『しのゼミ』 -81ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

図書館で借りてきた『働くこと,生きること』を読んだ.


著者が取材した膨大なネタのなかから,「いい話」とか「心温まる話」とか「これだけは言いたい話」ってなものを集めて作ったような本である.「現場からの視点」で書かれているため説得力はある.

バブル後の閉塞感からなんとなく抜け出した感がある今の日本だが,内実は複雑に多様化した社会になっている.たとえば,「フリーター問題」や「終身雇用の崩壊」や「社畜化した社員」や「マイノリティー雇用」などが本書で取り上げられている.

話題の取り上げ方としてちょっと散漫(寄せ集め?)なところが気になるけれども,まぁエッセイ風に読んでいけば今の日本のがんばってる現場が見えてくる・・・・


しの的読後感:日本は多様化してもがんばってるネ

こんなヒトにお薦め:「なんのために働くんだろう?」っと疑問に思ってる若いヒト


働くこと、生きること/立石 泰則

¥1,365
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自分の生まれ故郷は,現住処から車で1時間ほどの距離にある山間の小さな町である.

この「車で1時間程度」の実家っていうのは,いろんな意味でちょうどいい距離である.

週末になってどこにも出かける予定がないと,よく子供たちを連れて出かけていく.

しかも向かう先には「なんでも言うことを聞いてくれる」おじいちゃん・おばあちゃんがいる.

万が一の宿泊も無料で,そんな時は朝夕二食付き.

今のところしの家の子供達にはもっとも人気のある行楽スポットである.



昨日は,今日からの天気の崩れに備えて車のタイヤを交換するために長女のちーちゃんと二人で実家に出かけていったのだが,祖父母はどこかに出かけておらず.

ちょっとさみしそうな長女は,しかたなく自転車を乗りまわし,しのはタイヤ交換をはじめたワケだが・・・・・.


ちょうど前輪タイヤを取り外した時だった.

屈んで冬用タイヤを持ち上げようとすると,

きやっ」と腰が軋んだ.

「いっ・・・痛~」

そのまま前に倒れて四つん這いになったまま・・・・・右や左や前や後ろのどの方向へも動けず・・・・・動こうとする五寸釘を打たれたような痛みが腰に走る・・・・・・

いわゆる魔女の一撃だ.

よっ,選りによってこんなタイミングでなんで・・・・・・

わが愛車は片方の前輪を外されて,ジャッキの上で右傾きの状態にある.

こんなタイミングで地震が起きたり大風が吹いたら,確実にジャッキは倒れてしまうだろう.

「お~い」と長女を呼んでも,楽しげに自転車上のヒトになって聞く耳を持たない.

わが両親はどこへ行ったのか行方知れず.

通り過ぎる近所の人達の目には,「なんと熱心にタイヤを点検するヒトだこと・・・・」としか映っていないかもしれない.



とにかく自力で立ち上がるしかない.

しかし,腰に負担がかかる動きをするとあの「きやっ」という痛みが邪魔をする.

どうすればいいのやら.

おそらく四つん這いのまま20分ばかり経っただろうか,

「お~お,ちーちゃん,来てたん」

待ちに待ったわが両親のご帰宅である.

しかしわが両親は四つん這いで苦しむ息子の傍を素通りして,ちーちゃんとともに「ケーキでも食べる?」などと言いながら家に入っていくではないか.

「お~い,ギックリ腰で・・・・うっ・・動けん・・・・」

情けない声を出す息子のただならぬ体勢に両親は,

「いったい・・・あんた何してんねん?」

とようやく気づいてくれた.



まったく図ったようなタイミングでこんなことが起こることがある.

そのあとは両親二人で,やれ「救急車呼べ~(・・・そっ,そんな大袈裟な・・・)」とか「近所の●○先生に電話せぇ~(・・・それは耳鼻科の先生!この場合は整形の先生でしょうがっ!)」とか「大学病院へ連れてったる(・・・・・恥ずかしいからそれだけはやめてくれ~)」とかひととおり騒ぎ立てて,助けられて立ち上がって姿勢よく腰をピーンと伸ばせばなんとか歩いたり座ったりできることがわかり.「な~んじゃ,動けるんかぁ?」と安心した両親は何事もなかったようにちーちゃんと家に入っていく.

「タイヤ」に関しては,このところツイテない.

先日も自転車のパンクを自分で直そうとして,空気を急に入れすぎてしまい,逆にチューブが裂けてダメにしてしまったし.

まぁ「餅は餅屋に任せろ」ということか?

いずれにしても,こんなに痛いとは・・・・・・・年齢を感じるなぁ.
「お疲れさん,かんぱ~い」

昨日は大学病院の仕事納めの日.

業務終了後に忘年会を行った.


ところで先日に突然発生した「ぽかミスYさん生検紛失事件」の顛末は・・・・・・

朝ミーティングで,「生検を,無くしました・・・・」っとコトの詳細を報告してくれた青ざめ顔のYさんに対して,今後に向けてのいろいろな反省材料と改善ポイントがみんなから挙げられた.

それから紛失を逃れたもうひとつの生検材料を,未だかつてない超高速にて標本とすることになった.

お昼頃にできあがった標本を顕微鏡で見てみたところ,立派なガンが見つかった.

まぁもう一つの検体は戻ってこないけれども,ガンさえ見つかれば治療担当の先生やひいては患者さんに迷惑をかけることはない.

「やったぁ~,ガンあったぞ,よかったなぁ」

「ありましたか・・・・本当にご迷惑をおかけました・・・・ありがとうございました」

こんなとっても不謹慎な会話があって,朝から青ざめ顔のYさんは途端に普段の元気を取り戻した(この場面って患者さんには見せられんなぁ).

まぁ相当堪えたようだし,大きな問題にならなくてヨカッタヨカッタ.

っということで,終わり良ければすべて良し.

「生検紛失」を肴におおいに盛り上がり,飲めや喰えやでみんなおなかパンパンになった宴会であった.

ちなみにハイピッチで盛り上がっていたYさんは飲み過ぎで撃沈し,再び青ざめた表情に逆戻り.

まぁ今日はしょうがないか.



今年を総括すると,自分の職場は「組織」として確実に前進した年であった.

これまでは「組織立上げ」に精一杯で,とりあえず「人並み」になること,「恥ずかしくない」程度になることに気持ちが向かっていたような気がする.

それがある程度「マシ」になったうえで,今年はここをがんばってやってみよう・・・というレベルに至れたように思える.

今年はとくに「教育」に力をいれた年だったなぁ.

病理を選択科としてくれた2年目の研修医の先生たちが5名ほどいた.

また,「病理」を志してくれた若手たちに「症例発表」の機会を与えることができた.

学生たちへの講義にもさらなる工夫を凝らすことができた.

来年もこれらの良いところは大いに伸ばしていきたい.



足りないところややり残したところもたくさんあった.

たとえば,「細胞診スクリーナー試験」に2年連続で玉砕したことなどがそうかなぁ.

これって,自分たちの「試験対策」がなっていないということが示されたんだと思う.

努力をしたことはみなが認めるけれども,試験は「結果」がすべて.

「結果」に結びつく「傾向分析とそれへの対策」の方向性がまちがってることは認めなきゃいけないだろう.



来年に向けての課題ははっきりしているので,皆がどのように考えて工夫してくれるか楽しみでもある.

夕方に市中病院での外勤から大学病院に戻ってくると,気のせいか病理の部屋がシーンとしていた.

不在中にあった電話や提出書類などについて報告してくる秘書さんは,特にいつもと変わらない.

自室のデスクに戻っても,珍しいものが置いてあるわけでなし,特に変わったことはない.

「さぁ,さっさと仕事を終わらしてーっと・・・・・」

そこへ,同僚のK先生が話しかけてきた.

「・・・しの先生,聞きました?」

「んにゃ,何にも聞いてない」

「Yさん,やっちゃったみたいですよ」

「何を?」

「急ぎの生検の検体,無くしちゃったみたいですよ」

な゛~に゛~



“生検”とは,がんなどを診断するために,患者さんの病変から細胞を少し頂いてくる行為を指す.

その細胞を病理に持ってくると,「病理技師」さんが細胞を蝋漬けにして薄く切って染色してくれる.

いわゆる「病理標本」と呼ばれるガラススライドをつくってくれるワケである.

それを病理医が顕微鏡でのぞいて「がん」か「がん」でないかを診断する・・・というふうに仕事が流れていく.

生検の検体は小さい.

診断をつけるために頂いてくる細胞なので,あまりたくさんは頂けない.

平均するとせいぜい2~3ミリ程度の大きさで,ちょうど「鼻くそ」程度である(変なたとえですいません).

この小さな検体を間違いなく病理標本にするのが「病理技師」さんの使命なのだが,非常に少ない確率で何らかのミスが起こってしまう.

今回は,若手技師のホープ・Yさんがすこし気を抜いた?のかどうかはわからないが,ケアレスミスによって2つあった小さな検体の1つを紛失してしまったというもの.

「人間だからミスが起こるのはしょうがない」わけだが,昨今の厳しい論調はそれでは許してくれず,それに対して二重三重の対策を立てていたかなどが厳しく問われるようになってきている.

ミスを限りなくゼロに近づけるために,自分たちの職場では毎朝全員ミーティングを開いて,起こった小さなミスを周知し教訓にしたり,無数の工夫や対策を凝らしたりして,ミス撲滅のための努力をけっこうしていると思う.

しかし,努力にもかかわらず起こるものは起こってしまう.

「ミスが起こるようじゃあ,努力になんてなっていない」というイジワルな声が聞こえてきそうである.

そもそもゼロになんて無理なんだよなぁ・・・・・・という無力感に陥ってしまう.



「Yさん,今どこにいる?」

「知りません.仕出かしたコトに耐えられなくなって,どっかで気を静めているのか,帰っちゃったのか・・・,おそらくGくんがそばにいると思いますけど・・・」

「Yさん,細胞診スクリーナーの試験もダメだったし・・・・・,なんて言うか・・・・・踏んだり蹴ったり?」

今朝がた,Yさんから細胞診スクリーナーの試験を受けた結果が不合格であったことを聞いたばかりである.

「・・・せっかく教えていただいた先生方の期待に応えられず・・・」と,かなり落ち込んでいた.

「まぁ,来年があるさ」っとは言ったものの,自分たちの教育システムが否定されたようでけっこうへこんでいた.

「とにかく明日の朝ミーティングで話があるとは思いますが・・・・・」

時間がかかるけれども,仕出かしたことは自分でしっかり受け止めて,反省するところは素直に反省し,それを挽回するためにするべきことを粛々黙々とする.

つらいけれどね・・・・・一人前なんだから・・・・・.



明日は上を向いて来てくれますように.
「おうぃ~すっ,しのいるか?」

「あっ,JO先生が訪ねてみえましたよ」と秘書さんが教えてくれる.

JO先生とは,自分の学生時代の同級生である.

現在は某外科にて助教の身.

ちょくちょく(暇つぶしに?)病理の部屋に訪ねてくるので,秘書さんも「声」だけでわかる程になっている.

「ちょっと話ええかぁ?」

「ちっ・・・,しょうがねえなぁ,なに?」

JOとは「腐れ縁」である.

ちょっとくせのある関西弁でまくしたてるのがクセで,はっきり言ってそんなに好きなタイプではない.

にもかかわらず,学生時代から遊ぶとなるとなぜか同じグループに入っていた.

そもそも自分は「ひとクセあるタイプ」とつるむ傾向にある.

学生時代には,入学当初「こいつだけは生意気で気に入らんなぁ」という第一印象を持った人たちと,結局は6年後に卒業旅行に出かけた経験を持つ.JOもそのうちの一人である.



今日のJOはいつもと違ってちょっと神妙である.

「あんなぁ・・・・オレ,別れたかもしれん」

「・・・・・それって,離婚ってこと?」

「まぁそんな感じや」

JOはいくつものすったもんだを繰り返して,見合いで知り合ったアーティスティックな女性と5年ほど前に晴れて結ばれた.

地方病院に転勤した時も,慣れない土地で一緒に苦労したことも聞いていた.

大学病院に戻ってきてからここ最近は,あまり家庭の話まで立ち入ってしていなかったが・・・,いきなりの通告である.

「うーん・・・・・・・・(なにも言ってやることができない)・・・・・

・・・・・・・・・・・・まぁ,飲みになら付き合うョ・・・・・」

なにがあったか知らないし,そんなこと話したくないだろう.

近くの友人にこんなことが起こると,やっぱいろいろ考えてしまう.

まぁ気持ち切り替えろ,JO!.