小説「シアワセ ヲ キミヘ」六杯目 木の葉 | シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

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きゅっ。きゅっ。キュ。

グラスを磨く。
暇があれば、
グラスを磨く。

たまに、片目で、
明かりにグラスをかざしてみる。

グラス越しに見える、
俺の店は…
今日も、いい感じだ。

曇り無き。俺の居場所。





あれから、
あの美月は、一週間来なかった。


あぁ。
水商売とは、よく言ったモンだ。

川の水が流れるが如く。

そんなことは、わかっているさ。



そうだな。
俺の商売を、川に例えると、
お客は…
そう。木の葉だな。

川は、絶え間なく、流れている。

そして、
木の葉は、
たまに、クルクルと、
川の、ある場所に、とどまる。

とどまった場所、
それが酒場なのさ。

あぁ。
そしてまた、
その木の葉は、流れて行く。

人が立ち寄っては、去り、
また、ある日、ふと訪れる。

川面に浮かぶ、木の葉のように。



美月も、そうだった。

えっ?
あぁ。そうさ。
彼女は、
戻って来たのさ。





いらっし…

美月だった。

この時、俺の表情が、
美月に悟られていないことを、
俺は、望んだ。

なぜって?
それは、
俺は、本当に嬉しかったからさ。

だけど、そんな顔を見られたくは…な。

あぁ。
何て言うか、
カッコが悪いじゃんか。

改めて…



いらっしゃい。



俺は、努めてクールに応対した。

「こんばんはマスター」

今日も、
ギターケースを背負った、
美月が、チョコンと入口にいた。



どうぞ。



俺は、
お好きな席に、の意味を込めて、
手のひらで招いた。

美月は、
店のど真ん中のスツールに腰掛けた。
彼女にとって、この席は、
特等席らしい。



はい。どうぞ。

俺は、
熱いおしぼりを差し出した。

「マスター。灰皿。お願いします。」

あ。あぁ。
どうぞ。



美月ってタバコを
吸うんだ。

彼女は、キャビン・マイルドを
細い指先にとり、
ジッポの、緩やかな炎で、
タバコに灯をともした。

「ふぅぅ」
聞こえるか、聞こえないかの、
微かな声で、
彼女は、空間に煙を漂わせた。



ジッポを使うんだ。

俺は、
美月に、
洗い物をしながら、
声をかけた。

「うん。」

やはり、オイルの香りかい?

「んんん。
 音、かな?」

音?
開ける時の?

「んん。
 火をつける瞬間の…
 ボッて音。」


美月は、
唇から、
左手の指先にタバコを持つと、
右手で、ジッポ独特の開く音をさせ、
そして、軽く着火石を回転させた。

ボッ

美月は、
「この音」と、
ジッポで火を、つけてみせた。


へえ。珍しいな。
炎の音が好きって、
初めて聞いたよ。

俺は、美月に微笑みかけた。

「そうかなあ。」

美月も、俺に微笑みかけた。

「炎って、見てると、
 何だか、落ち着く。」


おいおい。
危ない発言をしないでくれ。

俺は、
ニヤリと美月に言った。

「ア。
 そう言うんじゃなく。
 ううん。
 そうだなあ。」

美月は、慌てて、
軽く否定すると、
軽く首を傾げて考えた。



「うん。そう。
 キャンプとかで、
 焚き火を、するじゃないですか。
 あの時に、
 他のみんなは、退屈だからって、
 火の番をしたがらないけど、
 私、大好きなんです。あの火の番。」

ああ。
あれは、俺も好きだな。

「でしょ、でしょ。」
彼女は、満足気に言った。

あぁ。
炎の中で、
木がバチンと音を立てて、
火の粉が飛び散るのな。

「そうそう。」
彼女は、さらに得意気になった。


「何時間、見ていても飽きない。」
俺と美月は、
右手の人差し指を、
一本立てて、同調した。





あ。ご注文は?





俺は、
美月のオーダーを入れるのを、
すっかり忘れていた。

「あ。
 ごめんなさい。つい。」
彼女は、
少し恥ずかしそうに、微笑んだ。

そして俺は、
この前と同じように、
美月に、好みを聞き、
とっておきの一杯を作る。


はい。
リトル・プリンセスです。
マンハッタンのバリエーション、
ラム・ベースとなっております。

俺は、かしこまり、
美月の前の、
カウンターに光る、
ダウンライトの中心に、
グラスを差し出した。

美月は、
グラスを、
その細い指先で摘むと、
スウっと一口。
小粋に飲んでみせた。


幸せそうに、
俺を見て微笑んだ。

そして、
グラスをコースターに置くと、
彼女は一言、言ったのさ。





「ねえマスター、
 それから、
 私がお店に来た時に、
 耳が赤かったけど、
 風邪でもひいたの?」





エエエっ。
…美月には、かなわないや。


俺は、心の中で、そう思った。


その時の、
俺の間抜けな、驚きようは、
あぁ。
今でも忘れない。

いい想い出?
ふっ。
いや、忘れたい。





…それでは。趣向をかえまして、
 カルヴァドス・ポム・ド・イブなど、
 いかがですか?