを、身を以て示しています。(湯崎知事のスピーチ抜粋)
 

当時の悲惨さと平和の大切さは語り継がれるべきだが、当時の被爆者たちは日を追うごとに亡くなってきている。語り継がれ、戦争を知らない私たち世代も想像力は大切。弱者に寄り添わなければならない。

 

それなのに同じことをくり返す危険性がある発言を聞くとゾッとしてしまう。過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことではないだろうか?

 

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。」と聖ヨハネ・パオロ2世は仰ったが、戦争が人間の手によって引き起こされる悲劇であることということを、よく心に刻み込むべきだ。

 

悲劇は2度と繰り返してはいけないのです。
 

 

 

 

"Don't give up! Keep pushing! See the light? Crawl towards it."(平成29(2017)年12月10日に行われたノーベル平和賞授賞式でのサーロー節子氏のスピーチの一部抜粋)