「もし、叶わなかったらどうしよう?」
そう思って準備する「保険」や「予備の道」。
とっても、素晴らしい心がけですね。
おかげで、あなたの夢は 「叶わないこと」が前提になりました。
失敗した時の準備を完璧にするほど、 私たちの脳は、律儀にその「失敗」へ向かって 全力疾走してくれる。
これぞ、効率化の極み。 最高に皮肉な成功法則だと思いませんか?
【夢】保険をかけるほど、遠ざかる怪。
子供の頃の夢、覚えていますか?
「夢は追いなさい」って言うわりに、同時にこうも言われる。
失敗するな。
道を踏み外すな。
保険をかけろ。
現実を見ろ。
……ねえ。
それ、どっちに向かって生きろって話?
私たちはいつの間にか、 夢を追う方法ではなく、 「道を踏み外さない方法」を叩き込まれました。
私は最近、ずっと引っかかっている。
夢を叶えたいはずなのに、叶わなかった時の準備を同時にしていると、結局どこへ向かってるのか分からなくなる。
引き寄せの法則みたいな話をしたいわけじゃない。
不満を抱えながら働き、 給料明細を見てはため息をつき、 週末には自己啓発やスピリチュアルに救いを求める。
なんて完成されたシステムなんでしょう。
みんなと同じ道を歩んで、 みんなと同じように絶望する。
これこそが、現代の「スタンダード」な幸せ ……なのかもしれません。
もっと現実的な話。
「叶えるための行動」と「叶わないための行動」を同時にやったら、
人間のエネルギー・・・どっちに割れると思う?
多分、割れる。
そして割れた分だけ、夢は遠のく。
夢を後回しにして、保険を先に用意してしまう理由
夢って、持ってたはずなんだよね。
子どもの頃の夢。
学生の頃に抱いた希望。
社会人になって見つけた「こう生きたい」。
でも気づくと、夢は「贅沢」になって、
希望は「現実逃避」になって、
いつの間にか私たちは“生きるための正解”を暗記する側に回ってしまった。
失敗しないように。
恥をかかないように。
迷惑をかけないように。
その結果どうなった?
仕事をしていても不満。
給料を見てため息。
人間関係で削れて、立ち止まって、
自己啓発を探して、
見えない世界に救いを求める。
「正解」を踏んだのに、
心だけが置き去りになってる。
……これ、私たちの“よくある人生”だよね。
学校の価値は否定しない。でも、万能だとも思えない
学校に行けば、人間関係が学べる? 人脈が広がる?
それ、20世紀の話ですよね。
コミュニティを学ぶ。
人間関係を学ぶ。
知識を得る。
先達の人脈を得る。
うん、分かる。否定しない。
ただ、私は思う。
ほとんどの人が同じ道を歩いているのに、
夢を叶えてる人が少なすぎない?
同じ道を進む人が全員ライバルだとして、
叶えられるのが一部なら、残りはどうなるの?
じゃあ、学校に行けない子は、夢も希望もないの?
……そんなの、悲しすぎる。
今の時代、コミュニティは画面の中に溢れています。
「顔が見えないと不安」なんて、 化石のような悩みはもうおしまい。
「学校に行かない」は、終わりじゃなくて選択肢になり得る
今はネットがある。
知識も、経験も、教材も、先生も、
いくらでも転がってる。
コミュニティだって作れる。
リアルの狭い教室で、 たまたま隣り合わせた40人と馴染めなかっただけで 「人生終了」なんて、あまりにコスパが悪すぎます。
みんなが学校で同じことをしている間に、 全然違う道を選択する。
顔が見えないからダメ?
それって、本当に“ダメな理由”になるのかな。
結局、人間関係って「場所」じゃなくて「選び方」なんだと思う。
リアルでも、ネットでも、
自分が何を選び、誰と繋がり、何を信じるか。
先達の人脈?
確かに強い。
でも今は、SNSで自分を売り出す時代でもある。
企業ですら高額を払って宣伝してるのは、そこに力がある証拠だ。
そう思うと、学校に行くことが「唯一の正解」には見えなくなる。
むしろ、
みんなが学校に行ってる時間に、
自分の夢のために積み上げられるなら。
それは「逃げ」ではなく、ただの「戦略」です。
「学校に行かない」は、夢を叶えるための“戦略”にもなり得る。
「行けない」子たちに必要なのは、絶望じゃなくて言葉
学校に行ける子は、行けばいい。
行く理由があって、夢に繋がる明確な目的があるなら、最高だと思う。
正解なんて、どこにも落ちていないから。
でも、行けない子はどうする?
社会は平気で言う。
「レールに乗れ」
「普通になれ」
「将来困るぞ」
……それってさ。
困るのは誰のため?
その子の人生なのに、誰の都合で脅してるの?
私が伝えたいのは、これだけ。
学校に行かない。 レールから外れる。
それで絶望する必要なんて、1ミリもありません。
むしろ、保険を全部脱ぎ捨てて、 「これしかない」と笑える人の方が、 案外、ひょいっと夢を掴んでしまうもの。
たとえ掴めなかったとしても、 それはそれで、ひとつの面白い結末です。
行けなくても、大丈夫。
夢は終わらない。
方法は一つじゃない。
夢を叶える方法に、正解なんか存在しない。
だからこそ、自分の選んだ道を信じる力が必要なんだと思う。
シンプルフレーズ
保険があるから、安心できる。
それも事実。
でもね・・・
夢に必要なのは“安心”だけじゃない。
「私はこの道でいい」って、決める勇気。
世界がどう言おうと、
学校がどうであろうと、
あなたの人生は、あなたのもの。
選んだ道を、恥じなくていい。
行けない日々を、負けにしなくていい。
夢は、学校に通うことで生まれるんじゃない。
夢は、「自分の気持ちを捨てない」ことで残り続ける。
最後に一言だけ置いておくね。
「夢は、保険で守るものじゃない。覚悟で育てるものだ。」
どうせ最後は、みんな同じ場所に行き着くんですから。
それなら、誰かが決めた「正解」を演じるより、 自分の選んだ「間違い」を愛した方が、 よほど明るい諦念に浸れると思いませんか?
学校に行ってもいい。 行かなくてもいい。
あなたの絶望も、あなたの希望も。 全部、あなたの自由です。
さあ、今日はどの「保険」を捨ててみましょうか?













