”信頼”を勝ち取るために必要なこと
信頼は得るものではなく獲得するものだ。
当選したとある候補者が「信頼を獲得することができました!ありがとうございます!」と叫んでいた。その言葉、”獲得”は戦って勝った人にしか言えない。
とはいえ、私はその候補者に違和感を持った。
国民からすれば、清き一票は”信頼”を与えるのではなく”信任”を与えることなので当選をゴールと考えられては困る。その議員は”信任”によりスタート地点に立っただけ。今後の議員活動で”信頼”を勝ち取って欲しいと思った。
討論の場
参院選で野党が過半数を超えたことで”討論の場”として国会に希望が持てるようになったと思う。
ただ、今後、衆議院で可決された法案を参議院で野党がすべて否決するのは選挙 前に自公政権が強行採決した手法と同じなわけで”討論の場”はどこにも存在しなくなる。そういう意味で野党は何でも反対してはいけない。さらに、安倍総理は自民党内からどんなに追い込まれても辞任や衆議院解散などはしてほしくない。
衆議院と参議院で与野党互いに数の論理が通用しないから必然的に”討論の場”で法案を揉まなければならない。しかし、”討論の場”が機能しない場合がある。与野党の国会対策委員が裏で刷り合わせるようなことがあればマスコミは厳しく追求しなければならない。
”討論の場”が機能すれば次の衆議院選挙は大臣の失言や不明瞭な政治資金などのネガティブ要因ではなく、この党や議員に国政を任せていいだろうというポジティブ要因で投票できる。
800億円あったら何をする?
国政選挙の予算は700~800億円だそうだ。もちろんそのお金は税金で賄われている。この記事のタイトルを「800億円あったら何をする?」としたけれど明日の国政選挙は法律で定められているのでもともと予算の使い道は織り込み済みなのだ。
例えば社会保険庁の不祥事で怒りを感じるのは自分が支払った税金が 非常識に流用されていたためだ。
選挙に行かないと社会保険庁と同じように税金の無駄遣いになってしまう。
転職した直後の人に会って考えたこと
ヤクザが小指を詰めるのは何かしらの詫びをするときだとほとんどの人は知っているだろう。しかし、切り落とされた小指がその後どのような処置をされるのかはあまり知られていない。
神社裏に詰めた小指を埋めるのが、”しきたり”
その”しきたり”が今も守られているのか、そもそも本当なのか直接、その筋の方に伺っていないので本当かどうかも分からない。最近は詫びをお金で解決するとも聞いたし、小指がない人も足の小指を移植してカタギになっても大丈夫!?とも聞いたことがある。
何の話しだっけ、そうそう、”しきたり”。
転職したばかりの人から「会社独自のいろんなルールというかやり方があって困惑している」という話を聞いたのでこの記事を書きました。
権利は無くなったときに寂しさを覚える
私はアメリガに在住中、永住権(グリーンカード)を持っていた。米国国民同様に税金を支払い10年経てば年金ももらえる。では何が違うかというと3つあった。
一つ目は国際空港のイミグレーションで外国人扱いのため長い行列に並ばなければいけなかったこと。
二つ目は陪審員。米国国民でないと陪審員になれない。でもなぜか何度か”あなたは陪審員に選ばれました”という郵便を受け取った。確か2週間以内に返事をしないと罰せられるという項目があったと思う。もちろん私は外国人なのですぐにチェックして返信した。
三つ目は選挙権。選挙権がなかった(もちろん立候補もできない)。ニューヨーク州はElection.Dayを設定していてその日は休日になるのだけれど不思議な休日だった。
若い人は選挙に興味がないかもしれない。でもね、選挙に”行かない”のと”行けない”のは大きく違う、よ。せっかく選挙権を持っているのだから行こうよ。絶対にね。
脳ミソの片隅
ふとしたきっかけで遠い昔を思い出すことがある。
今朝、本棚の前でゴミ箱と移動しようとしてしゃがんだら額を本棚の角にぶつけた。いてててて、とデコを押さえた瞬間に小学生の多分高学年の頃にランドセルを持ち上げようとしたときに同じ経験をしたことを思い出した。当日の日差しの確度まで鮮明に蘇った。
鏡を見ながら、少し赤くなっている皮膚の奥にある脳ミソの片隅にそんな些細なことも保存されているなんて「想像もしていなかったよ」とつぶやいた。
クリティカルシンキングをどう説明するか
1+1=2ということを算数的に説明するのは簡単だけれどそれを現実的なことに当てはめると無限の可能性が出てくるので説明に窮する。例えば1人の女性と1人の男を足すと2人だけれど、1組のカップルだったり、3人の家族(助成が任している)の可能性もある。
さて、最近困っていたのが、”クリティカルシンキング”をどう説明するか。
”きちんと考えることです”と伝え、その後に現実的な例え話をしてもなかなかわかってもらえない。やっと解決の糸口を見つけたのが下記の本。
■クリティカル進化(シンカー)論
―「OL進化論」で学ぶ思考の技法―
著:道田泰司、宮元博章、秋月りす
不味いミートソースのバスタを食べた
スパゲッティ屋さんを開業するには何か特別な資格が必要かと思っていたら食品衛生管理者というたった2日間の研修を受けるだけでいいそうだ。
そんなことを思い出したのは先日、不味いミートソースのバスタを食べたからだ。
超大盛りでボリュームはあるのだけれど、ニンニクは少し焦げていて、ソースは市販のものそのままの味。さらに、マッシュルームの量が異常に多く、味付けもこしょうが多すぎるのでヘキヘキした。普通なら二度と食べないと思うのだろうけれど、ちょっと極めてやろうと決心したのは作ったのが私だから。
■参考:食品衛生管理者(Wikipedia)
耳が遠くなる原因
老いて耳が遠くなるのは音を感じる細胞の消耗らしい。しかし、世代を超えて耳が遠くなる原因は他にもある。
かって人情派だと思われていた人も月日が流れると、物事の判断基準が”しがらみ”になり。さらに、自慢の直観力も”意見と事実が混同”して鈍る。
いずれ体の耳は遠くなっても、ココロの耳はかっぽじいていなければならない。ココロの耳に対応する補聴器はないからね。
新潟地震のニュース映像
ダイヤモンド社が書店で無料配布している小冊子「経」7月号の連載コラム”リアル共同幻想論”森達也著に下記の文章があった。
一秒の何百分の一という瞬間が定着した写真を見ながら、
この写真が撮られる前、撮られた後、
あるいはフレームの外の状況を想像した。
コラムはベトナム戦争時代の写真と湾岸戦争時代のテレビ映像を比較し、メ ディアの質の変化を指摘されている。
さて、先日の新潟地震。ニュースではテレビ局のヘリコプターが被災地の上空から映像を送っていた。その地上ではいつ来るかもしれない余震に怯えている方々がヘリコプターの騒音を恨めしく思っているだろう。また、いろんな方がインタビューされていた。しかし、応える人は元気な人で疲労したご老人の声はない。無言はテレビ映像にふさわしくないからだ。
テレビ映像はリアルなのだけれどほんの一部でしかない。映像をすべてだと思ってはいけない。それ以外を想像しなければ、と思った。
