シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

趣味の小説だったり…を綴ります。あと小説を閲覧の際は【ブログテーマ一覧】から是非どうぞ。また、イラスト描き・画家の人、音楽家・  ミュージシャンの人など、アーティスト・芸術家のかたとの、コラボ的なコトを希望しています。クリエイティブなコトができたら。

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【シロクロ書店・info】(当書店のご案内/一読すると、より楽しめます)
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当シロクロ書店の本は、基本、すべて短編ですので、
完結した作品は、30分程でご覧頂けます。
お客さまの皆さまの、ちょっとだけあいた時間に、是非お楽しみください。

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読者のお客さま、および「立ち読み」のお客さまへ(シロクロ書店の楽しみ方)
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Amebaでブログを始めよう!
シロクロ書店 店主クロです。


皆さま お客さま お久しぶりです。

最後にこのアメーバの世界に綴ったのは
いつの頃でしたでしょうか。


その日から たくさんのことがありました。


人との出会いだったり
人との別れだったり
心無い人に妨害を受けたり
心暖かな人に救われたり


たくさんのことがありました。


そう 東日本大震災がありました。
大変な地震でした。

今ここでこの大震災のことを綴るのは
あまりに重い内容ですので
語ることはやめましょう。


そして

クロも この大きな流れの中を
日々生きてきました。

そして

クロのリアルな生活では
デザイン/広告の仕事をしています。
その中で
各イベントや旅行関係の広告などをすすめていました。

小さなデザイン会社です。

不景気の風に吹かれながらもコツコツと仕事を進めていました。



その中であの「3.11」に遭遇しました



思い出すと あの日 東京から船橋に
8時間かけて歩いて会社から家まで帰りました。



皆さまのなかにも「3.11」を境に
人生が全く変わってしまった人がおられかと感じています。


そして


クロが勤めていたデザイン会社は
ほぼ全ての広告の仕事がキャンセル/中止となり
結果は 残念ながら…です。



だけど クロは生きています。
そして これからも生きていかなくてはいけません。



さあ 次の生活のために 会社を探さなくてはなりません。
「就職活動」
そう 生きていかなくてはいけない。



それでは 今は ここまでにします。



シロクロ書店 店主クロ



…追伸
クロがこのアメーバの世界を離れている間に
もし メッセージやコメントを残してくれた人がいたなら
本当に「ありがとう」そして「ゴメンなさい」。

もう期限切れで消えてしまっているのでしょう。

「ありがとう」

 
シロクロ書店 店主クロです。


こんばんは 皆さま お客さま


少しの間…
どれくらいの時間かはわかりませんが

一週間なのか…
または…

少し時間をください。


店主クロ
pocoです
こんばんは皆さま。お客さま。

さて
「シアワセ ヲ キミヘ」は完結しました。

ご声援など
本当に、ありがとうございました。


なお
その前に公開した「試写会」版に対して
ほんの少し加筆しましたので、
よろしければ完結版もご覧ください。
(ちょっと、改変しました)

また
「シアワセ…」の【もくじ】は
後日くっつけておきます。


さてさて
次回作は何を綴りましょうか


ラブコメあたりを綴りたいなあ
  









十七杯目     すべて輝いて見える時










俺の趣味かい?
あぁ。趣味ねえ。

ギターかな。

あぁ。
下手ながらも、いまだに続けている。


ロック…
そして、ブルースだろう。

お客のいない時は、
つま弾いているよ。


始めたのは、
そう、この店を引き継いだ時だった。


そう。
雨の日に、ギターケースを抱えた、
女の子が、俺の店に訪れたんだ。


その彼女から、俺はギターを教わったんだ。


彼女の名前は美月。


あぁ。
ある雨の夜。
彼女は俺の前に現れた。

そう。
雨の日に、ギターケースを抱えた、
女の子が、俺の店に訪れたんだ。

そして、
外の雨は、すっかり止んでいた。
雨上がりの夜空には、
澄んだ空気の星空。

そして、
大きく、
とても、美しい月が、
美月の姿を、
蒼白く、
ハッキリと浮かび上がらせていた。





ここまでは、話したっけ?





あぁ。
クロさんと言ったっけ。
お客さんも、なんで俺の話なんて聞いてくれるのか。
変わった人だ。

まぁ。良くこの店に来てくれて、
俺の昔話に付き合ってくれるのは、
あぁ。悪いな。本当にありがとう。

あぁ。
俺の昔話も、あと少しで終わる。

今じゃ、俺も物忘れが激しくなってきて、困る。
だから俺の話も、断片的な記憶だったりしているが、
その辺は、許してくれ。

あぁ。
歳を取るということは、
つまり、
人に昔話を聞いてもらえると、
うれしいということなのさ。

良いことも、悪い事も。
楽しいコトも、せつないことも。

それを、俺もこの歳になって、やっと気付いたのさ。

さあ。
俺の昔話も、最終章だ。

もう少しだけ、俺の話を聞いてくれるかい。





あぁ。
ルナのことだな。
瑠奈は、俺の前に現れた。

美月に、とても良く似た女の子。

出会った日から、毎日、瑠奈は俺の店に来てくれた。

瑠奈と出会う前までの俺は、
最悪の心だった。
この店を閉めて、あとはひっそりと、
ただ生きて行こうと決め込んでいたのさ。
そんな人生もアリだろう。
そう思っていた。

そんな俺の闇に、光を当ててくれたのが、瑠奈だったんだ。

人生。
生きていると、
見た物が、すべて輝いて見える時が、
必ず来るのさ。



あぁ。それから、俺は瑠奈にギターを教えたのさ。
60を超えた歳の俺と、その隣りに20代の瑠奈。





俺は、瑠奈にギターを教えながら、
美月のことを思い出していた。





「マスター。わたしにギターを教えて。」

瑠奈は、俺の弾くギターを聴きながら、
突然、俺にギターを習いたいと言ってきた。



あ、あぁ。いいよ。



俺は瑠奈に、時間があれば、ギターを教えた。
瑠奈は、器用にギターを憶えていった。

俺は、ギターを弾く瑠奈を見ているのが、好きだった。

俺は、ギターを弾いている時、癖で「キュ」と指と弦が擦れる音がする。
瑠奈は、その俺のギターの癖、その「キュ」と鳴る音が好きだと言った。



あぁ。あの音。
俺も、美月の鳴らす、あの音が好きだった。



俺は、微笑んだ。
だって、美月の癖がいつのまにか、俺に移ってしまったのさ。



楽しい。
あぁ。楽しかった。



それから、
俺は、瑠奈にギターをプレゼントした。


「マジですかっ?」
瑠奈は目を真ん丸にして驚いていた。

俺は、いつだったマジだぜ。





赤いテレキャスター





ショルダーストラップに腕を通すと、
そこには、まぎれも無い、美月がいた。


「ねえ。似合う?」
嬉しくてしょうがない、そんな感じの瑠奈だ。


あぁ、瑠奈。似合っているよ。
なあ、美月。

俺は、声に出さずに、心で美月に問いかけた。





想い出がオーバーラップする、俺の居場所。





人生。
生きていると。
見た物が、すべて輝いて見える時が、
必ず来るのさ。

こんなことを話すのは、恥ずかしいんだが、
クロさん。あんたにもいつか、そんな日が訪れるのさ。





いつ?
あぁ。それは突然さ。





…エンジェルズ・キッス。はい。
 こちらを最後に、ですね。










最後の一杯     「シアワセ ヲ キミヘ」










あぁ。すべて、人との出会いは、突然さ。
しかし、偶然じゃない。
大きな流れに抱かれ、
そして、必然として出会う。


一度だったり、
何度もだったり、
たとえ別れたとしても、
また、ひかれ合って、
そして、出会うのさ。





人生って、そんなものだろう。





その日。



瑠奈は、何かを隠しているようだった。

俺は、それを察していたが、黙って見知らぬ振りをした。

俺と瑠奈は、ただ黙ってギターを弾いた。
瑠奈は俺に、俺は瑠奈に。
交互だったり、一緒だったり。
二人の旋律は、美しいハーモニーとなり、鳴り響いていた。





「わたし、結婚します。」





瑠奈は、ギターを弾きながら、
俺に伝えた。


俺は、ギターを弾き続けながら、
瑠奈に伝えた。


そっか。


「うん。」


俺と瑠奈はギターを弾き続けた。


「はい、招待状。」
瑠奈はポケットから、
大事そうに、招待状を取り出した。





しばしの間、ギターを止める。





「来てくれる?」
瑠奈は俺の目を覗き込みながら、問いかける。


あぁ。勿論だとも。出席させて頂くよ。


そして、このあとも、
俺と瑠奈はギターを弾き続けた。


瑠奈の選んだ男さ。幸せになるに決まっている。
俺は瑠奈の、この大切な告白を、
しっかりと受け止めた。


瑠奈。君には、幸せしか、似合わないんだよ。


瑠奈は、可愛らしく微笑んだ。
それは、とてもチャーミングだった。





それから、瑠奈の結婚式の日までは、
慌ただしく過ぎていった。
けれど、そんな忙しい最中にでも、
瑠奈は毎日、俺の店に顔を出していた。


「ねえ、マスター。礼服ってある?」
ねえねえ。と、しつこく絡んでくる瑠奈。

ん?
おいおい。別に俺が結婚する訳じゃないだろう。

「いいのお。」
瑠奈は、大事なことだから。と俺に念を押した。

はあ。礼服ねえ。
ううむ。言われてみると無いぞ。

「ダメえ。買いに行こうっ。」

瑠奈の行動は早かった。
瑠奈は、行きつけのショップに、俺を連れ出した。

そして瞬く間に、瑠奈の見立てで、
ジャケットやら、ドレスシャツやらが、決まっていった。

俺は、鏡に映る自分の姿を眺めた。

そこには、60を超えた老紳士が立っていた。
まあ。この歳で、この見た目なら、上出来だろう。


どうだい?


鏡に映る、俺の後ろにいる瑠奈に、
俺は、背中越しに聞いてみた。

「完璧」
えっへん。と頷きながら瑠奈は満足気だった。


そしてその日は、そのショップをあとに、
俺と瑠奈は、それぞれ帰ることにした。
瑠奈の結婚式は、次の日曜日。
すべての準備は、確実に、
そして、慌ただしく過ぎていった。

俺はこの日、定休日であったが、
俺の店に、行ってみた。
あの空間が落ち着くのさ。



俺は、礼服一式が入ったショッピング・バッグを、
スツールに置くと、カウンターに入り、グラスに水を一杯。

はあぁ。

俺は、ため息を一つ。

俺は、おもむろにギターを手に取り、
軽いタッチで、ブルースを弾き始める。


あぁ。俺は弾き続けた。


ギターの音は、キラキラとしていた。


俺は、ギターを弾きながら、
壁に掛けてある、額縁を手に取り、
カウンターに、そっと置いた。

そして、俺はギターを弾き続けた。
そして、俺は声には出さずに、心で思った。


なあ、美月。
お前に似た女の子。
そう。
瑠奈が結婚するんだぜ。
あぁ。
不思議と、俺は驚いたりはしなかったよ。
あぁ。不思議だ。
こんなに心穏やかな気持ちは、初めてなんだ。


あぁ。瑠奈の旦那は、
職場の同僚なんだってさ。


美月。
お前も、瑠奈の結婚を祝福してくれるだろ?


あぁ。そうか、そっか。だよな。
俺と同じ気持ちでいてくれるか。



瑠奈。幸せになれ。





俺は、その日、ギターを弾き続けた。





瑠奈の結婚式の日。





良く晴れた日。
雲ひとつなかった。

輝く一日の始まりだ。

俺は、
黒のボトムに、糊の効いた真っ白なドレスシャツ。
黒のベストに腕を通すと、
最後に蝶ネクタイを結ぶ。

シュ。

ネクタイの生地が締まる音。

俺の、普段と変わらない動作だが、
今日は気持ちが違っていた。



さあ。祝福の日だ。



俺は、目黒の結婚式場を目指した。
なんだか、景色がフワフワして見える。

俺は、今日はスピーチなども無く、
心置きなく、瑠奈を祝福することだけに専念できる。
まあ、酒でも飲んで、心地よく酔わせてもらうさ。


一時間程で、結婚式場に到着した俺は、
まだ、披露宴までは時間があるのを確認すると、
エントランスにあるラウンジで、時間を潰すことにした。


シャンパンかあ。


俺はのどの渇きを感じていたため、
シャンパンを注文する。

本日は、お日柄も良いらしく、
瑠奈の披露宴以外にも、たくさんの式が執り行われていて、
ラウンジは、祝福ムードの人で溢れていた。

程なく、俺の注文が届く。

幸せ色のシャンパン。
細やかな泡が、幸せを演出していた。

俺は、軽く一口。


うまい。あぁ、美味い。


そして、俺は、シャンパングラス越しに、見慣れた筈の人を目にする。





あぁ。 瑠奈だ。





俺は、息を飲む。
15メートル程の人々の中にいる、
瑠奈は、あぁ、誰よりも輝いていたのさ。



シンプルな真っ白なウェディング・ドレス。

眩しい。綺麗過ぎるだろ。



俺は、グラスをテーブルに置くと、
ウェイターの子に、了解を取り、ラウンジを出て、
瑠奈の元へ、ゆっくりと歩んでいった。



瑠奈は、俺を見つけると、
その場に立ち止まり、
俺に向かって微笑んだ。



瑠奈。綺麗だ。


「ありがとう。来てくれて。」


瑠奈の微笑みは、俺を幸せにした。


あぁ。軽くラウンジで待たさせてもらってるよ。


俺は、ラウンジを指差して、
シャンパンを飲んでいることを伝えた。


「えぇ。わたしも飲みたぁい。」
悪戯そうに微笑む、瑠奈。

おいおい。駄目だろ。新婦がそんなんじゃ。

俺は、
微笑みながら、瑠奈を嗜めた。

ううん。一杯だけならイイか。内緒な。

「やったぁ。」

そして、俺は、瑠奈の手を引いて、
ラウンジに戻ると、
立ったままカウンターで、シャンパンを二人で飲んだ。



改めて、おめでとう。

「ありがとう。」



ラウンジのカウンターには、
俺と、ウェディング・ドレス姿の瑠奈。

そのある意味、独特な光景に、
周りの人たちから、注目の視線を感じた。
しかし関係ないさ。幸せなんだ。瑠奈も俺も。


俺と瑠奈は、グラスを空けると、
瑠奈は、また、ウェイティングルームに戻って行った。


俺は、その瑠奈の背中に、
グラスを掲げ大きな声で叫んだ。





瑠奈。幸せになれ。





瑠奈は俺に振り向かず、
背中越しに叫んだ。


「式前の新婦を泣かせてどうするっ。」


そして瑠奈は、
右手を高く掲げて、ロビーを優雅に歩いて行った。



俺は、心で叫んだ。
瑠奈。幸せになれ。



さあ。まだ披露宴までは、時間がある。
俺は、ラウンジの会計を済ませると、
酔い覚ましを兼ねて、庭園を散策した。

今日は、時間がゆったりだ。

俺は、石段を一歩一歩、ゆったりと歩き、
時間が過ぎるのを待った。

先程の瑠奈を見て、
俺の、今日の披露宴への期待感は高まっていた。
あぁ。幸せな結婚式になるだろう。

俺は、青い空を見上げながら、
ふと、思う。

今のこの気持ちは、
瑠奈に対する気持ちは、
この気持ちって、
新婦の父親の気持ちなんだろうか?

挙式を前にした、父親。
大切な娘を、送り出す。
せつなくも、幸せな気持ち。


おお。なんだか、ドキドキしてきたぞ。


こんなことを考えながら、
時間は、披露宴の受付時間となった。


ご祝儀、記帳を済ませる。
そして、ゆっくりと式場へと入る。

式場は、たくさんの人がいた。
瑠奈の会社の人たちがほとんど、
他に、たくさんの友達関係。

皆知り合いということもあり、
とてもフレンドリーな式場の雰囲気だった。

そんな中で、俺はなぜか、親族の席に通された。
まあ。俺の歳なら、この席の方が楽だが。





そして厳粛に披露宴は始まる。





ライトの光が落ちた式場に、
スポットライトが一つのドアを浮かび上がらせる。

ドアが開くと、そこには、
瑠奈と新郎の男が、ライトに照らされて輝いていた。


おお。瑠奈の旦那は、優しそうなイイ男じゃないか。
俺は、今日初めて見たけどね。


さらに厳粛に、披露宴はタイムテーブル通りに、
粛々と進んで行く。

そして一通り、挨拶などが終わると、
和やかな、祝宴は開始される。

程よく、司会の女性が、アナウンスをした。
「本日は、新郎新婦のお務めのイタリアン・レストラン、
 スタップの皆さまが、趣向を凝らしてお料理を調理しております。
 お出し致しますお料理は、
 ある人の想い出に残るものです。
 それでは、皆さま、その想い出とともに、お楽しみください。」



へえ。瑠奈は、飲食関係だったんだ。
聞いてないことはあるもんだ。



一品目が各テーブルに出されてきた。


「ジャガイモの冷製スープ。
 ビシソワーズでございます。」


おお。どれどれ。一品目を頂きますか。
ううむ。丁寧に仕上げてある。
うん。美味い。



式場の、幸せムードも上がる。



絶妙のタイミングで、
二品目が各テーブルに出されてきた。

「パンプキン・スープでございます。」

この時、式場は、和やかな笑いとともに、
さらに盛り上がった。





しかし、この時、
俺は心の中で、あることを考えていた。


いや、まさか。そんなことは無い。
このことを知っているのは、この世界で俺と、あと一人しか、いない筈だ。





幸せな披露宴。
そのような中、
三品目が各テーブルに出されてきた。


この時、司会の女性も、
僅かばかり躊躇したが、
変わらぬ口調で、明るくアナウンスをした。
「皆さま、ポタージュ・スープでございます。」


このスープで、
式場は、和やかな笑いと、戸惑いが入り交じる、
何とも表現しづらい盛り上がりを見せた。
どうも、披露宴の出席者は、
この料理が、決められていたものと違うことに、
この時点で気付いたようだった。


式場のすべての人は、関係者ばかりだから、
悪い雰囲気にはならなかったが、
さすがに、大きな笑いも、あちらこちらで起こっていた。
まあ。このスープ・パーティーを楽しんでいるようだが。





しかし、俺だけは、周りの人々とは違っていた。
理由は簡単だ。
この出されてきたスープには、すべて、覚えがある。


俺は、瑠奈を驚きとともに見た。





瑠奈は、小悪魔っぽく、悪戯に微笑んだ。
そして、席を立つと、司会のスポットに歩み寄り、
マイクを手にして、語り始めた。

俺は、この時、瑠奈の表情を見て、
俺が考えつく「まさか」の答えを心に描いた。





「本日は、皆さま、
 わたくし達の披露宴にご出席頂きまして、
 誠にありがとうございます。
 本日は、この結婚式とともに、
 わたくしの母、
 当イタリアン・レストラン・チェーン、
 ペーパー・ムーン・グループの代表が、
 この後、皆さまの前で、発表することがございます。
 それでは、今暫く、お待ちください。」

瑠奈は深々と挨拶をすると、
そのまま、その場に立ち、この後起こる出来事を待っていた。


俺は、ただことの成り行きを見守るだけだった。



式場のライトが完全に落ちて、
完全な闇に包まれた。



巨大スクリーンが、
映像を、ゆっくりと流し始めた。

式場は、映像の陰影だけの明かりに満ちる。
その映像は、セピアトーンで一貫していた。

その映像は、懐かしい、想い出だった。

その映像は、結婚式の主役の瑠奈のものではなく、
俺と美月の想い出だった。


式場の人々は、黙って、息を潜めて映像に集中していた。
この後、何が起こるのか、式場の人々は大いなる期待感で、
静かなる興奮といった感じだった。


映像が、終わりとなる時、
そこには手書きで、
ある言葉が、映し出されていた。


その手書きの言葉は、
写真の裏に綴られたものだった。





一枚の写真の裏に、「シアワセ」

もう一枚の裏には、「キミヘ」





この二枚の写真が、
映像の終わりに映し出されていた。





その瞬間、ギターの音が響いたのさ。





俺の目の前の光景には、
40代であろう、美しい女性が、ギターを弾いていた。

そして、歌を唄い始めた。

その声は、あまりにも美しく、
式場の人々は、声を失って、ただ黙って、
その女性の、ギターと歌に心から浸っていた。





説明?
いらないだろう。
こんなことが出来るのは、
俺の知る限り、この世界で、たった一人だけだ。





あぁ。美月さ。


そこには、美しく変貌を遂げた、美月がいたのさ。


美月。





俺は、ただ見守った。
美月は、一曲、演奏を終えると、MCを入れた。


「本日は皆さま、
 この結婚式に、お越し頂き、ありがとうございます。
 私は、娘の瑠奈に親らしいことを、してやれませんでした。

 食べていくにも、大変な日々もありました。

 そのような時、私はある男性と出会いました。
 とても、幸せな日々でした。
 しかし、私は、その人と別れました。
 理由は、私にあります。

 その人に、私の弱さみたいなものを見せたくなかった。」





俺は、心の中で叫んだ。
馬鹿野郎。もっと、迷惑をかけたって良かったんだぜ。
俺は、真っすぐ美月を見つめていた。





「本日は、この場を借りて、
 その人に、私は謝りたい。
 そして、もし、
 こんな私を許してくれるなら。
 そうしたら…私は」





俺は、この時、既に席を立ち、
ゆっくりと、美月に歩み寄っていた。
そして、
俺は美月を抱きしめた。


 おかえり、美月。

「ただいま。」


あぁ。言葉はいらないだろう。
俺は、黙って美月を抱きしめ続けた。

式場の人々からは、
本当の祝福の、大きな拍手をもらった。





そして、
俺と美月はキスをした。





美月は、MCを続けた。

「最後に、
 本日を持ちまして、
 私は、代表を退き、
 全権限を、本日の主役たる、
 若いお二人、新郎新婦に譲ります。

 それでは、皆さま、今後とも、力を合わせて、
 人生を大いに、突き進んでください。

 最後まで、騒がしてしまって、ゴメンなさいね。」





美月のスピーチが終わると、
式場は、美月の勇退発表の驚きと混乱に包まれた。





そのような中、
俺と美月は、
瑠奈と新郎の彼氏に、
固い握手をした。


「お母さん。幸せにね。」


俺と美月は、声を合わせて、
瑠奈に伝えた。





「幸せを君へ」





そして、
俺と美月は、
披露宴の途中ではあったが、
そのまま、二人で式場をあとにした。





俺と美月は、
この後、宛もなく歩いた。

一緒に手をつないで。

俺としては、いろいろと美月に聞きたいことがあったが、
もうどうでも良かったんだ。

隣りに美月がいる。
それだけで良かったんだ。


俺と美月は、黙って歩き続けた。
これからは、ずっと一緒だ。





なあ、美月。
俺は一度、瑠奈に美月のことを聞いたんだ。
しかし、その時、
瑠奈は「美月」の名前は知らない。と言っていたぞ。
あれって、どうゆうことだ?


「え? だって小悪魔の娘だよ。」


俺は、美月の答えに言葉を詰まらせた。
美月は、微笑んだ。
あぁ。それはまさに、小悪魔の微笑みだった。





「ねえ。マスター。私を雇ってくれない?
 さっき、仕事辞めちゃったんだぁ。
 だから、あなたのお店で。」


それは、うれしいね。
しかし、若い娘の方が、客ウケがイイんだけどなあ。


「ぶっ飛ばすぞ。」


俺は美月に、尻を軽く蹴飛ばされた。
美月は、可愛らしく微笑んでいた。



青く晴れ渡る空には、
真昼の月が、
まるでペーパームーンのように、
ふんわりと浮かんでいた。


あぁ。美月には、敵わないや。










やぁ。いらっしゃい。
どうぞ。
今夜も俺の話を聞いてくれるのかい?

あぁ。
しかし、もう、昔話はすべて話した。
おしまいさ。

あぁ。ありがとうな。
今まで、年寄りの昔話を聞いてくれて。

ん?
あぁ。美月かい。

今日は、もう少し経ったら、
ここに来るよ。
この店にね。

それから今日は、瑠奈も来るんだ。



あぁ。そして、もう一人。
とても「小さな天使」も一緒にな。










「シアワセ ヲ キミヘ」   おしまい。



 ありがとう。









 
pocoです
皆さま お客さま
こんばんは

さて現在執筆中の
「シアワセ ヲ キミヘ」は
次回最終回となります

ちなみに
第十六話はこの前に
公開済みです


いやあ
長かったです

今ここで
pocoが色々なことを
話していると
ネタバレの可能性が
あるので
あまり多くは語りません

ですので
店主クロさんから
言いつけられたことを
お伝えします



次回第十七話は
「2時間スペシャル!!」
…だそうです



2時間って何よ?

ってツッコミも
ありそうですが
つまり
二話分の物語を
一挙に一本で
公開するのだそうです
(長っ!!って 
 そんなでもないか)

…えがお

まあ
途中色々とありました

poco的にも
色々と言いたいこともありますが
是非とも
「シアワセ ヲ キミヘ/
 最終回2時間スペシャル」
をご期待くださいね


それから
メッセージを
ルームから頂けると
うれしいです

ちなみに
今回の物語に
皆さま お客さまは
ついてきて頂けていますか?

まあ
お酒がらみの物語だから…

…ほほえみ



店員poco



…追伸…

物語は
ハッピーエンドです
何故ならば
店主クロさんは
ハッピーエンドマニアだからです

人から何て言われようが
ハッピーエンド万歳!!


…ほほえみ


 
 


「お店、終わり、ですか?」



その女の子は、
その場に、
スッと立っていた。

そして俺は、
泥酔していたことも忘れ、
その女の子の顔を、
しっかりと見ていた。



あぁ。
酔っている場合じゃなかったのさ。

俺は、女の子の問いかけに、
一瞬の間はあったものの、
気付かれない程に、即答した。



あ、あぁ、いや。どうぞ。



俺は、
その女の子に、席を勧める。

そして、
女の子は、
店のど真ん中のスツールに腰掛けた。



あぁ。
俺は、その女の子が、
店のど真ん中のスツールに腰掛けるのを見た、
その瞬間、
体内のアルコールが、
完全に蒸発するのを感じた。





そして、俺の頭に浮かんだことは、ただ一つ。

── 美月 ──





背格好といい、
立ち振る舞いといい。

あぁ。そして、
声が、まったく同じなのさ。





しばし無言の時間が、俺の店を包んだ。


「ワイン、飲まれていたんですか?」


あ、あぁ。


そして、
俺は、
明日、片付けようとしていた、
カウンターの上の、
ワイングラス二つと、ボトル。
そして、
その隣りにいる額縁を、
さりげなく、シンクに移した。

あぁ。さりげなくだ。



「ワイン。わたし、好きなんです。」
微笑みながら、その女の子。


「えと、捨てちゃうんですか?」
ワインボトルの中身の行き先が気になり、
見守る女の子は、悲しげな目線をした。

え。あ、あぁ。
飲んでみるかい?
あぁ。しかし、さすがにお客に、このボトルは ──

と俺は、
同じ銘柄のボトルを開けようと、
店の奥に行こうとしたが、
女の子は、俺の行動を遮るように、
声を発した。


「その、開いてるのが、いい。」


あ、あぁ。いや。
うん。俺がご馳走するから、
新しいのを開けないか?


俺は、
女の子に提案したが、
女の子は、
首を左右に振った。

そして、
さらに女の子は、
俺が飲んでいたグラスの、
もう一つの口にしていない方を、指差した。


ん。これかい?


さすがに、と俺は思ったが、
女の子の意思は変わらないようだ。


俺は、
シンクから、
中身が半分程残った赤のワインボトルと、
俺が口をつけた、グラス。
そして、
手付けずのグラスを、
カウンターの上に戻した。



どうぞ。
こちらは、当店からお客さまへの感謝の意でございます。



俺は、
冗談めいて、かしこまった。

女の子は、笑顔になり、
声に出して、可愛らしく笑った。


あぁ。ご馳走するよ。


「ありがとう、ございます。」


俺と、
女の子は、
軽く、顔の前にグラスを掲げ、
それを乾杯とした。

俺は、一口。

女の子は、さらに眺めるように、
ダウンライトの光源に、
グラスを掲げて、
ワインの色を楽しみ、
その後、香りを楽しんでいた。
そして、一口。

「おいしい。」

女の子は、
目を真ん丸にして、
楽しく驚いていた。

「マスター、これ、おいしいです。」

あ。あぁ。
それは、良かった。
このワインの時間も、
君に会えて、浮かばれる。


俺は、微笑んだ。


あぁ。久しぶりに、微笑んだ。





そして、
女の子は、俺の店をゆっくりと見渡した。

「いい雰囲気。
 うん。やさしい時間が流れてる感じ。」


あぁ。ありがとう。


俺は、
女の子に微笑み返しをした。



「あっ。ギターだ。
 マスター、ギター弾くんですか?」



お。目敏く、女の子は、
カウンターの中に、
雑に立てかけてあった、
黒のテレキャスターを見つけ出した。



あぁ。
いきなり核心に迫るのかい?



俺は、ざわめく心の中で、
ギターというキーワードを、
何て言うか、
恐れながらも、
待ち受けていた。

あぁ。ギターは、美月につながるキーワード。
それを、この女の子から、振ってきた。


あぁ。弾くよ。弾こうか?


あとは、俺が、どのタイミングで、
この女の子に、美月のことを切り出すかだ。


「うん。聞いてみたい。」


女の子は、ワクワクする気持ちを、
笑顔で表現していた。



タイミング。きっかけ。
あぁ。ちょっと待て。
落ち着け。

あぁ。わかっている。タイミングだ。



俺は、ギターを手に取ると、
軽くチューニングする振りをした。





さあ。聞くぞ。





あぁ。
俺は、ギターを歳がいってから憶えたのさ。


「へえ。誰かに、習ったんですか?」


女の子は、ワインを一口。
微笑みながら、
俺の話に耳を傾けていた。


あぁ。美月という女性にね。


言い切った。


俺は、女の子の次の言葉を待った。





「ふうん。いいなあ。」
あれ?
それだけ?





俺は、この女の子の言動を、
チューニングの振りをしながら見ていたが、
美月という名前に、
まったく動じていなかった。

俺の頭の中は「?」で一杯さ。

美月と、
この女の子は、
まったく関係がないのか?

そして、
俺は、意を決して、
女の子に聞いてみる。


なあ。君は、
美月って、
名前の女性を知っているかい?


「ううん。知らないです。」


あまりにも、あっさりと否定された。


その女の子は、
ニコニコしながら、
不思議そうに、
俺の顔を見ていた。


他人のそら似?



世の中には、不思議な出会いがあるもんだ。
しかし、もし、
この女の子との出会いが、
神様のいたずらだとしたら、
俺は、その気まぐれな、いたずらに感謝するよ。



あぁ。そうか。
さあ。一曲弾くよ。
アンプは無しで、弦の音だけだ。
その美月って女性が、
この店に初めて来た時に、弾いた曲。


俺は、そう前置きをすると、
軽いタッチで、曲を奏でた。



俺は、少し、微笑んだ。
思い出し笑いだ。



左手の指先は、
弦を滑らかに、
動いていた。

右手では、
柔らかなリズムで、
弦をかき鳴らした。


俺は、
ギターを弾きながら、
ハミングでメロディーを歌った。


俺は、この曲を奏でながら、
店の空間の色が、変わって行くのを感じた。


音がフワリ、女の子とともに、俺の居場所。


5分くらいの、
俺の演奏。

客は、その女の子一人。

アンプは通していないが、
俺のギターは、
目の前の女の子を、
ビックリさせていた。


人は、本当に驚いた時、声も出なくなるだろ?


そして、俺の演奏は終えた。


女の子の少しの間。


「おおお。すごぉぉい。」


女の子の反応は、
見ている俺自身が、
恥ずかしくなる程の、
歓喜の表現だった。

鳴り止まない拍手。
俺の耳は赤くなった。


「すごい。スゴぉい。ビックリしたぁ。」


よせよ。恥ずかしいじゃないか。

俺は、
女の子を落ち着かせた。

その後も、
この女の子のテンションは、
キープし続けていた。


「ゴメン。マスター。酔いが覚めちゃった。」


笑顔で応える、女の子。


この頃、すでに、
ワインのボトルは、空になっていた。

俺は、
新しく同じ銘柄のワインを、
この女の子のために開けた。



「乾杯。」
 乾杯。



この女の子との出会いが、
ワインの神様の仕業なら、
ワインの神様、
もう少しだけ、
俺を酔わせてくれ。
もう少しだけ、
酔い続けたいんだ。



俺は、女の子と、
この後、ゆっくりとした、
楽しい時間を過ごした。


この美月に、そっくりな女の子と。


ちなみに、
その楽しい時間とともに、
俺の心の中では、
たくさんのことを、
思い巡らせていた。


あぁ。
美月と、
この女の子とのことだ。



他人のそら似。



良く聞くことだが、
この場合、あまりにも似ているので、
その線は無いと、俺は、推測した。


そう。似過ぎているのさ。


俺の頭に浮かんだ答えは、
ただ一つ。
美月の娘ということだった。


しかし、
その女の子は、
美月の名前には、動じず、
きっぱりと、関係を否定した。


そうか。他人のそら似か。





そんなことを考えながら、
その女の子が帰る時間となった。





大丈夫、かい?

「うん。全然平気です。」

俺は女の子のために、
女の子には重い、木のドアを開ける。

「ありがと」
女の子は、まったく酔っていないようだった。


俺の頭の中で、
この女の子と、
美月の姿が重なっていた。


女の子は、
しっかりとした足取りで、
10メートル程、歩いていった。



俺は、
美月と出会った、
「あの日」のように、
心から思ったんだ。



なあ。君。
また、会えるかな?

俺は、女の子の背中に目掛けて、
大きな声を投げかけた。

女の子は、ピタリと止まると、
振り返って言った。





「それから。わたしの名前、ルナ。」





そう言うと、
俺に、ルナと名乗る女の子が微笑んだ。

えっ?
俺は、
その微笑みに、
驚いた。





澄んだ空気の星空。

そして、
大きく、とても、美しい月が、
ルナの姿を、
蒼白く、ハッキリと浮かび上がらせていたのさ。





…シンデレラ。はい。しかし、お珍しい。
 お客さまが、ノンアルコールカクテルをご所望とは。
 はい。かしこまりました。





 
 
古びた感じの木のドア。
流木のような取っ手を手前にひくと

「ぎいい」

とちょっと低めに響くドアヒンジ。
目の前には
縦に長い「程よい」空間があって、
逆L字のカウンターには、スツールが8脚。

空間の左側には、
たくさんのボトルたちが、
今日も息をひそめて、
呼吸するのを待ち望む。

俺はバーテンダー。
ここが俺の居場所。


ようこそ、俺の店へ。





俺は62歳。





あぁ。

あれから、長い時間、
そう。
毎日が、ただ過ぎて行った。

歳を喰うと、
時間が早く過ぎる。

簡単な話、
人は、
状況に慣れて行く。

慣れれば、
毎日が、同じに感じてくる。

昨日のことなのか、
一週間前のことなのか、
それすらも麻痺してくる。

あぁ。
そう言えば、
なぜ、小学生の子供の頃、
夏休みって、あんなに長く感じたんだろうな。

たぶん、
それが、
大人と、
子供の、
時間の長さの違いなのさ。

歳を取るということは、
つまり、
毎日を、
ただ消費して行くだけなのさ。
あぁ。簡単な引き算さ。



あの日。



もう。ずっと昔の話さ。

20年程前に、
俺の時間は、止まった。

それからの日々は、
ただ、生きて行くためだけの日々。

そこには、
なんの価値も無い日々。


毎日、
店を開き、
清掃をする。
ペティナイフを研ぐ。
スープを作る。
グラスを磨く。


毎日、毎日、毎日。


たまに、
良いこともあったり。
そして、
悪いこともあったり。

いつのことだったか、
憶えてはいない。

ただ、
そんなことがあった、
と記憶しているだけの日々は続いた。


そして、
毎日、
俺は独り、ギターを弾いた。

黒のテレキャスターから紡ぎ出す、
ブルースの旋律。

この黒のテレキャスターも、
いつのまにか、
年季の入った、良い風合いが出てきた。

所々に、
どこかでぶつけた傷が、無数にあったが、
何て言うか、
枯れた音がするようになってきた。

俺の所有物は少ないが、
唯一、
このギターだけが、
良い歳の取り方をしたようだ。



さあ。今日も店を閉めるとするか。



俺は、この日、
ワインのボトルを開けることにした。

俺の苦手な赤ワイン。

あぁ。なんだか飲んでみたくなったのさ。

俺は普段、
滅多に使うことの無い、
ソムリエナイフを使い、
ワインコルクをゆっくりと開ける。

さあ。ワインよ、
お前の止まった時間を動かしてやる。
さあ。呼吸をしてくれ。

俺は、
コルクの栓となっていた部分の香りを確かめる。
良い出来の物らしい。

そして俺は、
天井に吊るしてあるワイングラスを、
カウンターのダウンライトの明かりの中に、
二つ用意した。

ゆっくりとワインを注ぐ。

ワインは、
楽しげな音と共に、
グラスの中で揺れていた。

俺は、
三つ指でグラスを持つと、
軽く傾けて、深い赤の色を眺める。
その後、
クルリと軽くグラスを回すと、
グラスの中の、
ワインが深呼吸をして、
ひと際、香りが引き立った。

そして、
俺も、
その香りを深呼吸。

そして、
一口含む。

三秒程、口の中で停め、
喉へと流し込んだ。


あぁ。美味い。


このワインは、
俺の時間が止まった、
あの日。

その数日前に、
仕入れていたワインだった。

何かの節目に、
開けようと思っていたが、
いつの間にか、
俺から、忘れ去られ、
長い時間、眠っていたワインだった。

すまなかったな。ワインよ。

俺は、この後、
このワインに、
ギターを聞かせながら、
時間が過ぎるのを、
久しぶりに楽しんだ。


何かの節目。


そうだな。


俺は、ギターを弾きながら、
カウンターの、客には見えにくい場所にいる、
一つの額縁を、ぼんやり眺めた。

その額縁は、
埃と、煙草の煙で、
深く燻され、
そのまま、長い時間この店を、
俺と一緒に眺めて来た奴だった。


美月。


あぁ。
美月が残した、一枚の写真。

あの日。

そして、そのあとに、
俺は、何度もこの額縁を捨てようと思ったが、
なぜか、捨てることが出来なかったのさ。




何かの節目。




そうだな。

長い時間。
あの日から、
とても長い時間が過ぎた。

何かの節目。

あぁ。
変わることの無い日々。
毎日は同じことの繰り返し。

こんなことに意味があるのかい?

あぁ。


俺は、
ゆっくりと、
壁にかかった額縁に歩み寄った。

そして、
ゆっくりと、
壁から額縁をはずすと、
ワイングラスの横に、
立てかけた。

時間から取り残された、
ワインと額縁、
そして、俺。

時間から取り残された、俺の居場所。


俺は、
額縁の中の、
時間が止まったままの、
怒った顔の美月に、
語りかける。





美月。もし、もう死んじまってこの世界に、いないのなら、
そう、天国にいるのなら、

なあ、美月。俺もソッチの…天国にいってもいいかな?





応えの無い、
額縁の中の、怒った顔の美月。


俺は、グラスにワインを注ぐ。

ワインは、
こんな俺を、
ただ楽しそうに、
迎かい入れてくれた。



チ ──── ン



俺は、
そんなワインの気持ちへの、
感謝の証に、
ワイングラスを鳴らした。


何かの節目。


あぁ。
俺は、
この俺の居場所。
この店を辞めることを、心の中で考え、決めていた。



もう。いいだろう。

あぁ。疲れたのさ。



やはり、
俺には、ワインは合わなかったらしい。

いや。このワインは、楽しかったさ。
あぁ。しかし。


いや。今日は帰るとしよう。


酔いの回った俺は、
カウンターに、
ワイングラスと、
額縁を置いたまま、
帰ることにした。

明日、来たら、
片付けるさ。


振らつく足取りで、
俺は、
店の扉に、
倒れないように、
一歩一歩、確実に歩みを進めた。


目の前が、
左に傾いて見える。

あぁ、やばい。参ったぜ。





その時。





俺の店に、客が来たのさ。


女の子。


あぁ。
店の木のドアを、
重そうに、
両手で押し開けて来店した。





すまない。今日はもう、店じまいだ。





俺は、
振らつく足取りで、
目線を、
床から、
ゆっくりと上げ、
その女の子の顔を見た。










瞬間。俺の酔いは、一気に覚めた。










目の前に、美月が、いたのさ。

美月? いや。誰?
俺は、声を失った。





そして、止まっていた時間が、動き出すのを、俺の心は感じていた。





…チェイサー。はい。そろそろですね。