あの空へ、いつかあなたと -5ページ目

あの空へ、いつかあなたと

主に百合小説を執筆していきます。
緩やかな時間の流れる、カフェのような雰囲気を目指します。

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それは図書カードだった。
1冊ずつ、今まで誰がどのくらいの期間その本を借りたのかを記録する紙。
私の持っていた本のうちのどれか1冊から抜け落ちてしまったのだろう。どの本かを確認するためにカードを拾って内容を見る。
何気ない自然な行動、しかし私はタイトルを見るだけだったそのカードから目を離すことができずにいた。

カードには今現在だけでなく、かつてこの高校にいた元生徒の名前も当然書かれている。
どれもが私とは無縁な者ばかりで特に気にも留まらないもの……のはずだったのだ。


そこに書かれた一人の名前を見るまでは。


『3年  鈴森 桐江』


すずもり、きりえ――――

その名は他の誰でもないリコが、鈴森霧子が重なって感じられた。
同じ苗字、名前も漢字は違うが”きり”が合ってる。

3年とは書かれているが、本を借りた日付は今から3年前だ。
私やリコとは4つ学年が離れていることになる。


(リコの、お姉さん……?)
そう思ってしまうが、確信がない。偶然の一致だってあり得る。
でも今のリコにそれを確かめる勇気が私にはない。
そもそもリコに姉がいたからといって私に何の関係があるというのか。



「………………帰ろう」
図書室に来てから1時間しか経ってない。
有希と里穂もまだ部活が終わるまではしばらくかかるだろうが、私は先に学校を出ることにした。

カードを本に戻す前に、もう一度その名前を見る。
手書きで書かれた文字ははほんの数文字だけだったが、単純に綺麗な字だなと思った。

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次の日、部活を休んだ私は学校の図書室にいた。

保健室ほどではないにしても、ここだって普段の私なら縁のない場所の一つだ。
にも関わらず足を運んだ理由は、一言でいうなら気まぐれでしかなかった。


昨日の夜、徹夜とそのほか色々な疲れもあってすっかり深い眠りについたため、今の私の頭はいつにも増して冴えていた。
何かをしたいと思わずにいられないが、指のこともあって身体を動かすことが十分にできない、そう思った私はなんとなくというだけで図書室に来てみたのだ。

だが一晩ぐっすり眠ったくらいで根本的に何かが変わるわけでは当然なく、大した時間も経たないうちにただ山積みにしただけの本を目の前からどかして机に突っ伏していた。
ため息をつくのもなんだか虚しい。


私のすぐ近くには、黙々とノートにシャーペンを走らせる一人の生徒がいた。
きっと3年生の先輩だろう。間近に迫る受験に向けて、勉強をしているに違いない。

その姿、そして長い黒髪がどこかリコを思い起こされるようだった。


最後に会話をしたのが一昨日、北崎を保健室に運んだ日の放課後だ。
いや、あれを会話と呼んでいいのか今でもはっきりしないが、ともかく最後に声を聞いたのがその時だった。

あれ以来リコ会話もいないし、目もあってない。
昨日も今日も教室に来てはいたのだが、一度だって声を発することがなかった。
ふと目を離すといないと錯覚してしまいそうなほど、この2日間の彼女はいつにも増してか細く見えた。


北崎を保健室に連れて行ったときに何かあったのかと思うが、当の北崎はというとリコとは逆に2日間学校を休んでいた。
”何か”のためにリコと北崎がいつもと違う。でも”何か”がなんなのか分からない。

あるいは織部先生――――ルイなら知っているのだろうが、あまり行きたいとは思えない。




「ふー……」
またモヤモヤと何かが湧き上がってくることに気づき、内側からそれを吐き出すようにため息をついた。
せっかくスッキリしていた頭が重く沈んでいきそうになるのを、ブンブンと振って止める。

(やっぱり慣れないところに来るんじゃなかった)
そう思って自分で山積みにした本を片付けようと抱えたとき、ヒラリと何かが落ちたことに気づいた。
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「――――はい、終わったよ。……どうしたの?」
「……は、え……?」

不思議そうな顔をして、先生は私の方を見ていた。
ふと我に返り左手に視線を落とすと、怪我をした指にはきっちりと包帯が巻かれていた。

痛みはもうほとんど感じない。


「あんまり痛むようなら病院に行くのよ?」
「はい……ありがとうございます」
「それじゃあ、お大事に」
そう言うなり、後片付けを始めた。

「…………え?」
先生の視線は既に私ではなく整理棚へと向いていた。
先ほどまで口ずさんでいた鼻歌を交えながら、包帯やテープを棚に戻している。

もう私のことなど、まるで気にも留めていないよう……
治療という役目が終わった以上その反応は自然なのだが、どこか釈然としない。


「あ、あの……!」
「うん? なあに?」
「いえ……なんでも……ありがとうございました」


結局何も話すことなく、話すこともできず、私も保健室を後にすることになった。
それは確かに、私がここに来る前からそうであってほしいと望んだこと。

でもどうしてだろう、心に宿っているのは安心感ではなく違和感。
分かってて何も言わないのか、それとも知らないのか、先生の雰囲気からはどちらとも取れない。


「気を付けて帰るのよー」
扉の前でもう一度挨拶をしたあと、有希から荷物を受け取ってそのまま帰ることにした。
緊張から解放されたこと、昨日あまり眠れなかったこともあって、家に着くなりベッドに倒れこむように横になった。

すぐに訪れるまどろみの中で、保健室の空気、感触、指の痛み、そして先生の視線とリコの顔が頭を何度も巡っていた。


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