小説「シアワセ ヲ キミヘ」十四杯目 さよならの儀式 | シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

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あぁ。



俺は美月に、何か、してやれたのかな。



あの日。



俺と美月は、
二人で、
お互いの写真を撮った。


俺は美月を。
美月は俺を。


俺は、
店のカウンターの、
俺の定位置に、
いつものように、
グラスを磨いているところを、
撮ってもらおうとポーズを決めたが、
美月は、
どうも気に入らないらしい。

「ううん。違う。」

美月は、
何度も、
カメラのシャッターを押そうとするが、
どうも、何かが違うらしい。

「違う。」

ああん。美月。
だいたいで良いんじゃないか?

俺は、痺れを切らせて、
美月に声をかけた。


カメラで、撮影で、
大事なのは、
被写体に対する、愛情なのさ。


「わたしに愛が足りないと?」


いやいやいや。
そうは、言ってない。


この日の美月は、
何かを、考えているようだった。


はぁ。

俺は、ため息一つ。
グラスと、クロスをカウンターに置くと、
キャビン・マイルドを、
口の右端に、触れるようにくわえ、
スターリング・シルバーで火を灯した。

そして、
辺りに煙を漂わす。


「カシャン」


おっ?


美月がシャッターを押した。
「おおお。イイ。」
美月はご満悦なようだ。


美月は、
この日、たった一枚の、
シャッターを切った。

「はい。」

美月は、
俺にカメラを手渡す。

「ねえ。撮って。」

あぁ。
俺は、ファインダーを覗きながら、
構図を決めていた。

軽く会話をしながら、
都度、シャッターを押した。

が、その都度、
美月の表情は、
わざと怒った顔をしてみせた。


いやいやいや。
美月。普通笑うだろ?


「いいのお。」

はいはい。


俺は、
軽く会話をしながら、
都度、シャッターを押した。



俺と美月は、
この頃、
暇があると、
写真を撮っては、
インクジェットで、
フォトペーパーにプリントしていた。

出来が良いと、
店の壁に、
ピンで写真を掲げていた。


フォトペーパーには、
余白を作り、
たまに、
その余白に、
俺と美月は、メモを残した。


スーパーファインで仕上がった、
本日、
二枚の写真。


美月が撮った写真は、

振り向こうとした瞬間、
唇にひっかかった感じの、
くわえ煙草の、
俺の横顔だった。


俺が撮った写真は、

あぁ。
ちょっと頬を膨らませ、
唇はキュっとつむぎ、
顎は、のど元に軽くひいた感じの、
可愛い感じなのだが、
美月の怒った表情だった。


「傑作。」

ああ。そうね。


俺は、微妙に納得がいかなかった。


「ねえ。今日は、なんか、曲の詩を書こうよ」

え。詩かい。

俺は、美月の考えに乗ることにした。

俺は、美月が撮った、俺が写った写真に。
美月は、俺が撮った、美月が写った写真。

それぞれの写真に、詩を綴る。


「テーマは、何でもアリね」


美月は、
俺に油性マジックを渡した。

「で、裏に書くの。
 で、見ちゃダメなの。」

はいはい。

「でね。額縁に入れて、ちゃんと飾るの。」

ん。飾るのかい。

俺は、少しだけ、眉間にしわを寄せた。

「飾るの」



キュッキュッキュ。マジックの擦れる音と、俺の居場所。



俺が、美月の詩を覗こうとすると、
「見せないぃ」
と、意地悪く、腕でガードした。

「見たら、ぶっ飛ばすぅ。」

いじめっ子、独特の口調で、
俺には、絶対に見せないらしい。

俺と、
美月は、
詩を綴り続けた。


俺と美月は、
無言のまま、
詩を綴り続けた。



すると、
美月は、
詩を綴りながら、
俺に話をし始めた。



「ねえ。
 知ってる?
 
 ノラ猫って、
 自分が、
 死ぬのがわかると、
 月の綺麗な満月の夜に、
 ちょこんと座って、
 月を見上げるの。
 
 目を細めて、
 優しく、月を見るの。
 
 そしてね、
 優しく鳴くの。

 それから、
 次の日から、
 その場所から、いなくなるの。
 
 優しくしてくれた、人の前からね。」


ふうん。
さよならの儀式みたいなものかな。

「ううん。わからないや。」

美月は、
目を細めて、
俺に、
優しく微笑んだ。


「ねえ。出来た?」

美月は、
俺の綴った詩を、覗こうとした。

が、俺は、写真を持った手を、
背伸びをするようにして、
美月には、
届かないように、
写真を見せないようにした。


おあいこだ。

「ケチっ。」


美月は、それでも、
俺の詩を綴った写真を、
奪い取ろうと、
しつこく絡んでいた。


無邪気に戯れ合う、
俺と美月。

こんな日が、これからも、ずっと。





あの日。





その日から、

あぁ。
数日後のこと。





美月は、俺の前から、姿を消した。





あぁ。
それが、わかった時の、
俺の荒れ様は

聞かないでくれ。

今なら、
冷静に話せるが

それでも

あぁ。
今でも、
その時に負った傷が、
あの日の、
季節になると

痛むのさ。

今に比べれば、
まだ、
俺は、若かったんだ。





…ビーフィーター。はい、ショットで。かしこまりました。