「A=Bだ!」と詰め寄るも、「じゃあなぜBなんだ?」と返されると言葉に詰まる人が多いような気がする。
僕自体も車内で携帯電話を使ってはいけない理由をなんども学校で考えさせられた。
法律以外に、社会的に人の行動をしばるものには大きく分けて伝統と風潮、この二つがある。
それらに言いくるめられるかのようにして、まるであたかも「A=B」だと決まり切った公式だと思い込んで、なぜそうなのか?という思考がおざなりになってしまう。
そうなったときに、「なぜBだといえるのだ」と問われると、せいぜい「皆もそうだからだ」と返すのでいっぱいであろう。思考が無いからである。
つまり、「途中式」が無いのだ。
数学ではたとえ、答えがあっていようと、途中式が無ければハネられる。つまり数学とは答えそのものよりも、途中式、思考プロセスに重きを置いているのである。
だけれど、残念ながら途中式の無い答えを(しかもかなり断定的に)持っている人が多いようにみえる。
僕は塾講師のバイトで、生徒たちに、特にまとまった考えのないまま、「五教科の中で1番実用的なのは英語だよ」などと言ったことがあるが、果たして。
ぼくたちはもう一度数学を学び直す必要があるのかもしれないね。
(最近ハマってる、『鈴木先生』を読んで。)
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