『しのゼミ』 -57ページ目

『しのゼミ』

日常で出会った「気付き・笑い・学び」を綴っています

先日のポリクリ(学生臨床実習)最中に,青ざめた顔の学生がいた。

何気なく「きのうは飲み過ぎたの?」ってチャチャを入れた。

すると「飲んでません!」と憮然とするその学生。

「じゃあどうしたの?」

「顕微鏡見てて,気持ち悪くなったんです」

学生の何十人に一人は訴えるこの「顕微鏡酔い」。

普段見慣れん顕微鏡を一生懸命に覗くあまり,「乗り物酔い」のような気持ち悪さや頭痛に襲われるのが原因と症状のようだ。



先日の病理実習でも,顕微鏡を覗けない学生がいた。

正確に言うと,顕微鏡を両眼で覗かずに(片眼を瞑って)もう片一方の眼だけでのぞいている。

そんな「片眼検鏡」する学生が,気づいただけで少なくとも3人はいた。

100人弱の学生で3人ってそんなに多くはないんだが,最近少しづつ増えているような気もする。

以前に「片眼」学生に,なぜ片眼で見るのかと聞いたことがある。

「両目で覗いた方が,よく見えるよ」

「はぁ~,でもこの方(=片眼)が見やすいんで・・・・・」

「そうかそうか(まぁ好きにせえ)」

だいたいこんな問答に終始し,結局その理由は聞き出せずじまい。

けれども,この「片眼」学生も大きく見れば「顕微鏡酔い」が原因なのかもしれん。

つまり,顕微鏡覗いて→どうも気持ち悪い→片眼ならまだまし・・・ってな感じか?



なんで「顕微鏡酔い」になるのか?

それははっきりとは分かっていないが,結局は「3D酔い」と似た機序でおこると思われる。

「3D酔い」とは,「乗り物酔い」と似たような機序で起こると考えられている。

簡単に言えば,視覚や内耳にインプットされる情報が混乱→大脳辺縁系が反応して→気持ち悪いとなる仮説(ウィキペディアなどより)。

この「感覚の混乱」を引き起こす情報元が,顕微鏡を覗いた時の視野(=画像)なんだろう。

普段見たこともないような病理の画像が,次から次へと上から下へあるいは右から左へと動いていき,時には急に拡大されて見えてくる・・・・・

そんな画像情報が,大脳辺縁系で「不快」と判断されるのは想像に難くない。



先日に病理部研修に来てくれた研修医Sさんも,似たようなことを言っていた。

「シノ先生,実はアタシ,顕微鏡を見てると気持ち悪くなるんです」

「おまえなぁ・・・・・そんならなんで病理部研修を選択したんや?」

「友人からいいよ(=楽だよ?)って薦められたもんで」

「そもそも,なんで気持ち悪くなるんや?」

「わかりません・・・・・長時間見てると,オエ~っていうか全然分からんわ~っていうかもう勘弁っていうか,そんな気分になります」

「長時間って・・・・・そんなに根気よく検鏡してた様には見えんけど。長続きして15分くらいじゃなかったっけ?」

「先生の見てないところでもっとやってましたって・・・20分くらいは」

「なんか原因として思いつくことってある?」

「う~ん,そう言えば・・・・・学生時代に,病理実習のスケッチ評価でシノ先生にC(=最低の評価)をつけられたので,それがトラウマになってるのかも」

「オイオイ(オレのせいかよ)」

多分,Sさんの場合はナマケ病だと思うけど・・・・・
「己を喪えば斯に人を喪う。人を喪えば斯に物を喪う。」

『己を失う(自信がなくなる)と,友人(社会の人々)を失う(信用をなくしてしまう)。人を失うとなにもなくなってしまう。』

(「言志四録」佐藤一斎著/川上正光訳 講談社学術文庫)






<しの訳>

自信を持った生活態度でいると,

ヒトが周りに集うようになり,

そうなるといろんなメリットが生じる。

いつもそんないい循環の中で過ごしていきたいものだ。

しかし,

自分のような凡人には自信なんてあってないようなもの。

あっちでえらいヒトの話を聞いてグラグラっとなり,

こっちで失敗をしでかしてフラフラっとなる,

そんなことの繰り返し。



確たる「自信」を持つ第一歩として,

まずは等身大の自分を認めてあげたい。

ある一面でズボラだけど,

ある一面ではがんばる自分。

いつもはだらしないけど,

この場面ではオレに任せっていう自分。

このままじゃアカンけど,

このままでもまぁええやんっていう自分。

無理して背伸びをしたり,

ワザと小さく見せたりする自分。



矛盾を含む多義なる存在イコール自分。
病院の医療安全講習会にて。

医療現場でよく使われる標語として,「5つのR」の紹介があった。

「5つのR」とは誤薬投与を防ぐための注意点であり,「正しい患者right patient」「正しい薬剤名right drug」「正しい量right dose」「正しい投与経路right route」「正しい時間right time」なんだそうだ。

大事なことなんで,今一度しっかりと認識してくださいって。

まぁ病理は患者さんの薬物治療に関与することはないので,ある意味,部外者なんだけども・・・・・。

しかしこれって,ネーミングの「質」としてあんまり上手くないと思うんだけどなぁ。



まず,「5つのR」って言われても,注意点が5つあるのはわかるが,肝心の中身が分かりにくい。

「え~っと,5つのRってなんだっけ・・・患者と薬剤名と・・・あと忘れた」となりかねん気がする。

たとえば阪神の勝利の方程式=JFKなのを,勝利の方程式=「3人のR」って言うようなもんか?

肝心のその3人の選手が分かりにくい感じになる。

あれ?Rってなんやねん?と思ってしまう。

「Right set-upper」と「Right closer」と・・・え~っとあと一つは・・・

あっそや,「Right reliever」やんけ・・・と思い出すのに一苦労。

それに「3人のR」っちゅうことは,抑えはとりあえず3人でね・・・ってことで,極論すれば誰がやってもええことになりはせぬか?

JFKのうち誰かが故障なり移籍したと仮定して,トレードでたとえばクルーンを取ってきたとしたら,「3人のR」ならそのまま使えてええかもしれん。

でもそれじゃあマズイんである。

JFKは唯一無二のもので,誰が欠けても成り立たない。

・・・JFK論で熱くなるのはもうやめて,話を元に戻すと,

要はネーミングをバカにするなかれ,

JFK的な中身重視の標語にすべきではないか?っと思ってしまう。



差し当たっては,患者・薬・量・経路・時間の5つの言葉(の一部)を使って標語を作ってみよう。

たとえば患者・薬・量・経路・時間の頭一文字ずつを取ってきて「か・や・り・け・じ」。

これを元に組み合わせの妙を楽しんでみると・・・・・


まず,

候補その1)薬剤投与の「やけかじり」

→ 「かじり」という流行ワードを巧みに含むも,自棄をおこして薬をボリボリかじり飲んでしまう悪いイメージ先行か?


候補その2)薬剤投与の「けじゃりか」

→ 「毛ジャリ」からは剛毛な無精髭を想起させるが,語の響きがなんとなくロシアン風味をそそるし,忘れにくいのもポイントか?


候補その3)薬剤投与の「かりじゃけ(ん)」

→ 広島なまりがなかなかいいが,「このクスリは仮(かり)じゃけん,本物は後ほどに」という誤解を与える可能性があるか?


その他,「カケリンジャー」「じゃんけんリカ」などはボツ。

っということで,しのゼミ的には「薬剤投与のけじゃりか」に決定!

・・・・・そんなふうに考えてたら,首尾よく講習会は終了した。
いっ君(長男小6)を最寄駅に送る途中で。

電車に乗って出かけるいっ君だが,忘れ物は大丈夫だろうか?

近頃のいっ君はだらしなさが目立つ上に,準備や整理整頓をしない。

親の悪いところは全て受け継ぐのが,不思議なDNAの魔術である。

「・・・そう言えばいっ君,お金は余分に持った?」

「持ってない」

「電車の回数券を落としたらどうするんや?」

「携帯で電話するわ」

「・・・あのなぁ・・・」



なんでもかんでも親任せ。

自分の忘れものも親のせいだし,自分の落し物も親のせいにしかねんなぁ。

ここは一言ガツーンって言ってやらねば。

「一切れのパンって知っとるか?」と父。

「聞いたことない」

「昔の第二次世界大戦の時に,ナチスに捕まったヒトが脱走したんやけども・・・・・ナチスはわかるな?」

「ナチスはわかるけど,一切れのパンは知らん」

・・・っということで,あの有名な一切れのパンのあらすじを説明してやる。

脱走したヒトが空腹で死にそうな思いをするが,とあるヒトが手渡してくれた「一切れのパン」を持っているということが,精神的な最後の拠り所になって,なんとか逃げおおせた・・・というあの話。

結局,蓋を開けてみたら木屑かなにかが入っていて,パンじゃなかったという所まで話し終えて・・・



「・・・どうや,ええ話やろ?」

「ふ~ん」

「何で一切れのパンが大事なんか分かるな」

「わからん」

「・・・じゃあ,何でパンが無かったんか分かるか?」

「それは・・・・・落としたんやろ」

「全然違う」

「腐って溶けて無くなったとか・・・」

「アホ,匂いで分かるわ」

「じゃあ,前に食べてしまったのを忘れてたとか・・・」

「・・・あのなぁ・・・」

なんでその意味まで説明してやらなきゃアカンのや・・・・・とふと思う。



「簡単に言うと,余分にお金とか持っていくと,安心できるんや・・・ちゅうことや」と父。

「ふ~ん」

「わかったか」

「まぁ分かったけど・・・・・じゃあ一切れのパンの話のように,空っぽの財布を持って行く?ちゅうこと?」

うっ・・・・・

しっ・・・しまった!

「つべこべ言うな!」と誤魔化すも,例題の引用ミスで一本取られた。
ブログネタ:犬と猫、どっちが好き? 参加中


「・・・っで,犬と猫とどっちが好きですか?」

突然ふられた質問だった。

医学部受験の二次試験面接会場。

ピーンと張り詰めた雰囲気の中,面接官3名ほどに対峙する緊張した受験者の自分。

よくある質問が一通りあって,病んだ人のためにがんばりますっちゅうありきたりの答えがこれまた一通り。

さぁ終わりかな?と思った頃合いだった。


想定外のこの質問に,ちょっと動揺して焦る。

「ハイ・・・・・そうですね・・・・・」

この質問って,医師の適性を探るようなものなんだろうか?

そうだとすると・・・・・

犬ならば(飼っているのでわかるが),常にジャレついてきてかわいいが,そのぶん手が掛かる。

猫は(よく知らないが),愛想なくって言うこと聞かん代わりに,なんだか手が掛からなさそうだ。

医師たるもの,患者さん相手の究極のサービス業とも言える。

自分の都合が先に立つのではなく,相手に合わせていく根気や柔軟性が必要であろう。

そうなると犬のような手が掛かる動物好きな方が,医療職には適性と言えるのではなかろうか?



スーパー超ウルトラ高速ででっち上げた「犬好き=医師向き理論」。

でっち上げまで2~3秒ほどだったので,今思えば辻褄が合っていないが・・・・・

「私は,犬が好きです。その理由・・・」

「わかりました。面接はこれで終わりです。」

「あっ・・・・・ハイ。ありがとうございました。」

理論発表の機会は時間切れで与えられず,なんか不完全燃焼に終わった面接。

そして,幸運にも晴れて合格と相成った。



それにしても,気になる「犬猫」面接。

いったいどんな意味があって,どんな適性がわかるんだろう?

その種明かしを聞く機会は意外に早く訪れた。

この質問を発した面接官の先生は,解剖のとある先生。

うっすらと顔を覚えていたこともあって,解剖実習の合間の世間話のついでに思い切って聞いてみた。

「私の受験面接の面接官は,先生だったんです。」

「へえ~,そう。」

面接官2~3名が一組みになって,大体数十人の受験生と面接をするので,先生が覚えていないのもむしろ当り前か。

でも,面接での質問事項なら覚えているかも・・・・・。

「面接の時に,先生に犬が好きか猫が好きかと聞かれましたが,あれってどういう意味があるんですか?」

「あ~,あれね・・・・・時間余ったから,時間つぶしっていうか・・・・・よくするよ,その質問。」

ナルホド・・・・・

かれこれ20年以上も前の話。