『しのゼミ』 -82ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

~その1「疾きこと風のごとし」~

8時半.

「おはようございまーす」のあいさつとともに「全員ミーティング」が始まる.しのの職場の毎朝の風景である.

そこへ,「プルルルル・・・・・・プルルルル・・・・・」と朝一番の電話である.朝っぱらからなんだろう・・・・・

「もしもし・・・・・・少しお待ちください・・・・・・・・・・・しの先生,外科のS先生から電話です・・・」っと,秘書さんの声がする.

はぁ~今日はなんかありそう・・・・・ いやな予感とともに変わった電話は,病理結果の「催促」であった.・・・・・今日はツイテいないかも・・・・・・・

「・・・・・・・ということで,可及的早めでお願いします」「はい,わかりました」

聞いた話だと,外科入院中の患者さんの状態があまりよくなく,とにかく早めに治療を始めたいとのこと.まっとうな理由だし,まぁ仕方あるまい,急がなきゃ・・・・・.

担当のG技師に,できるだけ急いでくれるように話しておく.病理診断は,染色された標本が出来上がらないことには始められない.染色標本を作るのは,「病理技師」さんの仕事である.しかしどれだけ急いでも今日中にはできない.「検体を蝋漬けにして薄く切って染色して・・・・」という作業は2日程度はかかってしまう.急いでも明後日くらいにはなってしまうかなぁ・・・・・


~その2「静かなること林のごとし」~

その「急ぎ」の患者さんの背景はどうなのかなぁ?早速カルテを調べてみる.しのの大学病院は「電子カルテ」なので,PC経由ですべての患者さんのカルテが瞬時に読める.まったく便利になったものだ.

そうすると・・・・・

カルテに,「病理結果をもとに方向性を検討・・・・」などと書いてあるのは許せるのだが,

病理結果が未着につき・・・・」とか,

病理待ち」とか,

でかでかと書いてある.

ちょっと待ってよ.これって,「病理」が悪いみたいじゃん・・・・

小心者には,その一字一句が「ボディーブロー」のように応えるなぁ・・・・

「静かに」傷つきながらも,G技師に「急いでもらって,明日の夕までに何とか標本ができないかなぁ」と相談してみた.


~その3「侵略すること火のごとし」~

「プルルルル・・・・・・・プルルルル・・・・・・」

少し経ってからかかった電話は,内科のT先生からであった.内容は朝一のS先生からの電話とほぼ同様である.チーム医療化しているため,同じ患者さんを複数の医師が担当することは珍しくない.治療を担当することになるT先生としては,早く治療を始めたいワケだが,そのためには病理結果が必要になる.

「・・・・・なんとか早めにお願いします・・・・・・」

真面目なT先生の必死さがひしひしと伝わってくる.こちらとしては「わかりました」としか返すべき言葉がない・・・・

「Gく~ん,ちょっと来て~・・・」

かわいそうに,呼ばれたG技師に「明日の昼までに仕上げること」というめちゃくちゃな業務命令がくだった.「そんな~ え゛~っ」という最大限の意志表示が空しく響いていた・・・・


~その4「動かざること山のごとし」~

「プルルルル・・・・・プルルルル・・・・・・」

「もしもし,しのですが・・・」

「お~,しの先生,オレオレ・・・・・・・」今度は外科のW先生から電話である.話題はやはり「急ぎ」の患者さんの件である.

ちなみにW先生はこわい.最善の医療のためには妥協を許すことを知らないタイプである.そのためには,相手が誰であろうと正論をぶつけて挑んでくる.まぁ,理由が純粋で「患者さんのため」なので,攻撃されてもそれほど気分は悪くはないのだが・・・・・.そんなはっきりした物言いのW先生を恐れるヒトは多い・・・

「・・・・・あっそう,このことでうちのSが朝に電話してたって?そんならまぁ何にも言わなくていいね.そこんとこ,ヨロシク」

まさに無言で「すぐやれ!」と言う命令である.

この電話のやりとりを見ていたG技師は,電話が終わるや否やつかつかとやってきて,

「しの先生,もうこれ以上早くはできません!」と先手を打ってきた・・・・・・・・(よくわかってるね,しのの性格を).


・・・・・・・今日の病理結果催促は,こんな感じで「風林火山」的に系統だっていて見事なものであった.それにしても,技師さん,かわいそ・・・.
本書は図書館にて借りてきた本である.「発信力」とは,ブロガーとしてはビギナーな自分にとっては魅力的なタイトルである.そのあとの「頭のいい人の・・・」という部分は正直あまり好きになれない.文中ではあえてこのようなタイトルをつけている旨説明があるが,素直に「発信力」だけの方がセンスがいいのでは・・・?


本書はどうも以前に読んだことがあるようだ.たぶん二度目だというのは,文中の「岡田准一の番組に云々」というくだりと,「監視カメラの例文」をうっすらと覚えていたから.裏返せば,本書での肝心なことではなく,こんな瑣末な事を特に覚えていたワケで,何を考えて読んでんだ!っと筆者に怒られそうである.まぁ本書での肝心要な部分は,血肉化して意識下深くにあったということでお許し願おうっと.

さて要旨は,「発信力」の必要な現在の背景から,「発信社会」を生きる心構え,そして「発信力」をつけるための小論文のすすめへと展開されている.

言われてみれば,学校における「作文」もっといえば「国語教育全般」って確かに問題多いなぁ.自分だったら,この分野で「発信」を真剣に教えなさいとなったならば,子どもたちの「考え方」や「文化・思想」的なものに踏み込まざるをえない気がして,ちょっと逃げ腰になるんじゃなかろうか?それこそ読書感想文の宿題を与えて,「発想力を豊かにして,なんでも好きなことを書きなさい」なーんて言ってそう・・・・・・・・.

「発信社会を生きる心構え」は,そもそも話題として取り上げるのをためらったり,はっきり言い切った意見を述べにくいと思うのだが,本書では逃げずにど真ん中ストレート!である.正面から個人的な考えが真面目に述べられている.いくつかは「んっ?」と思わないこともないが,概ね好感が持てる.

個人的には「ブログ=発信力」ということで,ブロガーとしてのモチベーションというか,倫理的基盤というか,そういうものを本書に求めたのだが・・・・・.結局は「自分で考えて発信せぇ」ということだなぁ.


しの的読後感:真面目に言い切ってあって・・・んー「さすが小論文のプロ」!

こんなヒトにおすすめ:迷えるまじめなブロガー


発信力―頭のいい人のサバイバル術 (文春新書 (556))/樋口 裕一

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本書は図書館で目に付いて借りてきた本である.


個人的には昔っから「ノートをとる」とか「メモする」とかいう行為が苦手だった.小中時代には,先生が板書されたことを漫然とノートに書き写すことしかしてなかったような気がする.

学生時代からは,講義などでご丁寧な板書をしてくれる先生が少なくなる.そうなると,聞くことに集中すると書き取れず,書こうとするとポイントを聞き洩らしたりする・・・・・.どうしたらいいのやら途方にくれた経験がある.

同級生には,講義で聞いたことを漏れなく書き取ることができる優秀なヒトが何人もいた.・・・・・いったいどうやってんだか?・・・・・.しのは早々と「メモとり」はあきらめて,彼らのノートのコピー頼みと決め込んだ・・・・・・・・.

このような背景があり,本書のようなタイトルを見るとついつい手を出してしまう.今から思えば「メモとりの極意」を誰彼となく聞いておけばよかったなぁ・・・・・.


本書は「メモ」を駆使することで,仕事の能率・効率アップができることを提唱するもの.仕事での指示を「メモ」化→報告を「ノート」化→質とスピードが二倍に,という要旨.

確かにピラミッド型の職場環境ではうまくいきそうである.しかし正直に言えばしのの職場環境には合わないかなぁ.

本書の言いたいことからはズレているからだろうが,しのの昔からの疑問である「メモのとり方の極意」にはあまり迫ってくれていない.それから,「メモ」の後応用の具体例へもう少し踏み込んで欲しかった.そこがちょっと残念!.


しの的読後感:医療現場ではあんまり使えんかなぁ・・・

こんなヒトにおすすめ:忙しさに押しつぶされそうな中間管理職


上司は「メモ」で仕事をすすめなさい―最強のチームをつくる高井流指示システム/高井 伸夫

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昨日は今年最後の研究会に出かけてきた.

今回の自分たちからの発表は大学院生に頼んだので気楽な参加である.

発表はまったく問題なく終わり,他の発表からもいろいろ勉強させてもらった.

さて,今年を振り返ってみると,研究発表に限って言えば,たとえれば階段を2-3段昇れたような気がする.

研究会で,みなを「おっ」と言わせるような発表を(2回だけだが)することができた,というのが今年一番の思い出だし収穫だなぁ.

「そんな発表あったっけ?」と自分を知るヒトからは言われそうだが,そんな瞬間を確かに経験した.

大学病院に配属したての頃は,研究会で発表しても「なんだそりゃ~,あれ誰?」という感じに思われていたことは,発表者である自分が最もよく分かっていた.

「それはまちがっとる!」と,発表内容を全面否定されたこともあった.

「なんでこんなつまんないことを発表すんの?」ってな雰囲気で,質問が全く出ないようなことも何度も経験した.

そんな事が重なると,気持ちが空回りしてしまいさすがに悩んでしまう・・・・・・・なにを発表していいのやら・・・・・・・・なんで発表なんかするのやら・・・・・・・・

そんな自信をほとんど失っていた頃,いつも厳しい意見をおっしゃる某先生からある懇親会で,「大事なのはこのまま続けることだよ」と一言ポツリと言われたことがあった.

(某先生は覚えておられないだろうが)本当にうれしかった.

こうなったら意地である.

逃げるのは絶対に嫌だ.

とにかく何が何でも発表し続けてやろう.

発表しないよりも発表して恥をかいた方がまし.

そう思って挑んだ今年のある研究会で,自分なりに一生懸命に考えて導き出した結論を勇気を持って言いきってみたことがあった.

そうしたところ,いつもは手厳しいその道の専門家の先生方が,自分が断じた結論に対して確かにリスペクトしてくれている・・・・・と肌身で感じた瞬間があった.

「・・・みんながある程度認めてくれた?・・・」.

当時は半信半疑だった.

次の研究会でもやはり同様のことを感じる瞬間があった.

成せば成った?・・・のかもしれん・・・・・」.

考えてみれば,こうなったらこっちのものだ.

勘違いでも大いに結構!

自分が「うまくできた!」と信じることができれば,勘違いでも「成ったも同然」である.

少しでも自信さえつけばあとは頑張っていける.



その後は,研究発表に関して若手たちにえらそうなウンチクをたれるようになってきた.

そもそもこのブログを書くこと自体もおそらくはその延長線上にある.

一年前には「ブログなんてやってる暇があったら・・・」って程度の認識だったのが,今やしこしこと真夜中にPCに向かう毎日になっている.

続けたことで少し成長したかなぁ・・・と今年を振り返ると共に,来年はさらに上のレベルを目指して頑張ろうと決意を新たにする次第である.

来年は「おっ」ではなくて,「えっ」とか「あっ」と言わせたい.

「まいど~,お届けものです・・・」

昔からおつきあいのある酒屋さんから,大きな箱が配達されてきた.

ずっしりと重い箱には,「○○外科」と書かれた「のし」が貼ってある.

「・・・・・これはなんだろ?ジュースかなぁ?」と,突然の届け物に秘書さんは満更でもなさそう.

自分の勤める大学病院では,盆と年の瀬にこのような光景を見かける.

いわゆる「お歳暮」「お中元」というやつである.

たとえば「缶ジュースひと箱」とか「コーヒーギフトはA●F」などが,「○○内科」から「△△外科」に贈り贈られる.

なんだそりゃ?と感じた諸兄もおられるであろう.

同じ大学病院の中で常日頃顔を突き合わせている隣の科から「暮れのご挨拶」が来るワケである.

企業や会社でたとえるならば,「営業部門」から「開発部門」に対してあるいは「総務」から「人事」に対して「お歳暮」のやりとりをして「来年もよろしく」ってな感じになるのかなぁ.

これって当たり前というか普通のことと思っていたのだが,社会通念上はちょっと“変な”ことかもしれんなぁ・・・・・と気づいたのはつい最近である(・・・・遅すぎるってか).



いわゆる「医局」というものは,独立性がけっこう強い.

医局の集合体としての大学病院を形容して,「中小企業の寄り集まり」と言うのはけっこう的を射ている.

それぞれの企業(医局)に社長(教授)がいて,それぞれが独立した人事権を持ち,会計(特に研究面)もある程度独立している.

そんな事情も理由なのかどうかは知らないが,とにかくこのお歳暮をやりとりする大学病院の流儀ってやっぱ変だよね(一般企業でもあるのかなぁ?).

昔に属していた医局では,A科から頂いたお歳暮の品の「のし」を貼り変えて,B科にお歳暮として送るという「掟破り」のご挨拶をしていた.

頂いた品の中から「これは使えそう・・・」と選別を行って,計画的且つてきぱきと「のし」を貼り替えていく秘書さん.

たまには「しまった,A科からもらったものをA科に贈っちゃった・・・」なーんてミスもあったりで.

でも最近は,こうしたお歳暮やお中元のやりとりを行う科がぐーんと少なくなってきたようだ.

まぁ「常識的」なやりとりに近付いてきたとみるべきか?