あとはこのまま指の処置が終わってこの場所を後にするだけ。
部活はできないから今日も一人で帰ることになるけれど、指の怪我だけなら日常生活に支障はない。
そう。何も問題のない、日常に戻るのだ。
何度も言いたくなるくらい、有希と里穂がここまで一緒に来てくれたことが本当に救いだった。
――――そう思っていた矢先のことだった。
「うん、それじゃあ貴女たちは部活に戻っていいよ」
「…………え」
織部先生の突然の一言に、血の気が引いていくのを感じる。
「いつまでもチームメイトを待たせちゃ悪いでしょ? ”チサちゃん”は大丈夫って伝えておいで」
「い、いや、わた、私は――――」
「うん! 織ちゃんありがとー! チサ、心配しないで。 チサの抜けた穴は私たちがカバーするよ!!」
こんなにもアッサリと……
爽やかさを感じるくらいの笑顔と前に突きだした親指を私に見せて、里穂と有希は保健室を出て行ってしまった。
笑顔で手を振る織部先生と、唖然とした顔でぼんやりと入り口を見つめる私。
後に残ったのはそんな二人だけ。
背後の窓から見えるのは日差しがゆっくりと傾き、徐々にオレンジ色に変わりつつある空。
そんな黄昏時。
怖いと思うのはきっと外の雰囲気だけのせいではない。
今、この人ははっきりと呼んだのだ。
ここに来て里穂と有希は一度も口にしていないはずの、私の名前を。
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