You're Fired !
You're Fired !
(お前は、クビだ!)
これはトランプ氏の決めセリフだ。
「You're Fired」の勢いで、次々とアメリカファースト、オルトライトのようなト強行姿勢で過激な政策を打ち出している。
中でも移民政策においては、白人至上主義を掲げ、ついにはレイシスト(差別主義者)とまで呼ばれるようになった。
注目すべきは、トランプに賛同するもの、反対するものが極端に分かれて二極化していること、アメリカ国内が分裂状態に入ろうとしている。
オバマが黒人出身ということで、多民族国家アメリカの理想とする平等の象徴として、アメリカをひとつにしてゆく傾きがあったものが、今回はその真逆の分裂状態へ傾いてゆこうとしている。
だが、本当にオバマの時代からアメリカ国民は統一への道を歩んでいたのかというとそうではない。
そこには依然、民族間の格差、葛藤が渦巻いているわけで、統一への道はおろか、白人、有色人種ともに不満が募るばかりだったところにトランプが突如出現した見るべきでないか。
では、トランプは単なる差別主義者なのだろうか?
実はそう単純な話ではない。
アメリカの多数派を占めている白人が少数派の黒人やヒスパニックをはじめとする有色人種を閉め出そうとしてるように表面上は思われがちだが、潜在的な問題がはらまれている。
アメリカはあと25年ほど経てば、非白人が白人の人口を上回るのである。
白人が少数派となる時代がもう底まで来ているのである。
現在アメリカでは、アファーマティブアクションという非白人の優遇処置を採用している。
マイケルサンデルの授業で知った人も多いでしょう。
これは簡単に言うと、様々な理由で学力の低い黒人やヒスパニックのアメリカ人を大学入学などで点数を上乗せしてくれるという優遇処置である。
しかし、もうすぐ非白人の人口が上回る時代が来る。
そうすると、今度は多数派を優遇することになるわけで、少数派となる白人からすれば、「そりゃないぜ」となるわけである。
だから白人至上主義はいいのか?ということではなく、アメリカの解決しがたい大問題だということです。
それともっと興味深いのは、25年後は、今の白人が老人になったとき、彼らの資産は平均1000万円以上もつ比較的富裕層で占められるが、その時の現役世代は白人より所得が2/3もしくは半分の非白人となる訳で、貧困層の若者が富裕層の老人の年金をささえるといういびつな構造になることも避けられないという。
そうなると、非白人と白人の対立はいっそう熾烈を極める時代と予測されるわけである。
もうまもなくこういう難問を向かえようとするアメリカで、トランプは「テロリストを排除する」という半ばやけくそな理由で、白人至上主義の政策に乗り出しているのである。
この分裂ゆく悲鳴がアメリカの本音であり、このアメリカの内実で「アメリカファースト」の道筋を本気ですすむなら、日米同盟弱くなると伊藤貫氏は言っています。
日米同盟弱くなるということは、アメリカが東アジアから撤退するということを意味するのです。
そしてこれは、イネビタブルトレンド(避けられない時代の趨勢)だと言っています。
安倍首相はトランプ氏とアメリカで初会談し、「日米同盟強化を確約」したと言っていましたが、アメリカの本音は違うということです。
日本の保守派は日米同盟の空洞化という実体を誤魔化しては居られなくなって来ています。
ペリーに強姦され、マッカーサーに去勢され、トランプによって…
トランプ大統領になって、日本がどう変わるか?
「日本に対しどんな態度をとってくるのか、まだわからない」などと
様々に憶測が飛び交っている。
だが、結論を言えば、特に変わることはない。
というより、引き続き日本は”アメリカに付き従う”ことに変わりはない。
ということに尽きるのではないだろうか。
テレビの情報番組で大統領就任式については、「オバマ大統領のときの方が、盛り上がってた」と女性タレントが言い放ってるのが報じられていた。
オバマ大統領の方が人気があってよかったとでもいいたいのだろうか。
アメリカの大統領で初めて広島訪問をしたオバマは日本にとって好印象だったのに、とでもいいたいのだろうか。
しかし当のオバマ本人は、広島で核廃絶をうったえながら、一方でアメリカの核兵器製造予算を増やしているという。
その額は向こう20年で100兆円と言われている。
ちなみに日本の自衛隊の全予算が5兆円ほどであり、莫大な額であることはお分かりいただけるだろう。
このことをテレビや新聞は報じないので、オバマの核廃絶スピーチだけを見せられてに感動してるのも仕方がないわけです。
ではなぜ、オバマはわざとらしく軍拡と軍縮の二枚舌を使い分けてるのだろうか。
伊藤貫氏によると、次のような理由がある。
それまでアメリカとしては世界に軍事覇権を及ぼそうと、極東の軍事拠点である日本へ積極的に核や兵器を持ち込もうとしていた。
つまり軍拡路線で極東を押さえこむ狙いがあったわけです。
ところが、2006年に北朝鮮で初の核実験をやったことにより、アジアでは中国と北朝鮮までもが核保有国となった。
するとアメリカは態度を180度方向転換し、日本の反核勢力に近づき表面上、軍縮路線を後押ししだした。
アメリカの大使が広島とか長崎の式典に参列しだしたのもこの頃からはじまった。
ではなぜ、軍縮路線にコミットしたふりをしだしたのか?
中国、北朝鮮につぎ、その先に”日本が核保有国となる”ことを恐れたからだと言う。
日本が急に核保有が可能になるかといえば、確かに現実的ではないかもしれない。
しかしそうではなくて、日本が核保有の可能性を持てば、中長期的にアメリカに付き従うことを、つまりは属国として手が離れてしまうことを、あるいは将来敵となることを恐れたからではないだろうか。
確かに、日本ほどの経済規模の国が核保有するとなると、アメリカにとってはそれは大なる脅威になるだろう。
しかし、このことからわかるのは、アメリカにとって日本は、日米同盟があるといえど、やはりいつ裏切られるか分からないという疑念が決して払拭できない相手としか見ることができないということではないか。
つまり、アメリカからすれば日本は、世界の中の小さな島国であり、関係国のひとつに過ぎないということなのです。
ところが、日本ときたら日米同盟の強化を念じ、トランプ氏に対して日米同盟の重要性を世界に向けて発信したいと呼びかけいてる。
アメリカに信頼されることを目下の大目標にしているのです。
洋の東西を問わず、いじめに会いやすいのは以下のような子供だという、スティーブン・ナッシュ氏の言葉を引用したい。
「自分の立場を鮮明にしないままに仲間に擦り寄ってくるもの」
「自分の利害に固執してることがにじみ出てしまって、いつ裏切るかわからぬと疑われているもの」
今の日本は両方にピッタリと当てはまっていないか。
最後にナッシュ氏はこう語る。
「アメリカは日本をいじめることに喜びを見出している。」 と。
そうしてアメリカの日本叩きは、引き続いてゆくのだろう。
ワールドマーケットオブアメリカ
ディズニーランド、ハリウッド映画、マクドナルド。
これは自分が嫌いなものベスト3に入るものたちと言っていい。
全部アメリカ発のものになる。
具体的に理由を述べるのはやめておくが、これらはなぜだか感覚的に好きになれない。
嫌いな理由はともかく、むしろなぜこうも抵抗なく日本の大衆に広く受け入れられてるのか、受け手側が易々と平気で受け入れ楽しんでるのかが不思議におもう。
アメリカという国は、悲しいかな歴史のない国で、日本のように鎌倉時代や平安時代もなければ、中国4千年の歴史もなkれば、中世ヨーロッパのような伝統もない。
ごく簡単に言えば、巧みの業のような受け継がれたものの歴史も浅いし、民族の世代間で受け継がれてきた伝統の歴史も浅い。
ということと関連してるのか、アメリカで製造業は本質的な発展はしたことがない。
では何を生業としてるかというと、アメリカの民間企業の収益のおおよそ半分が金融やITサービスといったグローバルなマーケット(市場)を駆け巡る、いわば“錬金術”的なものがアメリカの中心産業になっていることは、広く知られている。
もっとわかりやすく言えば、「安く買って、高く売る」、そのマーケットの活路を開拓してゆくという手法がアメリカの錬金術の神髄なのである。
貿易の自由化や多国籍企業の台頭のことである。
経済活動の面では、「グローバリズム」と呼ばれ、儲けいている中心人物は東海岸のニューヨーク辺りにいるエスタブリッシュメントたちである。
そして経済活動や産業だけでなく、軍事、外交、政治においてもこのグローバリズムがアメリカの根幹にあり、すなわちそれはアメリカの一極化という理念が根本にある。
金融、情報の一極集中をして、全世界に売りさばいてやろうというアメリカのやり方を世界のスタンダードにしようという理念である。
そう考えると日本に輸入されたディズニーもハリウッドの儲けも何もかも所詮、日本の土地で大々的に切り開かれたアメリカンマーケットでの取り引きの材料にすぎず、グローバルマネーに変わっていったといえるかも知れない。
たいしてよくもないアメリカンエンターテイメントが多くの大衆に受け入れられた背景が読み取れるのではないだろうか。
ところが2017年、大統領が変わろうとするアメリカの実態はというと、アメリカ国民の9割の所得が減少している。更に5割以上の人々が生活レベルが悪化していて悲惨な状態なのだが、そのことをアメリカのマスコミは意図的に報じてないという。
ではグローバルマネーの儲けはどこに流れてるかというと、アメリカの0.1%にあたるエスタブリッシュメントだけに恩恵があるといった現状にある。
即ち、アメリカはグローバリズムをやりすぎた結果、今超格差社会を迎えているのである。
そこに「NO」と言った人々が、トランプ氏を大統領に選んだわけである。
トランプ大統領は、借金国アメリカの舵取りを商人出身の感覚から、儲かるか儲からないかの観点でものを言っている。
グローバリズムの代表的な産物であるTPPについては、「そんなものやめてしまえ」と、「日本の自動車には高い関税を掛けてやれ」と、保護貿易的にものいいになっている。
戦争についても「儲からないからやめてしまえ」と。「日本の米軍も駐留してやっているのだから、費用は全額負担しろ、さもなくば撤退したっていいんだぞ」と。
つまり、アメリカはアメリカでやるから、日本は日本でまかなうなり、防衛するなりしろと言い換えることができる。
これに驚いてるのは日米同盟を堅持する保守派層たちである。
日本の痛いところをつかれたと言ったとこだろうか。
資源の乏しい国の弱点、武力を持たない国の弱点である。
ディズニーにせよ、ハリウッドにせよ、アメリカンエンターテイメントが身近でなくなる日もそう遠くはないだろうが、「日本の痛いところ」は今後どう対処してゆくのか。
世界のパワーバランスの中で日本はと漂流する時代の到来となるのだろうか。
自由
「自由」や「平等」は虚偽だという。
それは人間には人と異なる環境、制約が生まれながらに、宿命的に背負わされてるもので、それを選べる「自由」はなく、「平等」には扱われないということです。
そういうことを言うと生きる希望を持たないニヒリストで、虚無主義への堕落といわれるかも知れません。
または、生きにくい社会で「自由」や「平等」なんてふざけるなと言っている単なる悲観主義者と思われるかも知れない。
でも事実です。
しかしこのことで、虚無主義や悲観主義を宣伝したいのではありません。
大事なのは、人間に自由はあるのか?ないのか?ではなく、
自由と言うものを本当に欲しているのか、自由と言うものの正体をしっかり見極めているのかを問う方が大事なのでそのことを考えてみましょう。
人って、居酒屋でも、お茶をしてるときでもいいけど、人間観や価値観といったことを語る場面になったとき、決まってこの「自由」や「平等」が大事なような語り口になってはいないでしょうか。
やりたいことを見つけ、オレはオレのやりたいことをやる、それこそが最も価値ある生き方だ、といったようなことは、二十代くらいなら居酒屋、喫茶店なんかの場所で話したことは一度くらい誰だってあるでしょう。
何となくロック歌手が「自由を手に入ろ!」と叫ぶから、とりあえず何が大切かと聞かれたら「自由」と答えてるだけで、自由という漠然としたものを手に入れることが目的となって、手に入れた自由から何を具体的にするのかははっきりとしていないことはないか?
こうなると本当に自由が欲しいのかどうかはかなり疑わしいもので、どちらかというと言わされてる感さえただよう。
もしかしたら自由のないことを本当は欲しているのかも知れないと疑ってみたくもなる。
例えばこういうことはないでしょうか。
受験でも、恋愛でも、自分のやることがうまくいってるあいだは、それらが自分の力でなしえたものであり、自分が自由に選んだ結果、成功につながったと思いたがるものです。それはいいでしょう。
しかし、失敗した場合はどうか。失敗した原因を外に求めることは誰だってあります。勉強する環境が整っていなかったからだとか、他の男が彼女にちょっかいを出して先に越されたとか、あるいはもっとイケメンに生まれていればとか。
その理由は気が楽だからです。失敗した原因を外に求めると諦めがつくからです。
自分の力ではどうにもならない以上、なにもしなくていい。
なにもしなくていい気楽な状態を望んでいたと言うことです。
いわば責任からの逃避であり、自由からの逃避です。
もちろん失敗の原因を自分に求める場合もあります。
場合によっては自分を責めて自殺にまで至ることだってあるかも知れません。
「自由」とは責任であり、重荷なのです。
「自由」とは大変面倒で、やっかいなものなのです。
福田恆存氏は「自由」とは何かをなしたい欲求、何かをなしうる能力、何かをなさねばならぬ責任に支えられていると言ってくれています。
「自由」とは大変面倒で、やっかいなものである以上、「自由」、「自由」と軽々しく叫ぶデモなり、大人を見ると、
「自由」は嘘くさく思えてならないのです。