誰かと結婚する前に自分と結婚シリーズ♡
今回は「慈愛」について♡
「慈愛」とは
「慈愛」を辞書で引くと
慈しみを注いで可愛がる心
なんてことが書いてあるのですけど
「いとおしむ」
「愛情を持って大切に扱うこと」
を指します。
自分への慈愛が
見えている世界のテイストを決める
と、最近は思っています。
自分への許容範囲=人への許容範囲
前回の「ゆとり」「余裕」振り返りで
自分にゆとりがあると
大抵のことにゆとりを持ちやすくなるもの。
コンディションが良いと
苦手な同僚のことも
「大したことない」と思えるし
厄介な知人にも
「問題ない」と思えるし
子供のミスをもフォローできちゃう
それに似ているのですけど
自分に対して許可する範囲が
他者に対して許可する範囲と同量にセッティングされています。
人がゴロゴロしてることに
「ムキー!」って、ならない。
自分が不完全で未熟であることや
それに伴ういろんな失敗たちを赦せていれば
相手の不完全で未熟な点やミスに対して
「まぁ仕方ないよね」と思うことができます。
私のセッションでは
「人に甘く、自分にゲロ甘に」
とお伝えすることがあるのですが
誰かに対して
烈火の如く燃え盛る炎のような怒りが湧いた時
それはあなたが、
ご自分に対して
赦していない点
許可が出ていない点
がそこにある、ということです。
相手に問題がある、というより
「こちら側に何かひっかかりがある」の。
すぐギャーギャー騒ぐ子供っぽい人
ご自分を正当化して相手の欠点をあげつらう人は
それだけ、ご本人が苦しい前提の上で人生を運営している、ということ。
(え、私?めっちゃやっちゃうよー♡笑)
慈愛のメカニズム
自分への慈愛=愛情を持って大切に扱う
にはメカニズムがあって
現在の私のデータによると
このルートを全員辿ります。
自分→家族→友人→他者へ豊かさが流れていく
「シャンパンタワーの法則」と似ていますが
慈愛にはプラスアルファがあり
- 自分の過去を赦す
- 自分の今を許す(欠点・短所・汚点等)
- 全肯定(その時点で認識できる範囲で)
- ZERO地点
- 世界に、間違っているものがないとわかる
- 愛せる人がめっっっちゃ増える
許可
赦しが、全てです♡
人に信頼される人になろうとか
正直でいようとか
人脈を広げようとか
うまく賢く稼ごうとか
資格がとか
そんなもんはただのテクニックで、嘘だと思う。
自分を大して赦してない方が
大した器になるはずもなく
とち狂ったままでは全部崩れます。
今どんなに稼いでいたり立派な肩書きでも
全部崩れて木っ端微塵になるからね。
もうね、一家離散レベルでくるから!
勝とうとしてるうちはどこかで必ず負けるのよ
ちなみにソースは私だよ♡笑
土からひっくり返さないと
ろくな植物育たねぇんだわ〜
続いて、上記「4. ZERO地点」について↓
自分満たシロップとZERO地点
私のイメージでは
慈愛は、乳白色で
シロップの雫のような形をしていて
雫が落ちて
地面に広がって
ガンガン落ちまくって
ある一定のラインまでくると、
ゆるしすぎて
もうゆるすとこなくなるんです。
(もう、なんでもいいじゃん)
(なんでも、初めからよかった)
こうしなきゃ!という気持ちが消えて
湯上がり的な脱力感
「あ、満ちたな」みちみちの状態
「シロップ漬け」でひったひた状態
「ZERO地点」に辿り着きます。
自分と他の境界線がなくなって
私=すべて
みたいな感じになるのですけど
そうするとね、
絶対に受け入れられない大嫌いなものが
ほとんどなくなります。
怒りが減って
何かを攻撃したい気持ちがなくなるから
愛せるものが増えるんです。
それが周りに伝わっていくので、
結果一周回って愛されていくルートに
身をすすめることになります。
愛されるより愛するが先って言うけど、
これは慈愛のメカニズムの通りだから。
見えている世界のテイストは
自分が決めているんだぴよ♡
自分満たシロップあれこれ
人によりバリエ豊かだけれど
自分に以下の3つをかけること。
- 時間
- 手間
- こわいと思うこと(ゆるしてないこと)
私の場合は、
誰かを大嫌いな自分をゆるしてみたり
どうしても好きなものをゆるしてみたり
やっちゃいけないと思うことをやってみたり
そんな罪悪感をゆるしてみると
逆に才能だったと気づいて、
ずいぶん楽になりました。
あなたにはどんなメニューがいいかしらん。
自分への慈愛、気に留めてみてくださいまし♡
あなたを心より応援しております。
次回は、「正しさ」について。
読んでくださってありがとうございます

じゅてーむ!