酔いどれぐっちの酒と映画と音楽と… -5ページ目

映画「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」

を観てきました。
 
実はこの映画は、2016年に口コミでヒットした「この世界の片隅に」に約30分の新たなシーンを加えた映画で、168分!という大長編になっています。
 
ストーリーは敗戦の10年程前から敗戦までの広島を舞台として、主人公「すず」の幼少期と広島から呉に嫁いでからの日常を描いたものです。
日常と言っても戦時中なので、爆弾が落ちて防空壕に避難したり配給の食糧が少なくなったりとなかなかヘヴィな日常ではありますが。
 
自分は「この世界の片隅に」公開時に観に行ってまして、さらに今回の映画を観る直前にケーブルテレビでも放送されていたので復習してから鑑賞に臨みました。
 
結論から言うと、約30分の追加シーンによって追加前と比べてかなりアダルトな雰囲気になっています。
結構生々しいシーンもあったりして、もし2016年公開当時にこの追加シーンがあったらロングランするほどのヒットになったかなと思います。
逆に言えば、2016年公開当時に大ヒット及び高い評価を受けたからこそ、今回の追加シーンを入れたバージョンが作れるようになったのでしょう。
 
ちなみにこの映画は原作となる漫画がありまして、追加シーンは原作のエピソードから削除したものらしいです。
ちょっと原作の漫画を読んでみたくなりました。
 
そもそも、「この世界の片隅に」という映画自体が「面白い」映画と言うよりは「良い」映画の部類に入ると思うので、観る人を選ぶ映画かなとは思います。
自分の場合は母親が広島出身で被爆者でもあるので、映画の内容に興味があって観に行ったと言うところです。
 
もし、この拙い日記を見て「観に行こう」と思われる方がいましたら、”必ず「この世界の片隅に」を先に見て下さい”
30分の追加シーンによって、映画の印象がかなり違ってきますので。

書籍「イノセント・マン:ビリー・ジョエル100時間インタヴューズ」

を読みました。
 
この本は2014年にアメリカで出版された書籍が、今年9月に日本で翻訳され発売されたものです。

自分は11月の頭には購入したんですが、何たって本の厚さが4センチもある代物なので、読むのに結構な時間が掛かってしまいました。
(「100時間インタヴューズ」と銘打っているくらいなので、それも当然か)
 
小6の時にビリー・ジョエルの「ザ・ナイロン・カーテン」を聴き始めてから約37年聴き続けて来て、それなりにビリー・ジョエルの事は知っているつもりでしたがこの本を読んで初めて知った事が多く驚愕しました。(って言うと大げさか)
 
まずはこの本の出版元であるプレジデント社の宣伝ネット記事で、何とビリー・ジョエルを「CM曲の帝王」と紹介しているトンデモない記事にて、ビリー・ジョエルがドイツ系のユダヤ人の血統であると書かれていた事に驚きました。
(昔スタローンに似ているなんて話もあって、すっかりイタリア系かと思ってました)
 
本書ではビリーの祖父の話から掘り下げていて、両親は下手をするとホロコーストの犠牲になっていたかも知れないと言う話まで出てきて、なかなか初めから読み応えがある感じです。
 
曲のエピソードよりは正にビリーの人生に起こった色々な出来事に付いて記されていて、本の中盤はビリーがマネージャーであった義弟にかなりの金額を使い込みされていた事に関する出来事とそれにまつわる泥沼の裁判劇にかなりのボリュームを割いています。
 
それとビリーの創作活動において奥さんの存在は重要であり、結果としては4回にわたる結婚歴を持つ事になるんですが、その時々の奥さんとの馴れそめや別れた原因なども書かれていて、正直「ここまで赤裸々に話すのか」と思うほどです。
 
特に2番目の奥さんだったクリスティー・ブリンクリーと結婚した時は、彼女がスーパーモデルだった事もあって、糟糠の妻を捨てて若い女に走る「ロック界あるある」かと当時は思っていましたが、この本を読むとそんな単純な話ではない事が分かります。
 
3人目の奥さんの時はビリー・ジョエル最後の来日時と重なっていまして、当時自分は恋人関係かと思っていて、その時の来日公演に行ったのですがアンコールを1曲しかやらず早々に終わってしまい、自分としては「早くコンサートを終わらせてまで彼女の元に行きたいのか」と穿った見方をしていましたが、それもどうやら違うらしい事も分かってきました。
 
現在の4人目の奥さんについては、この本が2014年までの話をまとめているのでこれから結婚すると言うところまでで、翌年2015年にビリーは66歳で結婚して68歳までに2人の子供を授かります
 
え~、ここで重要な話をすると、ビリー・ジョエルは1993年のアルバム「リヴァー・オブ・ドリームス」を最後にポップス系のスタジオアルバムを制作していないのですが、洋楽好きの人達と飲む時によく言うネタとして「68歳にして子供を作るのは良いけど、いい加減アルバムも作ってくれよ」と言うもので(笑)結構受けたりするんですが、この本を読むとビリーは創作活動においてかなりの苦悩を感じていたようで、正に魂を絞り出すようにして曲を作っていたらしく、かなり疲弊していたとの事で、もうこれからは軽々しくこのネタを使う気になれなくなってしました。
 
さすがにビリー・ジョエルが好きな人でない限りはちょっと勧められる本ではありませんが、逆に好きな人にはビリーの人生についてかなり詳しく知る事が出来る本ではあります。
 
読むのにちょっと気合いがいりますが、ビリー・ジョエルが好きな人は読んで損はないと思います。

映画「ターミネーター:ニューフェイト」

を観てきました。
 
予想していたよりは」面白い映画でした。
 
今回の映画はターミネーター2の正統な続編と言う事で、3作目以降は関与していなかったオリジナル監督のジェームズ・キャメロンが製作に当たったと言う事でも話題になっていましたが、個人的な感想は続編と言うよりは2の焼き直しに思えてしまいました。
 
あらすじなんですが、ターミネーターの1と2を合わせたような感じで、現代に生きるある女性が未来から来た殺人マシーンのターミネーターに命を狙われ、そのある女性を守るためにこれまた未来から来た強化兵士が1と2でサラ・コナーを演じたリンダ・ハミルトンと当然のように旧型ターミネーターを演じるアーノルド・シュワルツェネッガーとどうこうすると言うものです。
 
まあ、ターミネーターと言ったら「4」以外はほとんど似たような話で、ある人物を殺す為に未来からターミネーターが来て、同じくある人物を救うために未来から兵士(もしくはいい人?になったシュワ演じるターミネーター)が来ると言うパターンを繰り返しています。
それ故に今回のターミネーターは余計に焼き直し感を強く感じてしまいましたね。
 
あんまり内容に言及するとネタバレになってしまうので詳しい事は言えないんですが、話はよく出来ていると思う一方、シュワを出すために「それはちょっと無理があるんじゃないの?」と思うような設定もあって、「キャメロンもさすがにいいネタが出てこなかったんだなぁ」と思ってしまいました。
 
この映画の監督は積極的にシリーズ3以降は考えないようにしていたと言ってましたが、「5(新機動-ジェネシス)」でシュワの老け顔の理由として、旧型ターミネーターは人間と同じ生体組織で覆われているから歳を取ると人間と同様に老化する、という設定は使っているようでしたね。
(特に老け顔の理由の説明も無かったので、何だかんだ言って「5」は客が見ている前提なんでしょう)
 
ちなみにこの日記を書くにあたって、4年前に書いた「5(新起動-ジェネシス)」の日記を見返してみたら、すでに「う~ん、これはちょっと無ぇだろう」とか「それやっちゃダメだろう」とか書いていて、自分で笑ってしまいました。
 
今回のターミネーターはそれなりに観られるとは思いますが、もうターミネーターシリーズは終わりにした方が良いかなと自分は思いました。
まあ、DVDが出たら観てやって下さいと言うところでしょうか。