「とはずがたり」 ~散歩ブログ~ -125ページ目

坂本龍馬と勝海舟

ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~

 坂本龍馬は1867年の12月10日に近江屋で暗殺されました。それからちょうど100年後、坂本龍馬が生まれた日と同じ1月3日に私が生まれます。だからなんだ?・・・
 “なぜ同じ日本人同士が戦うんだ”という彼の言葉があります。龍馬も土佐藩であったように、当時の日本は国の中をグループ化することが好きで、互いの考え方を尊重することなく戦い続けていました。そんな中で龍馬は既に海外に目を向け「土佐藩」「土州人」という言葉を使わずに、国民全て「日本人」という言葉を使いました。そんな龍馬に影響を与えた男がいます。勝海舟です。
「とはずがたり」 ~散歩ブログ~
 260年の歴史をつないできた徳川幕府が存亡の危機に瀕した異常な時代でした。幕臣であった勝海舟は、西郷隆盛率いる新政府軍による旧幕府軍の江戸総攻撃を阻止しました。そのときの海舟は“今ここで両軍が戦えば、日本という国が滅ぶ”という言葉を残しています。
 勝海舟と坂本龍馬。師弟関係の二人が目指したのは、新しい日本。鎖国状態が続き、海外になど目を向けることのなかった日本に新しい政府を作り、みんなで考えていく国づくりを目指しました。新政府ができて140年。今また国は存亡の危機に瀕した異常な時代にあるかもしれません。迷ったら原点に返ること。原理原則に照らして貪欲に貫く意志を固めること。私が彼らから学んだことです。

街のイルミネーションよりも自分よ輝け!

 2年前まで私は時計をしていませんでした。手首の骨に当たる感じが馴染めなくて、時間はもっぱら携帯で確認していました。ところが、企業様を訪問している時に、次のアポイントが気になるたびに携帯を取り出すのは相手に失礼だと、スタートラインのメンバーからお叱りを受け、時計を買うことにしました。
 高校生くらいだったか、時計が欲しくて父親にねだり、初めてつけたのがセイコーの時計でした。当時は服部セイコーと言っていたかと思います。
「とはずがたり」 ~散歩ブログ~
 銀座和光は元々服部時計店の時計台でした。100年以上も前からこの場所にあります。現在の時計台は約70年前にルネサンス様式に建て替えられたものです。象徴的な造りで目を惹きます。
 いよいよ今年もあとわずか。今週で業務を終了する企業様も多いかと思います。中には年末年始こそ働く時とばかりに元気に盛り上げている企業様も多いかと思います。時々行くお寿司屋さんの店長が言っていました。
 “不景気だ、不況だと言いすぎだ! 不景気だけどがんばろう!って言えばいいのに、毎朝テレビじゃ大変だってばかり言ってる!”
そうだよね!と意気投合。100年以上この街で不況と好況の繰り返しを見てきた時計台。寒い冬でもかわらぬ姿。から元気だっていい!しんきくさい顔すんな、日本!

節目の告白、もうたいへん・・・。

 「冬至」は一年の中で昼間が一番短くなり、夜が一番長くなる日でもあります。冬至の日にはこんなことあんなこと・・・。慣習についてここでは割愛します。
 冬至の逆は夏至。そしてそれらの中間点である、春分と秋分。更に、立春、立夏、立秋、立冬。こうして四季を一つの区切りとし、季節の変わり目を意図的に気付かせる粋なはからい。
「とはずがたり」 ~散歩ブログ~
 日本橋郵便局の前に「はがきの木」があります。多羅葉という木で、葉の裏に尖ったもので文字を書くと、変色してくっきりと浮かび上がることから葉書の語源になったようです。この季節、葉書といえば「年賀状」・・・。
 毎年、手作りにしています。自分にとっての節目のつもりで作っています。年賀状を作っていると、新しい年への目標ができます。宛名を書いているとその方との出来事が思い浮かびます。
 人に節目あり。新しい年は私にとって転換期になりそうです。夢や目標、目指すもの、それらは与えられるものではなく、自分で決めるもの。心の中の言葉を年賀状に告白しています。

ゆとり教育と銭湯の関係

 町が変わるとき、「活性化」を前面に出して町を変えようとしているとき、それまであった町の顔が消えていくことがあります。
「とはずがたり」 ~散歩ブログ~
 金春湯は1863年に開業しています。まだ江戸時代です。この年、アメリカではリンカーン大統領があの有名な「人民の人民による人民のための政治」を説いています。
 「ゆとり教育」の弊害なのか、小中学生の学力低下が問題になっています。しかし世界的にみると、日本のようなゆとり教育を行っているフィンランドはトップレベルです。偏差値をつけるような相対評価ではなく、子供一人ひとりの達成度によって評価しています。但し、一方で問題もあるはずです。
 銀座の街は世界トップレベルのオシャレな場所に変わりました。物が豊かになり、何でもこの街にあります。街を歩く人の顔にはゆとりがあります。そんな銀座の真ん中に銭湯を残すという粋なことをしてくれる人がいます。全てが都会的に変わるより、残すべき良さがあることを知っています。
 人が住む町だから人のためを思って、人が考えていく世の中にした方がいいんだよと、リンカーンは教えてくれました。ゆとり教育の本来の目的は、自分たちで考えて「生きる力」を育成することにありました。銭湯に入ってゆっくり生きる力について考えてみたいと思います。

世が世なら自分も赤穂浪士だったかも・・・

 12月14日は赤穂浪士が吉良邸に討ち入りした日です。毎年「忠臣蔵」のドラマが放映されます。私も好きでよく観るのですが、長編なので録画しておいて、あとで途中休憩を入れながら観ます。
「とはずがたり」 ~散歩ブログ~
 赤穂浪士の一人、堀部安兵衛は現在の八丁堀に住んでいました。彼の碑が立っています。堀部という姓は妻の婿養子として継承したのもので、元の姓は「中山」
 中山という自分の姓と同じだというだけで、ちょっと親近感を覚えるものです。自分と似た人を無意識のうちに探していることがあります。或いは、自分と同じ共通点を探していることがあります。考えが似ていたり、同じ方向を向いていたりすると、なんだかちょっと嬉しくなる。
 「だいすきだよ」「なかよくしようね」最近そんな言葉、照れくさくて言えなくなりました。でも、きっと仲間に言われたら嬉しくなる言葉だと思います。