地震以降、朝起きた時に
めまいや吐き気を感じるようになりました。
軽い脱水症状と、ストレスによるものだと
思いますが、
↑ こちらの本によると、
めまいは、感情的なレベルで
” 何かや誰かから逃げ出そうとする時に起こる ”
そうで、
まぁ、あたりまえよね。
何度も地震に遭いたくないもの
と感じたのですが、
” あるいは、自分のことを粗忽者だと考えて
裁いている人に起こることもある ”
とも。
吐き気に関しては、
” その時、誰かや何かによって
脅かされている ” と、
状態そのまんまでした ( 'ᵕ' ; )
そこで 納得するだけではなく、
少し深掘りして
わたしは なにを一番恐れているのだろう?
と、問いました。
答えは、
死ぬことよりも、家や健康を失って
生きていくことのほうが怖い
でした。
つまり、
自由に生きられなくなることが
怖い
のだそうです。
自由って、自分で決められること。
過去生も関係していますが、
わたしは ずっと何かから脅かされたり
搾取されたり 束縛されて生きていたので
自由を奪われることに
なによりも恐怖を感じるのです。
時間、思想、行動などのすべて
コントロールしてくる人に
異常なほど嫌悪感があります 。。
昔は、そうしなきゃいけない、
それがいいことなんだ と思い込んでいたから、
完全にイエスマンだったのですけれど
本当の本当は、
嫌で嫌でたまらなかった
そういう感情って、地割れを起こすほど
強大なんですよね ⭐︎
自分の中を、真っ黒な煤だらけにしてしまう。
本人は埋めて隠してるから 忘れているけれど、
それはずっとそこにあるから
苦しさが消えるわけじゃない。
過去のわたしは、まさに自己卑下の権化
だったので、
地震によって、それを思い起こさせた
ということになりますね。
繊細な気質、エンパス体質は
いろんな想念をキャッチしてしまいますから
自分が知っている感覚なら尚更
拾ってしまう。
でも、今のわたしはその線上にはいなくて。
だって、自分が愚かなことは既知の事実だし、
それ含めて愛してるので
無理にポジティブになろうともしていなくて、
あるがままを受け止めてる。
だから、いつまでもくっついてはいられなくて、
捨て台詞を吐いて去っていく という感じ
なのですけれど w
それでも、ふと昔の自分を思い出すのは、
たくさん苦しんだ 過去の繊細な自分を
無かったことにしないでね。
そういう癖があったけど、
それは 悪いことじゃないのだから
というメッセージなのかもしれません。
いくら寝ても疲れが取れない時は、
自分が どこをいちばん使ったのかによって
癒し方が変わります。
カラダを使って疲れているなら、休息を。
頭を使ったのなら、ボーッとする時間を。
家で何もせず疲れたのなら、お出かけを。
目、耳、鼻、口、手、足、胃腸、心臓…
などなど
種類によって、癒し方が違うんです。
それぞれ、疲れた原因から 距離を置く。
人間って、放っておくと だんだん慣れて、
麻痺してしまうものだから
放置しないで、ちゃんと癒してあげないと
かわいそうです。














