雑草のうた 〜 雑草ぐんぐん | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

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久々の雨。

 

先日も書いたが養蜂家の方の話によると、この冬から雨が降る少なく蜂蜜の出来が今一つのようだったらしいが、これで少しは良くなるか?恵みの雨のようだった。(もちろん雨が多すぎても良くないそうなのだけれど。)

 

最近ふと気づくと、歩道の脇やらアスファルトの割れた部分から雑草がぐんぐん伸び始めているではないか!植物の成長する力というのは凄い!

 

ところで、アパートの敷地内では年に数回草刈りが入る。歩道でも草刈りをしているのをよく見かける。それだけ放って置くと、どんどん伸びてきてしまうのだろう。除草剤の使用は賛否両論だが、一般的に使用されている物は、無害だと言われているようだ。

 

雑草、といえば、昭和天皇のお言葉、「雑草という草はないんですよ。 どの草にも名前はあるんです。そしてどの植物にも名前があって。 それぞれ自分の好きな場所を選んで生を営んでいるんです。 」という言葉が印象的だ。どんな物にも名前があるということ。

 

そこで雑草の代表といえば「オオバコ」だろうか?イタリア語ではplantago(プランターゴ)と呼ばれる。「足の裏」という意味のラテン語であるプランタから由来しており、オオバコの葉が足の裏ににているからだそうだ。

 

葉っぱは柔らかそうに見えるが、中に丈夫な白い筋が通っていて、ちぎれにくいのだそうだ。茎は外側が硬く、中はスポンジ状になっており、よくしなる構造になっているのだそうだ。

 

『オオバコは素朴だが、踏まれても起き上がる力を持っている。目立たなくても良い。きっと報われる。』小学校を卒業する時に、職員室を周り、一人の先生に書いていただいた言葉だ。金子先生という方だった記憶がある。
 
雑草は一年草、多年草とあるようだが、発芽時期は種類によって異なり、また気候や天候によって、伸び方もいろいろあるようだが、やはり一番大きくなるのは春なのだろう。
 
雑草のうた by相田みつを

わたしは道ばたの雑草です 名前はありません
図鑑を調べればわたしにも名前はあるんでしょうが
一度も名前を呼ばれたことがありません
そしてだれからも相手にされたことがありません
雑草々々とただ嫌われるだけです
だからわたしは自分の名前を知りません
いま歩道のはじのコンクリのわずかな割れ目がわたしの住み家
そこがいのちの授かった場所ですから
土も殆どありませんし肥料などは全くありません
その上 学校に通う子供達の運動靴によく踏まれます
それでもぐちや泣き言を言っているひまがありません
冬がくるまでに一つぶでも二つぶでも
具体的にタネを残してゆくために
いま一生けんめいに花を咲かせているんです
だれにも見てもらえない小さな小さな花ですが
いのちいっぱいの自分の花を!!
踏まれても踏まれてもくじけることのない雑草の花を!!
 
大切に、大切に、過保護にしなくても、そして踏まれても、生き延びる力を持っている雑草。時期がくれば、自分なりの花を咲かせ、次世代に命を引き継いでいくのだ。