小説「シアワセ ヲ キミヘ」十一杯目 見つけた | シロクロ書店(土日祝だけ、ちゃんと開店の「謎の本屋さん」)

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シャン  ボッ  カシャ

ふぅぅ


俺は、
美月から贈られたジッポで、
キャビン・マイルドに火を灯す。

このジッポの、
スターリング・シルバーは、
俺が今まで、
持っていた安物のジッポより、
蓋を開ける時の
あの独特の音が違っている。

あぁ。
少しだけ、しっかりとした音なんだ。


シャン  カシャ


安物の場合は、
そうだな、もっと軽い音がする。

まぁ。
あまり蓋を、
開けたり閉じたりしていると、
蝶番が馬鹿になるから。
美月から贈られた、
大事なスターリング・シルバー。
大切にしないと。



おっ。
もうこんな時間か。

俺は、
店の清掃を終えて、
開店間際に、
冷蔵庫にいる筈の、
フレッシュ・バジルを、
切らせていることに気付く。



ううん。
どうしても、必要だ。



俺は、最近、
美月のために、
毎日スープを作る。

美月は、
偏食なのだが、
俺は、
その嫌いな食材を、
あえて使う。

毎回、作る度に、
食材を聞いた、
美月の反応は、ヒドいものだ。
がしかし、
スープとして出来上がると…
あぁ。
俺が、スープを作り続ける、
理由は、わかるだろ?



それが、
お客に知れ渡り、
何故か、この店の、
名物になってしまった。


酒を飲ませる店なのに…
まぁ。いいかぁ。





俺は、
急ぎ、近くのスーパーに向かっ…


おっ、と。


キャビン・マイルドを、
シャツのポケットに入れる。
そして、大切なスターリング・シルバーを、
俺は慌てて、
シャツのポケットに
…入れた。

そして、
急ぎ、近くのスーパーに向かった。



俺は、慌てなくてもいいのに、
何故か、あの時は、
慌てていたんだ。



俺は、
フレッシュ・バジルを買い、
店に戻ると、
ひとまず、
キャビン・マイルドを一本。


そして、灯をつけようと、
シャツのポケットに、
右手を…。


ん。


俺は、
シャツのポケットが、
軽いことに気付く。


んんっ?


俺は、
状況が、理解できないでいた。



こういう時の、人間の行動は、
滑稽なものだ。



俺は、
シャツのポケットに、
穴が空いているのではと、
確認する。

空いていない。

その場で、
ジャンプしてみる。

俺以外の、
重さを感じない。

周りを見渡す。



無い。



俺は、
背中に、嫌な汗を感じる。



俺は、
店を出て、
スーパーへの道を、
入念に探索した。

もし、落としたならば、
あのスターリング・シルバーの重さだ。
気付く程の音は、した筈。

ああ。
落としては、いない筈。


俺は、
スーパーに着くと、
店員の人に、
丁寧に、状況を説明して、
もし、見つかったらと、
連絡先を記したメモを渡した。

そして、
スーパーを出て、
俺の店への道を、
また、入念に探索しながら戻る。


店に到着する頃になると、
俺は、冷静になる。
結果は、こうだ。





俺は、スターリング・シルバーを、無くした。





美月からの、
大切な贈り物。

俺は迂闊にも、
その、スターリング・シルバーを、無くした。



「おつかれさまぁ」



おおおっ。



美月だった。
俺は、
美月の顔を見るなり、
慌てた。

「えっ。何かあったの?」
キョトンとした顔で、
美月は、ギターケースから、
テレキャスターを出して、
いつもの、特等席へ。



い、いや。
あぁ。今日のスープで使う、
バジルを切らせてしまって。



「あ。なら、私買って来るよ。」

あぁ、あ。いいんだ。買って来たんだ。



「ふううん。
 で、今日のスープは何?」
何も知らない、
美月の笑顔が、痛い。





俺は、この日。
スターリング・シルバーを無くしたことを、
美月に、言えずにいた。


話せる訳が無いだろう。





いや。
すぐに、話して、謝れば良かったんだ。
後悔先に立たず。
昔の人は、良いことを言う。

たぶん、昔に、
今の俺と、
同じことをした人が、
いたんだろう。

いや、俺だけか。





俺は、
その日から、
美月の前では、
煙草を吸わないでいた。


こういう時の、人間の行動は、
滑稽なものだ。


俺は、
すぐの定休日に、
上野のアメ横に、
行くことを決意する。

食材の買い出し?
まさか。
ジッポを買いに、だ。





俺は、
定休日を待った。
カレンダーの一日一日を見つめ、
定休日を待った。





そして、定休日。





雨の降る日だった。
最悪だ。



俺は、
急ぎ、JR総武線で、
上野御徒町駅を目指す。

電車に乗っている時間が、
こんなにも、長く感じる日は無かった。



上野御徒町駅に昼頃、到着すると、
アメ横に、一番近くの改札口を出て、
一路、アメ横へ。



さあ。
アメ横は、広い。
そして、ジッポを置いている店も、
大小、無数にある。

しかし目当ての、
スターリング・シルバーを扱う店は、
ある程度、目星を付けてあった。

メインの通りは、
手頃な価格のジッポしか、
置いてはいない。



俺は、
JRのガード下の、
洞窟のような、トンネルのような、
天井の低い、細長い、
ショッピングモールに、横道から入る。

このモールは、
メインの通りの喧騒とは違い、
いかにも、
知る人ぞ知る、
小さな店が軒を連ねる場所だ。



さあ。
喫煙具の店は。



俺は、
最短コースで、
目星を付けた店を、
一軒一軒あたることにした。


あ。いいですか?
えと、ジッポの、
スターリング・シルバーを、
探してるんですが。
製造年は…。


俺は、
丁寧に尋ねた。


9軒の喫煙具の店を訪ねた。
返って来る答えは、
すべて同じだった。


「いやあ。
 スターリング・シルバーはあるけど、
 その年代のジッポは無いなあ。」



俺は、思った。

俺は、スターリング・シルバーを、無くした。



そんな絶望的な中で、
ある店主が、一言つぶやいた。

「ああ。たぶん。
 あのお店なら、あるかもね。」





俺は、この店主が、神様に思えたよ。





アメ横は、
店同士の横のつながりが深い。
他の同業者であっても、
お客のために、
情報を教えてくれる。

商売人の鏡のような街。
それが、アメ横だ。



ありがとうございます。



俺は、
店主に、
深々と頭を下げると、
その店に、
足早に向かう。

まるでドラマの、
追う者と、
追われる者の、
ワンシーンのように、
俺は、
狭く低い通路を、
すり抜けるように、進んだ。

ああ。
この時の、
俺の役は、
心境的に、追われる者だ。



そして、
その店はあった。

しかし、
店の人は、
いなかった。



ごめんください。



俺は、
だれもいない店に、
声をかけてみる。


「あああ。
 いま、おばちゃん。いないよ。」


対面の店の店主が、
俺に声をかけた。



ええと。戻られますかね。



俺は、
丁寧に尋ねた。


「食事だろうから、
 30分ぐらいで、戻ると思うよ。」


あ。あぁ。わかりました。


もうこの店しか無いと、
決めていた俺は、
待たせてもらうことにした。



待っている間、
俺は、ショーウィンドウに陳列された、
ライターや、パイプや、
他の喫煙具を眺めた。

期待通り、
美月の贈ってくれた型のジッポが、
そこにあった。
そして、値段は。



高っ。



俺は、思わず声に出してしまった。

予想通り、
俺の生まれ年に、
製造された、ジッポとなれば、
ヴィンテージに分類される。

予想はしていたが、
しかし、高い。

この時、
美月の、プレゼントに感謝するのと、
同時に、
謝罪の気持ちで、
俺の心は、いっぱいだった。




もうヤメだ。

俺は、決めた。
美月に本当のことを言おう。




美月に、
隠し事をして、
そして、事もあろうか、
隠蔽をしようとした。

俺ってヤツは、
子供じみた事をする。

俺は、自分が、情けなかった。



俺は、
その喫煙具の店を、
後にしようとした。





その時、店主が食事から、戻って来たんだ。





「ああ。お客さん?
 ゴメンね。」
小太りの品の良い、
女性店主が、俺に声をかけた。


「何か、探し物?」
察しの良い店主が、俺に尋ねる。


あ。はい。
ジッポの、スターリング・シルバー。
あ。だけど、もう、いいんです。



「ん?スターリング・シルバー?
 この前、娘さんが、
 買っていったわね。」



え?



「うん。そう。
 ギターを持った娘さん。
 なんでも、
 彼氏に、プレゼントするんだって。」


俺は、
ただ黙って、
店主の話に集中した。


「でね。
 お客さんと同じ、
 スターリング・シルバーを、
 その娘さんも探してた。
 ええとね。製造年を指定してた。」


美月だ。
俺は確信した。


「でもね。その娘さんが言うのよ。

 高っ。ってね。

 でも欲しいって言って、
 30分ぐらい悩んだ末に、
 その娘さんが言うのよ。」


その時、
俺は、
その店の店主に勧められて、
椅子に座って、
店主の話を聞くことになっていた。
何故か、おせんべいを頂きながら。


「でね。
 この店のバイトをするから、
 これをくださいってね。
 そしたら、その娘さん、
 どうしたと思う?」

店主は、ニコニコしながら、
俺に話し続けた。

「お向かいさんの、
 お店の、売り物のフォーク・ギターを、
 おじさん借りるねって言って、
 大通りの方に行ったのよ。
 とめる暇もないぐらい。
 すっ飛んで行ったのね。」

店主は、
お茶も、どうぞ、と勧めてくれた。

「お向かいさんと、
 わたしは、
 その娘さんの後を追ってみると、
 ギターの音が聞こえるの。
 そして、その音の周りに、
 たくさんの人だかり。」


店主は、
クッキーも勧めたが、ご馳走さまでしたと、
俺は、丁重に断った。


「あの娘さんが、
 ギターを弾きながら、
 唄っているの。堂々とね。

 唄の間で、
 くわえ煙草をしちゃってね。カッコいいの。

 そして、曲が終わると、
 ウチのお店まで、
 歌を聴いてた人たちを、
 連れて来たのね。」


俺は、店主の話を、ただ黙って聞いた。


「お向かいさんと、
 ウチのお店は、
 今まで、見たこともないぐらいの、
 お客と人々で、大賑わい。

 最近じゃあ、煙草を吸う人が、
 減っちゃったから、
 月に数名のお客さんしか、
 見たこと無かったけど、
 あの日は、ビックリだったのよ。

 でね。その日の売上が、
 もう。ビックリ。

 あの娘さんが、
 欲しがっていた、ジッポなんて、
 1ダースで買えるぐらい。

 ううん。
 おつりが来るわね。

 うん。
 お盆と正月が一緒に来たって感じね。
 あと、クリスマスもかな。」


このあと、店主は、話の最後に付け加えた。


「でね。
 その日の終わりに、
 わたしは、娘さんに言ったのよ。
 欲しがっていたジッポを、
 あげるってね。
 そしたら、娘さんは、
 それは、もらえないって言うのよ。
 じゃあ、ってことで、
 わたしが、娘さんに言ったのね。

 百円。
 消費税込みってね。

 うん。
 娘さん喜んでた。
 ありがとうってね。
 ううん。
 こっちが、
 ありがとうって感じよね。
 また、会いたいなあ。
 あの娘さんに。

 うんそれから、
 その娘さんから、
 プレゼントを贈られる、
 彼氏は幸せねえ。」


俺は、
店を後にした。
もちろん、
スターリング・シルバーは、
購入しなかったが、
そのかわりに、
ジッポオイルと着火石を購入した。



俺は、
帰りの電車の中で、思った。
そんなに、貴重で、価値のある、
スターリング・シルバーを、
無くしてしまったのかと。



お金じゃあ、推し量れない価値。



美月は、
普段、
ギターケースを背負っていると、
ケースが大きく見えるのに、
いざ、
ギターを弾き始めると、
美月を、大きく感じるんだ。



推し量れない、本物だけが持つ存在感。





俺は、
このまま、
重い足取りで、
俺の店に向かった。


んっ?


店に誰かいる。
俺は、
勢い良く、
ドアを開け、店に入った。

美月がいた。
定休日だというのに、
グラスを磨いていた。

「あっ。おつかれさまあ。」
美月の笑顔。
えへへ。と微笑みながら、
美月は、暇だから、
グラスを磨いてたと、
俺に、ことわった。


俺は、
美月に、
真実を告げ、謝ろうとする。





なあ。美月。御免。





俺は、美月に、
深く頭を下げた。


「え?何なに?」
ビックリした美月は、
磨いていたグラスを置いて、
俺に、向かって来た。



実は。



と、俺は、
頭を上げて、
美月を見ると、
俺の目の前に、
美月の手の平があって、
その手の平の上に、
あのスターリング・シルバーの、
銀の輝きがあった。





え?





こういう時の、人間の行動は、
滑稽なものだ。

俺の頭の中は、
真っ白になった。
そして、
燃え尽きた感があった。



俺は、
このあと、
美月に、
事の顛末を話した。



スターリング・シルバーは、
冷蔵庫の上にあったようだ。



無くした物を、
探す時には、
見つからないものだ。

見失うとは、
つまり、そう言うことだ。





美月は、
大いに笑っていた。

「だってえ。ゴメン。
 ぷ。ブアッハッハ。」





俺は、
この時、
美月の器の大きさを知る。

俺は、
この背丈の小さな美月に、
到底及ばない。

あぁ。
そうさ。男なんてモンは、
いつまでも、子供みたいなモンさ。

そして、
そうさ。
女は、広くて深いのさ。





美月の笑う姿を見ていて、
俺は、
心から「大切な人」を、
見つけた思いがした。





あぁ。
そして、
この世の中で、
俺の中で、
最も貴重な物。

それが、
この最も高価な、
百円ライターなのさ。



探し物を見つけた、俺の居場所。





…レッド・アイですね。はい。卵の黄身は落としますか?