8月6日広島は、被曝75周年を迎え、広島市の松井市長は、平和宣言で、日本政府に対し、被爆者の思いを受け止めて核兵器禁止条約に参加し、核廃絶に向けた「連帯」を各国に働きかけるよう求めた。
「広島は、『75年間は草木も生えぬ』と言われたが、いま復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっている」
「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです。」当時 13 歳であった男性の訴え。
昨年11 月、被爆地を訪れ、「 思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。 」とパパ様のメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆している。
今の広島があるのは、先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果だと松井市長。
昨年11 月、被爆地を訪れ、「 思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です。 」とパパ様のメッセージ。
そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分の国だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから。」という実体験からの言葉。
これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆している。
今の広島があるのは、先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果だと松井市長。
ところで、話は前後するが2日前にレバノンの首都ベイルートで爆発事件が起きた。
爆発が発生したのはベイルート港で、爆発の原因はそこに6年間保管されていた2750トンの硝酸アンモニウムだと発表された。規模的には広島の原爆の10-12分の1の威力であったと言うが、現地の映像を眺めて血の気が引いた人がほとんどであったと思う。
6日時点での死者数は135人、負傷者数は5000人以上とされている。ハマド保健大臣はインタビューで、「行方不明者が多数おり、その人数はこれまでに判明している死者数を上回っている」と述べた。ベイルートのアッバード知事によれば、爆発でベイルートの建物の半分は全壊あるいは半壊し、家を失った人は30万人にのぼり、被害総額は30億ドルから50億ドルにのぼる見込みであるという。
しかし、なぜ爆発が起きたのか?そもそも、なぜこれほど大量の硝酸アンモニウムがベイルートに運ばれ、なぜ港にこれほど長期にわたって保管されていたのだろうか?
いずれにしてもこの爆発の犠牲者とその家族のために祈るばかりである。またレバノンが社会的、政治的、宗教的要素のすべての関与によるこの悲劇的で痛ましい状況を乗り越える事が出来ます様に。
痛みへの共感が連帯を生み、共生できる世の中にしたいものである。
