クオリティ・オブ・ライフ 〜 その4 人生を生きる知恵 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今日はベルガモにあるマリアバンビーナ(幼きマリア修道会)の養老院2か所を訪問して来た。

 

始めに出かけたのは、チッタバッサ、駅からゆっくり歩いて20分くらいのところにある、街中なのに、建物の中に入ると、さらに凹型の建物なので、外の喧騒が嘘のように静かな養老院。今年に入ってからそちらへ移られた、私の代母であり、長年聖書の指導をしてくださった霊的母であるシスターマリアのところだ。

 

いまだ、オンラインで聖書の指導をされておられるが、私はさすがに仕事があるので参加はできない。

 

昭和40年代前後、15年の日本宣教を経てイタリアへ帰国。その後も修道会の経理関係の責任者として世界中を飛び回っていたようだが、私が知り合った時は既に60代半ばを過ぎておられたが、それでもインド出張やら日本にも行かれていた。徐々に仕事も減り、海外の里子関係の窓口やら、受刑者を書簡で支えたり…そして、聖書の会や在ミラノカトリック日本人会とのかかわりで、日本語が維持されてこられた。

 

来月から会の本部であるミラノの建物が、ミラノの地下鉄M4工事でかなり問題が発覚し、大々的な建て替え工事が始まるので、多くの高齢者がベルガモ近辺の養老院へ移動させられたという。

 

今年88歳になられるが、まだまだ頭はしっかりされておられる分、急に生活のペースも変わってしまい、現実を直視し、それを受け入れる、というのは、口で言うほど易しいことではないのだろうなあと思う。(もちろん自分もその年になってみないと全く想像はつかないのだが)週一回の聖書の会だけでも準備することはたくさんありますよ、とおっしゃっていたが、その時その時の、ありのままの自分を肯定し、生きていくということ、それが人生を生きていく上での一つの知恵なのだろう。

 

一緒に行った友人がこの十数年のシスターと日本人会との思い出の写真をアルバムにし、プレゼントされた。一緒にそれを眺め、まだ子供たちが小さかった頃に一緒に出掛けた野外ミサやクリスマス会、復活祭などのお祝いの風景。子供がたくさんいた頃は本当に活気にあふれていたなあとつくづく思った。

 

11時半からお昼ごはんだというので、そろそろ食堂へ行ってください、と言ってもまだ大丈夫…と言われ、ぎりぎりまでおしゃべりをし、別れを惜しまれた。私たちの姿が見えなくなるまで、手を振り見送ってくださる姿に胸が熱くなった。

 

その後、ベルガモの駅近くに戻り、新たに友人と現在ベルガモに留学中の学生さんと合流し、お昼ご飯を食べた。学生さんは我が家の長男と同い年であるが、彼らはバックグラウンドも生き方も全く異なるが、人生若い内に、多くのことを経験すべきだと思う。失敗してもすべてが糧になる。あと一か月ちょっとで帰国となるそうだが、試験を控えているそうで、勉強漬けの毎日のようなのに、あそこは行った?あれは見た?うるさいおばちゃん3人に囲まれ苦笑いの食事であった。苦笑

 

その後、学生さんとは別れ、長距離バスに乗り、ベルガモ郊外の養老院へ移動。

 

そちらには昨年2回訪ねた日本人のシスターパオラがおられる。前日、養老院へは一報を入れておいてもらったし、本人にも伝わっていたようだが、今回も車椅子で出てこられ、私たちを認識した途端、両手で顔を抑え、泣きだされた。「ペルケ?ぺルケ?」今回もまたイタリア語でなんで?と驚かれ、嬉し泣き。

 

もともと、身長も130センチほどで、体重も30キロ前後だったような気がするが、また一回り小さくなられたかな?と感じた。それでも「毎日、おいしく食事をさせていただいてますよ。たくさん食べている割には大きくなれないの!」とおっしゃられた。

 

友人が手作りのケーキを持ってきており、「シスター食べてください!」というと、「なにこれ?」といわれ、「リンゴケーキです。」「えっ何?聞こえない。」「リンゴです。」「えっ?」「リ・ン・ゴ」というと、「インド?」笑っちゃいけないが、笑ってしまう。するとシスターも一緒に笑われる。「ごめんなさいね。耳が聞こえないの。」と。

 

しかし、「耳が聞こえづらいから、電話で話すこともできないからご無沙汰しちゃって…」といえば、「あら、聞こえているわよ」と。でも一度電話をし、受話器に手をメガフォンのようにして大声で話しても、聞こえない~と叫ばれ、電話はあきらめた。

 

「今はナターレ(クリスマス)よね?」と聞かれ「シスター、復活祭も終わり、来週は聖霊降臨祭ですよ!」というと、「ペンテコステね」としっかりされているのだ。そして「あらやだ、なんでナターレなんていっちゃったのかしら?」と。

 

少し疲れたように思われたので、失礼することにした。かえりがけ、以前富山に18年に宣教で出かけていたというシスターガブリエラと会い、そこでまた座り込んでお話をした。非常に喜ばれていた。昨年の日記を読み返すと、シスターガブリエラと「マリア様のこころ」を一緒に歌ったのだ。


とても穏やかな面持ちのシスターたちは、「生きた沈黙」を感じるものがあった。何も言わなくても、感じ取ってくださるというか、理解してくださるような空気。生きた沈黙は人を温和にし、穏やかにする。

 

今日お会いした3人のシスターは皆嬉しい!という言葉を連発された。私たちも非常に嬉しかった。

 

常に時間は過ぎ去っていくものだが、その瞬間に生かされている自分に気づく。その瞬間、瞬間は永遠の時の流れの中で一度きり。今、何かをしなければ、私は永遠にこの機会を失ってしまう。

 

年齢とともに肉体は衰えていくが、精神や心の感性に向かって進もうとする情熱は決して失いたくない。多くの経験を積んでこられたご高齢のシスターたちは、(シスターに限らず一般の方であっても)何も特別なことをしなくても、その存在そのものが、周りの人たちに力を与えてくれる。

 

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、これはこれ災難をのがるる妙法にて候」BY良寛
 
人生はいいことばかりではない。良寛の言葉は、現実を受け入れ、精一杯に生きる。災難と思った時災難に遭う。たとえ辛いことの多い人生であっても、人生を生きる知恵なのだろう。
 
忙しい時期ではあったが、出かけて来て良かったと思う、恵みの一日であった。