Giubileo 2025 〜 その2 聖年ローマ巡礼 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

カトリック教会では、今年は25年毎の「聖年」で、700年前、ローマの由緒ある四大聖堂の扉が(当時は50年毎に)開けられて遠くからの巡礼者を迎えて以来の伝統的なイベントだ。
 
そこで日本から知り合いの巡礼団が夏から秋にかけて数グループやって来る。もちろんミラノで合流しようとは思っているが、さて自分はいつローマへ行こうか?と思っていた。
 
シッター先の家族が1週間、旅行に出ることが決まり、今しかない!と思ったが始めに考えていた修道院系の宿泊所がいっぱいで空きが無かった。3月にミラノ教区からミラノ大司教と共に行く巡礼があり、旅行会社に連絡をしたら既にいっぱいであった。
 
ダメ元で、キリスト教社会奉仕ボランティア協会が運営する宿泊所に連絡を取ったら簡単に予約が取れた。ちなみに運営自体を担っているのは、フランシスコ会系のシスター達。
 
ミラノからイタロで3時間半の旅。
 
ローマ・テルミニ駅に到着し、まずは駅近くのヴァチカン市国四大教会の一つであるサンタ・マリア・マッジョーレ教会へ。
 
以前も書いたが、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂は、バチカンの四大教会のうちの一つで最後に建てられた教会。西暦356年のある日、教皇リベリウスは聖母マリアが「雪の降るところに私のための教会を建てなさい」と告げる夢を見た。
 
同時に貴族のジョヴァンニという男の夢にも聖母マリアが現れた、という。次の日の朝、実際にエスクイリーノの丘の上に雪が降ったというのだ。しかもそれは真夏の8月5日のこと。教皇リベリウスはその奇跡の場所に聖母マリア教会を建てたと言われている。
 
ところで、このジュビレオと呼ばれる聖年の間に聖なる門を通るには、パスを登録することが必要で、聖年中は何度も使えるが、時間指定をした方が良いという話しであったが、全く問題なく入れた。ただ空港のような手荷物検査があり、X線検査装置を通すわけだが、通った途端に「シニョーラー!」と手招きをされた。「なんですか?」とあっけらかんと聞き返すと、「バッグに小さなナイフ入ってるでしょう?」と聞かれた。ナイフ??? そうだ!電車での移動中に編み物の道具を持っており、その中に小さなハサミが入っていたのだ!小さな日本刀のようなケースに入ったハサミで「返してくれるの?」と聞くと、後から取りに来るよう言われた。
 

 

 

こちらは、パパさまが司牧訪問から戻られると必ず帰りがけに寄られ、祈りを捧げられる古い聖母子画「サルス・ポプリ・ロマーニ」(ローマ人の救い)のお御堂でのミサに与った。

 

 

本来は聖年のローマ巡礼だったのだが、急にパパ様が体を壊され入院された。フェークニュースも多く、また個人的見解をペラペラ話す高位聖職者もおり、気分が悪くなるような事も多い数日であった。
 
ミサのお説教では、たとえ自分の信仰に疑問や弱さを感じても、主に向かって助けを求めることが、真の信仰なのだと仰っていた。
 
その後、思い出のレストランへ1人食事に出かけた。続く
 
今日の一句
ローマ巡礼 平和と免償 祈る年