あぁ。
俺は美月に、何か、してやれたのかな。
あの日。
俺と美月は、
二人で、
お互いの写真を撮った。
俺は美月を。
美月は俺を。
俺は、
店のカウンターの、
俺の定位置に、
いつものように、
グラスを磨いているところを、
撮ってもらおうとポーズを決めたが、
美月は、
どうも気に入らないらしい。
「ううん。違う。」
美月は、
何度も、
カメラのシャッターを押そうとするが、
どうも、何かが違うらしい。
「違う。」
ああん。美月。
だいたいで良いんじゃないか?
俺は、痺れを切らせて、
美月に声をかけた。
カメラで、撮影で、
大事なのは、
被写体に対する、愛情なのさ。
「わたしに愛が足りないと?」
いやいやいや。
そうは、言ってない。
この日の美月は、
何かを、考えているようだった。
はぁ。
俺は、ため息一つ。
グラスと、クロスをカウンターに置くと、
キャビン・マイルドを、
口の右端に、触れるようにくわえ、
スターリング・シルバーで火を灯した。
そして、
辺りに煙を漂わす。
「カシャン」
おっ?
美月がシャッターを押した。
「おおお。イイ。」
美月はご満悦なようだ。
美月は、
この日、たった一枚の、
シャッターを切った。
「はい。」
美月は、
俺にカメラを手渡す。
「ねえ。撮って。」
あぁ。
俺は、ファインダーを覗きながら、
構図を決めていた。
軽く会話をしながら、
都度、シャッターを押した。
が、その都度、
美月の表情は、
わざと怒った顔をしてみせた。
いやいやいや。
美月。普通笑うだろ?
「いいのお。」
はいはい。
俺は、
軽く会話をしながら、
都度、シャッターを押した。
俺と美月は、
この頃、
暇があると、
写真を撮っては、
インクジェットで、
フォトペーパーにプリントしていた。
出来が良いと、
店の壁に、
ピンで写真を掲げていた。
フォトペーパーには、
余白を作り、
たまに、
その余白に、
俺と美月は、メモを残した。
スーパーファインで仕上がった、
本日、
二枚の写真。
美月が撮った写真は、
振り向こうとした瞬間、
唇にひっかかった感じの、
くわえ煙草の、
俺の横顔だった。
俺が撮った写真は、
あぁ。
ちょっと頬を膨らませ、
唇はキュっとつむぎ、
顎は、のど元に軽くひいた感じの、
可愛い感じなのだが、
美月の怒った表情だった。
「傑作。」
ああ。そうね。
俺は、微妙に納得がいかなかった。
「ねえ。今日は、なんか、曲の詩を書こうよ」
え。詩かい。
俺は、美月の考えに乗ることにした。
俺は、美月が撮った、俺が写った写真に。
美月は、俺が撮った、美月が写った写真。
それぞれの写真に、詩を綴る。
「テーマは、何でもアリね」
美月は、
俺に油性マジックを渡した。
「で、裏に書くの。
で、見ちゃダメなの。」
はいはい。
「でね。額縁に入れて、ちゃんと飾るの。」
ん。飾るのかい。
俺は、少しだけ、眉間にしわを寄せた。
「飾るの」
キュッキュッキュ。マジックの擦れる音と、俺の居場所。
俺が、美月の詩を覗こうとすると、
「見せないぃ」
と、意地悪く、腕でガードした。
「見たら、ぶっ飛ばすぅ。」
いじめっ子、独特の口調で、
俺には、絶対に見せないらしい。
俺と、
美月は、
詩を綴り続けた。
俺と美月は、
無言のまま、
詩を綴り続けた。
すると、
美月は、
詩を綴りながら、
俺に話をし始めた。
「ねえ。
知ってる?
ノラ猫って、
自分が、
死ぬのがわかると、
月の綺麗な満月の夜に、
ちょこんと座って、
月を見上げるの。
目を細めて、
優しく、月を見るの。
そしてね、
優しく鳴くの。
それから、
次の日から、
その場所から、いなくなるの。
優しくしてくれた、人の前からね。」
ふうん。
さよならの儀式みたいなものかな。
「ううん。わからないや。」
美月は、
目を細めて、
俺に、
優しく微笑んだ。
「ねえ。出来た?」
美月は、
俺の綴った詩を、覗こうとした。
が、俺は、写真を持った手を、
背伸びをするようにして、
美月には、
届かないように、
写真を見せないようにした。
おあいこだ。
「ケチっ。」
美月は、それでも、
俺の詩を綴った写真を、
奪い取ろうと、
しつこく絡んでいた。
無邪気に戯れ合う、
俺と美月。
こんな日が、これからも、ずっと。
あの日。
その日から、
あぁ。
数日後のこと。
美月は、俺の前から、姿を消した。
あぁ。
それが、わかった時の、
俺の荒れ様は
聞かないでくれ。
今なら、
冷静に話せるが
それでも
あぁ。
今でも、
その時に負った傷が、
あの日の、
季節になると
痛むのさ。
今に比べれば、
まだ、
俺は、若かったんだ。
…ビーフィーター。はい、ショットで。かしこまりました。