小説「シアワセ ヲ キミヘ」十三杯目 手、つなご。 | シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

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あぁ。
それからの、
俺と美月は、
どこに行くにも一緒だった。

俺は、
美月と手をつないでいれば、
幸せだったのさ。



あの日。



二人だけの想い出。
蒼白く、幻想的で、
とても美しい月の夜。

あの秋の夜。



それから、
紅葉を眺めに、
電車に揺られ、
山を登りに行ったっけ。

ゆっくりと歩く、
俺の手を取って、
ぐんぐんと先を行く美月。

山菜のおにぎり。

美味かったよ。



その年の冬は、
例年に無く、
とても寒かったよな。

コートのポケットから、
手を出すことが出来ない俺の手。

そうしたら、
美月は、
わざわざ手袋を外して、
俺のポケットに手を忍ばせてたよな。

ポケットの中の、
俺と美月の手。

美月の手は、とても冷たかったよ。



クリスマス。
店の常連と、
みんなでパーティを開いたよな。

美月は、
ジョンレノンの、
Happy Xmasをアレンジして、
唄ってたっけ。

曲の終わりには、
みんなで、
メリーメリークリスマスの大合唱。

俺と美月は、
ギターを置いて、
手を握っていたっけ。



そして、
除夜の鐘とともに、
開けましての正月。

人ごみが苦手な俺だが、
二人で、
初詣に行ったよな。

大賑わいの中、
俺は、美月の手を離さないように、
強く握りしめていたっけ。

そして、やっとの思いで、
神様に、願い事をしたんだ。

美月のことを願った。

願い事は、内緒だ。



そして、
春になれば、
毎週のように、
北上して来る、
桜を見に、
たくさんのところに行ったんだ。

缶ビールを片手に。

あぁ。
夜桜にも行ったよな。
桜の木がライトアップされていた。

うん。
池があった。

その周りの遊歩道を、
俺と美月は、
手をつないで歩いた。

ライトに照らされた、
散り行く、桜の花びらが、綺麗だった。



夏には、
海に行ったよな。

立ちくらみする程の、熱い日差し。
ただ、二人で海を見ていた。

夏祭り、
花火大会。

蚊に刺されながら、
焼きそばを食べたっけ。
具の無い焼きそば。

なぜか、美味かった。

それから、
美月の浴衣姿は、
可愛かったよ。

あぁ。
帰りに、二人で、
手をつなぎながら、
一つの綿菓子をなめたよな。

割り箸に、ふんわりとしてた。



そして、
俺と美月は、
移り行く季節を、
二人で楽しんだ。



あの日。



二人だけの想い出。
蒼白く、幻想的で、
とても美しい月の夜。

あの秋の夜から、
もう一年が過ぎようとしていた。





そんな、ある日。





俺は、
店の片付けを終え、
いつものように、
店を出ようとした。

その時、
美月は、
俺に、話があるといって来た。

俺に、黙っていたことがあるという。

何かの告白だった。


美月は、
いつもの特等席に座る。
俺は、
カウンターに入ると、
ケトルに火を入れた。

程なく、
ケトルが沸騰を知らせると、
俺は、二つのカップを用意して、
ティーポットに、
アールグレイの茶葉を、
スプーンで三杯入れる。

そして、
ケトルの湯を、
ゆっくりと、
ティーポットに注ぎ込んだ。

いっとき程置く。

俺は、
二つのカップに、
アールグレイを注ぐ。

コト。

美月の前に、
カップを置いた。

カップからは、
アールグレイのあの独特の、
スパイシーな香りがした。





ん? なんだい?





美月の告白を聞く、
心の準備は整った。


「うん。」
美月は、
アールグレイを少しだけ口にした。


「驚かないでね。」


あぁ。
大抵のことでは、
俺は驚かないさ。


俺はうなづく。
美月は、たまに、
飛躍した行動をとって来た。
いまさら、少々のことでは、驚かないさ。

俺は、
美月の言葉を待った。


「うん。」


呼吸を整え、
美月は告白をした。










「私は、一度、離婚してるの。
 そして、
 私には、子供が一人いるの。」










ん? それだけ?

「? それだけ。」





なんだあ。
それだけかあ。
やけに深刻な顔をするから、
てっきり、
美月が、最悪な事になるんじゃないかって。



俺は、笑った。



緊張の糸から、
解放されたのだろう。

美月は、泣きながら、笑った。


俺にとって、
この告白は、些細なことだった。

まあ。
美月は、この事で、
ずっと悩んでいたようだが。

あぁ。
気づいてやれなくて、
ゴメンよ。
だけと、美月。
もっと早く話してくれよ。



美月への想いは、揺らいだりしないって。





ほっと一息。俺の居場所。





俺と美月は、
このあと、
アールグレイを、
もう一杯。
香りを楽しんだ。


それから、
実家にいる美月の母親に、
子供を預けていることを、
俺は聞いた。

たまに、
美月は一人で、
どこかに行っていた。
俺は、
そのことを知っていたが、
そうか、
実家に行っていたんだ。


そして。

俺は美月に、
一つの提案をした。


なあ。美月。
子供とも一緒に、
三人で暮らさないか?
あぁ。
美月のお母さんもご一緒に、
四人でも。


俺の提案を聞き、
美月は、驚いた笑顔だった。





なあ。美月。
子供の名前は、何て言うんだい?


「内緒。」
いたずらっぽく、美月は微笑んだ。


まあ。いいかあ。





あとから思えば、
この時に、ちゃんと、
美月の子供の名前を、
聞いておくべきであった。

まぁ。この時は、
話の流れで、
美月の子供の名前を、聞き直さなかったんだ。

あぁ。
とにかく、
俺にとって、人生で一番幸せだった頃さ。



どんなことも、
美月となら、
乗り越えることが出来ると、
俺は感じていた。





俺と美月は、
店を出ると、
少し遠回りして帰った。

途中。
俺は、美月に手を差し伸べた。



手、つなご。

「うん」



美月は、寄り添うように、
そっと、俺の手を握った。


俺は、
美月と手をつないでいれば、
幸せだったのさ。





…ゴッドマザー。かしこまりました。
 はい。ベースをウォッカにする、
 ゴッドファーザーのバリエーションですね。