私ね、ずっと、グローバル資本経済が悪い、利益至上主義経済が悪い。と書いてきました。

資本主義社会(社会主義も形を変えた資本主義だと思っています)は、「富の一極集中」が起こりやすいのです。それはその資本主義社会の持つ性質によるものだと思います。経済的な強者が経済的な弱者から搾取するという形になっているからです。実際弱肉強食の世界なんです。グローバル資本経済は最終的に勝者になった、一部の人のために存在するようになっていると思っています。

まず世界では国家間で弱肉強食の関係が存在しています。
世界人口の20%の先進国が「世界の富」の80%を保有
世界人口の80%の後進国が「世界の富」の20%を保有
(2000年以降、経済振興国の台頭によって今では80%→65%まで激減しているそうです)

そしてその富の内訳を違う角度から見ると実際は、
世界の富の約40%を1%の「億万長者世帯」が保有しているそうです。
米調査 • 2011年06月01日 13:51 発信地:ワシントンD.C./米国

ということは残りの富60%を、世界の99%の人で分配しているんですよね。この中の99%の中も弱肉強食ですから、60%もかなり偏って保有されている事でしょう。

っというように、とてもとても富の偏った世界で私たちは生きているのです。それが現実なんです。

富が集中すればする程、そこに権力、支配、コントロールというパワーが宿ります。だって彼らは世界中から吸いあげた富を失いたいはずがないですからそのパワーを使う事でしょう。それがグローバル資本経済の正体だと思っています。


今度は、資本主義社会の中の株式会社という企業に視点を持っていってみます。


「ザ・コーポレーション」 という映画が日本語字幕付きでyoutubeにUPされていたのを前のブログで紹介した事があるのですが、youtubeからなくなっていました。残念。

なので、ここにあらすじを貼付けてみます。goo 映画 から拝借させてもらいました。

「サイコパス」とは、精神病質者の意。現在はサイコパスという言葉は無く、反社会性人格障害(APD)と変更されている。サイコパスの特徴は極端に自己中心的で、慢性的な嘘つきで後悔や罪悪感が無く、冷淡で共感が無い。加えて自分の行動に責任が取れない。他人への思いやりがない。人間関係を維持できない。他人への配慮に無関心。利益のために嘘を続ける。罪の意識がない。社会規範や法に従えない。現在の企業を一人の人格として精神分析を行うと、その診断は完璧な“サイコパス(人格障害)”となった。「ザ・コーポレーション」はすべては利益のために働く機関としての企業の、様々な症例を分析する。本作で紹介されるのは「ボリビア、コチャバンバ紛争~水道民営化を阻止した民衆運動~」「ホンジュラスにおける労働搾取工場の実態」「インターフェイス社の環境への取組み」「ロイヤル・ダッチ・シェルの公害問題」「フォックス・テレビ内部告発のてん末」「ギャップ社の不当労働疑惑」「遺伝子組み換え食品に反対するインドの環境保護活動家」etc…。総勢40名の証言者のひとり、ノーム・チョムスキーMIT教授は「民営化とは、公共機関を善良な人に譲ることではない。専制政治へそれを委ねることです。公共機関には利点もあった。損することも出来ます。別の利点があれば、損をしてもよかったのです」と語る。また、『ブランドなんか、いらない』の著者ナオミ・クラインは、「ブランドの宣伝目的は、製品ではありません。製品の代わりに彼らが作るのは、ブランドのイメージです。製品への取り組みを宣伝し、その思想をばらまくのです」と発言する。そして、「ボウリング・フォー・コロンバイン」「華氏911」などでユーモアを武器に社会の矛盾を鋭く斬り込む映画監督マイケル・ムーア。彼は最後に観客に語りかける。「俺は人々がこの映画を見て立ち上がり、行動すると信じている。世界を我々の手に戻すために」。



日本人が知らない恐るべき真実 からも一部抜粋させてもらいます。 

「世界を「売り物」にする多国籍企業-企業という名の精神病質者」
社会的責任と株主の利益が一致していればよいのですが、社会的責任を果たすと、その結果、株主の利益を損なうようなことがあれば、経営者は株主の利益をとらざるを得ません。他者への思いやりは「株主への背任」とみなされてしまうのです。また、利益を上げ続けなければならないという宿命は、経営者から人間的・道徳的な判断を奪っていきます。
 このような企業の「機関」としての性格を、心理学者であり、精神異常の専門家であるロバート・ヘア博士に診断してもらったところ「精神病質に極めて近い」という結果になったそうです。

企業経営者が、人格的に問題があるというわけではありません。むしろ経営者と言われる人は学歴も教養も常識もあり、人望もあって、家庭に戻れば良き父であり母である場合が多いでしょう。しかし、ビジネスの世界での人格は別なのです。世界的な規模でシェアを奪い合う熾烈な競争を繰り広げなければならない企業経営者は、倒産したライバル会社の社員が自殺しようが、下請けの労働者が過労死しようが、地球環境がとめどなく悪化しようが、気にしていられません。そんなことを考えていたら自分の会社が負け組となって、大切な社員や家族を路頭に迷わせることになってしまいます。企業の持つ宿命的な性質の下では、その構成員が個人としてどれほど善良であろうと関係ないのです。
 このような性質を持つ企業が巨大化し、世界中をまたにかけて活動しているのが多国籍企業です。トップから200位までの多国籍的企業だけで世界の経済活動の約4分の1を占めています。まさに『道徳なき商業』が地球上を席巻し、世界を混乱に陥れていると言えるのではないでしょうか。



これが企業の持つ性質で、目的が、利益を上げ続けるために搾取する事なんです。大衆から搾取するためにはお金で政治や法律を支配コントロールしないとそれを実現する事ができません。そういったパワーを持った人々の意図が私たちの社会に巧妙に根深く組み込まれていると思うのです。


だから大抵の国の政府が国民の味方になっていないように感じるのです。企業→経団連→多国籍企業のために存在している状態になっているのだと思うのです。政治家は権力を握った1%の人間の太鼓持ちにすぎないと思うのです。良心を持って民衆のために行動する政治家は失脚させられてきたというのが歴史の真実だと思います。


今の日本の原発事故以後の政府の対応を見ても、それがはっきり見て取れます。国内の原子力村の背後には世界原子力村IAEAがあって、IEAEと協定を結んだWHOは原子力による健康被害については何もしない。


IAEAの原子力の平和利用なんて軍事目的だと思っています。戦争の背後にはいつも結局、商人がいます。金貸屋と武器の商人です。核兵器=原発ですからね。戦争は金のなる木といいますものね。彼らのために起こされて、利益が吸いあげられていくのです。


けれどもね、ここにきて、そんな彼らにパワーを与えているのは、他ならない自分だと気がついたのです。富を願う、一般の市民一人一人の意識なんだと気がついたのです。


一人一人の人間の欲が → 企業の活動を支え → 企業が経済界と政界にパワーを与え、パワーを得た経済界、政界は → 1%の富裕層のためだけに働くのです。


富は人々が望むからあるのであって、富があるから貧富の差が生まれる。


富とは何でしょうか?


所有しすぎる事かもしれません。むろん精神的な心の富はどんどん築くべき物だと考えています。


お金・物質・権力を所有しすぎること、いわば物質的な富が危険だと思うのです。


それらを持ちすぎると誘惑という魔が近寄ってくると思うのです。よほど綺麗な心であれば魔も近寄れないですが、とてもとてもハードルが高いと思います。


もっと、もっと、という決して満たされる事のない飢餓状態に似た「貪欲」がやって来ると思うのです。持ちすぎる事で誘惑もやってきます。失う事への恐怖と猜疑心も生まれます。欲する事が、怒りや、妬みといったネガティブな想念を呼び寄せるのではないかと思うのです。


生きるとは、人間の魂の成長だと私は思うのです。


成長するとは、人間が本来持つ、善なる心、愛をもとに、互いの幸せをよろこび、助け合いながら、分かち合いながら生きる事だと思うのです。


この間、人間の本質はお互いの幸せと寄り添いたいのだとチャップリンのスピーチを紹介しました。私は彼の語る人間の本質に心から共感しました。


そう考えると物質的な富は魂の成長を阻害するのかもしれないですね。やっぱり裕福ではない方がいいのかも~☆


皮肉な事に、私たちの「欲する」という意識と行為が彼らにパワーを与えてしまい、そのパワーによって、私たちはがんじがらめになっていると感じるのです。


でも裏を返せば、パワーを与えないと言う選択をできる立場にいる私たちが一番パワーがあるのかもしれないですクラッカー


やっぱり、最大、唯一の力は「Grass roots 草の根運動」かもしれないグー


この地球という惑星を覆う「もっと~、もっと~」という声。これがなくなれば地球は楽園虹になると思いません?


私たちの最大のレジスタンス運動は 

『自分たちの「欲」と向き合う事』
!!


って、


言うは容易しで、私はまだまだ欲だらけガーン あれも欲しい、これも欲しい、といろいろ願ってしまいます。


でも望むことが、絶対悪ではないですよね。だって望む気持が成長や技術の進化を生むのですから。


次回は、その「いい欲」と「わるい欲」の線引きについて感じている事を書いてみようと思います。