第46回衆議院総選挙がもうすぐです!


1.選挙の日程(予定)

公示日:平成24年12月4日(火曜日)
在外公館投票の開始日:平成24年12月5日(水曜日)
日本国内の投票日:平成24年12月16日(日曜日)


日本にお住まいの方は簡単に選挙に行けますが、
海外移住組の方、もう「在外選挙人証」はお持ちですか? 

お持ちでない方は申請から2ヶ月程度かかりますので、残念ながら間に合いません。
次回のために取得をお薦めします。「在外選挙人名簿登録申請の流れ」



さて、「在外選挙人証」をお持ちの方、海外での投票方法は、二つあります。
詳しくは外務省ー在外選挙をご確認ください。
☆このブログでははしょって書いているので、外務省のページと在外公館に直接お問い合わせするのが確実です☆


1.「在外公館投票」 

「パスポート」と「在外選挙人証」を持って、大使館、総領事館に行くだけです。
(ちなみに、在シドニー総 12月5日~10日 在ブリスベン総 12月5日~9日 です。)

2.「郵便等投票」  

「在外選挙人証」と「在外選挙人名簿登録申請書」を日本に送ると、投票用紙と封筒と一緒に返送されてきます。そして投票用紙と封筒を記入してまた日本に送れば投票完了です。

☆投票用紙の請求はいつでも行うことができます。早めにしないといけないですね。(前回は10日かかりました)
☆投票用紙は12月16日(日)までに選挙管理委員会に届かないといけませんので、12月10日(月)くらいには投函しておきたいですね。


私は前回の衆議院選も郵便投票しました。
(ちなみに3年経った今は、リチャードさんの言説はもう読んでいません。)
今回もまだ間に合いそうなので、郵便にしようと思っています。


まだね、どこに投票するか決めていないんです。公示後(12月4日)、候補者をネットでしっかり勉強しなければいけないと思っています。もちろん、民主党、自民党、日本維新の会、公明党は論外です。あなた達の持つ理念と一緒に奈落の底に落ちてくださいと思っています。(あなた達の理念が引き合う場所にという意味です☆)そうでない議員さんには今すぐ離党してもらいたいです。


私は脱原発、反TTPです。言論の自由まで奪われようとしている現状に強い危機感を持っています。

人間の心を持つ、民意を汲んだ政治をしてくれる人、党を選ばなければ、私たちの明るい未来はなくなると真剣に考えています。投票による意思表示、それしか私たちの民意を表す術がないとさえ感じています。


だから、原発を推進する人々、原発問題について考える事をやめている人々に、下記のような質問を投げかけたい気持で一杯です。

★ 今も、これからも放射能を垂れ流している、福島第一原発は、廃炉まで(東電発表)30~40年(海外の専門家は60年)かかると言われていますが、そのすでに崩壊している原発がどれほどの規模の地震に耐えられるか想像した事はあるのでしょうか?

★ その数十年の間に大地震が起きたらどうなるかと考えた事はあるのでしょうか?

★ それとも日本に大地震はもう絶対来ないと本気で考えているのでしょうか?

★ それとも、日本はすでに被害をうけてしまったから、後はどうにでもなれと思っているのでしょうか?

★ それとも、もしかして、甚大な被害を受けてしまった事すら、気がついていないのでしょうか?


私は、問題意識を持たない人々に対して、本当に????だらけなのです。


世界の地震モニタリング


こういった、データーをみれば地球規模で活動期に入っていると感じる事がおかしな事でないと思えます。


そして地震、火山活動だけでなく、異常気象による災害が急速に加速していると思いませんか?そこに何か感じませんか?


と問いかけたいのです。


私は、利己的で刹那的な人々によって敷かれたレールに乗って、破滅の道を歩みたいと思っていません。

でも悲しい事にレールを敷く力を持っているのは、政治家です。
(日本には、後ろに官僚という存在がありますが。)


全体にとっての「利」とは何かを考え、国民の命、未来の子供、環境といった、今までとは違う視点で、持続可能な日本を再構築する志を持った、より高次で先見の目を持ち合わせた政治家が必要だと思っています。そして背後の勢力に負けない力、精神力を持った政治家でないとだめだと感じています。

どんな理念をかがけた野党も権力を握ったとたん、結局は従来の与党と全く変わらないという状況になっていたと思っています。

それは日本だけではなく、オーストラリアでも、アメリカでも。きっと世界共通だと思うのです。だって背後にそのように巧みに操っている勢力がいますから。

でもいつまでも、私たち一般の市民はそれらの勢力の奴隷でいるべきではないのです。ドクロ

それには、志を持つ政治家を選び、サポートしていく、無関心ではない、目を覚ました、一人一人の市民の力が必要なんです。メラメラメラメラメラメラ


ひとりでも多くの人が、今おかれた現実に目を向けて、危険を回避するために、愛を基盤に行動に起こす事だけが、この世界を変えるたった一つの方法だと思っています。虹


だから選挙に行きましょう音譜


晴れ明るい未来のために晴れ









今回は動画の紹介です。


思わず涙が出そうになる! 地球から137億光年まで遠ざかる「壮大な宇宙の映像」と、映画『インセプション』のリミックス曲の融合が神秘的すぎる!

ヒマラヤ山脈を起点に地球をどんどん離れ続けて、137億光年先から再び地球に帰還するという壮大な映像『The Known Universe(既知の宇宙-壮大なる宇宙のスケール-)』。アメリカ自然史博物館で数年前に展示公開されたこの映像は、天体物理学者らによって作られた世界で最も完全な4次元マップだという。

・・・・・

太陽が放つ強い光さえどんどん小さくなっていく様子は、未知の世界への好奇心を掻き立てると共になんとも儚く物悲しい。いつの日か私たち人類は、地球からこのように飛びだつ日がやってくるのだろうか。そう思うと怖くもある。また、最後、地球に帰還する様子はリアルで、まるで自分が宇宙船に乗っているかのような錯覚を起こしそうである。

以上Rocket News24 から抜粋させてもらいました。






なんかワクワクしちゃいます。




ヘレン・カルディコット博士の来日公演が、いよいよ来週から始まりますね。木下黄太さんのブログで情報をいつも追っています。私はネットでお見かけする博士の言動と信念に深い人間愛を感じ尊敬しております。

オーストラリアの医師である、ヘレン・カルディコット医学博士(社会的責任を果たす医師団 創立会長、傘下組織である核戦争防止医師会議 は1985年にノーベル平和賞を授与)の、最近の日本人に向けてのメッセージが、とてもとても重要なことをおっしゃっているので、数ヶ月前のものになりますが、このブログでも紹介させて頂きます。

今回もカレイドスコープさんの所から抜粋させてもらいます。きちんとした情報が入っている、元記事をお読みになる事を強くお薦めします。→元記事です。

以下抜粋です。


$one earth   ***地球はひとつの生命体***

これは、松村昭雄氏の記事に、ヘレン・カルディコット医学博士から返信された「被曝した日本の人々に対する14の提言」です。

この記事は、カルディコット医師に関連する最近の2本の記事(下のリンク)を先に読まれると、いっそう理解が深まります。
・暗黒医療:医師たちは福島の子供たちを見捨てるのか
・福島の子供たちに甲状腺結節-日本のマスコミは報じない


原子力の犠牲になっている私達の子供達:
放射能汚染下における日本への14の提言


$one earth   ***地球はひとつの生命体***
ヘレン・カルディコット医学博士

1979年にキューバを訪問した際、私は、道路脇にある「私達の子供達は国の宝です」と宣言をしている看板の数の多さに驚きました。

小児科医の私にとって、それは共鳴に値することであり、そしてもちろん、真実でもあります。

しかし、松村昭雄氏が記事で書かれたように、子供達は、今まさに現在進行形で、国際連合の政治的・原子力的協議事項と、そのほぼ全体を男性が占める政治家達の政治的生存競争、および「国家安全保障」の犠牲となっているのです。

この世界における現代のもっともな問題は、科学者達が一般の人々の科学に対する理解を促そうとせず、人々を置き去りにしている、という点にあります。

つまり、一般の人々の科学に対する理解と認識は、科学の誤用、 おいても原子力科学の誤用が、生態圏と人々の健康を既に破壊し、今後も半永久に破壊し続けるであろう、というところに到達していません。

同時に、ほぼ全ての政治家、財界人、エンジニア、そして核物理学者においてすら、放射線生物学や先天性奇形、何代にもおよぶ遺伝性疾患について、あるいは、放射能に対する感受性は、子供達は大人の20倍であり、女の子は男の子の2倍、胎児の感受性は子供達より更にもっと高いということなど、全く理解していないというのが真実です。

従って、日本の政治家たちの福島原発事故に対する反応は、根本的に無知だけでなく、ばかげたほど無責任であると同時に、それは、東京電力、そして日本の政治的議題の大部分を編成する傾向にある原子力産業との政治的な繋がりのせいでもあると言えます。

日本で責任ある地位につく人達は、こういった恐ろしい医学的予測を無視するか隠蔽するのに忙しく、その無知が故に、住民は高濃度放射能汚染区域に戻って住むか、または住み続ける事ができる、としています。

東京ですら、家の埃、植物や土壌に、福島由来の危険な放射性核種が見つかっている場所があるにもかかわらず、です。

チェ ルノブイリでの甲状腺癌は、事故後3-4年たたない内に出現し始めました。(今までに9万2千人が甲状腺癌の診断を受けています。)

しかし、事故後わずか12ヶ月で、福島県内の3万8千人の18歳以下の子供の内36%に甲状腺エコー検査により甲状腺のう胞か結節が見つかっています。
(これらの病変のほとんどは、悪性腫瘍を除外するために、※生体組織検査を行うべきです。)

※生体組織検査:生検、バイオプシー

潜伏期間がこれほど短いと言うことは、この子供達が吸入と飲食によって取り込んだ放射性ヨウ素による甲状腺被曝量が尋常ではない高さであるということは、疑いの余地がありません。

そして、これらの結果は、さらなる多種多様の癌の発症を予測させるに十分な、非常に悪い前触れです。

何故なら、放射性ヨウ素以外に、何百種類もの放射性核種が放出され、それが今現在、食べ物、魚や人体で濃縮され、呼吸によって肺に取り込まれているからです。

放射性核種の中には、数分だけしか放射能を放出しないものもありますが、多くの核種は、何百年も何千年も放射能を出し続けるために、日本の食べ物は今後、何世代にも渡って放射能汚染から免れることはできません。

原子力事故に終わりはないのです。
ヨーロッパ大陸の40%は今でも放射能で汚染されており、そしてこれから何千年もの間、放射能汚染が続くことになります。

だとすれば、日本はどのように対処すべきなのか。ここに提言します。

1. 日本国内全土、土壌と水の放射能検査を行い、現在の汚染状況を把握すべきです。これは、風によって、放射能汚染が福島の点源から何百マイル(注:1マイル=1.6km)もの遠方まで飛ばされるからです。

2.いかなる状況においても、放射能を帯びたゴミや瓦礫を焼却してはいけません。焼却すると、放射性核種が遠く広域に広まり、食べ物と魚で再濃縮するだけです。

3.すべての食べ物は、スペクトロメーターを用いて、特定の放射性核種の検査を十分に行うべきです。

4.放射能汚染された食べ物の売買や飲食をすべきではありません。また放射能汚染された食べ物を汚染されていない食べ物と混ぜて売買するべきではありません。

放射性核種は、体内の様々な臓器内で再濃縮されるのです。

5.飲料水はすべて、毎週放射能検査を行うべきです。

6.日本の太平洋側で獲れた魚はすべて、これから長期に渡り、放射能検査をしなければいけません。

7.まだ高線量放射能汚染区域にまだ居住しているすべての人々、特に子供、妊婦や妊娠が可能な女性は、直ちに日本国内の放射能汚染がない場所へ避難してもらうべきです。

8.福島事故による放射能被曝を受けたすべての人達、特に新生児、子供、免疫力が低下している人、年配者などは、癌、骨髄抑制、糖尿病、甲状腺異常、心臓病、早期老化や白内障の医学的検査を徹底的に、そして生涯に渡って定期的に受け、必要であれば治療を受けなければいけません。

白血病は、これから2~3年で出現し始め、5年でピークを迎えるでしょう。
固形癌は事故後10年から15年で出現し始め、今後、70年から90年に渡る世代間で頻発する可能性があります。

9.日本のすべての医師や医療従事者は、ニューヨーク科学アカデミーから出版された、「チェルノブイリ大惨事、人と環境に与える影響(Chernobyl–Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)」を読んで勉強し、自分達が直面している状況の真の医学的重大さを理解するべきです。

10.また、特に医師達、政治家や一般の人にも、私のサイトであるNuclear Free Planet(nuclearfreeplanet.org)において更なる情報を得ていただき、私のラジオ番組、If You LoveThis Planetで、福島やチェルノブイリに関連するインタビューを聴いていただき、私の著書、Nuclear Power Is Not the Answerを読んでいただくことを、謹んで提言させていただきます。

11.国際医学コミュニティー、特にWHO(世界保健機構)は、直ちに結集し、上記で概要を述べたとてつもなく大きな任務を、日本の医療従事者や政治家が実行するのを助けるべきです。

12.日本政府は、国政的なアドバイスと援助を受け入れなければいけません。

13.非常に緊急を要する事項として、日本政府は、マグニチュード7以上の地震が起こった場合に、福島第一原発4号機と使用済み燃料プールが崩壊しないよう、IAEA(国際原子力機関)と米国のNRC(原子力規制委員会)、そしてカナダやヨーロッパなどの原子力専門家の国際的アドバイスと援助を求め、受け入れなければいけません。

仮に、使用済み燃料プールが崩壊して地面に落ちた場合、その熱によりチェルノブイリの10倍の放射性物質が放出されるでしょう。

無駄にしている時間はありません。現時点において、世界のコミュニティーは大惨事が起こるのを、無抵抗に待っているのです。

14.国際メディアと日本のメディアは、上記に述べたような日本からの事実を直ちに報告し始めなければいけません。
そうしないことには、世界的な大惨事を招くことになります。


抜粋終了


私はすべての子供たちの未来を真剣に考えていますので、日本政府は真摯にこの提言に耳を傾けるべきだと思っています。でもそんな私の思いは、政府や経済界、原発推進派、無関心な人々にとっては、全く取るに足らない意見なのかもしれないですね。。。。




今回もまたまた、まるっきりの転載です。

以下◆2013年に向けて◆のティジャスさんの所からです。


『今の子供達になにがおきているか?』


misakihimeのブログ より
気がつかないふりはしたくない。大変だけど現実に目を向けてしっかりしなくては。

10年後になにを話そうか。
2012年9月20日 (木) (poqueのごはん日記さまから転載させていただきました。)

$one earth   ***地球はひとつの生命体***

テレビや新聞では報道してくれない、福島の現状を知っていますか?

子供の35%以上、うち女児の半分以上に甲状腺の異常「のう胞」が見つかっていること。
3人に1人です。

「女子小学生の54.1%、女子中学生の55.3%に『のう胞』か『結節(しこり)』発見」 → (リンク)http://fukusima-sokai.blogspot.jp/2012/09/blog-post_3009.html?m=1

「のう胞」というのは、良性なら水や分泌液の溜まった袋のようなものだけれど、悪性のう胞や結節(しこり)であれば、ガンに発達する初期の腫瘍になる。
子供は細胞分裂が活発なので、甲状腺にガンができると早いスピードで全身に転移するケースが多い。
早期に発見して切っちゃえばいいと思うかもしれないけど、強力な抗ガン剤に小さな子供の体が絶えられる?
そして切ったその日から毎日ホルモン剤を飲まなければならない。
(体から甲状腺がなくなってしまうわけだから。)
一生検査しつづけなければならない。


福島だけじゃないことは分かっています。
地図帳の県の境目から向こうは「何にも起こらない」なんてことはないからです。

先日、町田に住む友達が2歳の娘さんの甲状腺のエコー検査をしに行ったら、のう胞(しこり)が数個見つかった。
あと、白血球の数も多くなっていると言われたそう。
去年、外で遊んでいた時に大量の鼻血を2回出している。

その1ヶ月前、国分寺に住んでいる友達が4歳の娘さんの甲状腺の検査をしに行ったら、あきらかに肉眼で見えるほどの5~6個の「のう胞」が見つかった。
「子供の甲状腺の異常というのはめったにないことだし、今までそういう症例を知らないので、驚いている。」と医師に言われたとメールしてきた。

転載終了



目をそらしてはいけない現実だと私も感じるのです。







去年、311が起こった後、ここオーストラリアでも、それはそれはたくさんの東日本大震災復興支援のチャリティイベントがありました。私自身も、いてもたってもいられない気持から、チャリティイベントに携わりました。その時、心の中ではこんな思いを抱いていました。


今日本に求められているのは「元通りに復興」ではない!
必要なのは、「人々の意識の変容と社会の変革」であり「社会のシフト」!!
そして抜本的な社会の変革を成功させて、日本がイノベーションの国となって、世界を導いていく国になること。それが被災した日本が背負った使命!!!

「ワールドシフト」にもその気持を書いています。


こんな気持を抱いていたので、当時からチャリティイベントに寄せる人々の思いや、世の中の流れに違和感を感じることも多かったです。

私の思いは、近視眼的な経済の復興ではなくて、根本的な社会の変革。それは簡単な事ではない事も知っていたつもりでした。でもこの日本の一大事に、人々の気づきによって、思いが膨れ上がり、うねりとなれば実現可能だとはじめ希望を抱いていました。

けれどもその後の世の中の流れに意気消沈してしまいました。
その気持を「わたしは無関心でいました。」にも書きました。



それから1年半以上経った今、状況は、当時の私の予測以上に厳しい現実に直面していると感じています。



またまたカレイドスコープさんから、今回はまるごと転載させてもらいます。このパブコメの意見が本当に素晴らしいと思ったからです。大所高所の視点を持ち、とても明確に問題点をとらえて、打開策を具体的に打ち出しているからです。

おぉ~と唸ってしまいました。全て素晴らしい事をおっしゃっているのですが、特に個人的に印象に残った所を太字ににさせてもらいます。


以下抜粋分です。

『「ある皇族の血筋の方」が書いた脱原発パブコメの文章 』

「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する意見

与えられた選択肢のどれでもなく、覚悟を持って、日本国内すべての原子力発電所を即刻全廃にする大目標を立て、最長5年以内に完全な脱原発(全基廃炉)を達成する、という決定を希望します。                                     ○○○○○○○   

まず、今回のような、国の根幹に関わる重要な事柄について、広く国民の意見を聞き、政策に反映していこうとする試みは、パターナリズムが強い日本では、歴史始まって以来のことと思います。

今回の試みに心から敬意を表したいと思います。

(ただ、議論が深まれば深まるほど、今後社会の変革を進めていくとともに、生じるであろうさまざまな痛みに対して、より良い社会をつくるために、どういう理由でそれらの痛みを受け入れていくことが必要なのか、国民の間に理解も生まれるし、覚悟もできると思うのですが、現在のところ、PRが足りないのか、充分な議論がなされていないように見えるのが残念です)
どうしても3つの選択肢の中から選ばなくてはならないとするならば、「0%」の選択しかあり得ません。

私としては、与えられた選択肢ではなく、覚悟を持って、日本国内すべての原子力発電所を即刻全廃にする、という大目標を立て、この大目標は何があっても決して変更しない、としながら、やむにやまれぬ事情があり、どうしても他の方法を取ることができない場合にのみ、限定的に厳選したごく少数の原発を細心の注意で稼動させ、1~2年でそれらもすべて停止廃炉にする、どんなに遅れても最長5年以内に完全な脱原発(全基廃炉)を達成する、という決定を希望します)。

【理 由】

原発を継続するメリットとデメリット、廃止するメリットとデメリットを考える時、答えは自ずと出ると考えます。

原発を継続するメリット

「原発を継続するメリット」は、

・当面、電力会社の経営が安定すること。
・原発への巨額の投資とランニングコストに対し、当面の利益を維持しながら、投資に対する減価償却ができること。
・電力会社に資本を提供している大手金融機関の経営にダメージを与えなくて済むこと。
・当面は、産業構造の転換のための努力を必要とせず、関連産業ともに雇用を維持できること。
・核燃料サイクル会社の破たん処理をしなくて済み、これに巨額な資金を出している電力会社の赤字幅を抑えることができること。
・立地自治体の収入が維持できる、

などであると思われます。

一方、原発を廃止すると、火力発電の燃料費が増大し、それにともなって二酸化炭素排出も増加する。また、貿易赤字が生じる可能性もある。


「継続するメリット」は、主にCO2の排出量と火力発電用の燃料費増大を抑制できることですが、それ以外のメリットは、電力会社や大手金融機関などの既存の組織やシステムとその利益関係が維持できること、また、システムの変革によって社会に生じる一定の不安定要因や痛みを回避できることなどです。

しかし、それは、日本のエネルギーの本質的な問題を先送りするに過ぎません。

まず、CO2については、現在大きな割合を占めている石炭火力を効率の良い新型の天然ガス発電に切り替えれば、排出量の増加を抑えることができます。

一方、「石油生産地域は政情不安定なので、エネルギーの安全供給のためには原発維持の選択肢は必要だ」という主張がありますが、石油価格の上昇が直撃するのは、石油の用途の大部分を占める運輸用燃料と石油精製産品であり、全体の1割 あるかないかの発電のために、これを原発維持の理由とするのは、論理のすり替えに他なりません。

問題は、現在、すでに火力発電の燃料のほぼ半分を占めており、石炭からシフトして更に割合を増やすことが望ましい天然ガスですが、これは、液化して運んでこなくてはならない手間を勘案しても、非常に高い価格で日本は購入しているようです。

天然ガス購入については長期契約が結ばれ、総括原価方式のために、購入価格の引き下げ交渉の努力がないがしろにされており、その上、「安定確保・安定供給」を最重要視するあまり、かえって天然ガス輸出国に足元を見られる結果となり、富の海外への流出を許すことにつながっています。

現在、原発を停止しているために、火力に必要な燃料費増が、富の外国への流出を招く結果となっているのは短期的な事象であって、本質的な問題は、富が流出しても関係会社は困らないシステムが維持されていることにあると考えられます。

そのため、原発の維持のために必要となる電源立地促進付加金などの諸経費を含めて、実は以前から他の 国々と比べて相当に高い電気代を支払うことを余儀なくされているのは、日本の経済の屋台骨を支えながらも、しかし発言力の小さい中小企業(と家庭)です。

原発の廃止が与える影響は、もちろん、①電力会社と必要な資金需要を支えている大手金融機関を始めとして、原子炉メーカー、大手ゼネコンなどの、いわゆる原子力関連産業に対するものと、これ以外の、②製造業をはじめとする諸企業に対するものとを分けて考えるべきと考えます。

特に、②について言えば、電力が安定して、それも確実に供給されること、および、電力料金が不合理に上がらないこと、のふたつが満たされていればよいと思います。
つまり、 しっかりと火力でまかなうことができればよい。

最大の問題は燃料費ですが、短期的には燃料費の増大は避けられず、電力会社、場合によっては電力消費者の痛みを伴う可能性もあるものの、上記に述べたような天然ガスを高い料金で買わされるような構造を残しておく方が、中長期的には日本にとってマイナスだと思います。

完全なる発送電の分離、全国規模でのフレキシブルな送電網の整備、その他、徹底した電力システムの改革、総括原価方式の見直しなどで、本来、あるべき企業努力を受け止め、代替としての強力な自然エネルギーの普及などで、輸出国に対し価格交渉力を強める。

一方、短期的には、電力会社との価格交渉力においては、劣勢に置かれている中小の企業に対して、税制上の優遇をするなど、別途、有効な補助を行い、中小企業を守っていく方法はないのか。

他方、①のグループについては、電力会社の社会的責任という観点から、その体質改善は不可避でしょう。

大手金融機関が、融資先としてはリスクのもっとも少ない電力会社に高い金利で資金を出していたのも、電力会社が高い金利で金融機関から資金を調達していても堅実な利益を上げることができたのも、それらの金利負担分すべてが原価に含められる総括原価方式によるためです。

金融機関の社会的使命のひとつとして、懸命に努力している企業を可能な限り支えていくというものがあります。
①のグループには、その責任の大きさから、社会の変革にともなう痛みを引き受けていただくのが本来の在り方だと考えます。

原発関連の従来の雇用は、他の分野、特に環境関連の雇用創出に強力にシフトさせていくことが大切です。

原発立地自治体については、電源三法を廃止し、「廃炉交付金」のようなものを充分に充実させ、廃炉研究や、「原子炉を安全に閉じていく」産業に誇りを持っていただけるように、社会への理解を促進することが大切だと思います。


廃炉プロセスに関しては、またひとつの大きなテーマであり、今後の日本の世界的な競争力の源になりうるため、長期的に見て有望で大切な分野だと思います。

日本が、社会を根本的に転換することに力を注ぎ、自然エネルギーの普及に成功すればするほど、同時にこの廃炉に関する研究とノウハウは国際的な競争力を獲得していくはずです。

世界的に、原子力から自然エネルギーへの転換を促す流れが加速し、(これは既に始まっているようです)こうした市場が形成されるからです。

以上のように、原発を廃止するデメリットは、基本的に「当面の」痛みによるものであり、本気になって努力、工夫すれば乗り越えられるものです。
しかし、それには相当な努力を必要とすることは間違いのないことではありますが。

原発を継続するデメリット

なにより、事故の確率をゼロにはできない、ということ。

(どんなに安全設計をしたとしても、構造物の物理的な欠陥、起こりうる事象の見落とし、考慮不充分の可能性はゼロにはできない。
このほか、人間社会や組織の構造的な欠陥-人間の認知、行動の欠陥、限界-は常にありうる。

今回の事故では、日本的な認知、思考の欠陥が露呈した。これは、心理学的な問題である。
このことは充分に議論されておらず、このような「思考の性向」は、すぐに改善したり変わったりするものではない)

ひとたび事故が起きた時の悪影響それによってもたらされる苦しみ、悲しみは計り知れないのです。

今回の事故の経済的なロスは、計量不可能なほど巨大です。
「原発は必要不可欠だ」と主張する人たち中には、つい経済を優先しがちになる人々がいますが、それでは、こうした人々のうち一人としてこれを責任を持って計算しようとした人がいないのは理解に苦しむところです。

原子力発電以外の分野での人間の営為の中にも、必ず失敗や事故のリスクはあるが、基本的に燃焼反応に帰結する破壊現象や、力学的破壊のリスクと、核エネルギーのリスクは本質的に異なるはずです。

更に、地震の活動期に入っていると指摘されてもいるのです。
つまり、現実に国が滅びる可能性がある、ということ。


「原発の廃止・存続」の意思決定に加わることのできない、“まだ見ぬ未来の世代”に放射性廃棄物を残し、さらに、その量を増やし続けてもいい、あるいは、そうしても仕方がないという論理は、そうした経済を優先する人々が重視する経済合理性と倫理性との間に整合性を取る努力を放棄してしまったことを意味するのです。

中止するメリット

継続するデメリットを(段階的ではあっても、なんとか少しずつ)なくしていくことができる。(これが最大のメリット。)

このほかに、以下のような、これと並ぶほど重要なメリットがあると考えています。

世界は、人口増加が止まりません。

新興国が経済発展を続け、その状態を継続すれば、あらゆる面で地球の資源は枯渇していきます。
新興国の食料需要、エネルギー需要は増大し続け、グローバルに足りなくなるために、やがては奪い合いになります。

今までは先進国が金融、経済を取り仕切るかたちになった来ましたが、これから、経済発展により力をつけた新興国、資源保有国が発言力を増していくと思われます。

両者の間の広い意味におけるパワーバランスがじわじわと逆転していく時、日本は、今までのような条件で果たして資源を売ってもらえるのか。

今までは、日本の最大の強みである工業生産力で国力を維持してきましたが、これも激しい競争にさらされて疲弊し、多くの分野で、その競争力が少しずつ弱まっています。

この10年の凋落は非常に深刻で、国民はこのことについて、まだ十分な実感を持って受け止めていないのでは、とする指摘もあります。

力をつけた資源国からは足元を見られ、日本の目覚しい戦後復興・発展を成長モデルにして追い上げてきた新興国には、工業生産と輸出競争力で追い上げられ、このままでは、どちらの方向からも挟まれるようにして、日本のあらゆる面での停滞が現実的なものとなってきました。

つまり、今までの古い硬直化した経済発展モデルは、まったく機能しない世界になってきているのです。

グローバルなエネルギー・食糧危機がやって来るとすれば、いち早くそれに対応した社会を構築したところが、今後、世界に対して大きな役割を果たすことができるということになるはずです。

エネルギー危機に対して、原子力エネルギーを増産することで対処する方法を取り、とにかく電力を供給しまくる、つまり大量生産と大量消費の経済発展モデルを、これからも踏襲し、維持するという発想では、その過程で生じるさまざまなリスクを度外視して、純粋に経済的な分析、リソースとして考えたとしても、地球は完全にもたなくなります。

現在の危機に対しては、まったく違う社会を作る、という発想を持たない限り対応不可能です。


原発廃止へシフトすることと並行して、強力な省エネと環境技術、それに対応した社会インフラを徹底的に構築していくことが大切です。
地球環境を維持する持続可能な社会、文明をつくる、ということは、実は人類の未来にとって圧倒的に重要で避けて通れない道です。(避けていたら地球は、やがて壊れるでしょう)

日本が先んじて原発廃止後の持続可能な社会をつくることに成功すれば、環境規制や資源の使い方に関する国際的な取り決めや誘導において裏付けのある説得力持つことになり、国際交渉の場での発言権が増していきます。
日本はそのためのイニシアティブを取りやすくなるはずです。

厳しい環境規制や資源活用法の世界的徹底の実現は、そのための技術や社会インフラをもし日本が達成していれば、特に日本が利己的な発想を持たなくとも、他とは比肩できない独創的な強みを獲得することになり、自ずと日本の国益につながっていくでしょう。

それが、結果的に地球を守り、世界への貢献となるでしょう。
今、日本は大変な危機の最中に置かれていますが、勇気を持ってパラダイムの転換を図ることで、日本が新しい文明の黎明を切り開くことができるかも知れません。

これからは、父性的な闘争に明け暮れ、いたずらに疲弊することより、ともに育む母性的な社会の構築が望まれているのです。
大震災以来、人々の価値観、生き方、幸福に対する考え方も、深いところで変わっ てきていると感じます。

日本は、現在危機の状態を脱していませんが、不幸な出来事から生み出された日本の危機対応能力が、私たちの地球をこれ以上、痛めつけないことに役立つかもしれません。

せめて、「今回の危機は、このことに気付かせてくれたのかもしれない」と考えることは、あまりにも薄情で酷な言い方でしょうか。
仮に、そうとでも考えなければ、この耐え難い不幸を私たちが体験させられている理由の、たったひとつさえ説明することさえできないのです。

日本の社会を根本的に構造転換させ、省エネを飛躍的に進化させ、環境に適応した洗練された強い社会に変えていくきっかけをつくる、ということが、原発を廃止していくもうひとつの大きなメリットです。

短期間に一挙に脱原発をしてしまう、という、一見無謀に見える選択を支持する理由は、以下のふたつです。

1) 老朽化した原発や、ほぼ確実に大地震が来るといわれているたいへん危険な立地の原発はもちろんのこと、そうではないものも、直下型の地震動で想定を超えた現象が起きる可能性は否定できない。
相当規模の地震は、いつ、どこで起きるかわからない。
また、地震以外の自然災害の可能性もある。危険は常に四六時中ある。

2)原発からの撤退は、かなり強行に、速やかにやらないと、ますます困難になるかもしれない。
巨大な利権が絡み合い、依存症状態となっているからには、強力な指導的原理が必要。
これは、上記1) と同じくらい重要な問題と感じています。

原子力産業には、さまざまな分野、多方面の人たちの利害が絡んでおり、現在の構造の中核と周辺を固めているので、いたずらに長引かせることは民意と明らかに逆行することになり、とりもなおさず抵抗勢力の巻き返しを許すことになります。

さまざまな立場の人たちの利害のぶつかりあいを超えた視点で、全体にとっての「利」とは何かを考え、道徳的な(社会正義に基づく)評価を用いて社会を再構築していくための指導的原理とは何かについて議論し、これに基づいてものごとを決めていく、という伝統 (習慣)が日本では培われてこなかったようです。

従って、一度動き出し(利害の形成された)、それが今日まで来ている以上、私たちの「正しさの指標」をもちいて今までの軌道を修正することは難しいでしょう。新しい時代の指導的原理とは何か、真摯な議論を重ねる必要があります。

最後に、今回は「原発依存をどうするか」といった国民による議論の俎上には乗せられていませんが、核燃料サイクル事業は、すべて終了させ、使用済み核燃料はすべて直接処分とすることを強く望みます。


(おわり)


引用終了



日本病におかされた日本の中枢、原子力村のような、利己的で刹那的な集団によって、破滅の道を歩むより、全体にとっての「利」とは何かを考え、道徳的な(社会正義に基づく)評価を用いて社会を再構築していく、持続可能なより高次元な世界を生きたいと思うのは、当然の感覚だと私は思っています。



一人危機感を募らせ、焦燥感に駆られているような気持で、ブログを書いているのですが、私のつたない文章から伝わっているでしょうか?前のブログでもそんな気持を書いていました「本音」

もちろん危機感を持っている人はたくさんいると思っています。ネットでは、専門家、知識人、知的情報の収集、分析能力のある方たちが、情報を発信して、行動を起こしているのを確認でき、そこで勉強させてもらっています。

集まった情報の分析や解釈や判断は、それぞれに違いもありますし、多少の温度差もあります。けれども私はそういった枝葉末節の違いにとらわれる事なく、原発問題について考える同じ木としてとらえたいと考えています。

そういった方を支持する方を含め、危機意識を持った層は、全体の何割を占めているのだろう???とよく考えます。

私の目の前を見渡しても、それはマイナーな層なんだろうという感覚があり、焦燥感に駆られているのです。

とくに一番身近な存在の旦那さんには、ことさら強い焦燥感を感じています。むっまぁ所詮、日本人ではないですしね。。。日本人ですら考えたくない人が大半なんですから、当然の事かもしれません。でもそんな旦那さんがいることは、いい練習になりますよねべーっだ! 伝えられないのは私のデリバリーが悪いと彼によく言われるのですむっ わかっているんです。でも旦那にだと、ついつい、いらだちの感情が乗っかってしまうんです~プンプン(修行が全く足りない私ですしょぼん

私、今この原発問題以外に本当に関心のある事ってないんです。もちろん子育てやエコライフにだって関心を持っているのですが、まず、命の根幹に関わるここの所を棚に上げていたら、子育てもエコライフも成り立たないものになってしまうと感じるからです。

ブログをここに引越して来たのも、原発問題について私が感じている、本当の危機感をもっと踏み込んで書きたかったからです。

それでも、まだ書けないでいました。書く勇気がありませんでした。

だって、今私が本当に感じている事を書いてしまったら、日本に住む人、日本に関わる全ての人をどんな気持にさせてしまうか・・・

本当の事を言うと、思いやりや配慮に欠けていると、たたかれます。でもその本当の事が「生命を脅かす」可能性のある事案だったとしたら???

しかもその可能性は限りなく確実に近い可能性だと感じるのです。(歴史がすでに証明しているからです)そして伝える事で、わずかでもその危機が回避できる可能性があるとしたら?絶望とあきらめで終らないように、希望の光を探しながら伝えていきたいと思うのです・・・

そして忘れてはいけないのは、怒りの矛先は、真実を指摘する人ではなくて、その原因を起こしたものに向けるべきだということですパンチ!

そこを決して間違えてはいけないと思います。

近視眼的な思考を捨てなければ、これからの世界生き残れないと思っています。目の前の見える事だけではなく、視点を高く広く持って、知的感覚、本能的感覚を研ぎすませなければいけないと感じています。

それか盲目的なままで、すべてを道連れに破滅の道を歩むのかどちらかではないでしょうか・・・

一人でも多くの人が、そのことに気がついたら、今なら破滅の道を回避できると、私は信じています・・・


長い長い、前置きでしたが・・・  
(えっ!えっそう、前置きだったんですよ~。)


今日は紹介したい記事があります。


今日本人は、地球人類に壊滅的なダメージを与えかねない、瀬戸際にたっていると私は感じています。かなりリアリティの高い可能性です。

もう既に起きてしまった事だけを見ても、もう充分に今の私は日本人としての誇りを失い、恥じ入る気持ちになっているのです。

放射能汚染は確実に世界へと広がっていくと思っています。(もう既に広がっていますよねしょぼん)自然や生態系を介して、または物流を通して、じわじわと。

日本は更に原発を輸出しようとしていますし、海外の原発を買収しようとしています。(経産省はベトナムへの原発輸出に復興支援予算5億円計上していたらしいですし、日立は英原発建設会社を700億円規模で買収しようとしているみたいですしね。)

狂気の沙汰ですしドクロ、東日本大震災の犠牲者の方への何たる冒涜でしょうか?メラメラ


というような、なかなか書けなかった気持を隠さず書いてしまいたくなった理由は、こちら↓の記事を読んだからです。



「福島第一原発と日本の運命と全国の子供の救出」

この昨日のカレイドスコープさんの記事は必読ですビックリマークビックリマーク


以下、カレイドスコープさんのところから、記事の一部を簡単に省略させてもらって紹介させてもらいますので、とにかくアップのリンクを一読する事を強くお薦めします。

以下、一部抜粋、および私(Tomoko)の勝手な省略文です。その事をご承知ください。

原発事故後の福島第一の現状は震度6に耐えられないと考えるのが常識です。これから先そんな地震が日本にやってこないと考える人はいないと思います。いくつもの破滅的シナリオを世界の科学者が危惧しています。

①世界の使用済み燃料プールの最高権威者、ロバート・アルバレス、彼の計算によると、福島第一にはセシウムと核燃料棒が、チェルノブイリ事故の85倍、広島原爆の5万発~10万発。しかも1号機で事故が起きようと、2号機で事故が起きようと、その福島第一原発のところに人は入れなくなるのです。もし、福島第一原発の中で、何かが起きた場合には、残念ながら、「少なくとも三千キロは避難しなければならない」

②応急的、暫定的な、鉄管ではなくてプラスティック性のクーリング・システムパイプに穴があいてもほぼ駄目だろう。

③1号機、2号機、3号機のメルトダウンが格納容器の下に穴を開けている場合には、有名なチャイナ・シンドローム。これが起きていない、という確証はないと。

ということで、どのひとつのものが起きても、福島全体の放射能の量は、チェルノブイリ事故のときの85倍(最低値)から、170倍です。ということは、もう日本復興は無理です。何百年の間は、日本の全土、ならびに韓国、中国含めて、何千キロの範囲は、ほぼ無理です。


ヘレン・マリー・カルディコット博士によると、チェルノブイリ事故は26年前でしたが、ウクライナ政府が発表したものは、九州と同じくらいのエリアの中からの数字として、これは政府の発表で、260万人です。そのうちの62万人が子供です。

私が国連会議に参加して、いつも感じるのは、実証が出るかでないか、というのは科学者の遊びに過ぎない、ということです。

子供は科学の実験台になるべきではないのです。

今、みなさんに申し上げたいのは、二つです。もう避けられない事実があります。それは、福島第一原発で破局的なことが起きたら、これはもう終わりです。もう、原発の再稼動の話も、どうのこうのも、世界に440もの原子炉がありますが、これも全部、もう終わりです。こうした破局の話を抜きにしても、避けられない道は二つあるのです。

ひとつは、福島の放射能を止めるまでに、東電は40年間かかる、と言っています。しかし、私が聞いている科学者は、60年以上かかると言っている。ということは、間をとっても、50年間、毎日、放射能が吹き続けているということです。そして、その放射能は消えないんです。今、みなさんが言っている数字は、(事故後)わずか2年の量です。これから10年、20年と、数字が積み重なるだけです。(消えないので、一方的に累積されていく)

よって、カルディコット博士は、今後、200年以上、日本の国民は広い地域において、放射能の被曝量を検査しながら生きていかなくてはならない民族になったことを直視すべきだと言っています。

ふたつめに、みなさんが覚悟しなくてはいけないことは、この60年間に放出されることの中から、子供の問題が起きてくることは避けられないのです。これを、どういうふうにするか、政治家、みなさんの運動によって変えなければいけないのですが、子供そのものは、これから5年、10年後には、相当数、出てくることは、もう避けられない事実です。


以上引用終わり



放射能による被害は、若ければ若い程影響が強くなると言われます。子供そして胎児。遺伝子が損傷するので、その影響は何代も続くとも言われます。

日本の中で生きている日本人には放射能汚染による苦難の民族として生きる事が、現実の問題としてすでに今ここにあるのです。

そして今でもすでに放射能汚染が広まりつつありますが、更に原発に壊滅的なことが起きれば、日本の国家は破滅します。そして世界を混乱に陥れます。海外で生きる日本人には、日本人という罪の十字架を背負って生きていかなければならない日がやって来るかもしれません。日本人は日本人である事を隠して生きるような世の中がやって来るかもしれないのです。

本当にこんな事書きたくないし、信じたくないし、否定したい!

ワクワクして愛の波動にいれば、こんな不幸な出来事を呼び寄せないと信じたい!ただの狂った私の妄想か不安症の病気だったらいいと思う。

私の家族も友達もほとんどが関東に暮らしています。海外に住む人も子供を連れてちょくちょく里帰りをしています。私は政府と企業という性質を全く信用していませんから、垂れ流しの放射能汚染と、がれきによる汚染の拡大、食品による内部被曝を危惧しています。

きっとこんな話しは聞きたくないだろうと思うから、直接言う事はほとんどしません。だからどうせ読んでいないだろうと思うこのブログに本当に考えている事を書くのです。ここに書く分には押し付けにはならないと思いますから。万が一このブログを読んでくれるという事は、私の発言に少なくとも無関心ではないという事。これを読んで思う事があったら、直接語りかけてくれる事を私は心の底で望んでいるのです。


原発事故はすでに起こってしまったのです。それが現実なんです。


とりあえず、今は何も起きていないし、事故は収束して何の問題もないという政府の見解や、メディアの論調を鵜呑みにして、何事もなかったように今までと変わらず、無関心で暮らすのは、想像力の欠如だと私には思えてならないのです。今もなお、自分の命を削りながら現場で「人間」が収束のために作業していますし、今も高汚染地区に人々が暮らしているのです。そのことを無視して原発は安全、再稼動するべきなんて言えるはずがないのです。

原発とは人の命を犠牲にしなければ存在し得ないものなのです。

また原発反対に反対する事や、「絆」の名のもとに、がれき受け入れで貢献し、食べて応援することも、自らの命を削っている事だと私は思っています。それもすべて覚悟の上での決断ならば何も言うべきではないと思っていますが、果たして子供もそうなんでしょうか?

また、無関心を誘発する恐れのある、スピリチュアリズムにも今は危険を感じています。以前「スピリチュアル ビジネス」というものを書きました。地震、津波、放射能の直接の被害を体験していない、スピリチュアルな生き方を探索している人々が、ネガティブを引き寄せないように、その問題を考えないようにすることは、解決策の模索の放棄で、被害を受けてしまった方から目を背けることで、それは愛だとは思えないからです。


だから、自分だけはネガティブな波動に飲み込まれずに、高次元の世界へ移行するということを語る、ニューエイジ系のようなスピリチュアリズムに今は解決の糸口を見いだせなくなっているのです。(決して意識の世界をすべて否定している訳ではありません。)


私は、それより何よりも、


子供たちの未来を守りたいのです。


だからそこにある危機を叫ばずにはいられないのです。






さて、前回の続きです。

私は「いい欲」と「わるい欲」があると思っています。


欲する事によって、よりよい方向に向かい、改善し、進歩する「欲」もあれば、欲する事によって、破滅に向かう「欲」もあると思うからです。それは前回書いた通りです。


残念ながら今の世界は完全に後者の「欲」が勝っている状態だというのが私の見解です。


「ささやかな願い事が」がいつのまにか「貪欲」に変わってしまうと、「欲望」が際限なくふくらみ、コントロールを失ってしまうのかもしれないです。


「足るを知る」この感覚的基準を常に持って、生きていきたいと思うのです。


だから常に、


「そこに持続可能性があるか?」
「地球にやさしい?環境を破壊しないか?」
「人にやさしいか?健康を害さないか?人権を侵害していないか?」
「ここに命の尊厳はあるか?虐待はないか?」



これらの事を自分に問いかけていきたいです。それは、欲するものや、欲する理由が、大切なのではないかと感じるからです。


欲するものが、上記のような事を考慮されているものだったら、愛と調和のもとに、未来へ持続可能だと思うのです。

欲する理由に愛と調和があれば「足るを知る」で自分の軸にとどまっている事ができるのではないかと思うのです。


でもそのとどまるという所が、一番難しいところかもしれないですね。


人はきっと気がつかないうちに、ささやかな願い事から、貪欲の海へ落ちていってしまうのかもしれないです。

でもそれは確実に世の中の風潮、テレビ、映画、マガジンなどからの、垂れ流しの宣伝、洗脳が大きいと思います。


それと「貪欲」になることがいけないと言っても、私は世の中にある、ファッションや娯楽を全否定している訳でもないのです。


芸術と文化は人間の精神的な営みにとって、とても大切なものだと思っていますし、科学・技術もとても重要な進化の一つだと思っています。


ただ、すべてあり方を間違えてはいけないと思っています。善なる心、愛と調和がベースにある事が大前提だと思うのです。



さて、ここまでが私が考えつく理想です。理想をずっと書いてきましたが・・・
この理想をふまえ、どこまで私が実行できているかというと・・・



まだまだ欲だらけの私です。
本当にすいません。ガーン
まぁ、それもいつも書いている通りですが。。。


「これ欲しいな~」「これをやりたいな~」と思った時に、いつも上の基準を当てはめて考えているのですが、


もっともっと自分の欲をなくす余地がたくさんあります。。。。


頑張れば、なくせるのに、一番努力が足りないこと。

「食」です。

いまだにお肉を頂いているし、食全体への欲が手放せないでいます。本当にここ何年も行ったり来たりを繰り返していて、本当にぜんぜんダメな私です。

けれども今の所、私はお肉を頂く事を全否定していないです。でもできればやめたいと思っています。ただ頂くのなら、命の尊厳のない家畜動物のお肉や乳製品を避けるようにしています。

そして、使い捨ての紙製品、プラスティック用品も減らす余地がまだあります。でも楽をしたいという欲に負けて、まだ使用しています。


自分が正しいと思う事を貫きたいのに、自分の欲に負ける事もあるし、家計の厳しい中、貫きたくても、それがどんどん難しくなっている状況もあります。特に旦那さんに強要もできずに、ジレンマに陥っていることもあります。


本当に難しいですね。。。


あれ~、今回はえらそうな事ずっと書いてたから、最後ちょっと落ち込んじゃったガーン


まぁ、これが本当の自分を知るという事ですね。


書いててよかった。


とにかくできる事から頑張ろう!


あっ、開きなおちゃった。私晴れ







私ね、ずっと、グローバル資本経済が悪い、利益至上主義経済が悪い。と書いてきました。

資本主義社会(社会主義も形を変えた資本主義だと思っています)は、「富の一極集中」が起こりやすいのです。それはその資本主義社会の持つ性質によるものだと思います。経済的な強者が経済的な弱者から搾取するという形になっているからです。実際弱肉強食の世界なんです。グローバル資本経済は最終的に勝者になった、一部の人のために存在するようになっていると思っています。

まず世界では国家間で弱肉強食の関係が存在しています。
世界人口の20%の先進国が「世界の富」の80%を保有
世界人口の80%の後進国が「世界の富」の20%を保有
(2000年以降、経済振興国の台頭によって今では80%→65%まで激減しているそうです)

そしてその富の内訳を違う角度から見ると実際は、
世界の富の約40%を1%の「億万長者世帯」が保有しているそうです。
米調査 • 2011年06月01日 13:51 発信地:ワシントンD.C./米国

ということは残りの富60%を、世界の99%の人で分配しているんですよね。この中の99%の中も弱肉強食ですから、60%もかなり偏って保有されている事でしょう。

っというように、とてもとても富の偏った世界で私たちは生きているのです。それが現実なんです。

富が集中すればする程、そこに権力、支配、コントロールというパワーが宿ります。だって彼らは世界中から吸いあげた富を失いたいはずがないですからそのパワーを使う事でしょう。それがグローバル資本経済の正体だと思っています。


今度は、資本主義社会の中の株式会社という企業に視点を持っていってみます。


「ザ・コーポレーション」 という映画が日本語字幕付きでyoutubeにUPされていたのを前のブログで紹介した事があるのですが、youtubeからなくなっていました。残念。

なので、ここにあらすじを貼付けてみます。goo 映画 から拝借させてもらいました。

「サイコパス」とは、精神病質者の意。現在はサイコパスという言葉は無く、反社会性人格障害(APD)と変更されている。サイコパスの特徴は極端に自己中心的で、慢性的な嘘つきで後悔や罪悪感が無く、冷淡で共感が無い。加えて自分の行動に責任が取れない。他人への思いやりがない。人間関係を維持できない。他人への配慮に無関心。利益のために嘘を続ける。罪の意識がない。社会規範や法に従えない。現在の企業を一人の人格として精神分析を行うと、その診断は完璧な“サイコパス(人格障害)”となった。「ザ・コーポレーション」はすべては利益のために働く機関としての企業の、様々な症例を分析する。本作で紹介されるのは「ボリビア、コチャバンバ紛争~水道民営化を阻止した民衆運動~」「ホンジュラスにおける労働搾取工場の実態」「インターフェイス社の環境への取組み」「ロイヤル・ダッチ・シェルの公害問題」「フォックス・テレビ内部告発のてん末」「ギャップ社の不当労働疑惑」「遺伝子組み換え食品に反対するインドの環境保護活動家」etc…。総勢40名の証言者のひとり、ノーム・チョムスキーMIT教授は「民営化とは、公共機関を善良な人に譲ることではない。専制政治へそれを委ねることです。公共機関には利点もあった。損することも出来ます。別の利点があれば、損をしてもよかったのです」と語る。また、『ブランドなんか、いらない』の著者ナオミ・クラインは、「ブランドの宣伝目的は、製品ではありません。製品の代わりに彼らが作るのは、ブランドのイメージです。製品への取り組みを宣伝し、その思想をばらまくのです」と発言する。そして、「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」などでユーモアを武器に社会の矛盾を鋭く斬り込む映画監督マイケル・ムーア。彼は最後に観客に語りかける。「俺は人々がこの映画を見て立ち上がり、行動すると信じている。世界を我々の手に戻すために」。



日本人が知らない恐るべき真実 からも一部抜粋させてもらいます。 

「世界を「売り物」にする多国籍企業-企業という名の精神病質者」
社会的責任と株主の利益が一致していればよいのですが、社会的責任を果たすと、その結果、株主の利益を損なうようなことがあれば、経営者は株主の利益をとらざるを得ません。他者への思いやりは「株主への背任」とみなされてしまうのです。また、利益を上げ続けなければならないという宿命は、経営者から人間的・道徳的な判断を奪っていきます。
 このような企業の「機関」としての性格を、心理学者であり、精神異常の専門家であるロバート・ヘア博士に診断してもらったところ「精神病質に極めて近い」という結果になったそうです。

企業経営者が、人格的に問題があるというわけではありません。むしろ経営者と言われる人は学歴も教養も常識もあり、人望もあって、家庭に戻れば良き父であり母である場合が多いでしょう。しかし、ビジネスの世界での人格は別なのです。世界的な規模でシェアを奪い合う熾烈な競争を繰り広げなければならない企業経営者は、倒産したライバル会社の社員が自殺しようが、下請けの労働者が過労死しようが、地球環境がとめどなく悪化しようが、気にしていられません。そんなことを考えていたら自分の会社が負け組となって、大切な社員や家族を路頭に迷わせることになってしまいます。企業の持つ宿命的な性質の下では、その構成員が個人としてどれほど善良であろうと関係ないのです。
 このような性質を持つ企業が巨大化し、世界中をまたにかけて活動しているのが多国籍企業です。トップから200位までの多国籍的企業だけで世界の経済活動の約4分の1を占めています。まさに『道徳なき商業』が地球上を席巻し、世界を混乱に陥れていると言えるのではないでしょうか。



これが企業の持つ性質で、目的が、利益を上げ続けるために搾取する事なんです。大衆から搾取するためにはお金で政治や法律を支配コントロールしないとそれを実現する事ができません。そういったパワーを持った人々の意図が私たちの社会に巧妙に根深く組み込まれていると思うのです。


だから大抵の国の政府が国民の味方になっていないように感じるのです。企業→経団連→多国籍企業のために存在している状態になっているのだと思うのです。政治家は権力を握った1%の人間の太鼓持ちにすぎないと思うのです。良心を持って民衆のために行動する政治家は失脚させられてきたというのが歴史の真実だと思います。


今の日本の原発事故以後の政府の対応を見ても、それがはっきり見て取れます。国内の原子力村の背後には世界原子力村IAEAがあって、IEAEと協定を結んだWHOは原子力による健康被害については何もしない。


IAEAの原子力の平和利用なんて軍事目的だと思っています。戦争の背後にはいつも結局、商人がいます。金貸屋と武器の商人です。核兵器=原発ですからね。戦争は金のなる木といいますものね。彼らのために起こされて、利益が吸いあげられていくのです。


けれどもね、ここにきて、そんな彼らにパワーを与えているのは、他ならない自分だと気がついたのです。富を願う、一般の市民一人一人の意識なんだと気がついたのです。


一人一人の人間の欲が → 企業の活動を支え → 企業が経済界と政界にパワーを与え、パワーを得た経済界、政界は → 1%の富裕層のためだけに働くのです。


富は人々が望むからあるのであって、富があるから貧富の差が生まれる。


富とは何でしょうか?


所有しすぎる事かもしれません。むろん精神的な心の富はどんどん築くべき物だと考えています。


お金・物質・権力を所有しすぎること、いわば物質的な富が危険だと思うのです。


それらを持ちすぎると誘惑という魔が近寄ってくると思うのです。よほど綺麗な心であれば魔も近寄れないですが、とてもとてもハードルが高いと思います。


もっと、もっと、という決して満たされる事のない飢餓状態に似た「貪欲」がやって来ると思うのです。持ちすぎる事で誘惑もやってきます。失う事への恐怖と猜疑心も生まれます。欲する事が、怒りや、妬みといったネガティブな想念を呼び寄せるのではないかと思うのです。


生きるとは、人間の魂の成長だと私は思うのです。


成長するとは、人間が本来持つ、善なる心、愛をもとに、互いの幸せをよろこび、助け合いながら、分かち合いながら生きる事だと思うのです。


この間、人間の本質はお互いの幸せと寄り添いたいのだとチャップリンのスピーチを紹介しました。私は彼の語る人間の本質に心から共感しました。


そう考えると物質的な富は魂の成長を阻害するのかもしれないですね。やっぱり裕福ではない方がいいのかも~☆


皮肉な事に、私たちの「欲する」という意識と行為が彼らにパワーを与えてしまい、そのパワーによって、私たちはがんじがらめになっていると感じるのです。


でも裏を返せば、パワーを与えないと言う選択をできる立場にいる私たちが一番パワーがあるのかもしれないですクラッカー


やっぱり、最大、唯一の力は「Grass roots 草の根運動」かもしれないグー


この地球という惑星を覆う「もっと~、もっと~」という声。これがなくなれば地球は楽園虹になると思いません?


私たちの最大のレジスタンス運動は 

『自分たちの「欲」と向き合う事』
!!


って、


言うは容易しで、私はまだまだ欲だらけガーン あれも欲しい、これも欲しい、といろいろ願ってしまいます。


でも望むことが、絶対悪ではないですよね。だって望む気持が成長や技術の進化を生むのですから。


次回は、その「いい欲」と「わるい欲」の線引きについて感じている事を書いてみようと思います。






前回「ラッピングペーパー」について書いたんですが、実は「プレゼント」そのものについてずっと感じている事があったので、今回はそれを書いてみます。


「プレゼント」「贈り物」って必要なのかな?って、実はよく思うのです。


もちろん「プレゼント」をあげて相手を喜ばせたいという気持ちはありますし、もらって嬉しい気持もあります。

その「あげたい」「ありがたい」っという気持が人の心を温かくするものだと思っていますから、プレゼントを贈り合う行為をやめるべきだと言いたいのではないのです。

ただ、このプレゼント、好きだといいな、役に立つといいなという気持で選んでも、もらう側は、好きじゃないかもしれないし、使う物ではないかもしれない。これは本当にしかたのない事です。

いらなかったにしろ、誰か他に喜んでもらってくれる人がいればいいのですが、最終的に行き場がなくなってしまう事も少なくないと思うのです。

人々の善意の習慣でも、現代社会のやり方で生産されている物だと、地球の資源を枯渇させて、汚染させている可能性が高いのです。

例えば、一度遊んだら壊れてゴミになるような$2ショップのおもちゃなんて、本当にむなしい事だと思うのです。でもPartyで子供たちが喜ぶから大人は使います。私も時々買ってしまいます。

一事が万事この調子です。喜んでもらいたいという善意の気持でも、その行為が、ひいては地球や人間の存在を危うくさせる可能性と、子供たちの未来を奪う可能性を持っているのです。

なんだか悲しい気持になってしまいます。

そして今の世の中を見渡すと「贈るという行為」よりも「贈り物が何か」ということが強調されているような気がするのは、私だけでしょうか?

「心」より「物」に重きが置かれている気がして悲しい気持になってしまうのです。


$one earth   ***地球はひとつの生命体***FBからのシェアです。


人は愛されるために 物は使われるために 生み出されました
なぜ世界が混沌の中にあるのかというと
物が愛され 人が使われているからです




なぜこんな事になるのか・・・
こんな私の独り言を読んで下さる方は、きっと同じ結論に辿り着くのではないでしょうか?


そう「利益優先主義の経済活動」が原因だと思うのです。


企業はお金を儲けたいですからね、「どんどん買って!もっと買って!!」の心理作戦をかけてきます。人々の「欲」に火をつけるためにあの手この手を使います。これを持つ事がステイタス!これを選ぶあなたの感性は最先端!所有する事で、いつのまにか消費者は特別な自分になっていくのです。物を所有する事で自分自身に付加価値がついていくのですね。


でもね、ここで「洗脳」という戦略をもつ、企業=経済界 だけを責める事は、まちがっていると思うんです。だって企業だって、一人一人家庭に戻れば一般消費者なんですからね。

結局、一人一人の人間の「欲」が深くなっていく事が本当の原因なんだと思うのです。


「欲」というものについて、ぐるぐる考えています。

次回「欲」について詳しく書きたいと思います。


その前に、ちょっと心のなごんだ絵本のお話を最後に。


『ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん』 エルサ ベスコフ著

おかあさんの誕生日の贈り物にしようと、ブルーベリーとこけももを摘みに出かけた プッテは、こびとのおじいさんに出会い、ブルーベリー森へとさそわれます。そして、魔法でこびとのおじいさんぐらいに小さくなったプッテのブルーベリー森で見たこと、経験したことは……。プッテは、あまりにすばらしく楽しかったので、帰る時間がきたとき、もっともっとこの森であそんでいたいと思いました。でも家にもどったときプッテは、おかあさんにあげるブルーベリーとこけももの実のいっぱいはいったかごをちゃんともっていましたよ。

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このプッテのおかあさんへの誕生日のプレゼントが本当に素敵だなぁと思ってね、世界中の人がこんな素敵なプレゼントを贈り合うようになったら、地球はとても素敵な惑星になるのにな~☆

と真剣に考えているのです。



もぉ~、せっかく新しいブログをリニューアルしたのに、前のブログと変わらない。全然更新していない。更新しない間は手作りにいそしんでいるはずなのに・・・・ ハマりたいはずの手作り生活にも全くハマれない。。。根本的に無精なんだろうな、私ってガーン

はぁ~。。。このところ思考もストップ状態。ただただインプットするのみ。

これから、人類はどうやって生きていったらいいのだろうか?
そのためにはここにいる私は今何ができるのだろうか?

この間も書いたけど、こんなことばかり考え、読んでいます。

政治の欺瞞
科学・医学・教育・学術一般、医療業界への疑問
力を持ちすぎた、心を持たない、コーポレーション
人間の心の荒廃や健康被害
宗教観・イデオロギー・人種の違いや、領土の奪い合いからの紛争・戦争
環境破壊・飢餓・人権侵害・動物虐待


目の前にある現実の問題があまりにも大きくて、どうしたらいいかわからなくて、途方に暮れています。

私は一人危機感を募らせている気がする。

トレバー君も同じくらい危機感があったら、私たち家族は今とは全然違うように暮らしていると思うんだけどなぁ。と、このもやもやの矛先をつい旦那さんに持っていってしまう。

でも今のままでいる事が家族の幸せに繋がるのかもしれない。私には自信もない。

ただ私の心の声はここじゃない、これじゃないとずっとささやいている。

だけど先立つものは何もない。そしてここにいれば最低限の保証だけはある。

とにかくfamiliarでないことが嫌いなトレバー君は、石橋をたたいて渡らないような慎重なタイプ。よほどの確固たる証拠と差し迫る危機を五感で認識しない限り大きく動く事はない。

対照的に、スーツケース一つ、なんの計画もなく海外に来た私は変化を求めるタイプ。彼より直感的で衝動的で計画性もなければ可能性の予測もできない。とっさの判断はいつも大丈夫!!っで、ドジでおっちょこちょい。。

私たちのこれまでを振り返ってみると、大きい決断は私。
日常生活での注意事項チェックは彼。これでうまく回っていた。


日々の生活はいつもの通り流れていく。時間はただただ急速に過ぎていく。


日々の生活、今この時期の子供のためにしてあげたいことだけでも、とてもお金がかかる。お金の心配のない世界で生きたいと心から願う。富や名声なんて欲しくもないんだけどなぁ。

ただお財布の心配をしないで、子供の喜ぶことをさせてあげたいし、可能性をのばしてあげたいし、身体にやさしい、環境に優しい食べもの、製品を購入したい。そして家族や心を通わせるお友達と楽しい時間を持ちたい。本当にささやかな贅沢なんだけどな。。。


危機感を持っていながらも、平凡な日常が流れ、物価の上昇が激しいシドニーの生活でひぃひぃ言いながら生活を送っている。


本当にこのままでいいの?と絶えず自分に問いかけながら。


現状が変えられないとしても、日常の私の選択、行動が、自分の理想に伴っているだろうか?
自問自答している。


その答えは、NO...


まだまだ伴っていない。。。


電気もお水も大量に使うし、やっぱりお財布の持つ力は大きく、家計をやりくりするために、大量生産、大量消費、オーガニックではない、地球にも人間にもよくない安いものを購入してしまう。使い捨ての物も減らす努力はしていても自己満足の世界。


はぁ~~~、なんかため息の日々。


でもね、微々たるものだけど、ひとつだけ行動を変えよう!と決心できたものがあるので、ここで紹介させてくださ~い音譜


私ね、ラッピングの包みを見ると、とても綺麗なんだけど悲しくなってしまうんです。びりびりに破られて無惨に捨てられるだけの運命だから。あ~、この紙は樹の命をいただいてここにあるのになぁ。ちゃんとリサイクルビンに行くのかな?ところでリサイクルって本当にどの程度リサイクルされているんだろう??なんてぐるぐる考えているんです。紙の残骸を見つめながら。

旦那の家族は昔から、紙やプラスティックをできるだけ使わないようにしています。ゴミに対して意識が高いのです。だから家族の間でのプレゼントはいつもこの紙が登場しますグッド!

でもよその人には、こんなもの使ってけちとか、心がこもってないとか思われちゃうかな、と小心者の私はこれを使う勇気がなかったのです。とくに子供のお誕生日会とかね。やっぱり私も人の目を気にしてしまうのですね。。。


自分に問い直しました。何が大切なのか。


自分に対するの評価が大切なのか?
(しかも私だけでなく子供も同じように評価されてしまうかな!?)

それとも環境にいいと自分が思える事を貫く事が大切なのか??


それで思いつきましたひらめき電球 


シールを作りました~~~クラッカー






そう包装紙は読み終えた新聞紙チョキ




one earth   ***地球はひとつの生命体***




今度私からこのようなプレゼントを受け取った方は、
この特製シールから私の気持をくみ取ってくれたらとっても嬉しいですニコニコ