今、この胸を染める感情は一体なんなのだろう。
確かに、昨日北崎と一緒に保健室へ行ったきり放課後まで帰ってこなかったことも、それを担任が許していたことも説明がつく。
大人びた声がそのまま先生の声だったというなら、もうそれは推理ですらない。
間違いない、この人が――――
あの時、リコがキスをしていた相手。
保健室で、リコが縋るように甘えた声を伝えていた相手。
――――ルイ、だ。
「……変な名前でしょう? 美しい涙、なんて」
「いえ……素敵な名前……だと思います……とても……」
そう答えるのが精いっぱいだった。
織部先生の、ルイの声が頭の中をグラグラと揺さぶって、何も考えられない。
聞いたのは私なのに、次にどんな言葉を紡いでいいのか分からない。
謝る。
何を?
キスを見てしまったこと?
二人の会話を盗み聞きしてしまったこと?
……リコとの世界に踏み入ってしまったこと?
包み込むような、と表現した目の前の人の視線。
だけど今はむしろすべてを見透かされているようにさえ感じる。
今私がいるはずのこの空間が、どこか遠ざかっていくような気分さえした。
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