そう言えば先月仕事で広島に行った夫がめずらしく私にお土産を買ってくれた。妻はしばらくずっと白砂糖を食べていないから、いわゆるお土産のお菓子を食べません。そんな妻へのお土産、それは、カープのソーイングセット。確かにね、ソーイングセット欲しかったの。ていうか針が。ちょっと前に無理やりバッグを修理しようとして針を2本ほど折っちゃったからね。夫のも1本折っちゃったんだ。だからかな。なんでカープだったのかな。「これがいいと思ったから」だそうです。

 

ここまでは昨日思ったこと。

 

今日、朝練の後、お昼ご飯を食べてぼんやりしていたらどんどん鎌倉に行きたくなったので、本当に実行した。大阪にいた頃は、例えば急に奈良に行きたくなったとしても、「あの電車は本数が少ないから」とか「あの駅は退屈だから」とか、以前行った時の印象を思い出してしまって行った気分になったりだとかで、いつも腰が重かった気がする。ここはそういうのがないから。「あ」と思ったら、時間さえ許せばすぐ動ける。過去の記憶にじゃまをされないってこういうことなのかもな。

 

というわけで、鎌倉に来ちゃったのです。実は3回目です。前回前々回は寒い季節だったはずなので、夏の鎌倉ははじめて。小町通りという通りを歩いたのもはじめて。こういうところが観光スポットのメインなのね。知らなかったよ。前は「さびれた町だなあ」と思ったくらいだった。

 

そしてちょっとよしもとばななの「アムリタ」を再読中。文章を写すようになってから、以前よりも文章に敏感になった。よしもとばななはずっと言っていることは同じだと思うのだけど、それぞれの作品では文体がやっぱり少しずつ違う。翻訳や通訳をするから、読書は日本語の勉強、映画は英語の勉強。のつもり。

 

今日はよしもとばななの誕生日で夫の誕生日でもあります。仕事でこっちにいないけどね。

 

私は来月からはとても忙しくなる予定。なので、今月中に溜めに溜めた確定申告にいい加減手をつけ始めなければならない。

 

「でも、その人たちはその人たちなりに生きて死んでいくと思うけど、大した人生じゃないよ。大した人生にしようとしなかった人生なんて、私、興味を持てない。」

よしもとばなな「海のふた」中公文庫

 

 

夫の見送りで駅に来た。しばらく夫は留守。すっごく淋しいです。ここ数日、割とべったり一緒に入られたからかなあ。今回のお休みでは特に取り立ててなにもしませんでした。基本、家でごろごろ。1日だけ、「切符を受け取りに六本木に行くよ」と言うのでついて行って、そのまま晩御飯にしたんだけど…うっかり入った炭火焼がとんでもないぼったくり炭火焼だった。メニューを頼んでびっくり(最初はメニューを見せてくれない)。「引くぐらい高い」と思わず声に出して言ったよね。絶対聞こえていたよね。店は外国人向け変なパフォーマンスばかり。そして焼き鳥1串500円!大したことないサービスにサービス料金10%!夫は意地になってビール2本飲んでたわ。大したことないお野菜やらを少しだけ頼んで一万円越え。蕎麦屋さんにはしごしてまともな料金で美味しいお蕎麦を食べました。その日の朝に、「ねえねえ、湘南で一泊9000円のホテル見つけたよ、そこに泊まって生しらす丼食べようよ」と夫を誘惑していたのが、家でうだうだしたがった夫にスルーされてしまっていたので、「まあ、旅行に行ったと思って」と慰められました。ミッドタウンの近くの、英語のメニューが入り口にある、一階の炭火焼はぼったくりです。

 

電気料金を携帯ショップ言うままに流されて切り替えたのですが、ショップ側のミスで支払いが銀行引き落としになってなかった、ということが判明して、その後カスタマーセンターに電話して切り替えようとしたら「ショップへ行けば早く手続きできる」と言われ、ショップに行ったらできなくて、カスタマーセンターにその場で電話したら「それはこちらの情報が間違っていた」と言われ…。怒っちゃったよ。小さいミスをいっぱいしてるんだろうな、携帯ショップ。しかもこちらのミスみたいに言おうとする若者。そんなにベテランが働いているとも思えない店内。…うむ、どうにもならないからもういいけど、あんなその場しのぎの仕事っぷりは、自分のためにならないよ、と余計なお世話だけど思うよ。私は私の場で一生懸命生きよう。にしても、一番腹立たしいのは、携帯がないと生きていこない自分。

 

夫を駅に見送りに行ったんですが、夫は新幹線に乗る前にデパートでお弁当を買いました。これも、一緒に旅行に行くみたいな錯覚で余計悲しくなる。そういう思考こそが不要なもの。でも、こういうことで感情が豊かになるのも事実だと思う。

 

すっごい昔、結婚前に浮気されてそのまま乗り換えられた経験のせいか、いっつも絶対に自分の気持ちに嘘をつくのはやめよう、絶対強がりだけは言わないでおこう、と思っているせいか、毎回気持ちを全力で表現している。淋しいが大全開だった私。結婚して10年以上経つのに、ウザいだろうか。ウザくても自分は曲げないよ。

 

そのまま家に帰るのが淋しすぎるので、スタバに寄った。結局スタバ。

 

「解決ってほんとうに面白くて、ちょうど『これはもだめかも』と思った頃に訪れる。『絶対になんとかなるだろう』と思うことをやめぅ、工夫し続ければ、なんだ全然別のところからふと、ばかみたいな形でやってくるものみたいだ。」

よしもとばなな「海のふた」中公文庫

 

 

 

セルゲイ・ポルーニンの動画、今さらだけど良いなあ。ドキュメンタリー映画の最初の10分くらいは爆睡してしまったけど。観客はもっと、ダンサーっぽい人が集まるのかと思ったら全然そのような風ではなかった。「聖なる呼吸」の時はヨガやってる人がさぞかし集まったろうと思うのだけど(私は行ってないけど)。

 

動画のBGMのTake Me to ChurchのオリジナルのPVが大変な物議を醸し出したそうですね。というか強烈なメッセージ。個人的には、愛しちゃったんなら同性でも異性でも関係ないじゃないさ、と思う。歳上でも歳下でも関係ないのと同じくらい。フランスのあのご夫婦、素敵じゃないですか。

長く片思いした人がどうやら同性愛者だったんではないか気づいた時は、「言ってよ…!全然あかんやん…!」とガックリきましたけど、まあ勝手に好きでいたので仕方がない。ゲイの知人に「今だから笑えるがあの時の落胆ったらなかった」と話したら「それどう考えても望みゼロだわね!げらげら」と笑われてしまった。

高校の後輩女子(当時彼氏あり)から「あなたのことが好きかもしれない」と言われた時は、なんと言って断ったんだろう。そのあと彼女の交友関係が私と絶対相容れない感じになって(全然違う理由で)疎遠になってしまった。1年留学しちゃったから高校に4年通った私にとっての最後の1年間が少しでも心地よく過ごせたのは彼女のおかげだったなあ。一緒にいてホッとする子だった。今どうしてるかな。

私にはほぼゼロくらい同性愛の要素がないと思う。でも、それは自分の嗜好なので。私に要素がないくらい、異性愛への要素がない人がいてなにがおかしいんか、と本気で思います。世の中にいろいろな愛が堂々と入り乱れればいいのに…!

私にとっての愛のタブーは、嘘。これは、絶対に嫌だ。その後ろ暗さは人をむしばむと思う。それが私にとってのタブー。

 

「しくみって思ったことはある。男の人はどんどん暗くて淋しいほうへ行って、女の人は毎日の中で小さい光を作るものなのかなあって。どっちもあってはじめて人類の車輪が回っていくのかも。」

よしもとばなな「海のふた」中公文庫

 

 

 

 

友人 Zが電話で「舞の海のサイトで見た四股のふみ方どおりに四股をふんだらけっこういけたからそのままけん玉したら疲れたので二回昼寝した」と言っていた。彼女が先週の連休でしたことがそれ。

 

2月にインドに行きたいわな、と思った途端に2月の仕事のオファーが来るという。どうやねんそれ。また試されている。前はベトナムでヨガか仕事で仕事を取ってしまった。それはそれで自分の迷いに直面することができる良い機会だった。今回は両立させてやる。

 

東京の夏は大阪の夏よりもマシ。

 

ああ、自然に触れたい。里山とかじゃなくて、とっぷりと。

 

もう、動き始めている、そんな気がする。

 

「何とすばらしいのだろう。今確かにここにいて、今しかない肉体でまわりじゅうの何もかもをいっぺんに感じていることが。」

吉本ばなな「アムリタ」新潮文庫

 

アムリタは、吉本ばななの本にどハマりするきっかけになった本。

 

 

お仕事で関わった人たちの言葉。

「ヨガをして少しだけ賢くなった僕たちが、ヨガをしていない人たちの中でヨガを生きるんだよ。ヨガをしている人たちの中でヨガを実践するのが簡単だ。していない人たちの中で実践することこそが大切なんだ。」

(私の人生の目的が分かりません、という言葉を受けて)「人生の目的とは生きることよ。でも、現代人はみんな自分から分離している。自分がいつもどこかに飛んでいってしまっているから、自分の人生を生きられていない。だから退屈をするのね。未来の自分でもなく、過去の自分でもなく、今のこの瞬間の自分を100%生きなさい。そしてその豊かな自分で他者と分かち合いなさい。その自分で他者へ奉仕しなさい。」

 

今日観たドキュメンタリー映画「ダンサー」でのセルゲイ・ポルーニンの言葉。

「世界を一つにすることがアーティストの仕事だと思うのです。」

 

生還した友達は、「早く恩返ししないと」としきりに言っていた。

 

二年前まで組んでたスペイン人Sは毎年母国で指導をするようになり、「こういう形で自分の国に恩返しができて嬉しい」と言っていた。

 

心がどきどきする言葉たち。

 

4月ごろから取り組んでいた企み事は大盛況でした。やって良かった。小さな一歩を踏み出せた。やりたいことやりたくないことが見えてきた。

 

やっぱり来年2月にインドへ行っちゃおうと思うの。もう行こうと思うの。2週間くらいだけど。

 

昨日は電話でZがやたらと荒れていた。やはりあの件がうまくいっていないからであろうか。私は個人的にはあの件はもう忘れちまった方が自分のために良いと思うんだけど…。今は黒くなっていたいんだって。最近話題のユーチューバーにえらく肩入れしているようだ。「同じ目にあった人にしかわからないよ!心の底から応援しているんだ!」って。代わりにやってくれてると思っているのだろうな。

 

「この世界をいつまでも見ていたい。

 でも、もう限界だった。死ぬときもこうでありたい、と私は思った。

 そしてすうっと眠りに落ちていった。」

よしもとばなな「アナザー・ワールド 王国 その4」新潮文庫

 

 

 

 

 

 

 

YouTubeで数年前のオーディション番組をみちゃって以来、RadioheadのCreepに胸熱。しかもその時の挑戦者さんの声で。

ああいうオーディション番組をみてると、売れるって本当に一握りなんだなあと思う。みんなとっても上手いのに。番組ではいい曲を選びたい放題だけど、実際はそのいい曲に巡り会える機会なんてそうそうないんだろうなあ。その挑戦者さんもその後目立った活動をしてなさげ。

音楽で身を立てるってどういうことなんだろう。

この前は、ダンスで身を立ててきたものの今後が不安でたまらない、という人に会った。実際、ぎりぎりでやってきているのでしょう。しかしまたある人は、国家資格を持っていて贅沢を望まなければ絶対に食いっぱぐれることはないはずなのに、将来が不安でたまらないそうだ。なんなのこれ。

音楽でもダンスでも、私は自分の胸を打つものだけでいい。そしてアンテナの感度は悪いので、どうでもいいやと思うものばかりが溢れているようにしか思えない。

 

ここまでは昨日。

 

今日は朝練は休んじゃった。夜が遅いと、朝が無理だわ。

YouTubeって、傾向からオススメをしてくれるのね。それでどうやら最近なぜかよく聴くアラニス・モリセットやら上のレディオヘッドはオルタナティブロックと言われると知った。へえ。私はそれが好きなの?と思って検索してみたけど…アーティストによる、ということが分かっただけだった、低感度のアンテナ。

 

今からドキュメンタリー映画を観ます。映画館のチケット売り場で「最後の一枚です」と言われて感動。そんなの初めてよ。残り福なのかどうか、最前列です。首しんどいだろうな。

最前列での映画はファンタスティックビースト以来です。あの時は時間的に3Dを選ばざるを得ず、最前列の3Dなんて訳が分からず視覚的には大変混乱した。それでも面白かったのもあって、後日観なおし。やっぱりイギリスが好き。あ、でもあの映画の舞台は昔のアメリカだった。

映画館と言えば、先週、仕事を終えてよれよれの私に、終日休みだった夫が「映画に行こう!行こう!」とうきうき言うので、そうですか?とお誘いを受けて、まあ家から近い映画館にチャリンコで行きました。キアヌ・リーブスが撃って撃って撃ちまくるやつにしようと決めまして。そしたらその映画館、自由席。がらがら。のびのびできて良かったです。東京のど真ん中的なとこにある映画館は人が多くて好みじゃないよ。その点大阪は空いてて良かった。

 

映画前の時間つぶしに都会のど真ん中のスタバに来ています。とても忙しいエリアにもかかわらず、ものすごい朗らかな店員さんにものすごく和ませてもらいました。素晴らしいことだ。

 

海の中がぎっしりと生き物で満ちた濃厚な世界だったことを、いつか人は忘れていってしまうんだろうか。でも、とにかくなにかと戦い続けていくしかないし。」

よしもとばなな「アナザー・ワールド 王国 その4」新潮文庫

 

 

 

 

 

友達に会えた。たまたま。仕事でそっち方面に泊まりで行き、でも仕事で会えないねって言ってたんだけど、あっちの仕事終わりとこっちのホテルに帰る時間がぴったり同じで、会えた。病気してる、とだけ聞かされていた友達。すごく痩せてて面変わりもしてて人相も変わってて話し方も違ってた。でも、顔が白く光ってた。

 

LINEの既読だけで生存確認していたんだけど、何が悪いかも全然分からず、心配しすぎて頭変になりそうで妄想だらけだったけど、もう元気になっていて、会えた。

 

もしかしたらもう会えないかもしれない、と思ってた、その頃、本当に生死の境をさまよっていたんだって。「臨死体験した」と言ってた。「走馬灯って本当だったよ。それとね、昔本で読んだしに関することが全部一字一句に至るまで思い出せたんだよ、その時、ああ、死ぬんだって思った」って。でも手術は成功して帰ってこれた。「もう死ぬのは全然こわくない」って。手術した場所が場所だけに、他にとても不思議な体験をいっぱい経験しているみたい。ああいう経験をした人が頭とか顔が白く光るんだなあ。暗い色の人が最近多いけど、それとはとても対照的だ。

 

自分をきれいに整えて行こうと思いました。帰ってきた彼に会う時に、フレッシュな気持ちで会えるようにって一生懸命お祈りした。生還した彼は、余計なものが削ぎ落とされて、エゴが減ってた。顔全部で笑えるようになっていた。

 

昨日友達に会えたのは奇跡だ。彼の人生のほんの一角に私がまだ存在してるのも奇跡だ。変わってしまった彼の人生に今後も私が存在するかどうかは分からないけど、そういう彼に対してもいつでもフレッシュに接することができるように、自分をクリアにしていきたい。それは彼に限らないんだろうな。しょっちゅう顔を合わせられる人に対しても、いつもそんな気持ちで接していきたいな。

朝はしっかり練習しました。新しくもらったポーズは初日は笑いが出るくらいできませんでしたが、少しコツが分かってきたきがする。そしてすさまじい筋肉痛。良い傾向ってことよね。使えてなかった筋肉よおはようございます。

 

今日から泊まり込みの仕事です。来日したお師匠のアテンド件通訳。きっと、「移民か?」というくらいの大荷物で来るだろうから、雨が上がってきたので良かった。

 

お迎えの前にスタバで提出課題をします。間に合うかな。ヤバし。

 

昨日、マツエクに行ったのですが、サロンのオーナーさんは、なぜ私がこんなに練習するのかさっぱり分からないといった風。「何を目指しているの?」ってところ?何かにならなきゃだめなのでしょうか。やっていることが楽しい、できることが増える、それだけじゃだめってことなの?じゃあ、あなたは行動に結果を求めているの?と私の中にも疑問。とその人とでかみ合わなすぎて、ちょっと私も理解しあうことをあきらめ気味。悪い癖です。私の方が、「分かり合えないだろうなあ」ってはなっから決めつけて。ヨガの道を歩き始めると、仲間の存在がとても大切になってくるよ、と最初の方で言われたけど、こういうこともあるんだろうな。

夫は、ヨガやらないけど、根っこで私を分かろうとしてくれている気がする。ベジタリアン宣言をした時も、戸惑って抵抗したけど、なんとか受け入れようとしてくれた。

 

「なにか僕の中で、ひとつでも正直に生きてないところがあったら、僕たち、会うのがうんと遅くなった、そんな気がする。」

よしもとばなな「アナザー・ワールド 王国 その4」新潮文庫

 

 

新月でいつもの練習はお休みですが、代わりに久々にクラスを受けた。

私、弱い、弱いよう。

 

とにかく消化力が落ちているので、昨日はあまり食べずに過ごしてみた。実は一番やっちゃいけないんですが…お腹の中が重たかったんだもの。今日はちょっとましかな。朝のクラスの後からスタバにこもっています。なので、お昼はスタバのサラダラップ。これも久々。普段は薄味なので、口の中に味が今も残ってる。味覚って食べるものでよく変わるもんだよ。

 

訳さなきゃいけないもの、1つは終わった。あともう1つが残っているけど、まあこれはそんなに大変ではないでしょう。できれば今日中にやっつけたいところ。

 

さて、ここまでは一昨日。

 

訳すものは、まあ順調でしょう。あとは提出課題が…!これが厄介なのさ。

 

今日も朝練。2時間15分。新しいポーズをもらいました。そこで改めて自分の弱いところに直面。後ろに反るのはちっとも苦じゃないの。でも、そこから起きてこれない。からだの強さと心の強さはやっぱり比例しているんじゃないかな。私は意志が弱いからあきらめてしまうんだろうな。

 

家でだらだらしていたけど意を決して課題に取り掛かる…前に、これ書いちゃったりしてます。

 

この前から読み始めたコニー・ウィリスの「ブラックアウト」が中盤に差し掛かるにあたって面白くなってきた。この人の小説は原書では読めない。私には難しいな。

 

昨日は雨でしたが今日は朝少し降って今はすっかり雨も上がっていますね。昨日は随分降っていたな。昨日、一度家を出たんですが、そのまま夫の服を買いに原宿(都会だ!)に行ったんですが、出た時からワンピースの肩紐の具合が気に入らなかったの。お気に入りのデニム地のオレンジのマキシワンピなのに。気に入らないままお買い物をして、そこから移動して頼まれてた夫のシャンプー(スカルプケアの)を買いに新宿に行く予定だったんですが(もっと近くに売ってるとこがあるかもしれなくても、全然土地勘ないから知っているところにしか行けない)、誰が見るでもないのに、自分が気に入らないので、一旦帰宅して、着替えてから出直した。誰が見るでもないのに。にしても、一人行動の気楽さというか、思った通りに動くよな。普段の朝練でも、特にここ最近でむきむきもだけどむっちり化もしているので、他のしゅっとした人たちを見て、自分がとほほなわけです。そして、それは誰が見ているわけでもない。自分が嫌だなあって思うだけ。9月には修道女のような生活を一ヶ月送るので完全に絞り切られると思うけど…。今から自力でもなんとかしたい。

 

夫から早く帰ると連絡が入る。そのあと夜中から仕事だって。晩御飯食べてから出かけるって。少しでも長く仮眠してほしい。

 

話すということはとても大きくエネルギーを消耗する行為。以前はずっと話しっぱなしだったのでさぞ漏れ漏れだったことでしょう。今は、限られた時しか喋らない。通訳時は話しまくるけど。エネルギーは温存できている。ただし、もう、最後にオチを持ってくるトークはできない。大阪で培ったスキルなのに、長年訓練して、やっとそこそこの出来に仕上がっていたのに、今の生活には役に立たないし、何より不要。でも勿体無い気もする!

 

「胸がきゅんとするのは遠くまで来てしまったから、そしてその道のりがなんだかんだ言ってもすばらしいものだったからだった。」

よしもとばなな「王国 その3 ひみつの花園」新潮文庫

 

 

今日は朝から何度も書こうとしては消して、の日。

 

テレビは見ないんだけど、今日は胸がいっぱいになって、つい見てしまった。でも、のちにある人が「大切な人を亡くしたばかりの人の記者会見なんてとても見られない」とツイートしているのを見て、「私ってなんてゲスいんだろう!」と自分を恥じた。いつまでも人間として未熟。情けない。高潔な生き方なんて雲の上…足りてないなあかんな…。

亡くなった方のブログは素晴らしくて、「自分の人生は彩り豊かな人生だ」という言葉に胸が熱くなって、それからこまめに読んでいた。なんて素敵な女性なんだろう、強いんだろう、勇気があるんだろう、と。私は祈るだけ。どうか安らかに。

最近の勉強会はがんについてでした。自分がたまたま罹ったことがないだけで、他人事ではないのに、けどやっぱり当事者ではなく、「人の役に立つために同じ経験をする必要はないの。感情移入はろくな結果にならないのよ」と師から言葉はもらっているけど、自分の心の置きどころは今も見つかっていない。そこが分からないから、一歩も踏み出せない。

 

昨日の6時間に渡る壮大なうたた寝では、これまた壮大な夢を見た。気になるキーワードがあったのでネットの夢占いで調べてみたら、ことごとく、「疲れている」「追い詰められている」「凶夢」って。ええ、そりゃ嫌だな身に覚えないけどな、と思って一個見つけた解釈「夢を見ている時にねぐるしかっただけかも」って、おそらくこれじゃ。煌々と明かりが灯る中で6時間ですし。

 

最近お友達になったおもろいお姉さま、私のFacebookやらインスタで面白そうな人をひろってはつながっている。人をすぐ信用するという弱点があるらしく、私のつながりはおそらく大丈夫と思っておられるのでしょう。実際、今までのところ、結構良い趣味で人選されていて、きっとよいつながりになると思うのですが、私も人間関係でいろいろやらかしていることを彼女は忘れているのだろうか…。怖い人も中にはいるんだそ。私が気をつけてるだけで。

 

「人間だって同じじゃない?いろんな面があって、全部が大きく混じりあって、そのるつぼのなかで出会ったり別れたり気が合ったり合わなかったり下手すると殺しあったりしてるわけだから、植物と同じなんだよ。生きてるってことは、そんなこと。」

よしもとばなな「アナザー・ワールド 王国 その4」新潮文庫