カレーを食べるにしてもいろいろな食べ方がある。スプーンで食べるのもひとつだし、フォークで食べたって良いし、箸で食べてもいいだろう。それでもインドでカレーを食べるにあたっては、なんとなく素手で食べてみようかなんて思う。そして実際に素手でカレーをぐちゃっと握り、食べてみる。こういうものなのだなと思いながら、そして、この食べ方もあながち良いななどと思いながら。そんなことを思っているやさかに、一人のインド人が、まるで満腹になって今にも寝転んでしまいそうなロバのような顔をして「スプーンで食べればいいじゃん」と言ってきたら、手についたカレーをきっちりと拭き取り、手にスプーンを握り、「な・・・ナマステ」と苦笑するに違いない。海外に行くとはそういうことである。

8月17日の朝9時(日本時間)に出発し、8月17日朝9時にシカゴ空港に着く(シカゴ時間)、といったそんな不可解なことにいちいち臆してはいられない。今、こうして早朝の日差しを浴びながら、「僕が36時間前にいたあの国は8月18日の夜10頃なのだな」と思いながら、パソコンのキーボードに手を合わす。

シカゴ行き日本航空の機内では人生で初めて機内食を味わった。何を隠そう僕は海外に行くのが今回で初めてであるし、基本的には新千歳—羽田間以上の長期フライトは経験したことがない。
乗って3時間ほどしたところお昼ご飯が配られた。ハンバーグとカレーとゆで卵とサラダと果物が入っていた。あまり期待はしてなかったけれど、これはこれでとてもおいしかった。しっかりあったかい。それだけで十分である。
座席にモニター(タッチパネル!)がついているので、映画やゲームや音楽が楽しめる。僕は映画を三本みて、麻雀ゲームで二回のチョンボとカジノゲームで12回の破産を起こした。最後にはあんなにやわらかいスポンジで包まれているヘッドホンでさえ耳に堪え、ひりひりと痛くなった。僕は2回トイレに行き、数えきれないほど肩と首を回した。5回ほど寝ようと試みたが僕のもとに眠気が訪れる気配はさらさらなかった。今思い出してもうんざりするほど長いフライトであった。
途中に機内が消灯し、それが六時間近く続く。そしてまるで忘れ物を思い出しかのように急にライトが付き、キャビンアテンダントが「おはようございます」と声をかけながら、僕たちにアツシボを配り歩く。その30分後には朝食を渡された。日本時間の夜9時頃の話である。いったいこの人たちは、どうしてこんな真顔でそんなおかしなことを言ってのけれるのだろう、と僕は半ば腹が立っていた。睡眠時間の不足がたたっているのだ。つまり、思い出せばあのハンバーグとカレーは夕食だったことになる。この機内の時制は一歩足を踏み入れた瞬間からシカゴ時間だったのだ。

時空が歪んでいる。

シカゴ空港からさらにクリーブランド空港に乗り継ぎ、そこから30分近くバスで移動して、ようやく目的地の留学先の大学に到着する。途中で中華料理店に寄り、初めてのアメリカの食事を味わう。ひとつひとつ料理を手に取るたびに、まるで格闘対戦ゲームをするときのように「ニューチャレンジャー、春巻き」といったアナウンスが流れる気分である。それも「春巻き」であるにも関わらず、画面に映っているのは、おそろしくガタイの良い黒人レスラーなのであるから勘弁してほしい。とにかくひとつひとつの料理が重い。ヘビー級である。そうこうして僕は15人ほどのレスラーを撃破し、最後に待ち構えていた、ロブスターなのかザリガニなのかまるで区別のつかないものを目にしたところで丁度箸を置いた。

その後、大型ホームセンターで寝具等を買い込み、いよいよ自分のアパートに到着である。東京で一人暮らししていた部屋よりは少し大きいので多少のテンションはあがるものの、一番恐ろしかったことは、玄関灯とトイレ以外にライトが無かったことである。伝わるだろうか。正直なところ、僕自身にも伝わっていない。それほどいまだに理解ができない状況である。つまりリビングというか(ワンルームなのだけれど)、一番大事なくつろぎのスペースである場所の天井には天井しか無かったのである。暗闇の中手探りでスイッチを探しまわるも一向に引っかかるものは無く、何度もひもを引っ張るような仕草をしてもこれもまた一向に手にかかるものは無かった。あのときの僕の動作はアメリカ史に名を刻むほどに間抜けなものだったと思う。
今でこそ、窓からの日差しで生活できているが、まさかライトが無いなんてことは想像していなかったので、なるべく早い内に卓上灯くらいの物で良いから用意したく思ったところだ。

今日の予定はオリエンテーションだけなのだが、昨夜の僕は暗闇の中でまったく方向付けできていなかったことを思い出すと、しっかり話を聞こうと思える。

ああ、眠い。

「A=Bだ!」と詰め寄るも、「じゃあなぜBなんだ?」と返されると言葉に詰まる人が多いような気がする。

僕自体も車内で携帯電話を使ってはいけない理由をなんども学校で考えさせられた。

法律以外に、社会的に人の行動をしばるものには大きく分けて伝統と風潮、この二つがある。

それらに言いくるめられるかのようにして、まるであたかも「A=B」だと決まり切った公式だと思い込んで、なぜそうなのか?という思考がおざなりになってしまう。

そうなったときに、「なぜBだといえるのだ」と問われると、せいぜい「皆もそうだからだ」と返すのでいっぱいであろう。思考が無いからである。

つまり、「途中式」が無いのだ。

数学ではたとえ、答えがあっていようと、途中式が無ければハネられる。つまり数学とは答えそのものよりも、途中式、思考プロセスに重きを置いているのである。

だけれど、残念ながら途中式の無い答えを(しかもかなり断定的に)持っている人が多いようにみえる。

僕は塾講師のバイトで、生徒たちに、特にまとまった考えのないまま、「五教科の中で1番実用的なのは英語だよ」などと言ったことがあるが、果たして。
ぼくたちはもう一度数学を学び直す必要があるのかもしれないね。


(最近ハマってる、『鈴木先生』を読んで。)


iPhoneからの投稿
雑記。

毎度恒例のレポート書くのつまらないから息抜きにブログ書こうのコーナー。今回はWritingについて書こうと思う。丁度先ほどレポートを提出してきたところだ。僕にはまだ何本ものレポートが残っていることは言うまでもないが。
前回の記事の締めに僕はこういう文章を書いた。
「さてさて、レポート、書きますか。
なんかめっちゃ病んでる記事やん!でもなんか書いてて楽しかった記事ですね。
ありがたいことにレポート書くのは得意な方なので、なんとか乗り切ってみたいと思います。」


誠もって、これは大ウソである。
どうしたものか、僕は昨日ひとつのレポートを作成するのに、約10時間を費やしたのだ。いつも通りにファミレスでレポート作成していたときのことだ。睡眠不足も甚だしく、コーヒーによる覚醒も限界に近づいた頃、「やべえ!!毛剃ってねえわ!!!ギャハハハハハ!!!」という幻聴が聞こえだした。マリアの声だ。僕はもうすぐ天に召すのだ。意識を取り戻して隣をみると、まるで『闇金ウシジマくん』のスターティングメンバーとして4番レフトを張っているかのようなギャルたちがいて、江頭2:50をリスペクトするかのごとく、脇を頭上に振りかざし、彼女の連れに自分の脇の状態を爆笑しながら見せていたところだった。

僕は「やれやれ」と言いながら、彼女たちのもとに近づき、「完璧な剃毛などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね」とか言いながら、マティーニを頼み、そのまま彼女をホテルに連れ込んだ、というのは全くのウソで、実際のところは、目の前にある難攻不落のレポート課題を終わらせることに必死だったのである。

ところで、この難攻不落のレポート課題というものだが、英語で1000wordsという条件がついている。日本語ではなく、英語でレポートを書くという課題だったのだ。これに僕はすこぶる苦労してしまった。
正直なところ、僕は日本語であるならば、何万字の課題を出されようとひょろひょろと書ききってしまえる自信がある。不思議な物で僕は基本的に、書き物は、書き始めたときに頭の中にはほとんど何もない状態から始まって、書いていく内に段々と方針が定まっていくパターンで、意外とそれがうまく収まってしまうのである。このブログなんか全てそんなテンションで書いている。どうしても主張したいことは僕は決して、「脇を見せるギャルの話」が書きたかったわけではないのだ。
日本語における、独特の慣れた言い回しを使っていると、とても良いリズムが生まれて、結構うまい具合に文章が続いていく、そんな感じである。「結局のところ」とか「まるで~のように」とか、そういう実際にはそれほど意味の無い言い回しを挟むと、それが意外な効果を生んでいるような気がする。
もちろんこれは日本語における話であり、言語が変わるとこれはまったく恐ろしいことになってしまう。
単純に単語を知らないというのがまず、とても大きな要因となっていること。
そして、僕は英語でリズムをとることがまるでできないということ。

リズムをとるというのはかなり抽象的な表現に思えるかもしれないが、なんとなくわかってくれると思う。僕たちは母国語では、会話を構成しているもののほとんどは、意味の無い言葉遣いだったりする。主張だけで会話を済ませてしまってはなんと味気ないことだろうか。その主張を、外側からくるむように色づけるのが、まさにその言葉であり、その人の文体なのだろう。

ところが、英語になると、日本語でできていたことがまったくできない。英語で1000wordsなんて実際のところ、全然たいしたことないはずなのだ。それでも約十時間もかかってしまったっていうのは、これはやはり、英語におけるリズム感がまったく備わっていないということに違いない。

これはまさしく、現段階における僕の課題である。発信の能力がほとんど備わっていない。音痴ではあっても、少なくともリズムくらいにはのれるようになりたいものである。

というわけで、とりあえず毎回こんな感じでブログを書き始め、もういっかな~っていうところでいつも締める。見直してみると、まあ、それなりの文章が書けている。やはり母国語は強い。楽しい。英語でも、こんな感じに書けるようになりたいなあ、と思う。そうすれば、僕は「脇を見せるギャルの話」を喜んで書くに違いない。

この時期になると、どうしても自由を欲してしまう。
『単位』だとか、『レポート』、『締め切り』、『人間関係』、『金』だとか、そういった名前がついたチューブのようなものに、僕の身体がまとわりつかれている気分だ。季節柄、いまだに雲は晴れないし、僕の気持ちにまで厚く覆い被さっているような感じなのかもしれない。

大学生活は自由で楽しいとかいうのはまったくの嘘で、この時期は本当にしんどいのひと言である。大学の試験まで二週間ばかり。軽い気持ちで欠席した1コマ、1コマがボディブローのように効いてくるのも丁度今頃のことだ。
いつぞやか、前の週休んでしまったがために、次週の授業が全くもって理解できなかったことがあり、なんだか教授がまるでヘブライ語講座でも開いているようにまで思える。それに加え、最前列に座る連中が、まったく理解できないタイミングでノートにメモを取り出し、僕も慌ててペンを手に取ってみるが、いやはや何を書くべきか、とりあえず白紙のノートに「?」と書いてみた次第である。きっと彼らもヘブライ語を喋るに違いない、だとか、もしくは教授が急におかしな周波数を出したに違いないのだ。まるでモスキート音のような。
それでも、ヘブライ語講座をひたすら聞き続けるというのもなかなか酷ではあるが、我慢できないことでもない。だけどそのときは、何とも運が悪いというべきか、教授が僕を指して、何やら僕に答えさせようとするわけだ(ヘブライ語だったが、多分そういう感じにみえた)。当然ながら何も答えることができず、その場はなんとか笑顔でやり過ごしてみたものの、すぐさま能面のような表情で授業を受けていた。最前列は相変わらず、よくわからないタイミングでノートを書いていたが、もう僕はそれにつられてペンを持つことはしなかった。

毎学期こんな感じの繰り返しである。
確かに中にはめちゃくちゃハマる授業もあり、授業を受けることが、その週の楽しみにさえなったりもする。だけれど120単位以上を取らなければならない身分では、120単位全てがそのような楽しい授業で埋めれるはずもなく、まったく記憶に残らない授業もあれば、ほとんど出席をせずして得た単位もあったりする。そんなことでいいのだろうか、とたまには思うのだけれど、大学というこの不思議な環境は、「そんな悩みは綺麗ごとさ」などと一蹴してしまう。「結局お前だって単位さえとれればそれでいいんだろう?」

「違うんだ」と僕はいう。
「いや、違うわけないね」と彼はいう。「周りをみてごらんよ。みんなそう思ってる。単位さえとれればいいってね」
「僕はそんな気持ちで大学に入ったんじゃない」
「それも皆同じさ。皆なにかしらの志をもって入学する。だけれど甘えちまうんだよ、環境ってやつにね。つまりね、自由はときに毒となるんだ」と彼はいう。
「毒?」
「そうだよ。じわじわと効いてくるんだ。それにね、もう既に毒に冒された連中は危険だよ。毒は伝染するんだ」
「他人のせいにしたくないな」
「自分だよ」と彼はいう。「自分にしか特効薬は作れない」
「ねえ」と彼は続けた。「君はもうすぐ留学に行くんだってね」
「うん」と僕はいう。「たくさん英語を勉強して、たくさん本を読みたいと思ってるよ」
「果たしてうまくいくかな。今よりも、もっと自由なんだぜ。自分を律することができるのかい? 今でできなきゃ、これからもきっと出来ないよ」
そういって彼は消えていった。

自分の身体に絡みついた何本ものチューブを自転車をこぐようにして、ブチッブチッ、と引きちぎりたい気分である。「うおおおおおおお」とか言いながら。最後の一本がちぎれたときには、自転車は恐ろしいくらいにスピードが出て、まさに空を飛んでくような開放感に溢れるかもしれない。
だけれど結局それは「逃げ」であり、「幻想」であり、「現実」は身体に絡みついたチューブを丁寧に、辛抱強く、汗水たらしながら、ゆっくりと紐解かなくてはならないのであった。

さてさて、レポート、書きますか。
なんかめっちゃ病んでる記事やん!でもなんか書いてて楽しかった記事ですね。
ありがたいことにレポート書くのは得意な方なので、なんとか乗り切ってみたいと思います。
日本も捨てたもんじゃないのである。とても良い国だ。
僕はこの国で何度も貴重なものを落とし、失くしてきたが、そのほとんどのケースにおいて、それらは僕の手元に返ってきた。なんて良い国なんだろうか。

先ほど、昨夜ブックオフで購入した本四冊が手元に戻ってきた。
バイト帰りにブックオフに寄って本を買った後に、UFJのATMに寄って、家に帰ったあとに本が無いことに気づいた。「あー、UFJに本忘れてきた」とんでもないボケボケである。
きっと僕はあのとき極限に疲れていて、ATMにおいて「お手数ですが、最初からやり直してください」のアナウンスを何度も流した気がする。(あれって並んでるときにやられるとイラってしちゃうよね)。
それにしても、さすがに買った直後の本を忘れてくるだろうか?そんな人間がいたらぜひ合ってみたいものである。僕である。
気づいたときにはもう三時間以上経過していた頃だったし、ATMはもうしまっている時間だった。たった1700円ほどではあったが、結局のところそれならば、1700円そのまま落とした方がましである。なぜならば、僕はその四冊に込めた期待も同時に落としているからだ。
本屋では結構長居する僕。本選びが単純に好きなのだ。タイトルを見るのだけでも十分に楽しめる。特にインチキくさい自己啓発本のタイトルとか、新書のタイトルは結構面白いものが多い。それでも、そのインチキをかきわけて、「これだ!」といった本を手に取ったときの期待感というものはなかなかのものがある。小説ならば、カフェとかでゆっくりおしゃれに読んでみようかな、みたいな想像も膨らむし、自己啓発系ならば、自分がこの本をきっかけに何かを変えたい期待が膨らむ。
昨日僕が購入したその四冊はまさにそういったものだったのだ。
金額は1700円だが、僕の思いはそれ以上のもので、単純に1700円無くす以上の落胆が僕にはあった。

しかしながら、それらの本は確実に盗まれてると踏んでダメ元でさきほどATMに寄ってみたら、なんともあっけなく、僕の本はそのままATMに置いてあったままだった。まさかの宵越しである。

この国はなんて素晴らしい国なのだろうか、と思った。
この国にジャイアニズムは存在しないのだ。



僕は最近、パスポートを無くしたのだ。留学直前にも関わらず。
だけど、それもあっけなく翌日に手元に帰ってきた。

これはまた、遠い遥か昔の話だが、スロット店において携帯電話を失くしたこともある。さすがにこれは確実に終わったと思った。なんといったって、あそこは日本のスラム街である。とんでもない場所である。「あーこれはもうすでに、携帯内のクレジット使いまくられ、電話かけられまくられ、大変だ」。ただでさえ負けていた日だったので、気分は最悪である。

だけれど、あっけなく受付に届けられていた。スロット店にもまともな人間はいるのだ。前言撤回。

どうしてこの国はこんなにあったかいのだろう。モラルに溢れているのだろう。
「他人のものは他人のもの」
一見、当たり前のことではあるが、当たり前のことを当たり前にこなすこの国はとても素晴らしいと思う。僕は日本が大好きだ。

海外留学したことのある友達からの話によると、向こうでは、落とし物があったら、「ラッキー」ぐらいの感覚で平気で盗んでしまうことが多いらしい。だから、向こうでものを失くしたら、ほぼ確実にアウトなのだと。

物を失くして、それがちゃんと届けられる、という経験をしてみると、今度は自分が恩返ししてあげたくなる気持ちになるのも当然だ。僕が落としものを見つけたときには、しっかりと持ち主に届けてあげたい。こうやって連鎖していくのが一番良いことだと思う。

当たり前のことを当たり前のようにこなす。

海外留学したら、いろんな壁に打ち当たるかもしれない。だけれど、僕は日本のこういったいいところをしっかり持ち込んで、世界にモラルの連鎖を起こすことができればな、なんてとてもかっこいいことを思っているとても気分のいい休日の朝でした。
こんにちは。今日は天気が良いですね。
そんな僕は、ファーストデーだから、ということで大学の友達と『ブルージャスミン』を見に行く予定です。ウディ・アレンなんで楽しみですね。
以前僕は、ウディ・アレンの『ミッドナイトインパリ』から見る自己表現について記事を書いたことがあるんですけど、本当にこの監督は多種多彩な映画を撮っていて、ほとんどが自分の好きなように撮ってますよね。なんか、スポンサーとか、制限とかいうしがらみなんてものを一蹴してしまうようなオーラがあります。結構好きな監督です。

彼の監督歴って凄い長いですよね。もうおじいちゃんなんですけど。

ちなみに僕には、マーティンスコセッシと顔の区別がつかないです。
なんで彼はこんなに継続して映画を撮ることができたんでしょうね。これからも楽しみにしていきたい監督の一人です。落ち目だと言われてからの、『ブルージャスミン』の発表ですからね。

さて、実は今回の記事で丁度100件目となりました。
初めて書いた記事は2012年9月4日の『女の子になってみたい!』だったみたいです。
いや~、結構続きましたよね、我ながら。約一年半ですね。大学一年の頃にはブログ書いてたんですね、忘れてました。

もともと僕はブログと結構関わりのある人生を送ってきていて、やっぱり中学時代にも書いてましたし、高校時代も書いてましたし、浪人時代も書いてました。
それで当然、大学時代も~、って思ったんですけど、やっぱりどうせ書くなら今までとは違ったテイストにしたいな、って思いました。言葉はかっこいいですけど、「生産性のある」ブログを書きたかったんです。
それまでのブログって全部、日々の出来事でした。学校で起きた出来事をおもしろおかしく書こうと思ったりね、それこそばんばん個人名出してね。ここはネットの世界だぞ、と。他人がみたら全然わけわからん記事とか平気で書いてましたし。もちろん、タイトルが「あ」だけで、本文「ひま」のみの記事とかも書いてました。中学生ブログあるあるですね。

やっぱり大学生にもなって、そういう記事書くのってどうなのかな、って個人的には思って、なんか全然実際の僕のこと知らない人でも楽しめる記事を書きたいなって思ったのがこのブログ開設のきっかけですね。日々のくだらないことはTwitterでうざいほど書いてたんでね。

本当に不定期更新も甚だしくて、ひと月まるまる更新無しとか、初期の頃は結構あったんですけど、うまいこと100件まで続きました。だいたい80件超えた当たりから、その数字がひとつのモチベーションになってたことは確かですしね。

それに、僕の友達の中で、ブログ書く人っていうのが、本当に少ないんですよ。一人くらいじゃないかな。それは凄い寂しいですよね。もっと皆いろんなこと書いてくれたら、凄い楽しみに読むのになって思います。だけどその一方で、自分は結構貴重なことをしてるんじゃないか、とも思ったりね。
やっぱり、このブログってそれなりに一つの記事結構長文になってしまいますから、だいたい平均して2000字以上は毎回書いてると思うんです。文量的には大学のレポートみたいなもんですかね。
だからこそ、そういう意味で『書くこと』についての自信っていうのは凄いついたし。なにしろ、このブログやってて一番、でかいなって思ったことは、自分の考えをなんかしらの形にして残すこと。それってかなり僕の中で重要なことでしたね。

なんやかんや、日々生きてると考えることがあって、でもそのまま一日終えてしまったら、翌朝なんも覚えてないんですよ。それって、めっちゃもったいないなって思って。だいたい、今日の朝何食べたかさえ覚えてないですからね。とりあえず、その場だけの考えだったとしても、ブログに文字として記録しておけたっていうのは、僕の中である種の財産です。それなら、個人の日記帳にでも書いておけばいいし、わざわざネットの場を借りて発信する必要は無いだろ、って考える人も多いと思います。
でもね、100件書いてて、1件でも反応があったら、ものすごい嬉しいし、それだけで、またなんか書いてみようって気になれるんですよね。やっぱり僕はそれがブログだし、それこそがブログの面白いところなんだと思います。このブログでもある記事が、ツイッターでリツイートされて、まあ、それが所詮5リツイートくらいでしたけど、全然僕のこと知らないひとが、その記事について感想を言ってくれてたりして、凄い嬉しかったのを覚えてますね。書いててよかったなと思った瞬間の一つです。

昨日久しぶりに記事書いたんですけど、ブログのアクセス数が、37から398に急上昇しててびっくりしました。ほとんどがアメブロの宣伝コメントの人ばっかりではあるんですが、こういうことがあると、それだけで、またなんか書こうって思えます。

えーと、今回の記事をひとつの区切りとしてこれからもよろしくお願いします。
これからは留学先での出来事の記事が増えていくんじゃないかな、と思ったり…。

あ、いま、今朝何たべたか思い出しました。
カロリーメイト(メープル味)二本ですね。

ではでは。



さあ、日にち跨ぎまして、今日は五月の最終日でございます。
僕は本当に意思の弱い人間というかなんというか、何かといろんなものに責任転嫁してしまう癖があるみたいで、この五月は本当に遊びっぱなしだったね。不思議なもので、なんだか五月というものは僕にとって遊ぶ月だと決まっているみたいだ。おそらく、五月病という謎の病気に責任転嫁しているからだろう。五月病なんて無いらしいんだよね。プラシーボ。

昔から僕の癖で、キリの良い数字を基準に人生を過ごす。
五月は半分位から、「なんだか今年の五月もクソみたいな月だな」とかじわじわと気づき始めてはいたのだけど、「五月のラストまではとことんクズになりきろう」と吹っ切った考えに至り、今日に至り。僕は結構こんな考え方を良くしますね。多分良くないことだと思う。受験もこんな感じで失敗してる気がする。

例えば、10時35分くらいの段階でゲームをしてたとして、「キリのいい、11時までゲームしよう」って考えになるわけだ。それで、ひどいときには「11時で終わるはずが、なんだか11時15分になってしまったから、30分まで延長しよう」とかとか。こんなんで、最長10時間くらい延長したことあるよね。風俗なら出禁くらいますね。

↑こういうの、よくないよね、やっぱりね。でも、これが自分の性格だからしょうがないのかな、とか甘えたり。だいたい、五月は本当にすっごくお金を使ったし、しかもそれらは一瞬で形の無いものに消えていったわけなんだけれど、なにせ開き直ってるから、屁とも思ってないですね。

どうなんですかね。まあ、そんな五月も明日で終わるわけなんだ。
幸い、the クソest monthは、五月だけらしいから、この五月を抜ければ通常モードで生きていけそうだ。変な人生っすね。

こんな風に、自分の性格をある程度受け入れながら、なんだか客観視してみると、自分が二人いるような、俯瞰になって自分をゲームで操っているような感覚になって面白い。

では、では、本題。

「病むってなんすか?」

いや、これ本当の話で、僕、もう、ずうううううううっっっっっっっっと病んでないんだ。
ずっと病んでいない、ということは病んだことはある、と言い換えられるのだけれど、なんだろう、少なくとも二年間近くは沈み込んでないです。
もちろん僕はロボットでもないから、感情は持ち合わせてるわけで、喜怒哀楽、いろんなことがありました。だけど、なんだろうな、引きずる感じの落ち込み方ってのは全く無いね。

それはなんでかっていうと、やっぱり、「なんとかなる」っていっつも思ってるからかな。
これは諸刃の剣で、人によってはめっちゃイラつかれる性格らしいんだけど、例え周りがめっちゃ焦っていたとしても、僕は平常心というか、「なんとかなるっしょ?」て感じで構えてます。
でね、結局、「なんとかなる」んだよね。

このブログでも、いろいろなエピソードを語ったんだけど、なんだか僕は全部そんな感じ。

良いこと、悪いこと、って表裏一体だと思ってて、なんだか落ち込むようなことでも見方さえ変えればすっごい楽しいことだったりするんだよね。
極限の空腹の中、豪雨で帰れなくなったときでも、そんな非日常空間にわくわくしたし。
飛行機初めて乗り遅れたときも、貴重な体験したなって思うし、なにせ途中のスリルが楽しかったですよね。まあ、結局三千円くらいかかりましたけど、全然乗れましたし、なんとかなりましたし。
やっぱり落ち込みやすい人って、考えすぎちゃってるのかなって思う。

その瞬間はめっちゃ辛いことに思えても、それは多分、太陽があたってない月の裏側見てるだけだと思うしね。見方変えれば、結構なんともなかったりするし、意外と楽しいことだったりもする。
今まで乗り越えてきたピンチ思い出してみても、結局なんとかなったし、たいしたことなかったりするんだよね。

ピンチばっかりで、追い込まれてるな、ってときもある。
でもいったん心整理して、紙に書いてみたら、クリアしなきゃいけない出来事ってたったの三個だったりするんだよね。意外と少ないのよ。頭で考えてると凄い追い込まれてる気になるんだけどね。「あ、三個くらいならなんとかなりそうだな。とりあえず一つひとつ落ち着いてクリアしていこう」ってやっぱ思った方が精神衛生良いのではないですかね。

ピンチをチャンスと思え、とまでは僕は考えないけど、「ピンチはそんなにピンチじゃない、なんとかなる」くらいに思う姿勢ってのはなんだか僕は自分の中で生きやすくて凄い好きですね。

本当にゆったり生きてたし、五月も相変わらずクソだったんだけど、やっぱり楽しかったし、良い月だったなと思う。

なんだか、自分のそういうところ結構好きだな、って思いますね。

じゃ、借りた映画見てきます~。映画記事再開した方がいいのかな?軽く悩んでます。

当たり前のことだけど、よく笑うってとても大切なことだと思うのです。周りも幸せになるだけでなく、自分自身も幸せになると思います。

僕は人と話すときに、
「あれ?俺って面白い奴なんじゃね?俺ってこんな面白いっけ??」
とかいう考えを持つことがあります。なんだか恥ずかしいことだけど。

でも、そんなことを思うとき、決まって僕の話し相手は、よく笑っています。
おそらく、僕はそこまで面白いことを言ってるわけではないと思います。やっぱり昔の松本人志さんのようなプロの話を聞いてると、所詮内輪ネタだし、全然まともな話ができてないと思います。

でもその人は僕のこんな話にたくさん笑ってくれます。
僕の好きな人はみんな僕の話に、とっても笑ってくれるのです。
「本当面白いよね」と言ってくれることもあります。

でも、なんだか、まったくハマらない人も中にはいます。
僕がいつも通り話しているのだけど、なんだか、スベってる、というか、から回ってるというか。まるで、手についたガムが永遠に取れない感覚。うまくいかないな、ということです。

かといって、そんな人のことはやっぱり友だちですし、嫌いなところもありません。ただ、なんか話がハマらないのです。不思議だ。
そうなると、どうも自分はとんでもなくつまらない人なんじゃないか、と思います。

対して、よく笑ってくれる人に対しては、僕もどんどん調子が上がってきて、自分でも思いつかないような発想の発言ができたりします。そんなときは結構楽しいです。

たくさん笑ってくれる人が相手だととても楽しいです。それが実はそこまで本気じゃなくても、笑うことのできる人の存在ってすごい大事だと思います。

もしかしたら、それが「相性」ってやつなのかもしれないし、なんともいえないんだけど。

それでもやっぱり「よく笑う人」は、僕は大好きです。すっごい友だちになりたいです。どんな程度の低いことに対してもたくさん笑ってくれる人は大好きです。そんな人は、話してる人を気持ち良くさせるし、加えて、話してる人がさらに面白い話ができるような雰囲気を作れるのです。

もちろん、面白くなきゃ笑わないのも当然だけれどね。それに「スカす」っていう方法もあるらしいけれどね。

まあそこらへんは、当人同士の関係に任すとして。

とにかく僕が何が言いたいかって、よく笑う人は、自分が思ってる以上に、人に幸せを与えてるんだよってことです。
それに、僕の話に笑ってくれる人。僕を面白いと思ってくれる人。本当にあなたたちは、かけがいのない存在です!これからも仲良くしましょう。

よく笑ってくれるばかりが、「話が合う人」ってわけではないし、「友だちの条件」みたいなものではないのだけれどね。

みなさん、それぞれ各々自分のハマってる人がいるんだと思います。その人は本当に特別な人だし、大事にすべき人です。
なんでもよく笑う人。「バカっぽく思われるんじゃないか」。全然そんなことありません。笑う門には福来たる。いつもニコニコ、大口開けて笑う人。そんな人には必ず福が来たるし、周りを幸せにするし、ついでに僕も来たります(気持ち悪いですか? cv 井上陽水)。

よく笑おう!
スマイルスマイル!
なんだかこのブログ、スマイルだとかBe happy推し強くて、本当自分で書いててもうぜーブログだな、とか思うんだけどね。笑

今回は僕の友だちへの感謝も込めてちょっと書きたかったわけですよ!

許してクレオパトラ。

皆(\ドッ/)



いつ、このことについて書こうか、考えていたらこどもの日が終わる時間になってしまった。

こどもの日とはいえ、立派なおとなの21歳である僕の今日の一日といったらそれはもうふざけ倒したようなものだった。まずは、朝っぱらの地震から始まる。僕の家は本当におんぼろなので、然るべき様にグラグラと揺れた。最初に軽く地震が来たと思ったら、すぐに震度4の地震がきた。「ああ、さっきのは初期微動だったのね」とか云々中学時代以来の知識講釈を垂れながら僕はベッドの上で白目を剥いて横に揺られていた。幸い、揺れはその程度でおさまったが、この日本に住んでいる以上、やはりいつ地震で死ぬかはわからないな、とか地震がくるたびに思うのであった。地震がくると、僕は「まあ、このまま死んでもしょうがないな」とか妙に悟ったことを考えてしまうのだ。不謹慎かどうかは知らないが、多分僕が地震で死ぬときって、おそらく周りのみんなも死んじゃうだろうから、いわゆる世紀末理論で、案外、死に対してどうでもよくなってしまう気持ちは否めない。
そんな風に、いったん「別に死んでもいっかな」みたいな気持ちから始まる一日というのはそれ相応にふざけたものになったわけだ。

今回、僕が伝えたいことは三つある。

まず、ひとつはついにウイニングイレブンを捨てたということである。簡単にウイニングイレブンについて説明をすると、PS3で遊べるサッカーゲームである。もちろん友達と対戦したり、自分一人でCPUと対戦して楽しむこともできるのだが、やはり醍醐味はオンライン対戦なのである。ネット環境が整っていれば、全国のウイイレユーザーと、熱い試合が繰り広げられる、というのはまったくのデタラメな話で、何が言いたいのかというと、このゲームのユーザーは全員、極端に民度が低いのである。それはつまり、ネット対戦ではまとまなフェアな試合を期待しては絶対にいけない、ということだ。もちろん、しっかりとしたパスサッカーが展開される試合ができるユーザーにあたる場合もある。だけれど、そんな出会いの確率は、小学生の男の子が辞書で適当に開いたページにいきなり「セックス」が出て、さらにそこに鉛筆で印を付けるくらいに起こり得ないことなのだ。僕の話である
具体的に言えば、3-0で完敗している試合展開だとしよう。それでも僕はなんとか1点でも取ろうと頑張るのだけれど、相手がラスト10分とかになると、途端にふざけだすのだ。キーパーを長友祐都に交代するのである。そんなふざけた話があるだろうか?僕は舐められているのである。ちなみに僕は長友と同じ身長なのだが、彼はサッカー界ではちびである(もちろん僕自身はそうは思っていない)。そんな長友がキーパーをつとめて、しかもボールを持ったら、ゴールの位置からドリブルを始めるのである。シザースを多用してくるのも誠に腹立たしい限りで、キーパー長友に、僕のチームは絶賛苦戦するのである。なんと情けないことか、そのままキーパー長友に舐められ続けたまま、ホイッスルは無情にも鳴り響くのである。
こんなやつらばかりなのだ。
もちろん僕はそれなりにうまい方だから、ある程度は勝っているけれど、それでもこんなプレイヤーに出会ったら心中穏やかでない。やられたら、やり返す。倍返しなのである。僕は次に出会った別のプレイヤーに、先ほどやられたキーパー長友大作戦オマージュするのである。何が言いたいかといえば、単純に僕がクズだということ。
そんなわけで、何試合も気づいたらやってしまうことが往々にしてある。それも一年間以上。夜に初めて、あっという間に朝になっていることもよくあった。累計1000時間はやってしまったかもしれない、マジな話。だから僕はディスクを捨てることにしたのだ。状態が悪いから売ることはやめた。ただ、捨てるのだ。そう決めた僕は、今日引退試合を行ったのだ。結果は、負け。引退試合継続である。勝手に僕は、勝つまでやめれま10ルールにしていて、結局、優秀の美を飾るのに、また1時間近くかけてしまった。そして僕はついにディスクを捨てることに成功したのだ。丁度いま、僕のとなりのゴミ袋に裸の状態で入っている。さらばだ、ウイイレ。僕は有意義な学生生活を送りたいのだ。

さて、ウイイレの件はハッピーエンドである。

そして二つ目。
少し前に僕がスロットについて記事を書いたのを読んでくれた方はいるだろうか。
未見の方は是非先にこちらを→『スロットについて。』

僕は再びスロットを始めたのである。クズなのである。
だけれど、どうしてもこれだけは伝えたい。ギリ、プラス収支。なんだかんだ負け分取り返して、2,3千円くらいは勝ってると思う。そして、実は今日のこどもの日も行ってしまったのである。見事に負けたのである。とても残念な気分である。だからこそ、こう、この思いを文章にね、、ウイイレが無くなってしまったいま、僕にはストレスのはけ口が、、、。。。

とまあ、節度を持って楽しみたい。(どーん)

そして、伝えたいこと、ラスト。
ぼく、留学行きます。行き先はケント州立大学。

どこ!?
ケント州にあるかと思いきや、オハイオ州にあるらしいぞ!どこだよ!なんなんだよ!!

期間は一年間。厳密にいえば、約十ヶ月。出発は今年の8月半ば。帰国は5月下旬。
というわけで僕はついに留学に行くことにしたのだ。きっかけは、やっぱり、先生関連。教職に内定した人たちとの懇親会みたいなのに参加したときに、10人に10人、「英語教師志望で、学生時代に留学行ける人なら絶対に行った方がいい」と言われたのだ。僕は結構影響受けやすいタイプなのかもしれない。それを聞いた翌日から一気に資料集めをはじめ、周りの留学経験者から、インタビュー形式で、話を聞いた。お礼は、タリーズコーヒー。そんなこんなで、先日、留学行く人が発表され、そこにはしっかりと僕の学生番号が記されていたわけだ。

ただでさえ、浪人している僕は、モラトリアムがさらに一年間伸びることになった。親には頭が下がるばかりだ、ありがとう。当然、資金繰りは想像以上に大変なものだった。親は、留学の費用がざっと100万円だと思っていたらしく、「いやいや、それの三倍なんだ」と伝えたら、一度は「ごめんそれは無理だわ」と言われたくらいである。

留学中はバイトはしないらしい。となると、恐ろしいほどの時間があるはずだ。そして、それをどううまく使っていくかは僕次第である。たくさん英語を話すのもいいし、広大な大地に腰を下ろして本だって読んでいい。とにかく自由な時間が僕を待っている。これはどれほどの贅沢で、恵まれていることか、僕はしっかりと認識しなくてはならない。親には、もし僕に兄弟がいたら、私立大学に通うことすら無理だと言われた。(妹が欲しい。まだ間に合う?)

僕は間違いなく、ゲームとスロットに現段階で、依存状態であるといえる。
僕はそういったファ○クなものから、一年間身を引き、素晴らしい時間を過ごすのだ。

そうして、帰国後、
「帰国しました」というタイトルで、
「伝えたいことが二つある。ひとつは帰国したこと。ふたつ目はスロットを再開したことだ」なあんて記事を書いてる僕が浮かんだり、沈んだり、、。

まあ、いいさ。
楽しいことをやろう。勉強が楽しいと思えるのは、学生の中で唯一、大学生だけの特権である。
向こうで生活し始めたら、なんだかそれっぽい記事も書けたらいいなと思ってます。読んでくれたら嬉しいです。それではこの辺で。