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2人きりの保健室はとても静かだった。
いや、目の前にいるこの人は先ほどから鼻唄混じりに私の指の処置をしていて、決して無言というわけではない。
ただ私の方はというと、今に至るまで何も話せていないし、相手の顔を見ることもできないでいた。
チラリと机に視線をやる。
プリントや本が整然と並べられており、とてもスッキリしていた。見ていて気持ちのいいくらいだ。
隅には車のものだと思われるカギが置かれていて、そこには可愛らしいキャラクターのキーホルダーがついていた。
私が有希からもらったものと似ているがキャラが違う。きっとあれが、ここに来る前に彼女が言っていた、プレゼントしたというものだろう。
織部先生。男子からも女子からも人気の高い保健室の先生。
でもそれはきっと憧れとか尊敬といった感情だろう。
恋だとか愛だとか、そんなことを本気で思っている人なんていない。
……ただ一人を除いて。私の推測が正しければ。
「”チサちゃん”?」
処置もそろそろ終わるかという頃、包帯をハサミで切りながら織部先生は唐突に話しかけてきた。
再び、知らないはずの私の名前を口にして。
「……はい?」
身構えていたこともあってそれほど驚くこともなく、平常心で返事をすることができた。
しかし胸中は決して穏やかとはいえない。今まで口ずさんでいた唄をぴたりと止め、まっすぐに私の方を向いてきたからだ。
否が応にも正面を向いてしまう。
私を見る織部先生の瞳は深く包み込むようで、リコのそれとは正反対のようにも思えた。
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