雑記。
毎度恒例のレポート書くのつまらないから息抜きにブログ書こうのコーナー。今回はWritingについて書こうと思う。丁度先ほどレポートを提出してきたところだ。僕にはまだ何本ものレポートが残っていることは言うまでもないが。
前回の記事の締めに僕はこういう文章を書いた。
「さてさて、レポート、書きますか。
なんかめっちゃ病んでる記事やん!でもなんか書いてて楽しかった記事ですね。
ありがたいことにレポート書くのは得意な方なので、なんとか乗り切ってみたいと思います。」
誠もって、これは大ウソである。
どうしたものか、僕は昨日ひとつのレポートを作成するのに、約10時間を費やしたのだ。いつも通りにファミレスでレポート作成していたときのことだ。睡眠不足も甚だしく、コーヒーによる覚醒も限界に近づいた頃、「やべえ!!毛剃ってねえわ!!!ギャハハハハハ!!!」という幻聴が聞こえだした。マリアの声だ。僕はもうすぐ天に召すのだ。意識を取り戻して隣をみると、まるで『闇金ウシジマくん』のスターティングメンバーとして4番レフトを張っているかのようなギャルたちがいて、江頭2:50をリスペクトするかのごとく、脇を頭上に振りかざし、彼女の連れに自分の脇の状態を爆笑しながら見せていたところだった。
僕は「やれやれ」と言いながら、彼女たちのもとに近づき、「完璧な剃毛などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね」とか言いながら、マティーニを頼み、そのまま彼女をホテルに連れ込んだ、というのは全くのウソで、実際のところは、目の前にある難攻不落のレポート課題を終わらせることに必死だったのである。
ところで、この難攻不落のレポート課題というものだが、英語で1000wordsという条件がついている。日本語ではなく、英語でレポートを書くという課題だったのだ。これに僕はすこぶる苦労してしまった。
正直なところ、僕は日本語であるならば、何万字の課題を出されようとひょろひょろと書ききってしまえる自信がある。不思議な物で僕は基本的に、書き物は、書き始めたときに頭の中にはほとんど何もない状態から始まって、書いていく内に段々と方針が定まっていくパターンで、意外とそれがうまく収まってしまうのである。このブログなんか全てそんなテンションで書いている。どうしても主張したいことは僕は決して、「脇を見せるギャルの話」が書きたかったわけではないのだ。
日本語における、独特の慣れた言い回しを使っていると、とても良いリズムが生まれて、結構うまい具合に文章が続いていく、そんな感じである。「結局のところ」とか「まるで~のように」とか、そういう実際にはそれほど意味の無い言い回しを挟むと、それが意外な効果を生んでいるような気がする。
もちろんこれは日本語における話であり、言語が変わるとこれはまったく恐ろしいことになってしまう。
単純に単語を知らないというのがまず、とても大きな要因となっていること。
そして、僕は英語でリズムをとることがまるでできないということ。
リズムをとるというのはかなり抽象的な表現に思えるかもしれないが、なんとなくわかってくれると思う。僕たちは母国語では、会話を構成しているもののほとんどは、意味の無い言葉遣いだったりする。主張だけで会話を済ませてしまってはなんと味気ないことだろうか。その主張を、外側からくるむように色づけるのが、まさにその言葉であり、その人の文体なのだろう。
ところが、英語になると、日本語でできていたことがまったくできない。英語で1000wordsなんて実際のところ、全然たいしたことないはずなのだ。それでも約十時間もかかってしまったっていうのは、これはやはり、英語におけるリズム感がまったく備わっていないということに違いない。
これはまさしく、現段階における僕の課題である。発信の能力がほとんど備わっていない。音痴ではあっても、少なくともリズムくらいにはのれるようになりたいものである。
というわけで、とりあえず毎回こんな感じでブログを書き始め、もういっかな~っていうところでいつも締める。見直してみると、まあ、それなりの文章が書けている。やはり母国語は強い。楽しい。英語でも、こんな感じに書けるようになりたいなあ、と思う。そうすれば、僕は「脇を見せるギャルの話」を喜んで書くに違いない。
毎度恒例のレポート書くのつまらないから息抜きにブログ書こうのコーナー。今回はWritingについて書こうと思う。丁度先ほどレポートを提出してきたところだ。僕にはまだ何本ものレポートが残っていることは言うまでもないが。
前回の記事の締めに僕はこういう文章を書いた。
「さてさて、レポート、書きますか。
なんかめっちゃ病んでる記事やん!でもなんか書いてて楽しかった記事ですね。
ありがたいことにレポート書くのは得意な方なので、なんとか乗り切ってみたいと思います。」
誠もって、これは大ウソである。
どうしたものか、僕は昨日ひとつのレポートを作成するのに、約10時間を費やしたのだ。いつも通りにファミレスでレポート作成していたときのことだ。睡眠不足も甚だしく、コーヒーによる覚醒も限界に近づいた頃、「やべえ!!毛剃ってねえわ!!!ギャハハハハハ!!!」という幻聴が聞こえだした。マリアの声だ。僕はもうすぐ天に召すのだ。意識を取り戻して隣をみると、まるで『闇金ウシジマくん』のスターティングメンバーとして4番レフトを張っているかのようなギャルたちがいて、江頭2:50をリスペクトするかのごとく、脇を頭上に振りかざし、彼女の連れに自分の脇の状態を爆笑しながら見せていたところだった。
僕は「やれやれ」と言いながら、彼女たちのもとに近づき、「完璧な剃毛などといったものは存在しない。 完璧な絶望が存在しないようにね」とか言いながら、マティーニを頼み、そのまま彼女をホテルに連れ込んだ、というのは全くのウソで、実際のところは、目の前にある難攻不落のレポート課題を終わらせることに必死だったのである。
ところで、この難攻不落のレポート課題というものだが、英語で1000wordsという条件がついている。日本語ではなく、英語でレポートを書くという課題だったのだ。これに僕はすこぶる苦労してしまった。
正直なところ、僕は日本語であるならば、何万字の課題を出されようとひょろひょろと書ききってしまえる自信がある。不思議な物で僕は基本的に、書き物は、書き始めたときに頭の中にはほとんど何もない状態から始まって、書いていく内に段々と方針が定まっていくパターンで、意外とそれがうまく収まってしまうのである。このブログなんか全てそんなテンションで書いている。どうしても主張したいことは僕は決して、「脇を見せるギャルの話」が書きたかったわけではないのだ。
日本語における、独特の慣れた言い回しを使っていると、とても良いリズムが生まれて、結構うまい具合に文章が続いていく、そんな感じである。「結局のところ」とか「まるで~のように」とか、そういう実際にはそれほど意味の無い言い回しを挟むと、それが意外な効果を生んでいるような気がする。
もちろんこれは日本語における話であり、言語が変わるとこれはまったく恐ろしいことになってしまう。
単純に単語を知らないというのがまず、とても大きな要因となっていること。
そして、僕は英語でリズムをとることがまるでできないということ。
リズムをとるというのはかなり抽象的な表現に思えるかもしれないが、なんとなくわかってくれると思う。僕たちは母国語では、会話を構成しているもののほとんどは、意味の無い言葉遣いだったりする。主張だけで会話を済ませてしまってはなんと味気ないことだろうか。その主張を、外側からくるむように色づけるのが、まさにその言葉であり、その人の文体なのだろう。
ところが、英語になると、日本語でできていたことがまったくできない。英語で1000wordsなんて実際のところ、全然たいしたことないはずなのだ。それでも約十時間もかかってしまったっていうのは、これはやはり、英語におけるリズム感がまったく備わっていないということに違いない。
これはまさしく、現段階における僕の課題である。発信の能力がほとんど備わっていない。音痴ではあっても、少なくともリズムくらいにはのれるようになりたいものである。
というわけで、とりあえず毎回こんな感じでブログを書き始め、もういっかな~っていうところでいつも締める。見直してみると、まあ、それなりの文章が書けている。やはり母国語は強い。楽しい。英語でも、こんな感じに書けるようになりたいなあ、と思う。そうすれば、僕は「脇を見せるギャルの話」を喜んで書くに違いない。