坂本龍馬と勝海舟
ブレイクタイム ~散歩しないで休憩~
坂本龍馬は1867年の12月10日に近江屋で暗殺されました。それからちょうど100年後、坂本龍馬が生まれた日と同じ1月3日に私が生まれます。だからなんだ?・・・
“なぜ同じ日本人同士が戦うんだ”という彼の言葉があります。龍馬も土佐藩であったように、当時の日本は国の中をグループ化することが好きで、互いの考え方を尊重することなく戦い続けていました。そんな中で龍馬は既に海外に目を向け「土佐藩」「土州人」という言葉を使わずに、国民全て「日本人」という言葉を使いました。そんな龍馬に影響を与えた男がいます。勝海舟です。
260年の歴史をつないできた徳川幕府が存亡の危機に瀕した異常な時代でした。幕臣であった勝海舟は、西郷隆盛率いる新政府軍による旧幕府軍の江戸総攻撃を阻止しました。そのときの海舟は“今ここで両軍が戦えば、日本という国が滅ぶ”という言葉を残しています。
勝海舟と坂本龍馬。師弟関係の二人が目指したのは、新しい日本。鎖国状態が続き、海外になど目を向けることのなかった日本に新しい政府を作り、みんなで考えていく国づくりを目指しました。新政府ができて140年。今また国は存亡の危機に瀕した異常な時代にあるかもしれません。迷ったら原点に返ること。原理原則に照らして貪欲に貫く意志を固めること。私が彼らから学んだことです。
坂本龍馬は1867年の12月10日に近江屋で暗殺されました。それからちょうど100年後、坂本龍馬が生まれた日と同じ1月3日に私が生まれます。だからなんだ?・・・
“なぜ同じ日本人同士が戦うんだ”という彼の言葉があります。龍馬も土佐藩であったように、当時の日本は国の中をグループ化することが好きで、互いの考え方を尊重することなく戦い続けていました。そんな中で龍馬は既に海外に目を向け「土佐藩」「土州人」という言葉を使わずに、国民全て「日本人」という言葉を使いました。そんな龍馬に影響を与えた男がいます。勝海舟です。
260年の歴史をつないできた徳川幕府が存亡の危機に瀕した異常な時代でした。幕臣であった勝海舟は、西郷隆盛率いる新政府軍による旧幕府軍の江戸総攻撃を阻止しました。そのときの海舟は“今ここで両軍が戦えば、日本という国が滅ぶ”という言葉を残しています。
勝海舟と坂本龍馬。師弟関係の二人が目指したのは、新しい日本。鎖国状態が続き、海外になど目を向けることのなかった日本に新しい政府を作り、みんなで考えていく国づくりを目指しました。新政府ができて140年。今また国は存亡の危機に瀕した異常な時代にあるかもしれません。迷ったら原点に返ること。原理原則に照らして貪欲に貫く意志を固めること。私が彼らから学んだことです。
