幸せな親子
今日、移動に費やしたのは5時間。長時間でも本を集中して読めるので苦にはならない。
千葉に行く列車での風景。
親子が私の脇に立っていた。母親と中学生くらいの息子。息子さんは多分ダウン症。失礼だけれど、本に目を落としつつも”大変だろうなぁ”と思った。母親は息子さんに話しかけるが返す言葉を私は理解できなかった。
ほどほど混んでいた車中が揺れた瞬間にその親子が視線に入った。
背の高い息子さんは吊革につかまっていた。背の低い母親は息子さんの左腕を握っていた。
”支え合って生きる”風景がそこにあった。
少し涙が出そうになった。
軟骨の思ひ出
随分昔の飲み会で、軟骨好きな人がいて山盛りの軟骨を際限なくボリボリ食ったっけなあ、と思い出したのは地下鉄新宿 駅の下りエレベータに乗っていたとき。左手の人差し指で鼻の下をコリコリした瞬間に記憶が蘇った。
刑事の仕事
今日は天気が良かったのでテラスの掃除をした。ホースで水を撒いていると不注意で自分の足にかかってビショビショになったけれど気持よかった。
部屋に戻ってひと息ついていたら、テラスに野良猫「初代クロネコヤマト」がちょこんと座っていた。
そんな訳ない!と目をこらしたら「二代目クロネコヤマト」だった。子猫だったのに随分大きくなったものだ。
窓を開けると野良猫「二代目クロネコヤマト」が入ってきた。彼は愛想がいいので寄ってくる。ちょっとなでるとすぐにゴロンと横になって甘えるので楽しい。何やら気配を感じると「二代目クロネコヤマト」の兄弟がエサ箱の牛乳を飲んでいた。兄弟は神経質な性格なので知らんぷりの対応。
「二代目クロネコヤマト」は何か面白いものはないかな~、と思っているかどうかは知らないけれど部屋の中を散策。しばらくするとそれも飽きたのか横になった。「二代目クロネコヤマト」の兄弟は私に脊を向け座っていた。部屋の中から外を見ていた。まるで張り込み中の刑事のように。
数分後、突然二匹は走り去った。何か事件に動きがあったのだろうか。
問題解決よりも
最近、「問題解決が命!」というマネージャにお会いした。「それより重要なのは問題発見だと思いますよ」と伝えたらきょとんとしていた。
老子さんの言葉で下記がある。
いかなる難事も容易なことから生じ、
いかなる大事も些細なことから始まる。
野暮な表現しかできない自分に反省。
そのリーダーの将来
とある会社のリーダーが「どんどん新しい人が入ってくるけど、どうして論理的な思考ができない人を入れるのか分らない」と嘆いていた。
論理的思 考とは、整合性を重視し、矛盾を排除し、いかに合理的に正しい結論を導くかの思考だとすれば、そのリーダーの言葉はおおよそ論理的ではなく、感情丸出しなのでおかしかった。
リーダーシップが発揮できる人は、論理と感情を駆使して人を巻き込む。少なくともそのリーダーに将来性がありそうだと思った。
雨天の古紙回収日
毎週月曜は古紙の回収日だ。で、今日は雨。
回収する人は雨に濡れて重たくなった古紙でさぞかし大変だろうな、と思った。そこで雨天は出すのを止めよう、と。
とはいえ、私のような人が多いとすれば雨の日が大変な上に翌週は繰越の分、古紙の量が増えてダブルで大変になる。
というわけでいつも通りに出すようにした。
もしも、ね。
先日、JR新宿駅から新宿三角ビルまで歩く間に今日の移動時間は4時間を超えそうだなあと考えたこと。
もし、瞬間移動ができたらどうなるか?
ただそれだけじゃ面白くないので、”浮いた時間の分だけ寿命が縮まる”という条件がつくとしたら…。
今日は使わないなあ、と思った。
その日は最後の移動が終電になったために待ち時間が加わり4時間半になった。それでも使わなくて良かった。
半分以上。半分以下。
ついさっき、時計が7月5日になったばかりを示した。すでに今年の半分が終わっていたことに気づいた。
この記事を読んでいる人の中で、今日の時点で人生の半分を超えているはずだと思っている人はどれくらいいるのかな。
女は上げて、男は下げる
自宅に向かう帰路。前方にカップルが歩いていた。制服なので高校生。クラブ活動の帰りなのか二人ともラケットを肩に下げていた。いちゃいちゃ歩いていたので二人の姿がだんだん大きくなってきて、追い抜くまでに考えたこと。
“女は上げて、男は下げる“のはなぜだろう?
その男子学生はズボンを腰で、というよりズリ下げていた。私が学生だったころ、いわゆる不良の人はニッカボッカ風のズボンをはいていた。ニッカボッカは土建屋さんの作業着なので“力強さを誇示”するという思惑があってのことではないだろうか。しかし、ズリ下げるというのは一体何を主張しているのだろうか。私の推測だと“しっかり者”なのではないか、と思う。ズボンをきちんとはいていないけれど中身はしっかりしているのですよと裏返しの表現ではないか。
その女子学生はスカートが短かかった。私が学生だったころ、いわゆる不良の女子はスカートが長かった。足首までの超ロングスカートだった。私は男なのでその意図はわからないけれどきっとドレスをイメージして“大人の女”を演出していたのではないかな、と思う。それに対し、最近の女子のスカートが短いのは“魅力的な女”を見せようと主張しているのではないか。
私のブログを高校生に読んでいただけているとは思えないのだけれど、“女は上げて、男は下げる“理由を知っていたら教えてほしい。
