長女、卒業 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

Università degli Studi di Milano-Bicocca | Unicore

 

 

2019年にボローニャ大学の3年の学部を卒業し(ラウレア・トゥリエンナーレ)、ミラノに戻って来てビコッカ大学の大学院へ進んだ長女。

 

仕事をしながら、勉学に励んでいたが、その後コロナ禍。そして私は父が亡くなり、一時帰国が長引き、ミラノに戻ってきた時は、彼女は家を出ていた。

 

その後、体調を崩したりなんやかんやで卒業が遅れたが、今回大学院卒業(ラウレア・マジストラーレ)が決まり、私は昨日から仕事に復帰したばかりであったが、式に参列して来た。

 

長女の専攻は、文化人類学。大学院へ進んでから、「無形文化遺産」について研究していた。

 

「文化遺産」というと、ユネスコの世界遺産を思い出す人も多いと思うが、無形文化遺産、記憶遺産、あるいは文化庁が指定する国宝や重要無形文化財、重要有形民俗文化財、重要無形民俗文化財などがある。

 

では、「無形文化遺産」といえば、祭りや伝統芸能など受け継いでいかれる無形の文化のことか?と思いがちだが、定義は意外に難しいような気がする。

 

ところで、昨年の初め、友人にミラノに、世界中の昔の子供たちの作文やノートなどを集めている非営利団体があり、日本語もあり、日本語のノートを訳すボランティアを探しているが、興味あるか?と声をかけられたことがある。私は即断ったが、(!)長女に声を掛けたら、興味津々で週に数時間、そこへ通いながら手伝っていたようだ。たまに理解できないものは、私に聞いてきていたが、実は私も意味不明?な日本語(地域制による方言もあったと思う)があり、ましてやほぼイタリア育ちの長女には無理難題であったと思う。

 

今回の卒業のための論文では、そのボランティアで時代を超えて触れた、元子供たちの生活、文化、戦争などの背景のある感受性、生き方、世界観などをまとめ、15分弱、12人の教授の前で発表し、数人の教授との質疑応答となった。ファシストに関する話も絡んでいたので、日本の子供だけのノートを訳していたわけではないようだ。

 

また、卒業時の総合成績評価は110点満点で、更に素晴らしい学業成績を修め、かつ見事な卒論を発表した学生には「110 e lode」(チェントデイエチ・エ・ローディ)(賛辞(最優秀)付110点満点)が与えられる。

 

長女は卒論は107点、最終試験で110点。総合評価はコンマ50ポイント足りず賛辞なしの満点であった。笑 大学の時もコンマ40ポイント足りずの賛辞なしの満点。笑 

 

彼女も何かと怪我や心的問題もあり、通院することもあったようだが、誰に似たのか?負けず嫌いの努力家。(誰だろうねえ?爆)よく頑張った。それも今の彼が、陰で彼女を支えてくれていたからだと思う。長女は、土日も関係なく、仕事または勉強。友人も大切にする。普通のイタリア人男性だったら、なかなか寛大ではいてくれないものだろう。彼にも感謝。5月は長女と夫の誕生日があったが、私が骨折のため延期。卒業もかねてお祝いをしなければ…

 

余談だが、イタリアの大学を卒業する際、月桂樹の葉で作られた月桂冠、 corona d’alloro コロナ・ダローロをかぶる人が多い。古代ギリシャやローマでは、ゲッケイジュはアポロの聖樹とされていたのだそうだ。イタリア語で月桂樹を意味する名詞alloroは、ラテン語で月桂樹を意味する名詞 laurusに指示代名詞のついたilla laurusという表現から派生したと言われている。古くからalloroが栄誉や成功のシンボルであることから、イタリア語では勝利や名誉ある賞などを指す名詞としても使われている。オリンピック競技の優勝者や月桂冠をかぶったダンテやペトラルカの肖像画がそうだ。

 

そして、長女が3年の学部を卒業する時、FBで月桂冠を作ろうかどうしようか…とつぶやいたら、友人が家に沢山あるからと言って、ゲッケイジュの枝を大量に持って来てくれて、冠を作り、残った枝も友人知人に配ったくらいだった。そのゲッケイジュをお裾分けしてくれた友人にお礼をしようしようと思っていたところで、コロナ禍。私は父の葬儀と共にしばらく日本に帰国していたが、帰国中その友人の訃報を聞いた。

 

あれから3年。いまだに信じられない。お礼を言えず、再び長女の大学院の卒業を迎えてしまった。彼女にも感謝と共に報告しなければ…。

 

やっと一息ついたが、今月と9月に、長女は博士課程の入試。来月は次男の大学入試。

 

とはいえ、子育てはほぼ卒業か。あっという間だな。