小説「シアワセ ヲ キミヘ」十二杯目 蒼い月 | シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

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「明日、晴れるとイイね」



美月は閉店の片付けをしながら、
俺に天気の心配を話した。

あぁ。
明日は、
美月とのデートだ。

俺と美月は
定休日になると、
そのたびに、デートを重ねた。



俺は
雨男だが、
安心しな。
明日は晴れだ。



俺は美月に、
そう話すと、
美月は、
俺の言葉に安心したようだった。

俺は、
まな板や、布巾を、
熱湯消毒して、
あとは、
帰るだけ。



美月、電気切るよ。



明日は、晴れるとイイな。

美月は、店を出る時に、
チョット待ってと、
何かを店のドアに、
結びつけた。



「てるてる坊主」

美月は、
キラキラした笑顔で、
俺に見せてくれた。

あぁ。
明日は、晴れるとイイ。





てるてる坊主と、俺の居場所。





俺と美月は、次の日、
良く晴れた朝の青空を、
一緒に、
銀座界隈で、
買い物だったり、
食事だったり、
とにかく遊んだ。



あぁ。
俺が美月に会う前は、
そうだな、
こんなことは無かったよ。

ショーウィンドウを、
眺めているだけでも、
美月がいれば、
楽しいんだ。



「あっ。これこれ見て。」



美月は、
ちょこまかと、
俺の前を走っては止まり、
また走って、
次から次へと、
店のウィンドウを指差した。


俺は、
目的の無い買い物なんて、
したことが無かったから、
美月の行動は、
新鮮だった。





そうこうしていると、
美月は、
歩き疲れたらしい。

そりゃそうだろう。
あれだけ、はしゃげば。



どこかで、食事でもするかい?



俺は、
大通りに置いてある、
喫煙所で、
あのスターリング・シルバーで
煙草に火をつける。



「ううん。どうしよっか?
 うん。お酒が飲みたい。」



オーケー
なら、バーにでも入るか。



俺と美月は、
昭和の時代から、
やっていそうな、
古く、格式のありそうなバーで、
楽しい疲れを癒した。

「ハイネケンを2つ。」
美月は、席に着くなり、
その店のバーテンダーに、
注文を入れた。



注文が届くと、
手酌で、
俺は、
ハイネケンをグラスに注ごうとしたが、
美月は俺の手を遮り、
ハイネケンの瓶を奪い取る。
そして、
俺のグラスに、
ハイネケンを注ぎ始めた。

美月の注いだハイネケンは、
グラスに対して、
泡の比率が絶妙だった。

俺も美月のグラスに、
ハイネケンを注ぐ。
身体が憶えているのだろう。
泡の比率は言うまでもない。



「乾杯」

チン───

 乾杯。

俺と美月は、
グラスの飲み口を軽く当てる。



外の店で、
飲むことなんて、
何年ぶりだろう。



俺は、
そんなことを思いながら、
美月の注いでくれた、
ハイネケンを、
軽く一飲み。


ああ。うまい。


人が注いでくれた酒は、
なんで、
こんなにも、
美味いのだろう。


「くふう。たまらん。」
美月は、グラスのハイネケンを、
飲み干した。


おいおい。


俺は、
ハイペースの美月を心配しながら、
美月の注いだ、
ハイネケンを楽しんだのさ。



そのあとも、
俺は、ウィスキー。
美月は、カクテル。

時間を忘れて、
楽しんだ。


そして、
俺と美月は、バーを出る。





「もう一軒。行こう。」


ええと。美月さん。
ぼちぼち終電が。


「終電?知るかぁ。」


だぁぁ。
と美月は夜空に吠えると、
俺の前を、
なぜか、
しっかりした足取りで、
ズンズンと歩いて行った。


俺は、
時間を見る。
はい。只今を持って、
終電が行ってしまいました…
まあ。いいか。


俺と美月は、
とにかく歩いた。


「ファミレスぅ。」
美月は、
ファミリーレストランを、
先程から、探しているようだった。


小一時間歩いたのだろうか。
運悪く、
俺と美月が、
歩いた通りには、
一軒のファミリーレストランも、
見当たらなかった。


美月。タクシー捕まえようか?


俺は、
先を歩く、
美月に声をかけてみた。


「歩きたい。」
美月は、
ズンズンと進んで行った。


そして、
俺と美月は、
とうとう荒川の近辺まで、
来てしまった。



この辺りは、
大きな工場があり、
大きい通りには、
大きなトレーラーや、トラックが、
たまに、重低音のエンジンを唸らせながら、
走り抜けていた。

俺は、
東京メトロの、
東西線と平行してある、
大きな橋の入り口で、
もう一度、
美月に声をかけてみる。



なあ。美月。



いや。もういいや。
俺は諦めて、
美月の後に着いて行った。

この時、
俺は既に、
酔いもさめて、
なんだか、
歩くのが楽しくなっていた。


正直なところ、
足の感覚が無い。


ランナーズ・ハイ。
正確には、
ウォーキング・ハイかな。
なぜか、愉快だ。

すると、前を歩いていた美月が、
俺に向かって、走って来た。


「楽しいね。」
どうも、
美月も俺と同じ気持ちだったようだ。



あぁ。
この歩くという、
とても無駄な行動が、
俺には、
とても新鮮だった。



「一緒に歩こ。」



俺と美月は、
とても大きく長い橋を、
三分の一程歩ききると、
そこからは、
二人で並んで歩いた。

何時なんだろう。
時間を見るのも、
俺はもう、面倒になっていた。

橋の行く先には、
首都高速が橋の上を、
横切るように走っていた。

川沿いの遠くを眺めると、
鉄塔の赤いランプが、
フワフワと点滅していた。



俺と美月は、
ただ黙って歩いた。



「ねえ。手つなごっ」
美月の右手が、
俺の左手を、そっと握った。

俺の右手は、
手持ち無沙汰に、
ジーンズのポケットに、
親指を引っかける。



俺と美月は、
一緒に手をつなぎ、
一緒に長い橋の真ん中まで渡った。



すると、
美月は、
俺の手を離して、
俺の先に走って行った。



俺は、
ゆっくりと歩いて行く。



美月は、
どこかのショップの、
紙のショッピングバッグから、
今日、
正確には、
昨日の昼に買っていた、
何かを開けて、
立ち止まって、
俺が来るのを待っていた。



ん?なんだい?



俺は美月のいるところに着くと、
美月は俺に、
両手の手の平に、
広げたものを見せた。



「きれいでしょ。」



美月の手の平には、
真っ白なレースのハンカチがあった。
細やかな刺繍が施されていて、
とても清潔感のある、
上質なハンカチだった。



そんなにきれいだと、
ハンカチで、使いたくないなぁ。



俺は、
笑いながら、
美月に微笑んだ。


「いいの。飾り。」


そう言うと、
美月は、
手の平にあった、
真っ白なレースのハンカチを、
ふわり。


美月は髪に、
そっとのせた。


月の明りが、
キラキラと、
真っ白なレースのハンカチを、
輝かせた。



そして、
月の明りは、
美月を、
清らかに、
やわらかく包んでいた。


俺は、
その美月の、
美しさに、心が澄んで行くのを感じていた。





俺は、美月に、初めてキスをした。月の明かりに照らされて。





遠くで、
トラックの、
クラクションが鳴っていた。
その音が、
まるで、
俺と美月を祝福する、
福音のように聞こえた。



あぁ。
俺と美月は、結ばれた。
籍は入れなかったが。

あの
真っ白なレースのハンカチは、
結婚式の、
ウェディング・ベールがわりだったんだ。



あの夜も、
蒼白く、幻想的で、
とても美しい月だった。

俺と美月の、二人だけの想い出さ。





…ブルームーンですね。かしこまりました。